疑いが晴れぬエリコ&一方のジョウナ
仮想世界はRIOを中心として回りだす。
「さてエリコ、ジョウナの姿を第六の街で発見したとの上からの報告がある」
ぬいぐるみRIOに囲まれてぐへぐへするハウジングタイムの途中だったのに、急に呼び出しが入って王都にログインしたらこれだった。
この人サンガリングさんは、BWO内では私の上司面をしているSランクの冒険者だ。
はっきり言って、性格的に近寄ってくるだけでも耐え難い人。
「それがどうしたの」
「どうしたって? ボケるにしちゃ若いぞお前。ジョウナの場所が分かりゃ、お前のリア友のRIOも必ずそこに向かって来るって話だ」
言葉遣いからして気が立ってて、なんかやな感じだよぉ……。
「ジョウナとRIOは今夜ドルナードで激突するだろう。そこで議題だが、巨悪二名の果たし合いの趨勢がどうなるのか、お前としてはどうなるのが理想なんだ?」
そう訝しげな目で問いかけられた。
この人は、私がRIOと親友だって分かっていながらあえて訊いてきたんだ。
結構な人数の冒険者がギルドから出奔して瓦解の兆しが見えてきてる中で、みんなから冒険者ギルドを裏切るだろうと囁かれてる私はこうして残ったから。
だから私の意思を試している。
私がRIO相手に立ち向かえる当然の義務を、この人を介して冒険者ギルド本部から問われているんだ。
答えなきゃ。
「ジョウナとRIOの共倒れ、ひいては両者の余力が限界まですり減らした隙をついて、両方逃さず仕留める所存……」
だから私情を押し殺して嘘を言った。
冒険者ギルドの利益を尊重した答えがそれだと思ったから。
「そうだ、大正解だ」
そう粛々とした様子で撫でようと手を伸ばしてきたから手で払った。
この人はどこも気に留めずに言う。
「お前は素行不良が目立ってるし俺より序列が下だが、RIO相手との戦いにおいては俺よりも適任だ。ギルドにとっても対RIOへの強力な駒として期待されている、だから万が一をいくつも想定して大切にしなきゃな。俺も協力は惜しまないぜ」
「それはどうもだよ」
いつか私の方が序列が上になったら、この人の悪事を告げ口して追放するんだから。
「来たるべき日が訪れるまでは王都でレベリングでもしてりゃいい。それまではジョウナは泳がせといて、街の住民は必要な犠牲になってもらうのがギルド本部の判断だ」
人々の上に立つ者の発言としてどう聞いても異常なのにさらっと言ってのけていた。
「必要な犠牲って……なんでさ。意味わかってて言ってるの?」
いい響きになるように残酷な言葉を繕うなんて最低。
冒険者って、こういう最後の手段を善策と称して最初にやっちゃう人達ばっかりだから、呆れ返るよね。
「いやいやそこはしょうがないだろ。農具で畑を耕すしか能がない住民なんぞを殺人鬼と戦わせるつもりか?」
「そうじゃないよ! 今も隣の街で大勢の人が死んでるのに、強い人が……死んでもすぐ生き返る人が被害を最小限に食い止めるのが責任だよね」
「そこは住民を救いたいと意気込んでいる冒険者に任せるが、なぁに心配しなくていい。ジョウナの手で犠牲になった住民らは、冒険者一同心から厚く哀悼の意を表すからな」
しれっと論点をずらされた。この人はまたしても安全な王都でぬくぬく過ごすつもりだ。
けれどもよく言うよ。墓標を立ててあげないし被害にあった住民の名前も誰一人覚えないくせにさ。
つくづく腹が立つ。
「自分達の負担が軽くなれば下の人はどうなってもいいなんて、あなたの嫌ってるブラック上司と同じ考え方だって気づかないかな!!」
「ほーお。言うようになったじゃないか」
私の指摘に言い返さず、逆に愉しむように含み笑いをしていた。
《カルマ値が下がりました》
……これだったかぁ、この人がニヤついてる理由。人にもよるけど序列が上の人には絶対服従が冒険者のルールだから、上の人が正しくなる仕様なんだ。
身に覚えがない私の素行不良も、全部このメッセージログが証拠としてでっち上げられる。
だから私は序列が落とされがち。冒険者ギルドは意外にも実力主義一辺倒じゃないからね。
思い悩んでいたら、サンガリングさんは席を立っていた。
「勝手に決めさせてもらうが、王都のギルドでかき集めてきた対人戦闘の玄人達をお前に付ける」
その後、外で待つ人影へ何かの合図を送る。
「今後パーティメンバーになる奴らだから、軽く挨拶でもしてってくれ」
すると部屋の奥からぞろぞろと人が入ってきた。
「ちっすー」
「よろしく頼むわよ、エリコさん」
「なにあなたのその装備、あざとすぎない?」
「外から聞いてたけど、あんた本当にRIOを殺せるのかしらねぇ」
漂ってくる歓迎されてない雰囲気。多分私を監視するための冒険者達だと思う。
全員が女性、それぞれ魔法職系の装備で固めてる。
「プチ・エリコの動向に目を光らせとけってクエスト、彼女のライブ配信に映れるし報酬以上に有意義なクエストになると思わないかしら」
「あたしは嫌よ。リスナーに媚びて百合営業してる配信者なんか、気持ち悪いったらありゃしない」
はぁ、女の人しかいないのはサンガリングさんなりの配慮かもしれないけど、ホント、嫌味な人達を連れてきたね。
「それじゃあはじめましての人もいるし自己紹介だね。私の通名は【Sランク序列1310位・プリンセチュエリコ】。短い間かもしれないけどよろしく」
気は乗らないけど、私が意見出来る立場じゃないから挨拶しといた。
こんなガチガチな監視体制をするなんて、冒険者ギルドからは私がRIOに寝返るんじゃないかってまだ疑われているみたい。
空虚だよ……。どれだけ忠義立てしても、一向に認めない人を目の前に出されるとやになっちゃいそう。
でも私の使命は決まってる。
RIOだろうと殺人鬼だろうと、会敵したのなら正義の看板を背負う冒険者として恥じない戦いをするのみ!
