小さい吸血鬼&拠点移動
「ふぐぐぐ……お姉さんのっ……激しいよおっ……!」
む、これでも最小限まで加減したつもりですが吸血鬼にするのは意外と難しいようです。
エルマさんにとっては暴れ馬の手綱を握るような。私にとっては真反対の、針穴に糸を通す繊細な作業とたとえましょうか。
「し、死んじゃいそう! もう……!」
流石は『改』の一文字が付け足された眷属化スキル。対象を血に適応させないと死亡する辺り一筋縄ではいきません。
時間が長引きそうになりますが、一つまみの工夫を加えましょう。片手だけから血を流し、もう片手から余分な血液を吸血してゆるりと馴染ませます。
「ほわ〜。あったかいお湯でぷかぷか浮かんでるみたい」
ヴァンパイアロードの血を奪った私と似たような感想が飛び出ました。
私基準で安全と判断しましょう。このまま忍耐強く血を与え続けます。
エルマさんの輸血作業は何分にも及びましたが、その間色々な会話が楽しめたのでお互い退屈ではありませんでした。
私の好きな所を目一杯口に出したり、両親が魔物に殺されたのに自分が魔の物と近しい存在に変貌しつつあることへ謝罪したりと。
そのような悩み事の相談者となった私との会話は、エルマさんにとってはいたく安らいだ様子でした。
「あれ? 背中になんかついてる」
エルマさんが不思議がって手を後ろに伸ばして確かめていますが、無理はありません。
フラインやヴァンパの半分以下のサイズである翼が生えていたからです。
「これにて終了です。エルマさんは今から吸血鬼なのですよ。その背中にあるものこそ、印です」
「ほんとに!? やったやった!」
玩具を買って貰えたように跳ねたりして喜んでいますが、飛行するには翼の面積がいささか足りてなかったみたいです。
なおこの翼は自分の意思で動かせ、出し入れは可能と肉体操作術の体裁は成っていました。
私の歯と同様、肌を貫けそうな鋭い牙がみるみる生え揃ってもいます。
この変わりようを見るに、半吸血鬼から進化を重ねてきた私と同じよりかは、古城内に頻出していたエネミーであるヴァンパイア化しているのでしょうかね。
「お姉さんといっしょ、お姉さんといっしょっ」
同種族にはなりましたが、少し違った形となってしまったのが罪悪感です。
「さてと、エルマさんは解決しましたし、新拠点へと旅立つ時ですかね、ボスさん」
「おわちち! RIO様には敵わないっすわ」
輸血の後半辺りから覗き見していたのは丸わかりでしたので。呼び出す手間が省けたので何でもいいですが。
「距離のほどは街二つ分の長距離となります。全員で出発しますが、私とエルマさんが先導に、ボスさんは……列を乱しそうな眷属をうまいこと直しといて下さい」
「あいっす。絶対メンドい……」
愚痴が聞こえましたが、至極ごもっともなのでここは寛容に聞かなかった事にしましょう。
「血ウマイヨヨヨ……」
「マッスル……!」
「ペロペロペロペロ」
集結させた眷属の皆様に私の血をほんの少し分け与えて程々に戦えるようにし、長きにわたる洞穴生活に別れを告げました。
★★★
冒険者達の通らなさそうなルートへ遠回りを重ね、そうこうしている内に古城付近へと到着しました。
まだ満月が頂上に昇っている時間帯に到着したのは、当初の予定通りです。
【ハハハハ! オレの最強の気弾に敵はない!】
【任せておけ、お前の敵は全て私が消してやろう】
気弾がビームになったりと仲間にした頃から見違えるほど逞しくなったフラインに、仲間にした途端定型文しか喋れなくなりヴァンパイアロードの進化前に戻ったんじゃないかと見まごうほど弱体化したヴァンパ、ここまで早めに到着したのも、ひとえに待ち構えるエネミーを両者が粗方始末してくれたからです。
「ふむ、古城はこの辺りですね」
眠りこけたエルマさんの体勢を整え、何もない空間に手をやると、弾力性あるビニールに触れた感覚がしました。
「さて、ここが私達が新たに構える拠点となります」
「ん? どこにもなさそうなんだが……まさか森で暮らすとか言わないだろうな?」
そうでした、膜によって古城が隠されているなんて初見では困惑もしますよね。
それにボスさんは私達の中で唯一の純粋な人間なので、どう中に入れさせるかが問題になります。
物は試しです。
