エルマ奪還戦 その7
しかし最奥地には中々到着しませんね。
今やボスさんらが引き上げの時刻となる三時間が過ぎようとしてしまいます。
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エネミー名:レッサーベアーLv17
状態:正常
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「グ…………グルル…………」
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エネミー名:ラージスライムLv12
状態:正常
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「ヌチャ…………」
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エネミー名:レッドオーガLv20
状態:正常
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「フガァ…………」
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エネミー名:キラービーLv15
状態:正常
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「ブゥン…………」
物思いに耽りながら回廊を進んでいると、雑多なエネミーの唸る姿が……それぞれ一体ずつ牢獄の中にしまわれてありました。
思えばこの回廊、壁が途中から鉄格子が並び立っていましたが、大罪人の収監施設かと思いきやエネミーが囚われていたようです。
たとえ安全性があっても街にエネミーだなんて、リートビュートは観光スポットとしては上出来ですね。今や私の気分は怪物達の看守です。
『やっぱりダンジョンだったか!?』
『バトルバトル!』
『……こいつら見つめてるだけで襲う気はなさそうだぞ』
『エネミーの種類がバラバラなのはなぜかしら』
『なあRIO様、もう出ようぜ……』
『来ちゃいけない所に来てしまった感』
視聴者様は怖気づいている御様子ですが、むしろ私からしては不可解な建物から不可解な秘密が隠されているのは予想づいてました。
エネミー達は鉄格子越しでもどうして敵意を向けないのかはひたすら謎ですが、目的外の場所で立ち止まっていても詮無きこと。進める通路がある限りは黙々と進むだけです。
「メラメラ…………」
「ぷにゃん、ぷにゃん…………」
「ウキャッ…………ウキッ…………」
この後も多種多様なエネミーが牢獄の中でしたが、襲う様子が無いのは相変わらず。
万が一にも鉄格子が突然開け放たれる仕掛けが作動しても、命が脅かされないという強い安心感すら芽生えます。
動物園でももう少し野性的な動物らしさがあるのですが、むむ……、実に奇怪な地下空間です。
エネミーらには突出した強敵がいなかったので、終始手を出さずに進みたいと思います。
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視聴者様のコメントに答えつつひたすら道なりに沿って進み、照明による光が差す部屋の近くへと到着しました。
「血臭は一つ……いえ、人間以外でもう一つ、重なって反応がありますね。エルマさんの反応がありませんが」
声を漏らしましたが、この静寂な空間では奥にいる人物? に伝わってしまったかもしれません。
「――誰か、わたくしの研究所にあがり込んだのね」
「む」
その声、聞いた瞬間反射的に真後ろへと振り返りました。
何故ならば声や口調がシイラさんとそっくりでしたので。
もっとも、よく考えてみれば似ているようで初対面の人の声だと発覚しましたが。
「ひょっとして、RIOさん? んー、RIOさんじゃなくてもいいわ。ずっとエルマちゃんとお話してるのも疲れちゃうし、狭いけどどうぞ入って」
「エルマさん……ですって!」
奪還すべく、数々の人間を殺害し配下にしてまで捜した者の名前。
これを耳にした直後、血臭が一つしかないとかの異様な点が頭から離れ、歓喜に沸き立つ体は部屋の中にまで駆けていました。
「あらあらRIOさんね。コングラッチュレーション、まずはおめでとう。んー、種族を超えた友達エルマちゃんのため、東奔西走してついにここを突き止めたってところかしら?」
黄ばんだ白衣を纏い、蛙の頭の上部としか形容出来ない奇妙な帽子を被って座り込んでいたシイラさん似の女性が、武器も魔法も使わずおっとりとした声色で話しかけてきていました。
部屋を一瞥すると、ビンやフラスコ、または立方体の何かの装置や器物だらけの研究室です。
そこで一段と目を引く円柱のガラスに覆われ、管に繋がれた二つの巨大な容器。その容器に満たされた緑黄色の培養液の中には……、フードを外されているエルマさんが眠っているように目を閉じていたのです。
エルマさん分の血臭反応がしなかったのは、このためでしたか。
「名乗らなくて結構です。直ちにエルマさんを解放しなさい」
最早生きているかも不確かな状態。
