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エルマ奪還戦 その8

 この人の始末は確定事項ですが、どう始末するかが悩み所です。

 そもそも、この人とエルマさんを切り離したところで解決なのか……。


「わたくし、ギルドマスターやってる妹から人や魔物の生物研究を合法のもとに一任されたのよ。最初は嫌嫌だったけど、やってく内に生きがいになったわ。だって、正義の冒険者ギルドが躍進するための事業に携われるもの」


 突然始まった自分語りの内容は、予想の真ん中から当たってました。

 恐らく、ギルドのため以上に、自身の低俗な欲望や知的好奇心を満たすために行っているということも。


「ミィッ…………」


 その時、弱々しく鳴く帽子から一本の触手が伸び、マリリィさんの頭部へと突き刺されました。


「んーっ」


 するとどうでしょうか、マリリィさんが変な声をあげては頬を紅潮させています。

 ストローよろしく吸い上げられる度に、麻酔作用でもあるのか恍惚とさえなっています。


「快感に喘いでないで、死にたいならば死にたいと包み隠さず申しなさい。死に様は私が決めます」


「んー、わたくしが死にたい? もし他殺であれ、実験失敗の事故であれ、わたくしが命を落としてしまうと、エルマちゃんも暫く命輝かせながらこの世を去ってしまうのよ」


 ……そうきましたか。

 圧倒的力量差がある私に手を出させなくする理由。

 エルマさんはこの人と共生させられてしまい、この人も自らすすんでエルマさんと一心同体になったと。


「パラサイトハットってね、人間から養分を拝借しなければ干からびちゃうかわいそうな魔物なの。しかも一度取り付いた宿主の切り替えも不可能。んー、エルマちゃんはね、わたくし無しじゃ生きていけない弱小種族になっちゃった。んー」


 会話の途中にも、養分を吸い上げられるマリリィさん。

 先程から何度も触手を伸ばしているのはもう、活動源となる養分の供給が追いついていないのでしょう。

 人としての尊厳を踏みにじられる行為を自分の意思でせざるを得ない、私でも屈辱的です。


「ミ…………」


 帽子状の体についている目玉からは、一筋の水が滴り落ちていました。


 牢獄に繋がれていたエネミー達も仕草がどことなく人間的なように感じましたが、この人の手により生まれ変わってしまったのですかね。


「もうエルマちゃんは子犬にも勝てないくらい弱い生き物よ。だけど考えてもみて、か弱さこそが命の美しさって。今のエルマちゃんは芸術的な美しさでしょ。だって儚い命を一生懸命に永らえさせる切なさこそ、生命が本当に輝く姿ですものね」


「どの辺りが美しいなのですか、醜いの間違いですよね」


「んもう、エルマちゃんを醜いって言ったら嫌われちゃうわよ」


「あなたに言いましたが。醜い人間様」


 この人、神経に触る言動ばかり飛び出しませんね。


 ……私自身、自分を価値のある者だと思ってはいませんが、この理論に間違ってでも共感すれば己の価値がどん底にまで下がるでしょう。


 しかもこちらが絶対に手を出せないと知ってて甘々とした声色で語るとは、気持ち悪いほどもどかしい気持ちになります。


「ねえねえ、あなたも強くて美貌が腐る吸血鬼なんてやめて、パラサイトハットになってみない? レベルは1からになるけど、かわいいエルマちゃんと細胞から同種族になれるわよ」


「黙りなさい」


「どこが不満なのかしら……そうだわ、わたくしのお願いを聞いてくれた暁には、エルマちゃんと交配させてあげちゃおうかしら?」


 もはや返す言葉が出なくなり、剣を握る手は目の前の俗物へと向け、今か今かと脳からの断罪命令を待っています。

 しかし、脳からは手ではなく言葉を出せとの命令が届きました。


「あなたは思い違いをしています。吸血鬼はいわゆる劣等種族なのですよ」


「んー?」


 養分を吸われたからではなく、純粋な疑問の声が返ってきました。


「日の光を浴びるだけで焼け焦げる赤ん坊未満の強度、おとぎ話も吃驚な設定ではありませんか。私はそんな種族のしがらみによって満足のゆく配信が妨げられ、開始時刻にすら常々気を配らなければならないのです」


「それってあなたの価値観よね。わたくしが世俗に疎いと思ったかしら? あなたは人間を殺し回れる強靭な種族なのは分かってるのよ」


「いいえ、強靭だとしても私は発展途上であり、まだまだ最愛の人にすら実力で劣ります。それに、日光を乗り越えたところで強力な冒険者連中に四六時中追われるのは以前変わりありません。まあ私にとっては願ったり叶ったりですが」


