エルマ奪還戦 その11
戦いは何十分にも及ぶ長期戦でした。
時間感覚さえ無くなりそうなほどです。
私がほんの少し立ち止まった隙を逃さず全員が息のあった横なぐりに来る魔法の雨を浴びせ、躱しきれず被弾し動きが硬直してしまえば《理力撃》だのと宣言しながら杖を鈍器にして殴ると意表を突いたスキルを発動してきます。
一進一退の攻防を繰り広げている内にHPは危険域まで減らされ、両腕が使い物にならなくなるまでに押されていましたが、そこで、中央区にて暴走中の眷属達が参入してくれたおかげで持ち直せました。
囲んでいた冒険者一行があと一人になる頃にはこちらが囲む側になっており、蹴り技で倒してこの逆境を乗り切ることに成功したのです。
月の位置から計測するに、夜はまだ明けません。
エルマさんには、指一本触れらせないまま護りきれました。
『勝ったとわ』
『エルマちゃんのために戦い抜いたな』
『えらいぞRIO様』
『やり遂げたな……』
『このボロボロのボロ雑巾の姿こそがRIO様の美貌引き立たせてる』
『みせてもらったぜ、RIO様の勇姿』
『黙祷』
『勝手に殺すなww』
命に代えても守り抜く覚悟を決めていましたが、運命は私も生き延びさせてくれるそうです。
「別段危惧するほどではありませんでしたね。すみませんがエルマさん、傘はまだ被ったままにして頂けませんか」
両腕はもちろんのこと、右眼や右脚も失い、あちこち虫食いのようになった体は裸体時に匹敵する恥ずかしさで見られたくないので、再生するまでエルマさんの隣で地べたに座って休みましょう。
撫でたり抱きしめたりが出来るようになるまでは、およそ10分かかります。
「冒険者さん達、倒せたんだね……」
「所詮冒険者なんてこんなものです。私にとっては敵にも値しない味が無い餌です」
とりあえずは、不安を取り除く言葉をかけ続けるしかやれることはありません。
「……そんなことない。お姉さん、穴ぼこだらけになってるよ」
「おや、私のデリケートな休憩時間を覗くだなんて、悪い子ですね」
このあられもない姿を傘の下から見られても物怖じしないエルマさんは、メンタル面なら大人の一員に踏み込んでいますね。
それでいて私も軽口を叩くだけなんて、私は死線を越えために頭から疲労困憊になってしまったようです。
「わたしは、冒険者さんに狙われる悪い子なのかもしれない。けど、お姉さんの足を引っ張ってばかりの自分が悔しい……!」
「ふふ、悪い子は自分の身だけを重んじていれば良いのですよ。すぐ完治させます、エルマさんはそこで一人遊びでもしてて下さい」
……そうは言いましたが、再生能力の効果は低下したままですね。
そこで転がっている冒険者の死体を吸血したくても、まだ指まで再生していないために不可能です。
経口からの吸血は……、これも選べません。女性にとって口とは純潔の一つですから。
「お姉さん、早く治ってよぉ……」
するとエルマさんは、傘から出て私の風穴まみれの体に密着していました。
あんな目に遭いながら体温は正常、心臓も問題なく振動し音を鳴らしています。
とそれより、不安にさせるほど激しい損傷なのでしたかね。吸血鬼にとって致命傷程度では死に至りませんが。
特に拒みはせずエルマさんなりの気持ちを胸の内に収めていると、急に粘液のついたものにくすぐられるような感触が起こりました。
「はむ……んぱ……」
エルマさんが、血液滴る私の傷口を舐めたりしゃぶったりとしていたのです。
「何のつもりですか、吸血鬼の断面に口をつけるなんて、お腹を下すだけでは済みませんよ」
私の体を自己分析すれば、火を通していない生肉以上に病原菌の苗床であり、眷属化エキスまでが血に混じっていそうなのに、口周りが赤黒い血で塗れてもなお舌を動かす……はぁ、エルマさんの献身的な思いがこちらとしては気が気でありません。
手さえ治っていれば離れさせたのですが……。
「怪我したところには唾をつけとけって、お父さんが言ってたんだ」
そう言っては、意に介さずに応急処置にもならない医療行為を甲斐甲斐しく続けていました。
エルマさんの父の教えだとしても、他人に施すのは解釈違いではありませんかね。
「迷信ですから、ともかく必要ありませんから」
「やらせて。わたしのせいで、たくさん怪我したお姉さんがかわいそうで見てられないから……」
……エルマさんは強過ぎます。
余計なお世話だと声に出して断じるのも躊躇われるほど熱心で、苦いだろう血の味も黙して舌で受け止め、弱音一つ吐かずに奉仕出来るとポイントとなる点が多いです。
また、私を圧倒させてくれました。
『気のせいか治りが早いぞ』
『気のせい』
『気のせい』
『逆にエルマちゃんの唾液が再生を妨げてるまである』
『お前ら空気読もうか〜』
なにはともあれ、大部分の再生は完了しました。
この滅びゆく街と別れを告げ、エルマさんや他の仲間を連れて南門から退散します。
南門といえば……彼がいましたね。
「RIOか!? その娘はまさか、救出に成功したのだな!」
通算三度目の顔合わせとなった、威厳ある検問兵さんです。
街があの惨状でありながら愚直にも検問を続けられる神経の太さ。彼もまた、任務に忠実な芯の強い人間です。
「手間がかかりましたが、ご覧の通りです。もう支配者不在の無秩序な街なんて守らず、早く故郷にでも帰還したらどうですか」
この方は人間であり敵側なのに、普通に受け答えしている私がいるのが甚だ変ですね。
ここ最近は影響されっぱなしです。
「それは出来ない。退去命令が下らない間はな」
「ふむ、命令ですか」
彼の真意が掴めません。
