エルマ奪還戦 その9
「ンィィ…………」
「生き延びろとの遺言を無為にしては、あなたのお父様に顔向け出来ませんよ。ファイトです。私も頑張りますから」
そう激励を言い放てば、エルマさんから「頑張る」との意が伝わってきたように思えました。
エルマさんの生死は私の両手にかかっています。しくじれば悪評が鰻登りとなってしまうでしょう。
悪役としての評判ではなく、失敗した者として憐れまれるという意味です。
その二、培養液以外何も入っていない方の容器の蓋を開け、エルマさんを投入します。
「う、下水の臭いです……」
一滴口に含めるだけでも常人なら三日は寝込みそうなほど害がありそうな液体ですが、吸血鬼にエネミー、アンデッドに常人のはみ出し者と、この場に純粋な常人は一人もいません。
嗅覚さえ働いていないかもしれない今のエルマさんなら尚更、エネミーの身にはきっと苦にもならないはずです。
「いい調子です」
その三、機械を動かすための準備です。
ノートパソコンを簡略化したような操作性なので、直前の記憶を頼りに打ち込んでいけば、数秒で準備完了の文字が画面に映りました。
「もうすぐです。生きてますよね」
実験の過程で被検体が死亡でもすれば、移転先の肉体が無事でも実験続行不可と記載されていたので。
エルマさんは……眼球まで皺まみれとなりながらも、力強く瞬きを繰り返していました。
さあ、すぐに起動のボタンを押しましょう。
『ポチッとな』
『ドキドキ』
『お願いしまーす!!』
祈るような気持ちになりつつも、振動する機械に目を向けます。
培養液が泡立ち、周囲を埋め尽くす黄色い光が迸り、エルマさんの精神や意識が、エルマさんの肉体へと入り込む……ような音が鳴りました。
程なくして、泡が吹かなくなりました。
成功したのか、一歩間に合わずか。
抜け殻ではなく、人のエルマさんの方に顔を向けましょう。
「ん! んぶぶぶ!!」
成功こそしていましたが危機的状況ですね、水中に居て呼吸出来ないために容器の内側から必死に叩いていました。
手順その六、被検体の無事が確認されたら、息が続いている内に取り出しましょうとは書いていましたが、この非人道的な機械はもう利用したくもないため、ガラスを割って外に出します。
「はあ、はあっ……!」
流れ出る液の勢いに押されて外界の空気を取り入れたエルマさん。
「おえーーっ」
おっと、液を飲み込み過ぎていたあまり口と鼻から液体が逆流していました。背中を擦ってあげましょう。
そして平常心を取り戻したエルマさんは、まず自分の体に目を通していました。
「……手と足がある。体も動かせる!」
そう歓喜に満ちた声音で手を握っては開き、人の体の自由を思い思いに体感しています。
「エルマさん、あなたは見事勝利しました。あなたの粘り強さが、冒険者ギルドに一泡吹かせたのですよ」
「お姉さんだ! うううぅぅ……お姉さんが助けに来てくれたんだ……!」
出すものを出し終えたエルマさんは、恐怖の糸が切れたかのように感極まって、私の胸に泣きついていました。
「よく頑張りました。もうお姉さんは意地でもエルマさんを一人になんかさせません。今後ともなるべく傍にいますから」
「うんうんっ! わたしもお姉さんと一緒がいい!」
エルマさんは満面の笑みのまま、嬉しさで感極まっていました。
平均的女子高生のリアルという一身上の都合もあって片時も離れないまでには寄り添えませんが、趣味嗜好が歪みに歪んだ連中に攫われないよう正式雇用と致しましょう。
――倒すべき敵を倒し、救うべき人を救う。
完璧なる勝利です。
ここまでの険しい戦いが報われ、肩の荷が下りたのが一番に感じる点ですが。
『エルマちゃんが元に戻ったぞ!』
『よっしゃああああ!!』
『奇跡だ……』
『めでてぇなあ、めでてぇよお』
『悲劇は糞だからな、これで良いんだよ』
『RIO様万歳!』
『一件落着』
『88888888』
視聴者様が盛大な賛辞のコメントをしきりに送ってくれるおかげで、達成感もひとしおでした。
「……まだ仕舞いではありませんでしたね」
帰るまでが遠足という言葉があります。
なので、まずはエルマさんを安全圏に移すためボスさんのところへと合流しましょう。