窒息死していたとしたらそこまでですが、まだ肌色は別れ際の時とそのままでした。
とにかく、少なくともエルマさんの肉体は目立った外傷も無く無事でいると判明すればこっちのものです。冷静に対話に臨みます。
「解放だと脅されてもねぇ。どうしたらあなたの望みを満たせるようなエルマちゃんの解放になるかが……不肖わたくし、マリリィめには分かりませんの」
そう大物ぶっては、ポーションのような液体を飲み干すこの人、ええとマリリィさんでしたね、こちらの指示を聞かずに名乗って、早くも対話に応じるのを拒否しているようです。
「この期に及んで冗談ですか、それも結構です。気が長い私ですが、今すぐにあなたを物騒な意味で旅立たせたいとうずうずしていますので」
「きゃは、その何百人も血にしてきた視線、ゾクゾクしちゃいそう。……エルマちゃんはね、んー、もう解放されてるといえば解放されているのよ」
まるで話が噛み合いません。
「ふむ、不肖私には虚言としてしか受け取れませんね。解放する気が無いならば眷属化で従わせる方法もありますが」
「わ、RIOさんって強そうなのにせっかちなのね」
どこまで脅し立てても飄々とした態度を崩さないこの研究者。
この余裕、間違いありません。私にとって、彼女を不用意に殺してはいけない理由を示唆しているのでしょう。
エルマさんの閉じ込められた培養液の機械も、助かる確信の無いまま破壊するのも避けた方が賢明ですねこれは。
「んー、んー。そこで待っててRIOさん。もうちょっとだけ栄養摂取しようかしら」
また薬品入りの瓶に口をつけ、今度はラッパ飲みの姿勢で喉を鳴らしていました。
栄養摂取とは、戦闘準備をしているようで、どこか含みがある言い方だったのが気になります。
こうした光の届かない場所でひっそり研究している偏屈者とは、思考を読むのが困難この上ありません。
「…………」
む、この研究者の被っている帽子がひとりでに揺れたような気がしました。
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エネミー名:パラサイトハットLv1
状態:恐慌
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なるほど、それは帽子ではなくエネミーと。まさか私がフラインを召喚するように、使役するエネミーを被らせているのでしょうか。
「ミ…………ミ…………」
考察していた時、どこからともなく細い鳴き声が聞こえました。
耳をすませば、この帽子のようなエネミーから発せられたものです。
でしたが、エネミーとは鳴き声を発しても"声"ではなく"音"と表した方が正しかったのです。が、このエネミーからは紛うことなく"声"が聞き取れました。
思い返せば、閉じ込められていたエネミー達の口から発せられていたのも"声"でした。
『な、なあこれさあ』
『小さい女の子の声したぞ……』
『やばい。非っ常にやばい』
『最悪な展開だ……』
『鬱』
『俺はこの配信を観た時からどんな外道相手だろうとネタにして笑い飛ばすつもりだった。だが、あいつだけは……!』
「んーー。またわたくしの栄養分をがっついちゃって、育ち盛りなのかしら、この子」
いけません。そんなことがあっていいわけが。
そう思索を巡らすほど、とある可能性に嫌でも思い至ります。
「エルマさんなのですか。これも冗談……ですよね」
「精神の移植実験には悪戦苦闘したのよ。エルマちゃんはいい子になれているかしら」
そう言ったこの人、屈託の無い笑みを浮かべたまま帽子のエネミーに……変わり果てたエルマさんを愛撫でていました。
遅過ぎましたか。
「ンミィ…………」
消えてしまいそうな泣き声。
なりたくもない生物にさせられ、しかも意思がそのまま残されている。
意思疎通の手段も封じられ、四肢無き異形の体では手振りでの疎通も出来ない。
それでも確実に伝わったことは、始めて出会った時のように「助けて」と言いたいのだろうということです。
「控えめに言って自信作なのよ。ちなみに空洞のボディは軟体動物あたりの精神を埋め込んでみたいからあえて残してるの。どう? 興味があるならわたくしの生物実験を見学してみる?」
嗚呼、また私の中で始まりました。
このような場面に逢うといつも湧き上がるのです。
怒りでも悲しみでも、憎悪や絶望でもなく、身も心も冷え切る幻滅。
戦力を揃えて私に勝負を申し込めばそれで良いはずなのに、半ば部外者となったエルマさんにばかり魔の手を向ける。
彼ら冒険者ギルド連中の手口、底が知れます。
「エルマさんを実験台にしたのは面白おかしかったですか」
「答えるまでもないでしょ。間引きの人達とは別物の、吸血鬼の血が混じった世にも珍しい被検体なのよ。おかげでしばらくぶりに張り切っちゃった」
「やっぱりいいです。どう答えようが同じことでしたので」
……皮肉にもなりません。今日だけで私を力以外の面から打ち負かす人間が何人もいるなんて。
リートビュートの街とは、倫理人道さえも無視出来る者達が跋扈する魔境ですね。
胸焼けしそうです。なので、ここで晴らさなければなりません。
RIO様なら何とかしてくれるはず
お腹は大丈夫そう




