逃がした獲物は……&脱獄
「クソ! つまらないプライド見せつけて豚箱に飛んだか!」
紙一重の差で間に合わず、虚空を斬ったジョウナ。
ただでさえ負け惜しみとして煽られ、確定されたはずの勝利を掴みそこなった憤りは、木漏れ日に焼かれるRIOの亡骸に剣を突き刺すことでしか発散出来なかった。
「まいっか、RIOなんてどうせ何度やり合っても勝てる。ボクの相手にはならないのは打ち合って分かったことだし、監獄島から帰ってきそうな場所でもぐら叩きをして……あ?」
その時、ジョウナは冒険者二人分の剣呑な気配を察知した。
久方ぶりのログイン以来、これまで勝ってきた雑魚冒険者とはわけが違う者達。
「【Sランク序列10位・マイナス流転因果のラプラス】これより《大陸崩壊級の災厄ジョウナ》の危険因子レベルをサードクラスへと移行する」
「【Sランク序列9位・答剣士抜天丸】よって、俺達が派遣されたということだ」
冒険者専用掲示場の週間序列ランキング常連の二人が、雨天の中、遠路遥々駆けつけていたのだ。
二つと二つ、計四つの眼からは確かな敵意を放っていた。
「やあやあお久しぶりぃ、インテリ君にバツマル君! 元気にBreakWorldしてたかい?」
「黙れ。正義を冒涜した貴様と対話する価値無し」
ヘラヘラとした態度であるジョウナの言葉は、抜天丸により一蹴される。
「だそうだ。そんなわけでこの世界のためにも消えてくれ」
ラプラスは呟くと、幾何学的な模様の魔法陣を展開した。
ラプラスきっての得意技、ステータス値がマイナスになるまで止まらない超強力な弱体化魔法を発動する下準備だ。
「すっごい良いと思うよその前置きぃ。最後に会った時なんてチビりながら命乞いしてたもんねぇキミ達仲良しコンビは。おわ!?」
内心呑気していたジョウナだったが、急に自分の懐に飛び込んできた刀には死ぬかもしれない危機感を覚えたためすぐに躱す。
「ビビったなあもう、いやマジで。ボクがいない間どんだけ研磨したんだい?」
「俺達は一年前の俺達とは違うぞ。一年のブランクを埋めきれていないジョウナなぞ、五分もかからず刀の錆に出来る」
「まさかもう戦意喪失ってわけじゃないよな。抜天丸殿の刀技の真髄は片側も出していないのだが?」
冒険者二人は、まるでジョウナの力量を嘲笑っている様子だ。
これには、たった一人で数の差をひっくり返すだけの驚異的な戦闘力を持つジョウナといえど、表情から驕りの色が消えた。
「アハハ、アハハハハハハ! こりゃいい! キミらを斬ったらどんだけ美味しい勝利を味わえるか楽しみだぁ!」
かつての戦友の成長に喜び勇み、ジョウナの標的は一時二人へと置き換わる。
RIOを追うとしたら、彼らに勝って憂さ晴らしした後でのお楽しみだ。
そして、トップランカー同士の戦いの幕が切って落とされたのであった。
▲▲▲
はじまりの街から遥か西に位置し、冒険者ギルドの管轄下となっているこの監獄島から元の大陸へと戻るにはいくつかの方法があります。
一つ目、下手に騒動を起こさず、出所が認められるまで辛抱強く服役するか。
二つ目、看守長の一存により決められた保釈金を払うか。
三つ目、カルマ値がゼロ付近になるまで自害を繰り返すか。
そして最善手と言われる四つ目に脱獄です。
計画性無き脱獄はデスペナルティが襲いかかるだけとなりますが、ルート自体は有志の手により開拓されており、最低限の逃げ足さえあれば監視のご機嫌次第で本土に戻れるそうです。
有志の人には真心を込めて感謝したいです。
もっとも、囚人プレイヤーによる度重なる脱獄行為により看守側はそのような事態は織り込み済みであり、ルート通りに走っては屈強な看守達に待ち構えられてしまうため、毎日のように難しくなっているとの情報を貰いました。
知りませんね、脱獄一択です。
平均的女子高生は自由に遊びに行けない抑圧された生活が大嫌いですから。
その窮屈さから抜け出したい性に基づいて事を起こしましょう。
「おいそこ、RIOお前だ。コソコソと何をしている」
鉄格子越しから看守であろう男の人の声が耳に届きました。
ここはあえて正直に答えます。
「食事中です。気が散るので話しかけないで下さい」
そう振り向かずに言葉を返し、インベントリにしまわれてあったプレイヤーのパーツを次から次へと取り出し、《吸血》を続けます。
「なァにィー? 食事中だとォ!? 許せん、ここでのルールを足りない頭にもう一度叩き込んでしまおうか! だいたい貴様はカクカクシカジカうんぬんかんぬん……」
静かな空間に五月蝿い人のコラボレーションは後者だけがしつこく記憶に残りそうですね。
ふむ、どうにかレベル62までは失われた力量を取り返せました。レベルが60以上無ければ種族進化の条件をクリア出来ませんからね。