▼▼▼
「自分の名はドゥル! 攻撃しながらでも良いから話を聞いて欲しい!」
夜の帳が下りた第六の街にて、自分のプレイヤーネームを名乗った青年はある人物との対話をたった一人で試みていた。
「アホはアホでもマゾ系のアホが来るとかこりゃアホだわ」
その相手は、仲間も連れて来ない無謀な行為に呆れるあまり肩を竦めた。
ドゥルにとっては、周囲から人の姿が消されたタイミングで接触したのは計算の上。戦うために参上したのではないため、対話を試みるにはこれ程整った状況は無いだろう。
だがその時、ドゥルの前で光の筋が横切る。
「う、うわああっ!」
次の瞬間、右手首より上が無くなっていた。
視認するのも難しい速度で斬られたのだ。右手は茂みの上へと落ちていた。
途轍もない激痛に表情を歪めたが、それでも尚、目的のために口を開く。
「自分達の連盟七つの大罪は、冒険者ギルドと敵対しているプレイヤー達に協力を募っている! ジョウナ、君のそのトッププレイヤーと比肩する実力を見込んでどうか……か……?」
「ほい一勝ぅ!」
歓喜を押し出したジョウナの声が響いたとほぼ同時に、ドゥルの視界が真っ逆さまとなり、死亡を告げるメッセージが届く。
手首の次は首を斬り落とされたのだ。
「わるいわるい、ボクはRIOとの勝負にしか興味無いからさ、キミに勝つのに我慢出来なくてつい斬っちゃってた」
街に破滅をもたらす狂犬は、ドゥルの死体に吐き捨てるように言った。
ジョウナにとっては悪くない提案であったが、合理性云々よりも利己的な快楽のために殺害を敢行する彼女が協定を結ぶなんて明らかに無い話である。
そんなドゥルが監獄に移転される前に思ったことは、「死んだのが自分一人で良かった」と、仲間を想うリーダーとしての責任感ややるだけのことはやったと悔いなき情緒であった。
実際ダメ元の側面もあったため、メーヤにパニラにフロレンス、その他はじまりの街で旗揚げの準備を進めている元冒険者達とは別行動をとっていたのだ。
ひとまず、邪魔者の一人は消したジョウナ。
「……つーかインテリ君とバツマル君、見ない間にレベル上げまくってさあ、インフレし過ぎにも程があるっての」
そうあの時の戦闘を反芻していた。
一年経とうが一生格下だと侮っていた相手は、レベリングの末に自分を討ち倒し得るまでに成長している。
その事をたった数回斬り合った時点で悟ったジョウナは、もう引き際だとして第六の街内部へと一目散に駆け込むと選択し、ほうぼうの体で逃走に成功したのだ。
冒険者達も深手を負ったために、追跡を撒けたのが不幸中の幸いだろうか。もしジョウナの装備が『種族・人間』に対して大幅なプラス補正が働くPK特化の逸品でなければ、今頃あっけなく命を落としていただろう。
どうして第五の街から離れるような動向をとっていたのかがその訳である。
「強過ぎてウザ過ぎ。第六の街の冒険者は大体雑魚なのになんなんだこの差は、バグだろ」
冒険者ギルドから造反する前は序列1位であったジョウナ。その自分と真っ向から勝負し、敗走させた。
この戦績に刻みつけられた傷はよほど堪えたようだ。
「あいつらより上が最低八人いるってのがバットニュースってか。酷い置き土産を残してくれたなぁ」
ラプラスと抜天丸のコンビと交戦して、ジョウナは先行きの暗さを痛感していた。
「まーいーやぁー!」
湿っぽくなった気分を、わざとらしく大声を発して払拭させた。
ジョウナは気持ちの切り替えは早いさっぱりとした性格だ。気の向くまま、思うがままにエネミーや人を斬る感覚を手のひらに蘇らせるだけで、沈痛な思いはすぐに晴れる。
「次に勝負するカモはどいつにしようかなっと。一気に十勝くらい出来る雑魚の集まりがいればいいなぁ」
そう心躍らせ、快感を得るために一役買ってくれるターゲットを目視で探す。
その途中に、独り言を呟いていた。
「RIOとの勝負、たのしみだなぁ……。早く早く、死ぬほどめちゃめちゃにやりたいや……」
それは生殺し状態にされたためか、あるいは恋慕に似た感情か。
気持ちが昂るあまり、気がつけば屋敷のような建物を斬り結び、中にいる住民もろとも倒壊させていた。
ジョウナはこう見えてもRIOのライブ配信は毎日チェックしているのだ。
BWOに復帰した理由も、RIOの蹂躪行為による比率が多くを占めている。
プレイヤーだろうと住民だろうと躊躇なく殺害し街ごと滅ぼす近代稀に見る刺激的な配信により、熱が冷めたジョウナの心に殺戮の火を付けたのだ。
「アハハハハ、今は我慢だ我慢。でも我慢ばっかは体に良くないし、目についた奴からバッサバッサ勝ちまくるぞー」
好敵手となったRIOを思い、本格的に殺戮を開始するのであった。
ジョウナが勝つ→やっぱりRIOと戦いたくないんだな?
RIOが勝つ→やっぱりRIOを支持してるな?
どっちを答えても危ない。




