致命的なエラー
「それじゃ、今から授業の終わりまでに、このプログラムをパソコンに打ち込んで、動かしてみようか」
先生のひとことで、コンピューター室の空気が、一気にゆるくなったのを感じた。
昼休みが終わった後の5時限目、『情報』の授業。数人の生徒は、授業の半分で先生が説明をしていた時間を、休息にあてていた。
普段だったら、わたしもそうしているところだったけど、今日の昼休みは、部活の昼練習がなかったので、お弁当を食べたらそのまま教室で寝てしまったのだ。
おかげで、今は元気ハツラツって状態。情報の先生の説明も、寝ずに聞くことができてしまった。
「どう、明子? ちゃんと先生の話聞いてた?」
わたしが見ているパソコンのモニターの端に、人影が写った。
「もう、バッチリだよ朋花。わたしだってたまには、真面目になるんだから」
幼馴染の朋花は、ホントかなぁ、と言いたそうな表情で私を見てくる。朋花は成績優秀で、育ちもいい。朋花だったら寝ていても、この課題は難なくこなせそうだけど、彼女のプライドがそれを許さないだろう。
「そーう? じゃあ今回は、私の助けは必要なさそうね」
「ふふ、できあがったわたしのプログラムを見て驚かないでよー」
そんな会話を交わすと、朋花は自分の席へと戻っていった。
授業後半の課題は、プログラミングだった。前半で先生が内容の説明をしていたものの、わたしたち生徒がやることは単純で、プリントに印刷された、たくさんのローマ字を、パソコンへと順番に打ち込んでいくだけ。課題は5つあるけど、しっかり睡眠をとって元気ハツラツなわたしなら、授業時間に終わらせることなんて楽勝なはず。
わたしは久しぶりに勉強する気になって、キーボードを叩きはじめた。
ディン。
なんとも表現のしにくい電子音が、わたしの頭に響いてくる。これで4度目だろうか。
「ああ~、またエラーだ~!」
たまらずわたしは声をあげた。それを待ってましたと言わんばかりに、朋花が声をかけてきた。
「明子さん、苦労してるねぇ。あっ、でも、課題3まで終わってるじゃない!」
「バカにしないでくれる!? それよりも朋花、これを見てよ」
どうやら、朋花はすでに全課題を終わらせてるようなので、アドバイスを求めることにした。画面にはこんなメッセージが表示されていた。
致命的なエラーが発生しました。
このプログラムを強制終了します。
エラーコード:Oac0000011b
「ふんふん、致命的なエラー、ね。このパソコンも、だいぶ古いやつだからね、懐かしい表現だね」
朋花は、なんだか懐かしそうに語っている。朋花の家は裕福だから、幼いころからこういうコンピューターを触っていたのかもしれないけど。
「これはたぶん、文章の初めの方の、変数の定義がまちがっているのよ」
「へんすうのていぎ? なにそれ」
「あなた本当に先生の話を……まあいいわ、ここは私がやったげる」
言うが早いか、朋花はわたしのプログラムをほんの少しいじって、再実行させてしまった。
プログラムは正常に作動し、課題の答えである、『この高校の生徒は921人います。』が、画面に表示された。
「ざっとこんなものね」
「もー、朋花、わたしが実行して答えを出したかったのに」
朋花が得意顔をするので、わたしも少しムキになって、教養のありそうなことを言ってみたくなった。
「それにしてもね、ちょっと文字がおかしいだけで、致命的なエラー、なんてものが起こって、プログラム全体がストップしちゃうなんて。コンピューターくんもそこらへん、柔軟に対応してくれればいいのに。これじゃ、コンピューターが人間の居場所を奪うだなんて、片腹痛いね、ははは」
「明子が間違えてたのは、プログラムの大前提になるような重要な部分なのよ、そこが違ってたら、どんなに高性能のコンピューターだって止まっちゃうわよ。ついでに、片方のお腹が痛いっていう字の『片腹痛い』は、実は間違った使い方で、傍で見ていて痛々しいっていう字の『傍ら痛い』のほうが、本当の使い方なのよ」
「はいはーい」
反撃するつもりが、朋花の豆知識で返されてしまったので、ここでわたしは会話を切ろうと思っていた。
だけど、さっきの朋花の言葉に違和感があったので、ちょっと、尋ねてみることにした。
「ていうかさ、朋花さ。わたしが喋った『かたはらいたい』が、お腹のほうの『片腹痛い』だってことが、よくわかったね」
朋花は、テストで0点でもとったかのように、目を丸くした。
「え、えっ……、あ……ああ――ああああああああ――――――――」
「ちょ、ちょっ、朋花、どうし、たたたたたたたたのののののののの――――――――」
ディン。
致命的なエラーが発生しました。
この小説を強制終了します。
エラーコード:NaR0000000022
-END-
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。