莉緒の夢想
リアル回=百合ちゅー意回
ええと、私は何をしていたのでしたっけ?
そうでした、食卓を彩りながらこの子と一緒に恵理子の帰りを待っているのでした。
「お姉さんママのご飯……おいしくてほっぺたが落ちちゃいそう! えへへ、もう一個食べたいな」
……ふふ。
私の手作りチーズハンバーグが愛瑠真さんに好評のようです。
私立大学を卒業した恵理子と同性婚の契りを結んだ後、養子として引き取った当初はいつも何かに怯えている精神状態でしたが、無償の愛情を注いでゆく内に血の繋がった実の親子と大差ないまでに心を開いてくれて、なんだか目頭が熱くなりそうです。
「あっ! 恵理子ママが帰ってきたよ!」
恵理子の気配をいち早く察した愛瑠真さんが箸を置いて立ち上がっていました。
「では朝から晩までお仕事を頑張った恵理子ママにお出迎えしてあげましょうか」
「うん!」
ふむ、元気良く返事が出来るのも、私達婦婦に心を開いている証拠です。
愛瑠真さんと一緒に玄関に行き、ドアを開きました。
「ふぃー……、今日は特に忙しかったよぉ」
頬に一筋の汗を流し、幸せ太りか少しパツパツとなったスーツ姿の恵理子。
平均的なあまり丁度良い就職先が見つからず私は止むなく専業主婦となりましたが、恵理子は類稀なる優秀な成績と配信者としてのキャリアを活かしてライブ配信会社への就職が決まり、今日も家計のため汗水流していたのです。
そんなあなたのことが……とても素敵でたまらなく愛おしいです……。
「お帰りなさい恵理子、今日もお仕事お疲れ様です。先に夕食にしますか? お風呂にしますか?」
「むー。ご飯とお風呂だけじゃ足りないよぉ」
いつものように声をかけましたが、よほどくたびれているのか色良い返事がありません。
おっと、私としたことがまたもや忘れてました。恵理子がそのセリフを出すのは、第三の選択に甘えたい合図でしたね。
「それとも……わわ、わ・た・し、なんてどうでしょうかっ……?」
「もっちろん莉緒一択だよ!!」
あぁ、いけませんってば。
愛瑠真さんが見ているそばでいきなり押し倒すだなんて、節操無さ過ぎますよ。
それに顔を近づけて……唇……触れられてしまいました。
「莉緒の赤らんでる顔で疲れが吹き飛んじゃう。んん〜莉緒ぉ、愛してるよぉ〜」
「私もです。いいえ、私の方が負けないくらい愛してますからね!」
「違うもん! 私の方がすっごーーーく愛してるんだから! 職場でも暇さえあればみんなに自慢してるしさ」
「えっ!? そんな恥ずかしい事しないで下さいって!」
「恥ずかしくないよ。だって私が選んだ最っっ高のパートナーだからねっ!」
っ、どこまで私を困らせたいのですか、恵理子ぉ……。
うう、内心満更でもないのが私の負けた点です。
こうして私と恵理子で愛の強さを主張し合う。ですが収集つかなくなるのが日常茶飯事となっています。
「私、莉緒が好き過ぎてつらいよぉ……」
嗚呼、ついに私に向ける目に情欲入り混じる様相を見せてきました。
ここのとこ、仕事続きで二人だけの時間がまともに取れてなかったのも起因しているのでしょう。
だったら私が慰めるしかありません。だって生涯の伴侶である恵理子なのですから。
心の準備はいつでも出来ています。うふふ、愛瑠真さんが眠った後はもっと愛し合わなければなりませんね。
「夢でしたか」
起床した直後に判明した、夢にしてはやけに理想の設定をきめ細やかに詰め込まれた夢。
スマートフォンを確認してみれば、セットしたアラームの時刻から三十分もの寝坊でした。
目を覚ますことさえ忘れさせるだなんて、恵理子の種族は夢魔なのですか……。
▼▼▼
「おっすえりりー」
「ハルちゃんおは〜」
クラスメートの春香さんと恵理子が天真爛漫な笑顔を交わし、向かい合って着席しました。
彼女ら二人は出席番号順席の関係上が近い事が相まって、休み時間になるとよく他愛もない会話をしているのです。
「最近どうよ、配信いくら位儲けてるの?」
「も〜、いくらハルちゃんでも収入の話題は企業秘密だよぉ〜」
「いいじゃん、ダチの懐事情を思って聞いてるんだぜ? また手頃な短期バイト紹介してあげるからさ」