どんな非常事態だろうと、使命をほっぽり出せば死罪になるのですかね。
「自分が仕える主君は一人と心に誓っている。冒険者ギルドではない。その御方が帰還を許すまで、ここに立ち続けなければならないのだ」
「そうですか、私のような人間と馴染まない種族と対峙するとしてもですか」
「無論当然の事。乱暴狼藉を働いた輩を取り抑えるのも、自分の役目だ」
引き下がってくれないどころか槍を構えましたね。誘導するような言葉を選んだ私も私でしたが。
「しかしこれではお互い思うように動けませんね。エルマさんをそこに置く時間を頂けませんか」
「ああ、待とう。その子を巻き込みたくは無い」
「ありがとうございます。では」
エルマさんを壁にもたれさせました。
「用意はいいな」
「はい、これで何不自由なく戦えます」
「こちらもだ。君を止めるために幼子を巻き添えにせず槍を振るえるというもの!」
果敢な戦意を身に纏おうとも、勇気と無謀は違います。それに私に眷属化させられるリスクを負うならばここで逃げても恥にはならないはずですが。
「もらったッ!」
……邪魔をするなら容赦しません。
眷属達も後ろでつかえてるので、一対一で排除しましょう。
「はっ、せえっ」
「これならどうだ!」
相手が披露してくれたのは流麗な槍捌きでした。
緩急自在な槍の軌道は観ている視聴者様すら翻弄し、こちらが動きを読んだタイミングで意表を突く猛烈な突きが放たれます。
戦闘経験に関しては相手側に軍配が上がります。
本来武器を持った戦闘には無縁の平均的女子高生では、場数を踏んだ叩き上げの兵に技術で勝負すれば敗北は必至です。
「はああああっ」
「ぐあっつ!」
しかし、NPCとプレイヤーの地力の差は歴然でした。
槍の柄を掴んで剣で二つにし、武器を破壊されて動揺する相手の鎧を攻撃し、斬り結び、ガラクタにしました。
住民NPCでは並び立つ者無しなまでの手練れでしたが、言ってしまえばそれだけです。
「ま、参ったな、会心の槍術が全ていなされ、まるで足元にも及ばなかった。自分の力では冒険者のようにはいかぬか」
折られた槍を見つめながらそう言っていました。
「冒険者ではないながらも、思ったよりも遥かに持ち堪えはしましたね」
「いや、自分は敗けた。煮るなり焼くなり好きにするといい」
そう言った検問兵さんは、堂々とした態度であぐらをかいて座りました。
RIOを倒す唯一の術である武器が使用不可となってしまえば足掻かずに敗北を認める潔さ。
おかげで視聴者様からは『死なないで』とのコメントが流れているため、この人を煮るなり焼くなりしても後味悪くなりそうです。
「敗けたのならば、ここから去ればいいでしょう」
これ以上の危害は加えず、退去勧告をしましょうか。
「なんだと」
「武器や防具を破壊されたならあなたは戦闘不能です。こうして戦闘の継続がままならなくなるまで死力を尽くして食らいついたのなら、帰還する理由付けには十分なるはずだと思われます」
「ぬ、むむう……」
検問兵さんは葛藤している様子です。
誇り高いのは結構ですが、こちらも長くは待てないので即座に決断して欲しいところですが……。
「自分はここに立ち続ける。たとえリートビュートが滅びようと、体が持つ限りは故郷の土を踏んではならぬのだ」
どっしりと立ちあがり、なんとまあ天晴な答えが返ってきました。
「ならばご勝手に、孤独な死が望みならば止めはしません」
「うむ、そなたの情け、恐れ入る」
私の中で薄まっていた殺害が白くなったので、とりあえずは放っておくことにしました。
「検問を続けよう。今日も明日も明後日も」
そう検問兵さんは自分の使命を再開しました。
根性が真っ直ぐ据わり、へそは曲がる、変な方です。
わざわざこんな一文の得にもならなさそうな事を続けて何になるのでしょうか。
……っと、今日の私もそうでしたね。
私にとって大幅な戦闘力向上に繋がる種族進化を先送りにしてエルマさんをこの手に取り戻しに行くだなんて、何だか疲れがどっと押し寄せてきました。
今日は早めにログアウトして眠りに就きましょう。
『じゃあな』
『長生きしてくれ』
『達者で検問しろよ』
『冒険者には気をつけてな』
『コメントでしか言えないのが歯がゆい』
検問兵さんの忠節には、視聴者様から太鼓判を押されるまでのようです。
最後に街の門に今一度振り返ってみれば、検問兵さんは眠りこけているエルマさんの方に目を合わせていました。
「RIOほどの規格外な力があれば、娘は……今この時も健やかにしていたのだろうか……」
不思議と独り言がはっきりと聞き取れました。
この世界において力とは、欲しがるだけの者には与えられません。
善悪関係なくプレイヤーにのみ贈られ、守りたいものがあった彼のようなNPCには、どれだけ奪われ失くしても報われることはないでしょう。
世知辛い世界です。
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「彼女らが新しく加わる仲間となります。こちら、エルマさんは命を賭してでも守り通して下さい」
拠点で紹介し、夢の中状態のエルマさんをボスさんに渡します。
「あぁ……ちゃんとした"人"だぜぇ……。アンデッドとかじゃないまともな話が通じる人間だぁ……。人間ありがたやありがたや~」
「あのボスさん。眷属化していませんよね」
どこかやつれていたボスさんにとっては暫くぶりに出会えた人間であるため、歓喜のあまり男泣きしていました。
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