ある男の話
星が瞬いている。
頬を草が柔らかくなでていく。
大樹の葉擦れが耳から染み入ってくる。
目を閉じる。
身体が地面に沈んでいくようだ。
心地好い静寂。
こんなに安らかな気持ちになったのはいつ以来だろうか。
ここで終わりを迎えたら神の御許へ行けるだろうか。
…待っていてくれているだろうか。
戦い続けてきた。
もうよいだろう。
約束の時はとうに過ぎてしまったが、ようやくここまで戻ってきた。
愛しい故郷も、愛しい家族も、愛しい人も、もう残ってはいない。
この約束だけを支えに生きてきた。
戻ってきたよ。
視界の端から闇が迫る。
瞼が重くなってきた。
身体の力が抜けていく。
涙が音もなく頬をつたい、地面に染みていく。
願わくば
静かに眠らせたまへ
そしてその身体は消滅した。
その行方は誰も知らない。
帝国との戦いにおいて多大な活躍をした英雄の安否不明に、王国は戦慄した。あらゆる手段を講じて行方を探ったが、何ヵ月たってもその英雄は見つからなかった。
帝国との停戦条約が締結されて2年と3ヶ月。再び王国と帝国は交戦状態となり、4ヶ月後呆気なく王国は滅びることとなった。英雄不在の王国に、対抗する術などなかった。
英雄はどうした!
なぜ戦いにでてこない!
国を、民を見捨てるのか!
英雄よ、なぜ逃げた!
臆したか、英雄のくせに!
反逆者め、呪われるがいい!
英雄は静かに眠る。
初投稿です。