「ありがと。でもメイド喫茶とかはやめてよね〜」
……それにしても仲が良いですね。
誰でもかれでもすぐに打ち解けられるのが恵理子の長所ですけど、時には要らぬトラブルの原因にもなってしまう短所となり得るのです。
今月だって、恵理子の下駄箱に苦笑モノの恋文が入っていて軽く当惑していました。
すぐに送り主を呼び出して当たり障りなく断っていたのは良かったのですが、そうやって所構わず愛嬌を振りまくから意地汚らしい人に勘違いさせてしまっているのです。
春香さんだって、ほぼ配信の件しか話していない辺り、恵理子自身よりも有名人という観点でしか頭にない可能性があります。交友関係とはただ広ければ良いというものではありません。
私は、恵理子以外にはそこまでの仲を築いたりはしませんので。
まあ私のように授業の合間には予習をしているか机に伏せて仮眠をとっているかの日陰者では恵理子には釣り合いませんね。
春香さんや他のクラスメートの女子と話す方が楽しい時間なのでしょうきっとそうでしょう。
「なあえりり、なんか背中からツララをぶっ刺されたみたいな殺気系の重圧感じるんだけど分かる? わたし生き霊に取り憑かれてたりしてない……?」
「なにそれ怪談話? でもちょっとぬめぬめした寒気してきたし分かるけど……」
ふむ、二人の間に何が起こっているのでしょうか。
「っていけないいけない、構ってあげてないから妬いちゃってるのかも」
む、恵理子と友人関係以上になっている方が他にも?
そう危惧していたら、背中から抱きしめられる感覚に襲われました。
「莉緒! 放ったらかしてごめんね、いっぱいもみもみしてあげるから」
「ひゃ! よして下さい恵理子。一人だけでいるのはどこも苦痛ではありませんからっ」
「ぐへへへへ、ヤキモチ焼いちゃってるところも天使だよぉ。やっぱ莉緒も兎みたいに寂しがっちゃうんだねぇ」
あわ……焦燥感に駆られる心が大分落ち着いてきました。
「はふ〜、莉緒吸いぃ。合法ドラッグ〜」
「合法ドラッグとは……。こちらの世界ではせめて人間でいさせて下さい」
……恵理子は単に切り替え上手であって、私のことが一番であるのはずっと変わりない事実なのです。
どこも不安がることはありませんでした。一時的に恵理子への信頼を疑った私が反省すべきです。
「あっれ、重圧が消えたぞ?」
春香さんの声は、すぐに右耳から左耳へ流れました。
▼▼▼
「――それでヴァンパイアロードに進化出来たんだね」
昼休みの教室で、恵理子があの一件を祝してくれました。
「はい、まあ味わった事の無い快感のせいで自分を抑えられなかったのは不覚でした」
「最高にハイになっちゃったアレ? ぐへへへぐへぇ……」
そう恵理子は断末魔の声のように笑った途端、鼻から血を噴射していました。
あの公開処刑のようなシーンを観ていましたか。
せめて名指しで呼ばないように抑え留める正気を保っていればと後悔が止まりません。
当時の私は、恵理子を想うだけで快感が増幅していたので……、もしあの場に恵理子本人がいれば、禍々しい姿のまま一思いに唇を奪っていたかもしれないほど高揚している精神状態でした。
「クールビューティーな莉緒が私のことを大好きって……あぐへへへへぇ」
「それは言葉のアヤでして! 大好きとは別に深い意味などは無く、友達として当然の発言をしたまでで……」
「そっかそっか、誤魔化そうとするってことはホントに大好きなんだね〜。クーデレな莉緒に頬ずりしてあげる〜」
「あの、鼻血のついた頬でするのですか」
どんな配信になっても、恵理子は相変わらずな恵理子でした。
あなたのスキンシップ、無自覚なのか自覚した上でからかっているのか判断し難い時が度々あります。
正直に言って控えて欲しいです。恵理子の温もりをくっついて堪能すればするほど、あなたというかけがえのない存在と仮想世界で対峙する事を躊躇ってしまいそうですから。
恵理子……エリコ……。
どちらかが力尽きるまで剣を握って戦い合うのではなく、こうしてずっと触れ合っていたいです……。
恵理子側の夢って興味ありますかね(結局書きました)