滅びの街&雨時々血雨
そう、この第五の街は、私が手を出す前から既に滅んでしまっているのです。
たった一人の人間によって。
私の場合は眷属の方々やボスさんエルマさんのような方々と協力して薄氷の勝利を飾っているのに、その者は一騎当千の強さを行使し蹂躪すると、冗談が過ぎるやり方で滅ぼしたのです。
この街のギルドマスターは丁度本部に招集される時期であったために強運にも逃亡に成功したのですが、瓦礫と血と肉と骨で埋め尽くされたテドーラには何も残されていません。
あるとすれば、雨が傘に落ちる音のみです。
「あんの野郎! おめおめ逃げやがって!」
苛立ち紛れに地団駄を踏みながら歩く器用な真似をする冒険者が現れました。
私に気づいてるか否か、交戦に突入しても武器に変形していないため不利になってしまいますが、試しに話しかけてみましょうか。
「こんにちは」
「おお? 見ない顔だが冒険者か? 来たばっかで腕に覚えが無いなら早くここから離れた方がいいぜ。ぶった斬られて経験値をドブに捨てる羽目になりかねねぇ」
そう私の素性を勘違いして親切丁寧に大まかな説明をしてくれました。
「ふむ、現在この街で如何様な事態が発生しているのですか」
「"ジョウナ"が暴れてる。おかげでテドーラがこの始末だ」
物流の要所として栄えていた街の跡の惨状は、見れば誰だって分かります。
それよりも、彼の言うジョウナなる名の人物こそが今私が最も出会ってはいけない者なのです。
「アイツは北西方面に姿を消したって話だ。だから東の漁村に進んで海岸線を沿って歩けば王都まで無事に逃げられるはずだぜ。もしお前も戦うってんなら、出来るだけ数人で行動した方が何かと対処しやすいぞ」
「なるほどよく分かりました」
「北門の残骸には必ず何人かの冒険者が固まっているはずだ。そこでパーティ組んどけ。んじゃお先にな」
そう親切にしてくれた冒険者は、北西へと向かって行きました。
『やっぱあいつが暴れてるのか』
『いや、実はRIO様の仕業じゃね?』
『なわけあるか! RIO様だって建物壊しまくるまではしねぇぞ』
『ランク高そうな冒険者でさえこの焦燥って、どんな奴なんだ??』
『平たく言えばRIO様の10倍近くは危険な奴』
『10倍ってww買いかぶり過ぎっすよww』
『RIO様の10倍もあったら大陸全土が壊滅するわwww』
『いやまあすぐに分かる』
一部の視聴者様は詳細をご存知のようです。
現状特に最悪なのが、ヴァンパイアロードの棲まう古城が、ジョウナなる者の向かった先である北西方面に位置するという点に尽きます。
鉢合わせれば死は必定、仮に正面から戦って勝とうと思うなら、最低でも種族進化は必須条件です。
そんなこんなで足を止めて熟考していたら、先程の冒険者が逆再生じみた歩き方で私の前に戻り、口を開きました。
「お前よく見りゃあのRIOじゃごぼおぁ!!」
最早戦闘は避けられなかったため裏拳で彼の顔面を潰し、死体の隠滅のために瓦礫に埋めました。
「さて、北西へ進みましょう」
ここは、危険を避けて街を後にしましょう。
一瞥すると他にも瓦礫の上を歩く冒険者がいるので、留まるだけ不毛な戦闘が始まってしまいますから。
――冒険者達が口々に恐れるジョウナにとっても、又私にとっても冒険者が因縁の敵であるのは共通点です。
しかし和解は不可でしょう。何故ならば、その者の殺戮のターゲットには私が含まれているらしいので。
▼▼▼
テドーラ北西の森林地帯へと足を運んでみましたが、影になる部分がとりわけ多く、暫くは傘を武器に変形したまま進めそうです。
ですが、いつどこから襲撃されかねない危険地帯なため、血臭は神経質になるほどに集中しなければなりません。
早速反応ありです。
「ちぎじょお……」
「あぐあ……誰かいるのか……」
複数の血臭が広まっていると思えば、なるほど冒険者達が死に至っている最中だったのですか。
四肢や胴を肉片レベルにまで細切れにされて尚リスポーン地点へ行こうとしないなんて意図が読めませんが、他の冒険者プレイヤーに忠告でも伝えたいのでしょうか? 意外と一丸になってそうですね。
「どうされましたか」
「俺達はジョウナに殺された……ろくすっぽ抵抗する間もなく……」
「俺らなんて序列1000位以内なのに、なんでジョウナはべらぼうに強いんだ……。不公平だろ……」
そう悔恨の念に囚われていた冒険者コンビ。視界が霞んでいるのか私の素性は把握していない様子です。
言葉から推測するに彼らは私よりも格上かに思えますが、それでもジョウナとは一方的な殺し合いだったとは想像に難しく無いでしょう。
ですが、まだ喋れそうなので情報を引き出させます。
「あなたを殺害した者がどちらに向かったか、私に教えて下さい」
「やめろ。仇討ちするならトップ10の奴がつかなきゃ話にもなんないぞ……」
