君主の能力&特別なスキル
急な三人称視点
(11/11)一部修整
不老不死の君主が死を覚悟する瞬間、それは長時間日光に灼かれた時か、もう一人の不老不死の君主が現れた時。
今はもう失伝してしまったが、吸血鬼の始祖が遺した予見だ。
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【してやられた……。此奴も君主の世界に入門してくるとは】
血液の循環交換を済ませた両者。ヴァンパイアロードの場合、何を吸血しようとも即座に己の血へと作り変えられる。
その一方でRIOは、たった一雫の血が体全体の遺伝子を根幹から別物へと進化させていた。
「ふむ」
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体質:肉体自動再生・強
説明:吸血鬼の頂点に上り詰めた君主の誇る、あらゆる吸血鬼を超えた比類なき再生力。
HPが残り少ないと再生力が急激に低下するのは変わらず。
体質:HP自動回復・強
説明:徐々にどころかHPゲージを突き破る勢いで自動的にHPが回復する、吸血鬼の君主が備えるリジェネ体質。
肉体が著しく欠損していると回復力が急激に低下するのは変わらず。
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初めに変化が起こったのは、相手により切り飛ばされた手首の断面である。
ニョキッとした血肉の音と共に新たな手が瞬く間にして再生し、傷口は綺麗サッパリ無くなっていたのだ。
「再生力は爆発的に強化されていますね。ふふ」
【赦さぬ……貴様はやってはならない事をした!】
ヴァンパイアロードの滾る忿怒が氷結の戦場にも呼応し、足元からRIOを包んで氷漬けにせんと、魔力を奥底から走らせる。
RIOには窺い知れぬ事だが、暴走した魔力は古城全体さえも氷で覆われていた。
【君主は二人存在してはならない。吸血鬼の頂点はこの私にのみある!】
氷がせり上がり、RIOの半身を補足する。
だが、次の変化は既に起こっていた。
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体質:無制限の肉体操作
説明:最上位となった吸血鬼が誇る、変異前の体質に加え、背に翼を生やして飛行したりと応用の幅が広がった肉体操作術。
現在の最高高度は1メートル。
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「飛べてます……ふふ、気持ちいいです……」
微笑むRIOの背からは、死神さながらの大鎌のような骨格の翼が生えていたのだ。
足が地から離れたことによって地形の影響は受けない。氷結の戦場はただ二重に氷を覆っただけとなった。
「うふふ、天使にでもなったかのように心地よい感触です」
それだけではない。
腰にまで伸びた髪は端々が紅く染まりあげられ、爪はマニキュアにでも、唇は口紅でも付けられたかのように艶やかな赤になり、太い血管が浮き出ては全身やドレスにまでびっしりと根を張る。
しかし白目だけは、深淵の世界である深海を想起させる黒い蒼へと塗り変わっていた。
最早原型が留まらなくなりつつあるその姿は、天使など程遠い禍々しき異形である。
【まるで奈落に住まう怪物だな】
それを見たヴァンパイアロードは怒りも忘れて面食らっていた。
肉体の改造能力に優れた種族こそ吸血鬼であるが、変容するにしても人型からさえも逸れようとしているからだ。
そしてもう一つ、ここまで姿形が変容しているのは、《無制限の肉体操作》の暴発を制御しきれていない証明だと、実体験から分かっていた。
戦局は悪化こそすれど吸血鬼の君主RIOは生まれたて、肉体の支配度はこちらが上だ。
【気狂った小娘め、酔いしれるのもここらで最後だ。同じロードとなったところで、私が上位格である現実には依然として変わりなし。戦慄きの氷柱!】
掲げた両手に顕現させた氷の柱に魔力を最大限注ぎ込み、部屋の中央を埋め尽くすサイズにして放つ。
彼の寝床である謁見の間が氷塊の威力により崩れ、陽光が差し込んでしまうと懸念したために最大出力を抑えていたが、最悪の事態が起こってしまった今、秘めたる魔力を底の底まで開放したのだ。
「うふ、ふふ、どんどん馴染んできます。湯船に浸かったように心地よく、細胞一つ一つからドーパミンのような神経伝達物質の分泌が止まりません……うふふふっ」
RIOらしからぬ蕩けた表情となったが否や、気づけば大剣の一振りで氷の柱を粉砕しており、唇に指をそっと当てていた。
視聴者からのコメントも、想像していた以上の進化とハイになったRIOの様子にそれぞれが面白いように愕然としている。
……それを面白く思わない者がここにいた。
【るおおおおおおおお!! もう加減は効かぬぞ! 魂凍てつく雹の大渦!】
RIOの見違えた進化に触発されたヴァンパイアロードが発動した魔法、それは風と氷の複合形で、上級魔法でも随一の殲滅力を持つ奥の手だ。
猛烈な渦を巻いて風の刃と氷粒の刃が絶え間なくRIOを襲い、皮膚や翼を傷つけ、高度の維持が危うくなってゆく。
体内の血も凍り出しているためか、心做しか再生力も鈍くなっている。
それでもRIOは、尚も陽気さが上がっていた。
「ああうっかりしていました、翼なんか生やしていたら被弾面積が増すばかりでしたねぇ。こんなうっかりさんでは大好きな恵理子に注意されてしまいます、あはぁ……恵理子っ」
恵理子と口にした直後、愛する者の愛する顔を想起し、またもやRIOだとは思えないだらしなく緩みきった笑みを顔一面に溢していた。
どんな作用か途轍もない酩酊感が意識を夢心地にさせ、とても本人が言わないような単語を口走らせる。VRMMOの五感没入技術の発展の賜物だろう。