 ……根本的に、私の目指す先は日光の克服ではなくトップに届く強さ、即ち最強の称号です。

 弱さに美しさを見出しているこの人とは永遠に反りが合わないのです。


 ここまで口説き伏せれば、マリリィさんも怒り心頭でしょうか。


「吸血鬼の審美眼が狂ってるってことは呑み込めたわ。RIOは美しくもかわいくもない。罰として、エルマちゃんを()()()あげるしかなさそうね」


「出来るものならばそうして下さい。ではシイラさん、このマッドサイエンティストに光輪魔法を」


「シイラですって!?」


 あなたの妹、血臭によるとつい先程ここへ到着していると反応していました。

 その名に仰天しても時すでに遅しです。


「《魔法・光輪の拘束(ライトニングリング)》」


「うがあっ! シイラァ……! こんなケダモノの手先に堕ちてるんじゃないわよ!」


 手足の自由を奪われても尚、どうにか脱出出来ないかと必死の形相でもがく異端な種族。

 そしてシイラさんの手には、地上階の部屋内に散乱していた書類がいくつか握られていました。


「彼女は性格に難ありな支配者くずれでしたが、自我と共に異常性が抜けて愛くるしくなったでしょうか」


「RIOォ……ぶち殺すぅ……」


「そんなに死に急がないで下さい。批難は後でにしましょう」


 シイラさんから書物を取り上げ、有意義な情報が掲載されていそうなページを黙読しましょう。


 著者はマリリィさん。今最も消したい人の名前です。



 ホムンクルス製造法のイロハ、役立ちません。

 人と似た遺伝子の魔物達、破り捨てましょう。

 絶滅した生物一覧、ページを握り潰します。

 人類弱小種族化計画、無駄に壮大ですね。どれもためにさえなりません。


「これは」


 偶然か必然か、精神を移転させる機械の操作方法についての情報が書き記されているページを開けました。


「ふむ、エルマさんが眠るあの機械、プレイヤーに配慮したシンプルな機構ですね」


 これなら、私でもエルマさんを元通りに出来るでしょう。

 胸くそ悪い敵であったシイラさんは今や最大の味方ですね。褒美として、後で上質な肉を食べさせてあげたくなりました。


「焼却処分すれば良かったものの、どうして情報が敵に渡ると想定せず一階に残したのですかね」


「あなた馬鹿なの!? 処分なんてしたら次の世代へバトンを渡せなくなるじゃない!」


「なるほど、ではついでに研究成果を本日で途絶えさせましょう。あなたの努力の結晶が未来に受け継がれなくなる様を、これでも咥えながら見学して下さい」


「あげっ!」


 魔法の詠唱でもされれば厄介なので、この人が飲み干した後に残った空きビンを突っ込みました。

 手順は記憶したので本をシイラさんに返し、エルマさんに手を添えます。


「ミ…………」


「エルマさん、すぐに終わりますので少しだけ我慢して下さい」


「ミイッ」


 鳴き声なので言葉は分かりませんが、私の言葉をしっかり聞いて頷いたのは自身を持って断言出来ます。


 実験開始と参りましょう。手順その一、エルマさんがいくつも張り巡らせた触手の根を全て抜き取ります。


「ィ…………」


 ……む、もう萎びて弱り始めました。

 手順通りに行うのは元より、スピード勝負の側面が数段強いですね。


『エルマちゃんがしぼむ……』

『新種のエネミーかと思えば、生きるのがハードモードなエネミーにされたのほんまあいつ鬼畜』

『あの女笑えないな』

『笑えてたまるか』

『エルマちゃん頼むから死なないでくれぇ』


 一刻の猶予もありません。エルマさんが衰弱死してしまえば全ての終わりです。

 終わりにさせるのは、リートビュートの存亡を賭けた戦いだけで十分ですから。

 なまじ死んでも生き返す手段がRIOにあるから失敗する展開も作れるんだぜこれ……

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― 新着の感想 ―
[一言] うーんこの姉妹。 上手く行ってくれよ……
[良い点] 人を弱々しいエネミーに変えるだなんて、なんとおそr いやこっちも妹さんをかよわい眷属にしてたわごめんな
[良い点] 一番の被害者は圧倒的にエルマちゃんやなw
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