病状悪化&可愛い子には血を与えよ
掲示場や視聴者様からの情報によると、ジョウナさんは第六の街で暴れているそうです。
この嬉しい誤算は狡猾に利用しましょう。冒険者達をせき止めている間に、私の配下達を本拠点になる古城へと移り住ませます。
「帰還しました。エルマさんはどこで休んでいますか」
先ずはエルマさんの容態を聞きましょう。
するとボスさんは、ひどく疲弊した面持ちになってこちらへと歩いて来ました。
「駄目だ。エルマのことはあんまり見ない方がRIO様のためっすぜ」
そう匙を投げたかのように諭されました。
「そんな、エルマさんが……」
エルマさんはいくら心が強くとも体が先に限界に達してしまいましたか。
あのような小さな子に不衛生な生活を強いらせる私の判断が間違っていたのは分かりきっていましたが、それにしても早すぎますよ。
「うーん、生きてはいるぞ。ただなぁ、ありゃ人として生きてるかって言われりゃ答えづらいもんだがなぁ……」
「っと、生きてるのならば吉報です。早く会わせて下さい」
「おっおい! 会わせて下さいって言いながら走るのはねぇっすよ!」
もうエルマさんがとにかく心配で体が止まりません。
血臭を追い、本日限りで引っ越しとなる仮拠点を駆け巡りました。
そして出入り口から大分離れた空間の角に、エルマさんは蹲っていました。
「お姉さんだ……おかえり……」
精気が失せたような声に貧血症のような集点の定まらない目。
探知からは血が放出されているとしか表せない不可解な臭い。
「……その傷」
腕に目を向けてみれば、尖ったものによって描かれたいくつもの赤い線から、血の雫が垂れていました。
一目見ただけでも、ただでさえざわめき立つ焦燥感がますますいきり立ってきます。
「この拠点に敵が侵入していましたか、一体誰から受けた傷ですか」
「ううん、それわたしなの、ごめんね……。わたし、もうダメになっちゃってて、こうするしか我慢出来なかったから」
そう謝意の込もった声色で言った後、傷口に口をつけては血を舌で掬っていました。
「ハァ、ハァ」
でしたが、舐めとるほど手を小刻みに震わせて過呼吸となり、傍らに置かれてあった先端に赤い痕が残った石の破片を取っては新しい傷を作り出していました。
深めに裂いたはずなのに痛がらず、その傷から漏れる新鮮な血液に対し、美味しそうに舐めていました。
「RIO様、エルマは毎晩毎晩血が飲みたいってボソボソ一人で喋っててな、おかしくなってるって自覚しながら自分の意思で泣きながら肌を刷ったんだ」
「エルマさんの異変がここまで進行していたなんて……」
「迷惑かけたくないからって眷属や俺の血は吸わないでいてくれたが、たまに一時的に意識が眷属軍団みたいになっては俺との追いかけっこが始まんだ。一日中寝れない日もあるし、俺ぁ参っちまうぜ……」
ボスさんの目の隈はより濃くなっていました。
「そうですか、二人とも心労をおかけしました」
私には、なにかしてあげられる事が労うしかないのがもどかしい気持ちです。
再度エルマさんの血臭を注意深く嗅いでみれば、人間部分の血を吸血鬼の血が異物として攻撃し、風邪の症状のように体力を消耗させていたのです。
眷属化のテキストにはこのような症状は記載されていないため、エルマさんの方に何らかの体質が備わっていたか開花されたとの仮説が立ってきます。
「こんなのじゃ喉がかわくのが止まらない……。もっと血が欲しいよぉ……」
悲しくとも、自分の血では焼け石に水だったようです。
当たり前の話ですが、人間は空腹を凌ぐためには食べなくてはならない。ならばヴァンパイアと化したならば人の血を吸わずにはいられなくなるのが摂理。
それでもエルマさんは衝動に抗い、自分を傷つけてまで耐えていたのでしたか。
もう可哀想でやっていられません。
「いっ」
「心細い思いをさせてしまいました。エルマさんは偉いです。お姉さんに出来ることがあれば何でもしますよ」
エルマさんの持ってる石を投げ捨て、頭を胸に埋もれさせるように抱擁しました。
「お願い離れて! お姉さんの匂いがいい匂い過ぎて……あぁっあっ……お姉さんの血が欲しくなっちゃうからァッ!」
「私の血なんて安いプレゼントですから。どうぞお腹いっぱいになるまで飲んで下さい」
たとえ心が強くとも、強くあるのを強要させるのは間違っているはずです。
対処になるかは分かりませんが、狂乱してしまいそうなエルマさんのため、ドレスをはだけさせて好きな箇所から飲めるようにしました。
「ほ、ほんとにいいの!? 飲むよ! 飲むからね!」