「あなたとあなたに命じます。ボスさんを前後からサンドイッチにし、私がいいと言うまで間隔を空けずに前進して下さい」
「イエスマイロード」
「イエスマイロード」
私に対して君主っぽい返事をした眷属二人は、ボスさんの両肩をガッチリ掴みました。
「ちょいなにすっ……! 俺なにされんの!?」
「ムカデ競争の練習だと思って彼らに合わせて足を動かして下さい」
これが、膜を触れないボスさんを中に入れさせる方法です。
出来れば眷属達でハムスターボールを組体操させればより確実でしたが、多分大丈夫でしょう。
世にも奇妙な絵面がそこに現れ、ボスさんの姿が挟んでる眷属達と共に忽然と消えたのを確認し、私達全員膜の中へと入り込みました。
「どっへー。すげぇでけぇ……」
東京にあるドームおよそ四つ分もの広大な城の外観に、感嘆の声を漏らすボスさん。
「曰く付き物件でしたが、曰くについては既に味方にしています。中は荒れ放題ですが、眷属達に掃除させるので寛げそうな所で寛いで下さい」
「空気が美味いとこで過ごせるんなら、犬小屋だろうと都だぁ……」
む、率直に言って、人里離れた豪奢な廃墟よりも街の一角に佇む小さな家に住む方が遥かに都なのですが。
閉所に押し込める生活を何日も続けさせると、あっさり感覚が狂うのですかね。
「ここどこ? 着いたのお姉さん」
折よくエルマさんが目を覚ましてくれました。吸血鬼になると状態異常を除き睡眠時間が好きなように調整出来るのだとか。
「ええ着きました。今日からエルマさんはこの城のお姫様になるのですよ」
「お城!? お城くれるの!?」
くれるとはいささか早合点し過ぎでしょう。
幼い子にとっては、お城とは夢のある単語だったようです。
管理者は私なのであげる訳には参りませんが、私が外出中の際には城代にするのも有りかもしれませんね。
眷属達全員を中に入れた後、エルマさんと二人で植物の生え放題となっている中庭を通り、バルコニーへと向かいました。
「きれい……」
VRならではのプラネタリウムな星空を見上げて呟いたエルマさん。
そういえば、あの満月が頂上に到達したら、BWOはサービス開始三周年なのでしたね。
「流れ星だ!」
「む、見逃してしまいました」
エルマさんの指差した先にはもう止まった星々しか見えませんでしたが、別の所にも流れ星は映り込んでいます。
一方の私は、どちらかといえば前方の景色を見ていました。
「いい眺めではありますね」
眼科に広がるは一面の森林地帯、その奥にあるのは第六の街であるドルナードと、そびえ立つ石壁。
暗がりに目を凝らして眺めてると、壁の先から黒煙が昇っているのを発見しました。
始まっていましたか、ジョウナさんの蹂躙が。
「少々出かけてきます」
そうエルマさんに告げました。
「はえ? もうお出かけ? なんでなの」
「戦うためにです」
そう、私が条件付きの種族進化を果たしたのは、ジョウナさんを踏み台にするため。
だから行かなくてはなりません。
もう少しレベリングなど入念な準備をするべきでしょうが、そんな脇道に逸れてばかりではいずれ背中を刺されるでしょう。
それに、挑まれるよりも挑みたいのです。
緊張は皆無。相手の位置が特定出来ている内に向かいたいと思います。
私いない間エルマさんの食料は、空きビンの中に私の血液を満杯にさせた水筒にしました。
「ちょっと待ってお姉さん」
するとエルマさんが制止をかけてきました。
ここは素直に待ち、目線に合わせて聞いてみましょう。
「あのね……目……閉じててもらっていい?」
「はい? まあ構いませんが」
なにか隠し事でもしているのかは知りませんが、言われた通りにしてみました。
待つこと数十秒。
弱い風が当たった後、しっとりとして柔らかなものが頬に一瞬だけ触れました。
「無理はしないでね」
目を開けてみればどこか恥ずかしがっているエルマさんが映りましたが、深くは詮索しないようにしましょうか。
「少しの間ドルナードに向かいます。皆様方は表に出ないようお願いします」
「お気をつけてくんなせぇ。……そっか、次はドルナードか……」
城中へと散らばった配下達に情報共有を済ませ、一人で第六の街へと出発しました。
自作の件で少しショックな出来事が起こったため立ち直るまで筆を折ります(断言)