今のRIOは、命の奪い合いである闘争が片手間の遊戯にしか視えず、体感したことの無い快感を只々味わいたいだけだった。
【言わせておけば……】
自身の持てる力の全てをことごとくあしらわれたヴァンパイアロードは、遠隔操作による状態異常タイプの魔法を発動。RIOの眼を蒸気で包み込んだ。
氷気の幻楼。これによりRIOの眼にはヴァンパイアロードが五体にも十体にも分身したかのように錯覚している。
再生する吸血鬼には眼が弱点にならない。故に眼を潰すのではなく視界を信用出来なくさせるのが、バトラーを討ち滅ぼすために編み出した手段だった。
困惑した隙を突いて、RIOの血を凍らせ氷の彫刻にしてしまえば万事解決だ。復活も出来まい。
【っ!?】
ふと、何かが横切ったのを目で追ったその時、首が刎ねられていることに気づいた。
「ざぁーこ♡ですね。くすくす」
小生意気な少女の嘲る声。
RIOが肉体操作を用いて外見年齢を幼女相応にし、目にも留まらぬ速さで通り過ぎつつ、大剣を横袈裟に振っていたのだ。
幻影に惑わされた様子は微塵もない。
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体質:真・血臭探知
説明:いかなる状況下においても、より広範囲に、より精密に嗅ぎ分けられるようになった血臭探知。
不届き者が念を込めて巧妙に血の臭いを隠そうとも、一雫でもあれば君主の嗅覚からは逃げられない。
血の流れていない者には効果が無いのは変わらず。
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そう、RIOは瞼を閉じていた。
本体がどれなのかを鼻で見抜いていたのだ。
【戯けが】
だがそこは不死の君主であるヴァンパイアロード。飛ばされそうになった頭を両手で掴み、断された箇所を繋ぎ合わせ、傷跡も残さず接合し、牙を剥いた。
【貴様如きの幼稚な覚悟でロードが勤まるか! 外界との干渉を避け、下僕に進化の可能性を封印させ、種としての保守に試行錯誤し百年の眠りに身を置いた私の覚悟に……敵う道理は無い!】
「さあ。向上心を忘れ、種族としての現状維持こそが満足の吸血君主さんとは異なり、私は世界最強の王冠を被るまでは停滞しませんのでね」
幼女化の姿形を戻したRIOが声高に返す。
【これでもかッ!】
説いた覚悟を突っぱねられたヴァンパイアロードは氷の柱の一本を豪快に鈍器へと変え、部屋一面を薙ぎ払う。
石造りの壁を削る手応えはあった。だがRIOの手応えはまるで無かったのは、翼を大きく広げて跳躍した姿が視界に写ってから判明した。
「実に……清々しい気分です。思わず歌でも口ずさみたくなるような晴れやかな感覚としか言いようがありません。新君主の誕生を祝して受けてみて下さい。うふっ」
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体質:ブラッドアイスニードル 消費MP10
説明:射出した針が、命中した箇所を起点にして内部までじわじわと凍らせる。
MPを消費しなければ、通常のブラッドニードルになる。
発動中は肉体の再生が止まるのは変わらずだが、傷口を凍らせて止血することも出来る。
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体から、翼から、魂凍てつく雹の大渦によって負わされた傷口からおびただしい血の針が迫る迫る。
刺さればそこから氷の侵食が始まって動作を阻害り、よしんば躱したとしても床に散乱した針が氷の棘と化してしまう。
【……チッ】
新スキルの餌食になってしまい、HPをすり減らしてしまったヴァンパイアロードは舌打ちをした。
やはり彼奴はここで無慈悲に殺さなくてはいけない。
本能の警告に従い、RIOを一介の吸血鬼ではなく百年の平穏を脅かす災禍と見定めた、その直後であった。
「火照った体がそろそろ冷めてきました、能力を楽しむのも終わりとしましょう。ヴァンパイアロードになって獲得した"特別なスキル"で締めにします」
延々と続くかと思われたRIOの酩酊感はピークを過ぎていた。
無制限の肉体操作を今しがた制御し、姿形を元に戻すまでに掌握したからだ。
これがRIOの魔の才能、通常の吸血鬼では君主の血に順応するためには数時間から数日はかかる中、五分という極短時間で完璧に馴染ませていた。
【特別なスキルだと、そうはさせてなるか……馬鹿な? 動けん!?】
飛びかかろうとしたが、ブラッドアイスニードルはヴァンパイアロードの脚全体を覆い尽くして磔にしていた。集中力が途切れていたように見え、罠を張る頭は働いていたようだ。
RIOの言う特別なスキル。メッセージログを見てもスキル名すら不明であったが、RIOは効果を細部まで把握していた。
ヴァンパイアロードを吸血した時、一緒になって記憶も流れ込んできたからだ。
発動方法のレクチャーは不必要。かつて血の歴史を生きていた何代ものヴァンパイアロード達の血の記憶を読み解いて学習する。
「これは……最終ラウンドですが、一気にトドメを刺しましょう」
幻聴のように聞こえてくる先人達の声に意思で応え、大剣を振りかぶった。
後は誓いを立てるために、唱えるだけ。
□が並んで秘匿されたスキルの名称が、今明かされる。
「《破壊の技能……」
紅い液体が滲み出るまでにRIOの左目が充血し、そこから血涙のように流れる液体が霧となる。
空気中に拡散した霧はRIOの全身を包み込み、一体化した。
「……君主に撃滅の役割あれ》!」
希うように宣誓し、眼前の同族に横一閃に斬りかかった。
明日の更新は休みます(いい加減休む)
こうしてRIOは種族進化の極みに達したのであった




