愛と愛のすれ違い
リアル回という百合注意回
虚構は虚構であり現実は現実。
波乱万丈な非日常よりも安穏とした日常。
昔も今も変わらない私の信条のはずでしたが、日が経つほど逆転するまでに揺らぎ出してしまっているのが、咎めるべき自分の悪い点です。
「生徒会の仕事を手伝うよう恵理子から頼まれたのですが、いささか早く来すぎてしまいましたか……」
まだ生徒の行き通りが少ない校門前にて、待ちぼうけるあまり虚空へ呟きました。
生徒会役員である恵理子から仕事の頼みを引き受けた理由、それは恵理子と居られる時間がもっと欲しかったのです。
私には、生活必需品のように恵理子がいなければならないので。
「……しかし、太陽の昇った空の下でこうして伸び伸びと出来るのは、人の体の有り難みを実感しますね」
今いる世界は現実の方で、何時間日光浴に興じようと死に迫る感触が一切無い人の体です。
そうでしたね、いくら陽の光に当たろうが死ぬ訳が無いのが本来当然の常識なのでした。
「莉緒莉緒莉緒っ! おはよぉー!」
その時、猪突猛進の如き走りで周囲の目線を集める恵理子が、朝の挨拶を裏表ない笑顔で言い切り。
「どーん!」
「おはようございま……おわっと!」
愛情表現を体当たりの要領で示していました。
朝から調子が抜群に良いのは言うことなしですが、ここはきちんと締めておきましょう。
「失礼ですが、スキンシップは節度と加減を考えなければ怪我では済まないトラブルの元となりかねませんよ」
「あ〜ん、もっと叱ってえ〜! 未だかつてない莉緒ロス真っ只中だからぁ。ぐへへへへへ」
たかだか十時間会っていないだけなのに何故ロスになるのですか。はぁ、呆れて物が言えないとはこのことでしょうか。
これをところ構わず校門の前ですらやってのけてしまうのが恵理子の常識外れな部分です。
「じゃ、生徒会室に行こ、恋人繋ぎでぇ〜。ぐっっへへ〜」
不審者も裸足で逃げ出す相変わらずな笑い声をあげ、私の指にしなやかな指を絡ませてきました。
「っつ」
いけませんね。
恵理子の何気なく発した『恋人』という言葉が頭の中で何度も反響して、握られた手に込められる力が余計に強く……。
「ねえ莉緒、最近変わってきたよね」
見上げるような目線で不意に訊いてきました。
「む、どこがですか」
「なんだろ、私付き合った回数ゼロだからそこのとこ詳しくないけど、莉緒が私に向けてる目が……意識してる感じになってる」
そう私の目の奥を、瞬きもせずに横目で直視していました。
目を見るだけで心の内を見抜くとは、恵理子は常に浮かれているようで鋭いですね。
これも、私と親密な仲を築いたからこそ為せる技でしょうか。
「そうですか。ええ、そうかもしれません」
恵理子による核心を突く言葉を否定しなかった自分が情けないです。
傍にいるだけで高鳴るこの桃色の気持ちを、向こう側から悟り受け止めてくれたら気が楽になると考えてしまう自分がひたすら嘆かわしいです。
奥手になってどうするのですか、恵理子はお母さんではありません。そんな自分からは何もしない卑怯な思考で受け入れられたところで、芯が弱くなるだけの今後となりますよ。
と自分の不甲斐なさを責めていると、恵理子がくるりと翻すように私の前へと立っていました。
「私に出来る事があったら何でも言っていいからね」
むう……恵理子は意地悪な一面もあるのですね。
どんな頼みも受け入れるポーズを見せつけてくれるだなんて……、ですけど言葉通りに甘えたら歯止めがかからなくなりそうになり、却って伝えられなくなります。
「何でもと易々と口にしては、後々取り消さざるを得なくなる羽目になりますよ」
むむ、どうして照れ隠しのあまり棘のある言い方になってしまったのか。
恵理子とのコミュニケーションがここ最近下手になってきていますね。
「だってぐへへな莉緒のおねだりなら何でもかんでも大歓迎だよぉ! デートでもキャットファイトでもバッチコイだからね!」
「キャットファイトとは……野蛮な行為は仮想世界だけにして下さい」
「りょうかい。じゃ時間も時間だしレッツラゴー」
そう私の手汗をものともせずに手を引き、足取りを軽くしロッカーへと向かって行きました。
こうして恵理子と近くでいられる学校生活も、長いようで短いたった三年と光陰矢の如しです。
私としては終わりを迎えたくありません。ですが、この依存関係にはいずれ締めを飾らなければならないのも現実。
恵理子と離れ離れになる……。流石に連絡は取り合えるでしょうが、想像するだけでも沈痛な気持ちが肩からのしかかってきます。
それにしても、ここまで恵理子に恋焦がれてしまうとは如何したものですかね。
万が一他の誰かのモノになってしまう前に振り向かせたい。そして私だけのモノにしてしまいたいのが今の自分が成したい使命です。