飢餓状態も極まり、過呼吸もますます加速してゆくエルマさんは、口の端々から涎を溢れさせながら……牙を首筋に突きつけていました。
「あまあまだぁ……」
味の感想を述べ、吸血鬼特有の行為を隠さずに続けています。
ううむ、近い将来採血されるとしたらこんな感覚になるのでしょうか。
「いかがですか」
「んぁ、んむっ……」
血の美味に夢中で返事はありません。
一生懸命に吸血している姿を眺めているだけで私も撫でたくなる衝動に駆られてしまったので、白旗を揚げて頭をさすり、より抱きしめる力を強くさせました。
私と同じく体温が無くなって冷たいのに、心地よい感触です。それにエルマさんのこの程よい肉付きによる抱きしめ具合が庇護欲をそそられます。
「お姉さぁん……もっとおいしいのぉ……」
段々と血の吸われる力が増しても、エルマさんの小さなお口では微々たるものです。
首筋の味に舌が慣れたなら今度は別の部位に、血液のよく通う様々な箇所から口をつけられ、血を吸い終わって口が離れる度、そこには吸引による跡が残されています。
俗に言うキスマークでしょうか。
「おいRIO様がエルマにやられてるそれって……」
「すみませんが、席を外して下さい」
「はいっ!!」
あくまで吸血行為であっても見せ物かと聞かれれば「いいえ」なので、ボスさんを別のフロアへと退室せました。
この食べものにされている状態に背徳感が湧き出てきた辺りで、エルマさんは平常心を取り戻した様子になりました。
「けぷっ……おいしかったぁ」
「まあ、おいしく頂かれました」
口元を手で拭って、表情がだらしなく緩んでいるのがなんとも満足げに見えます。
「わたしね……こわかったんだ。いくらお水を飲んでもまだ飲みたくなってるって思ってたけど、でも実は血が飲みたくなってたのが分かるとこわくて……」
「ふむ、自分の変化に気づいていましたか」
「そうだよ。けんぞく? さんはみんな優しくて、我慢しなくていいよって声をかけてくれたけど、でもお姉さんからもいいよって言ってくれるまでは我慢しよってけんぞくさんと頑張ったんだ」
「そんな、いいんですって。まああれほど血を飲み干したのなら心配要らなさそうですが」
……眷属達とコミュニケーションが成り立つ。また眷属達の新たな一面を聞いてしまいましたが、それよりも別の問いへと踏み込んでみましょう。
「今やエルマさんは吸血鬼になりたての体です。どっちつかずの体では生きるのに苦労が振りかかってしまうでしょう。そこで、人間に戻りたいのか吸血鬼になりたいか、あなたの本当の気持ちを聞かせて下さい」
私がどうこう口を挟むよりも、エルマさんの意思を尊重したい。綺麗事かもしれませんが、選ばせてあげたいのです。
私としては、人間に戻す方法は模索しなければならなくなるため後者を選んで欲しいところですが……。
「私は……お姉さんと同じになりたい」
迷いのない答えが返ってきました。
ところが、同時に瞳を潤ませてもいました。
「お姉さんのことが好きなの、恋しちゃってるみたいなの。女の子同士なのに、お姉さんが格好良く見えてドキドキが止まらなくなっちゃうの……」
想いの節を赤裸々に伝えるその情熱的なアプローチには、誰から見ても淀みなんてものは微塵もないでしょう。
瞳の向けている先は私の目か鼻か唇か、全部かもしれません。
「だけどお姉さんだって好きな人がいるからいけないことなのは分かってる……でもお姉さんと一緒の吸血鬼になれるだけで、わたしは十分だから……」
「ううむ、なるほど」
エルマさんの複雑な想いは最後の言葉に帰結させていました。
一つだけ断言出来る事といえば、エルマさんの恋幕の情は、眷属化した者の忠誠心が私に向かってくるのと似たような作用でしょう。
実際そうかもしれません。あなたのその感情を恋と呼ぶには幼過ぎます。
だとしても、想い慕う人へ妥協出来るなんて私には到底無理ですよ……。エルマさんのせいで、私の醜い欲深さが再確認させられてしまいます。
とりあえず、エルマさんの意思としては私にとってこうあって欲しいの希望に沿っていたので、後を引く物無く血を注げそうです。
「吸血鬼になったが最後、吸血鬼として生きてゆくしかなく、陽の光にさえ当たれなくなります。後悔しませんね?」
「うん、お姉さんがいれば後悔なんてないよ」
決意がひしひしと伝わる物言い。
なので私も頷いて応え、エルマさんから人間を捨てさせるために、吸血鬼の血を流しましょう。
「さあ、私の血を受け取りなさい」
両手をエルマさんの首元に刺し、私の手駒になる者へ向けるように言ってみました。
眷属化・改の発動です。エルマさんの頑強な心に合わせられるまで体の強化を続けましょうか。