「どうしても知りたいのです。情報を提供して下さい」
彼らを仕留めた者がどの方向へと行ったかさえ知れたならば、逆のルートを通って目的地へと逃げ切れるはずです。
体をゆすり、顔を軽く叩き、必死さをアピールして引き出せないかを試みました。
「あ……あ……!」
「……いる」
そう彼は一言呟くと、意識が消滅していました。
いるだなんて、意味深長な遺言を残さないで欲しいですが、意味は察しました。
『ドドドドドドドド』
『いた』
『お ま た せ』
『当時と同じ姿でいやがる』
『RIO様ぁ逃げなきゃあ』
『これはまずいぞ……』
『いつ頃から復帰してたんだよあの人……』
『しぬしぬしぬしぬしぬしぬ……』
一様に戦慄する視聴者様。
「むむむ……数メートル先にまで迫っていたのですか」
肌が粟立つ悪寒に加え、血臭からはまるでサイレンが轟々と鳴り響くかのような危険信号を発す。
この者に半歩でも近づいただけでも死の一文字が錯覚として捉え、ましてや遠ざかろうとしても不思議と優しげな殺意の眼差しが足を動けなくさせる。
……そして、各街を滅ぼし続ける私に対し、いつまで経っても冒険者ギルドが吸血鬼討伐にいまいち力を入れない最大の理由。
一年前にこのゲームを辞めたはずであるBWO史上最悪のプレイヤーと謳われた女性が、再び仮想世界に降り立っていたからです。
「なんか冒険者っぽくないプレイヤーがいるかと思えば、この肌色、吸血鬼だったかぁ。つまりキミが人気者配信者のRIOなんだね」
よりにもよって、こちらの素性を一目で把握し声をかけられてしまいました。
ひとつ結びにした金髪に、トップスにホットパンツの活発的な恰好と、一見無害そうな二十代前半の女性だと思うなかれ。
彼女が冒険者と袂を分かつ生き方を決めた以前の通名は、【Sランク序列1位・死揮者】。
であるのに突如として冒険者ギルドから離反し、絶対的な戦闘力一辺倒で殺戮を重ねた末に懸けられた賞金額は、現在2億4000万イーリス。
これだけで、異次元の戦闘力を宿しているとわざわざ口にする必要があるでしょうか。
「殺人鬼ジョウナ……さん」
「吸血鬼RIO〜、ずっと待ってたんだよ! 第五の街で気ままに勝負しながらさぁ」
怖気さえ知覚する、陽気で胡散臭い物腰。
私に湧き上がるこの噴火しそうな感情は恐怖か高揚か。嗚呼、私はこの人を倒すためだけにBWOを続けていたのですねと強く思う度に体が震えて溜まりません。
「トッププレイヤーの栄冠を手にしていた方からも私の配信を存じていたようで光栄です。よってあなたには敬意をもって斬殺します」
戦いは避けたかったのですが、出くわしてしまったからには仕方ありません。
双剣を☓字に構え、いつでも反射的に動けるように踏み込む体勢となりましょう。
「いいよー。景気よくボクに斬りかかってみな」
相手は鼠色に鈍く光る細剣を右手に構え、こちらを試すような言動で攻撃を誘っています。
乗るしかありません。
私に勝算が極わずかでもあるとすれば、格下だからと侮っている間しかありませんから。
「推して参ります」
死を体現する凶悪無比な生命体に向かって足を動かすのみです。
「そこっ」
二メートル以内に接近した時に膝を曲げて体勢を低くし、狙いを定めている最中の相手を撹乱しましょう。
注視すべきは相手そのものではなく得物です。ジョウナさんは特殊な剣技を主軸とした戦法が滅法得意なプレイヤーだと一年前の記事に書き込まれてました。
「へぇー」
納得したような声をあげるだけで何かしてくるような様子は無しと。
直立不動を保っている相手ですが、だからこそ叩き込みやすいものです。
攻守優れた双剣の利便性に託しつつ、嗅覚も眼とした後は最終段階、滅多矢鱈に剣を振るうだけ……。
「はあっ」
「おやおや? フェイント無しで来るんだぁ」
攻撃を仕掛けると同時に相手の剣も動き出しました。
「む」
一撃食らわす度に弾かれる金属音が耳に入り、手には受け止められたような感覚がしては別方向へと攻撃が流されてしまいます。
しかし相手も一応、体力に底がある人間。連撃を止めさえしなければいずれ防御の意識が疎かとなり首を斬れるはずです。
「はあああああああああああっ」
手を抜きはしません、全身全霊をこの連撃に注ぎ込みます。
いいえ全身全霊だけでは勝ち筋が見えないでしょう。もっと威力を増大させ、腕が体を離れてしまうまでに剣速を上昇し、吸血鬼のフィジカルを最大限に活かして人間には真似出来ない剣技を生み出しつつも首狙いだけを念頭に置く。私が勝てる見込みがあるとしたらそれだけです。
「んっん〜」
そろそろ、どこか首周りの皮膚に命中はしたでしょうか。
「いいねいいねぇ、一撃一撃に込もってる『必ず殺す』の意に惚れ惚れしちゃうよ〜。全部捌いてやったけどさ」
あ、これは勝てませんね。
お腹が痛いと死ねる




