草原&悪魔
日刊ジャンル別表紙入り……
ああ……ありがとうございます
眷属達にこれからの動向を伝えて、草木や瑞々しい土の香りが血臭に塗り替わりつつあるはじまりの草原エリアにて徒歩での移動を開始しました。
目的地は第二の街である『アムルベール』へと定めています。
追われている身ですが、眷属達を近場に待機させつつ人通りが少なくなる深夜の闇に乗じれば侵入できる希望はあるでしょう。
「到着までひたすら歩くだけですね。なら私も眷属の皆様に命じたエネミー排除へ共に参加すべきか、ううむ」
ここ草原地帯のエネミーはそこまで強くはなく、狩った側からどこかでリポップするのでレベルが低い内なら有り難いですが、こちらにとっては余計な機能を備えた動く障害物です。
それはともかく、これはあらゆる意味で困りものです。
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エネミー名:ホーンラビットLv1
状態:死亡
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「ガッ! ガッ!」
「グピッ! ゲヘェ!」
精神衛生面に悪影響が拭えないほど生生しい咀嚼音が聞こえてしまいました。
現在はじまりの草原を順調に進んでいるのですが、途中出現するエネミーである《ホーンラビット》を眷属達は生のまま骨まで捕食しているのです。
そしてホーンラビットはいくら倒そうが眷属化しないと判明しました。もしかすると眷属化は人間限定なのかもしれませんね。
『悪夢だぁ……』
『なんちゅう恐怖映像』
『百 鬼 夜 行』
『ウサギさんかわいそう』
『兎肉を食してるだけなのに何が悪いのですか』
『倫理観麻痺してついにRIO様化した視聴者が出てるぞ』
『レベル29がはじまりの草原に居ていいわけない』
その気持ちは痛いほど……アンデッドなので気持ちいいほど分かるとでも言うべきでしょうか。
私なんて様付けされるほどご大層ではない平均的女子高生なのに、いつの間にかRIO様呼ばわりで定着してしまったのはこっ恥ずかしいものです。
「それでは私も、少しは働きましょうか」
そう思い立ち、眷属達に倣い一体を《吸血》で仕留めてみましたが、驚くことに経験値が二重に獲得できてるではありませんか。
元の量が雀の涙なのでレベルアップはしなかったのと、LUKがどん底の評価なのでアイテムドロップが何一つありませんでしたが。
なお小銭程度ですが累計100イーリスを稼がせてもらいました。
しかし商業施設から出禁されてるも同然な私に貨幣の使用用途なんて無きに等しいはずですが、そこは追々考えましょう。
「あのぉRIO様、ワシは何をなさればよろしいのでしょうか」
眷属化して腰が低くなった元ギルドマスターさんが問いかけてきます。
やはり悪意によって生前の自我をとりとめてますね。
「では引き続きエネミーを排除しつつ周囲の警戒を怠らぬようお願いします。あなたには期待してますよ」
「ははっ! このワシにお任せあれ!」
適当な言葉で労うだけで一層やる気になったギルドマスターが躍起になって野ウサギ狩りに励み出しました。
この人は、ギルドマスターといった人の上に立つ地位に収まるよりかは、優良な指導者の下で働く方がより能力を発揮する類の人物ですね。
眷属化しても殆ど外見が変化していなかったので、これでビジュアルが亡きディードさんと逆ならば視聴者様への見栄えが良くなったかと思うと惜しい配下です。ディードさんを眷属化不可なまでに肉体を損傷させてしまっていたのは失敗でした。
配信者に見栄えは軽視できませんし、視聴者様に主要キャラだと認知されていない内に、冒険者を裏切ったギルドマスターは早すぎますがいずれ解雇対象になるでしょう。
★★★
月が雲に隠れるほど時間が経過したはずですが、追っ手や救援の冒険者は全く来る気配がありません。
わざわざ自分から居場所をさらけ出すに等しい配信行為を続行中なのにですよ。
まだ冒険者達にとって、田舎の街一つしか陥落させてない私の脅威度は取るに足らないまでに矮小なのでしょうか。
『冒険者専用スレ覗いてたが殆ど呑気してたぞ』
『スレに現れる奇妙な通名見るのが毎日の楽しみになってるワイ』
『命名担当のNPC明らかに人選ミスだよな』