こんな所に長居は無用です。
「エルマちゃんよく聞いて! 筋肉が盛り付く人間の体なんかに美しさは無いわ。考え直せばきっと気づくはず、その業突く張りとは手を切って!」
っと、目的達成で舞い上がるあまり、冒険者ギルドとつるんでいるこの見苦しい人のことを忘れていました。
光輪によって身じろぎしか出来ないながらも、口を塞いでおくための空きビンが自力で外さていたのは、研究者の執念が感じられます。
「そんなのやだ」
エルマさんは元の体にあまり慣れてなさそうにも関わらず、マリリィさんに毅然として答えていました。
「やだじゃないわよ! ドブ臭い吸血鬼と関わって何になるの!? 媒体のストックは山ほどあるからまだやり直せるわ。わたくしを信じてお願い!」
「わたし、お姉さんみたいにかしこくないから美しいとかの何がいいか分からない。美しいとかのために死にそうになっちゃうなら、うんって言いたくないな」
「ああああぁッ! エルマちゃんの愚図! 最低生物! こんな憎たらしい子の親の顔が見てみたいわ!」
「やめてよ!」
思うような返答がこないあまり子供のように喚き散らすマリリィさんと、亡き両親を侮辱され逆鱗に触れたあまり冷たい眼差しを刺すエルマさん。
こんな押し問答の最中ですが、どうせこの人は何を言おうがただの遠吠えなので、吸血してしまいましょう。
「年貢の納め時です。どうか早めに死して下さい」
「あががっ! あががごほっ……!!」
ギルドマスターの姉であるマリリィさんは、栄養分ではなく血を残らず吸い取られてこの世を去りました。
この人、被検体をパラサイトハットのように別の生き物にさせていましたが、あの様子では悪意は無く善意ですすめていたのかもしれません。
どのみち過ぎた事です。悪意をもって、人間をやめさせてあげましょう。
「ンー……ンー……」
マリリィさんは自我崩壊により、生前快感だった記憶を反復するような表情ばかり繰り返していました。
やはり妹同様、非道行為を常習していたのにもかかわらず、なんの呵責を覚えない省みる意味が分からないと悪意が薄い悪質な輩だったでしょう。
「あなたを眷属化させるなんて願い下げですが、エルマさんを守る者が現在非常に少ないのは事実。戦力を増やすためには背に腹は代えられませんね」
「ン……」
「まあ、惨めな粉くずになるまで使い潰してあげましょう」
こうして、自我が無くなり異常性の鳴りを潜めた姉妹を眷属に置きました。
さて、早速エルマさんを定位置に乗せましょう。
「うわぁ! お姉さんの肩車だ! 髪サラサラ〜、お姉さんの頭の上、すごい大好き〜」
エルマさんは私の髪も掴んでは大はしゃぎです。
自分をあんな体に移した人の頭の上で生かされていれば、ただの肩車も一層味わい深い感触でしょう。
『やっぱこれだね』
『エルマのポジション』
『RIO様信者ならみんな肩車されたいと思うよな』
『お前らヒキニートは頭の上じゃなくて足の下がお似合いだぞ』
『RIO様の御御足にふみふみされるなんて、我々の業界ではご褒美でございます♡』
『信者のキモさに負けた』
脳構造が意味不明な作りになっているあの研究者に比べれば、視聴者様のアブノーマルな趣味はかわいく思えます。
エルマさんの心のケアはこれで完了にし、地上へ向けて歩を進めましょうか。
「聞いてもいい、どうしてわたしを助けに来れたの?」
出払う直前に、ふとエルマさんから質問が交わされました。
「お姉さん、一番になるために忙しいはずなのに、捕まっちゃったわたしなんかを助けに行ってさ、迷惑なだけだったよね」
「ふむ、その見解は誤りですね。あなたの救出というよりかは、冒険者ギルドへの嫌がらせで参上したので」
そうです。
途中途中エルマさんの身を案じてはいましたが、結局は私のためなのです。
敵対勢力の冒険者が口惜しがるなら、エルマさんを取り返しに向かうくらい何の躊躇もありません。
「そ、そうなんだぁ。なんかお姉さんの嫌がらせってハイレベルだね……。正義ってワイワイ言ってるこわい人達に嫌がらせして、仕返しとかこわくないの……?」
「何が返されようと力で粉砕するまでです。私は、正義の敵なので」