余談ですが、私の刑期は吸血鬼であるのをいいことに懲役3000年と無茶振りも何もあったものではない気が遠くなりそうな年数となっていました。
「お粗末様でした」
ほぼ吸い尽くしたので、雌伏の時を終わりとしましょう。
そろそろ準備体操の一つは過激に行いたかったので、鉄格子を力技で引き破りました。
「おああああ!? 貴様のわあばっ!?」
「こんな不衛生な閉所での生活を希望するためにゲーム配信活動をしているわけではありません。心機一転、脱獄開始です」
とりあえず、煩わしい看守の人を宣戦布告がてら殴り倒し、経験値の一部にしました。
『やっぱりかww』
『初手殺害は基本』
『基本とは?』
『有志「そんなやり方知らん」』
『期待を裏切らないRIO様』
『脱獄だぁ!』
『プリ○ンブレイク』
『またBreakかぁ(いいぞもっとやれ)』
さて、こんな突き落とされた底辺の世界から這い上がる企画なのに沢山の視聴者様が集まってくれて引き締まる思いです。
それに、脱獄する方法なんて極めてシンプルです。
ただ階段目指して駆け上がり、誂え向きに桟橋に停泊してあるボートを漕ぐだけですから。
海は基本的に穏やかであり、競艇初心者だとしても小一時間漕ぎ続ければ追跡者も諦めてくれます。
「脱獄! 脱獄者発生ッ!」
「囚人番号605のRIOだ!」
「誰か戦闘に長けた奴はいないかーーー!!」
看守達は誰も彼もが大声の大合唱となり、聞いていて良い気分にはなりません。
それに上階へと走るほど防衛設備が杜撰となり、看守のレベルが低く偏移する傾向があったので、苦なのは最初だけでした。
「お前さんRIOだろぉ。なあ、俺っちをこんな地獄みてぇなクソみてぇなとこから出してく……アガアッ!!」
「受刑者ならば人の手を借りず刑期を全うして下さい。眷属化は勘弁してあげます」
騒ぎに便乗した囚人NPCが口を挟んでくれば、歯をへし折って大人しくさせます。
そうこうして海の上の階にまで登り、視聴者様から逐次コメントされる進行方向に駆けてみれば、海風の当たる感覚と共に桟橋が見えてきました。
「む、ここで命運尽きましたか」
ところが、計算外の事態に見舞われてしまいました。
肝心の脱出用ボートが全て木片にされてしまっていたのです。
誰の手が及んだのかは後にして、脱出手段が一つ潰されたのは痛いですね。
「ともかく考えましょう。最後に物を言うのは緻密な計画性ではなく、即興で演じられるアドリブ力なのですから」
そう言い、追っ手を確認し、足を休ませ冷静になってみました。
長距離を泳ぐのも有りでしょうが背後から狙撃でもされ続けてしまえば反撃は難しく、また種族上呼吸が不必要だとはいえ不慣れな海中移動を試みるならば上陸には朝までかかりそうな上、水棲生物タイプのエネミーにも警戒しなければなりません。
てはどうするか、答えは空です。
胸に剣を突き刺して血契りを交わします。
【ハハハハ! オレの最強の気弾に敵はない!】
「フラインに命じます。あなたの背に跨がるので、飛行能力で海峡を越えて下さい」
ここはフライン最大の得意技を利用させて頂きましょう。
彼とて卓越した力量を持つネームドエネミーと畏怖された悪魔です。人一人分乗せて飛翔するなど訳ないはずですが……。
『飛べてねぇ』
『ダメでした』
『あちゃー』
『フラインが顔真っ赤になってバサバサしててなんかほほえま』
『いくらレベルアップしたフラインでも限界はあったか……』
『RIO様体重いくつだ?』
『↑平均的女子高生に体重聞くとかデリカシー無いねぇキミぃ』
……私の現体重は47kgであるため、飛行のためにスマートな体型であるフラインでは飛行時の均衡が維持出来なくなる重量だったようです。
これは弱りましたね。
……戦闘力が落ちてしまう手段はあまり使いたく無かったのですが、こんな実りの無い足踏みを続けても元の木阿弥です。なので。
「駄肉を削ぎ落としました。これで飛べるでしょうか」
私の片方の腕と胸の下辺りまでの部位を斬り、武器をインベントリに送ってフラインの足に掴まりました。
『ああなるほど』
『なるほどなー。吸血鬼なら欠損しても死にはしないしな』
『このぶっ飛んだ発想をなるほどで済ませるお前らよww』
『だって鬼才RIO様のやることだもん』
『鬼才、吸血鬼才』
『妖怪テケテケのフォルム』
私は鬼才なのですか、当然の発想をしたまでですが。
一方でフラインは、ニヤリと笑って応じてくれました。
「ふむ、低空飛行なら問題無さそうです」
力強く羽ばたき、同時に自分の体が宙に浮くような感覚を堪能しながら、小さくなってゆく孤島の刑務所を後にしました。
お腹は平気……