『AIが参考にしてるリアルの人間が極端過ぎる』
『RIO様が冒険者にならなかったのはこれはこれで英断だった』
『とにかく冒険者も一枚岩じゃないから誰一人来てないんだろうよ』
情報提供助かります。余力を残したまま進めそうなのは好都合ですね。
このBWOにおいて夜間の移動は日中よりも数多くの危険がつきものなのですが、吸血鬼にとっては体質上やむを得ません。
しかも《光属性弱点極大》はどうやら内部の数値上は-9999にまで光属性に補正がかかっているのでほぼ克服不可能。
ダメージ倍率自体は大弱点の-100と全く同じなのはせめてもの救いですが、同時に大弱点になるまで何かしらの方法で耐性を上昇させなければ日光を克服できないので、大味なゲームバランスだとの感想しかありません。
やめにしましょう。
日光に立ち向かったり和解するよりも、日光をどう避けて生き抜くかに重点を据えることにします。
「ヴ……?」
その時、動物相手に和気あいあいとしていた眷属の皆様が一様に同じ方向へ首を動かしました。
どうやら上を向いてます。
私には吸血鬼であるのに関わらず夜目が効かないため、月光が雲に遮られた暗夜の空に対し彼らが何かを発見したのかと推理するしかありません。
暗黒の中で目視可能の範囲はせいぜい半径4メートルまでが限界ですので、仮に雨天であらばその時点で暗中模索の詰みです。
「RIO様RIO様! 一旦はじまりの草原から退避した方がよろしいですぞ!」
声が裏返り冷や汗まみれのギルドマスターの様子が得体のしれない事態の深刻さを物語っていますが、これだけではよく理解できませんね。
「逃げる場所なんてありません。まずは何者がいるのかを確認します」
なので私は逆に考え、"下"を注視してみました。
まるで天の邪鬼な発想。自分でもどうして理解不能な行動をとったかは深く存じませんが、私は冒険者に憧れていながら喧嘩を売るようなひねくれ者ですのできっと本能的な行動なのでしょう。
『またRIO様が突拍子もない行動しとる件』
『RIO様がそっち向くとワイの画面も連動して地面しか見えなくなるンゴ』
『↑視点固定機能知らんのか? 各自が視聴しやすい位置にカメラ設置できるぞ』
『サンクス。時代は進歩してるンゴねぇ』
『雑談の空気つくって現実逃避すな』
視聴者様は困惑気味ですね。
そこもまた結果が出るまで致し方ありません。
「……こういうことですか、即興の判断は間違っていませんでしたね」
刹那、巨大な鳥のような影が地面を覆っていたのを僅かに目で確認できました。
通常の鳥にしては体躯が巨大で、羽ばたき方はコウモリを緩慢にしたそれであります。
ならば一体どんな飛行生物なのか。
『まずいぞRIO様』
『特殊なエネミーってやつかこれ』
『はじまりの草原には場違いじゃねこのエネミー』
『あ、無理だこれ』
『ネームドエネミーってのレベル高すぎて草枯れる』
「ああ、ネームドエネミーが出現したのですね。冒険者プレイヤーを除いた対等以上の難敵との交戦なら、配信としては盛り上がるでしょうか」
そう虚勢を張りましたが、夜間での強行軍がここで仇になったようです。
視聴者様がコメントしたネームドエネミーとは、簡潔に言えば紛うことなき強敵。
詳しく解説すれば、BWOのストーリー上の強大な存在により固有の名を賜るほどの実力を有した特別の中でも特別なエネミー。
基本的に格下相手にしか姿を現さない卑劣かつ賢明な習性で、極々稀にしか出現報告が無いのにも関わらず新米冒険者が夜間の移動を最も恐れる理由そのもの。
その一体が、今まさに音もなく付近へと襲来していたのです。
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エネミー名:飛翔の悪魔将・ディアボロLv50
状態:普通
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雲が晴れ、月光が降り注いだ時に見えたネームドエネミーは、薄みがかった赤い体に隼を彷彿とさせる顔貌、気迫張り詰める巨大なコウモリのような翼を背に宿した人型の有翼悪魔でした。
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