恵理子が変態的な愛情表現をぶつけてくるのはそれはそれで良いのかもしれませんが、毎度挨拶がてら私の肢体を恐ろしいほど滑らかにまさぐるのは……少し違うのですよ。
私が理想とする図は、欲求発散を主としたセクハラ目的ではなく、もっと平均的で誠実な、体よりもまず心を触れ合わせるプラトニックな交際をしたいのです。
本当に、罪のような意識に苛まれてばかりです。
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「ぐへ、ぐへ、莉緒が私の絶対領域でおねんねしてる」
この前も同じ事があったような覚えがありますが、昼食後、過呼吸気味となっている恵理子に膝を貸して貰っています。
私だけが頭を乗せることを許される場所、極楽です。
惜しむらくは、残る昼休みの時間上良くて十七分しか留まれないところでしょうか。
「莉緒ネコちゃん、ごろごろごろ〜くしくし〜」
そう何らかの動物の鳴き真似をした恵理子は、私の顎の下を指で撫でてきました。
「あっ、やめ、やめて下さいぃ……」
撫でられる箇所からくすぐられるような感触が沸き立ち、あまりにも気持ち良すぎて声がおぼつかなくなりそうです。
ここまで可愛がられると尚恵理子の手が欲しくなり、されるがままになってしまいますよ。
「ぐへへ、じゃあやめちゃおっかな〜」
すると突然、恵理子の手の動きがとまってしまいました。
「な! どうしてですか」
「莉緒がやめてって言ってるからだよ。『もっとやって下さい恵理子様』っておねだりしてくれたら、かわいいネコちゃんのために続けちゃおっかな? さあいってごらん」
ううう、私が快感に表情を和らげてしまっていると把握した上で試しているのですか。
ご褒美の我慢はよく調教された犬にしか出来ないのであり、猫には到底……いえいえ、私は猫ではありません。
……おや、恵理子の腿の肉付きが前回測った時とは違いがありました。
「ふむ、先週より減量していますね。喜ばしいことです」
「ふぇ、ホント? やったーって勝手に私のふとももチェックしないでよぉ!」
「す、すみませんでした」
そのつもりは微塵もありませんでしたが、困らせてしまったのなら一言謝るしかありませんね。
普段の行いを棚に上げているような気がしますが、恵理子だって嫌がることの一つや二つはあって当然でしょう。
その後、愛玩動物のように心ゆくまで可愛がられ続けていると、恵理子が重めの声色となっていました。
「……莉緒、大変だったね」
「何がですか」
「昨日の配信のこと。衝撃的なことばかりなのに、最後まで戦い抜いてお疲れ様だよ」
現在冒険者間で波紋を広げている私の配信。
ゲームなのだから大袈裟でしょうが、冒険者やギルドの度が過ぎた行為が明るみに出たことで、住民との関わりを軽視しない少数の冒険者達はギルドに反感を買っているらしいのです。
とはいうものの、「冒険者を不当に中傷する許さざる暴挙」だの「今はそれどころではない」と大部分は度外視したりギルドに肩を持つ者ばかりでした。
「恵理子は身の振り方を考えてたりはするのですか」
「ううん。私はね……冒険者を辞めない」
「ふむ」
「いつか莉緒と戦う時まではね。どんな理由であれ、身勝手にギルドを抜け出すのは不義だと思うし、どこに所属しても人助けは出来るから」
「それが恵理子の選択ですね。恵理子が良いと言うならば私は口出しはしません」
やはり恵理子は、私と相まみえても迷いなく斬れる覚悟は完成されていました。
他の同業者からスパイだと疑われているはずなのに私と敵対する組織に仕え続るなんて、相当な胆力が無ければこなせないでしょう。
私は恵理子とは真逆に、前に進めば進むほど覚悟していたはずのものが錆びつき始めているのです。
購入したての時こそ、現実世界と結びつきが無いゲームなのだからと恵理子を猟奇的に惨殺さえも出来たはずなのに、今となっては恵理子と戦いたくないと思いつつある……。
自分の中で、マイナスな方面へ思考の変動が訪れているのがつくづく嫌になりそうです。
なよなよとした覚悟は恵理子への無礼に値するのに、まあ私ってば人間強度が落ちたものです。
「次は第五の街で種族進化しに行くんだね。だけどあそこはとんでもないくらい大変なことが起こってるから気をつけてね」
「問題ありません。火が降っても槍が降っても困難ははね返してみせます」
「それなんだけど……、もしRIOが匙を投げるようであれば私も出撃するほどなんだ」
「む? そこまで大事なのですか?」
「うん。一年前の記事だけど、これ見て」
――恵理子から語られた情報。
それは、私が井の中の蛙なのだと思い知るには十分過ぎるまでに強烈なのでした。
休めました
ありがとうございました




