エルマ奪還戦 その6
「RIOがいたぞ! こっちに集まってくれ!」
「油断するな! ギルド職員がほぼ手下に成り下がってやがる!」
「今それ言うなよ! 相手はRIO一人って聞いてたぞオレ!?」
「ノリと勢いで来ちゃったけど、勝てる気がしない……」
時間は経過し吸血鬼によるギルド侵入は広く知れ渡っているため、侵入者排除のための冒険者達は数グループも乗り込もうとしています。
とはいえ、士気が低そうなのは不幸中の幸いです。全員と戦わずとも、優勢を見せつけるだけでエスケープを示す者はいくつか現れますから。
「……これで全員ですかね」
新しい眷属達を巧く遮蔽部にしながら各個撃破しました。
Sランクが混じっていたとしても、下位なら互角近くの力量差で勝負可能です。
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体質:行動不能耐性+100
説明:行動不能系の状態異常の耐性が実質無効にまで引き上げられる。
但し、何らかの要因で耐性が下げられる等すればその限りではない。
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その過程で何度か食らった状態異常の麻痺眠り石化、エトセトラエトセトラ、眷属達の耐性は今ひとつでしたが、私が庇って引き受けることで無効化させ、反撃の糸口へと逆利用させてもらいました。
まあ状態異常の技なんてなるべく食らわないのが精神衛生上ベストなのですが。
「ヨヨヨ……コッチヨ……」
シイラさんから案内される道を歩き、南区行きの門を通りましょう。
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「おおい見ろ、ギルドマスターがいるぞ」
「ギルドマスター!?」
「あいつだ! 俺達の気も知れないで片っ端から拉致させるようにしやがって!」
「……あれ、なんか眼が血走ってね」
「RIOもいるぞ……え? ギルド連中RIOを消すだの宣言してたんじゃないの?」
「なんでRIOと一緒にいるんだ?」
南区には、抗議を申し立てたいのか住民達が中央区行きの門に集っていました。
私とシイラさんの横並びの姿を目にした途端にどよめき立っていますが、まあ良いでしょう。
私のために一仕事させるため、彼らから自制を取り払います。
「リートビュートにお住まいの皆様、冒険者ギルドはこの私の手により陥落しました!」
「なんだって!?」
そう驚き、言葉が喉を通らなくなる住民達。
静かになってくれた方が声がよく通るので、この衆目の前での演説を続けましょう。
「よってこの街の統治は今夜をもって店じまいとなります。ですが、聞いて分かる通りこの街からは安全圏というものが一切合切無くなるでしょう」
「……何?」
リートビュート内による血で血を洗う動乱の予感を察した人民がちらほらと増えていました。
ふむ、みんな表情が正直です。
それではトドメの一声を投げかけましょう。
「私もこれより多くの人間を眷属に変えようと思います。さあ皆様、迷うは死です! 生き残りたければリートビュートから逃亡を図るか、私に服従するか。……または、招かれざる客を招き入れた挙げ句自爆した冒険者達に縋るかですかね?」
「おわあああああっ!」
「冒険者のバカヤロー!!」
「やっぱり冒険者ギルドなんて糞の役にも立たないじゃねえかよ!!」
「もうダメだーーーっ!」
「どうせ死ぬんだ! 好きなだけ好き勝手やってやるぅ!」
私の演説を聞いた住民達はてんやわんやの大混乱の様相に陥り、近くにいた冒険者の制止をも振り切ってまでのごった返しとなりました。
すぐに全区間も同様のパニック状態となるでしょう。
ざっとこんなものです。力の政治を攻略するなんて、より大きな力を示すだけでいいのです。
もう冒険者ごときでは住民達の暴走は収束不可です。潔く全員殺すまで止まりはしないでしょう。
『まさかこんな形で街が終わろうとはww』
『住民を煽動するRIO様やっべえ』
『今回はほぼギルド戦だけやんけ』
『うっひょ絶景』
『うおお! あのモブ男、冒険者蹴飛ばしたぞ!』
しかし、遠巻きから眺めてみれば、住民達は誰彼構わず押しのけ合うほどに死にもの狂いですね。これも、当たり前と言えば当たり前です。
生存の余裕を失った人々は殆どが自分の身だけを尊重し、邪魔となる他者を蹴落とし生贄に捧げ始めてしまう。
希望が潰え、目前に迫る凶悪無比な死の絶望から何としてでも離れるためには宝くじ以上の僅かな可能性にも賭けたくなり、そんな自暴自棄の前には軟な力での抑止なんて意味を成しません。
強大な絶望とは思考を先鋭化してしまい、最大の対抗策である団結や結束さえも忘れ、自分だけは自分だけはと盛んに特別視をするのです。そう暗示のように唱えなければ、生死以前に恐怖に押し潰されてしまうでしょうからね。
実際は、逃げ足が速いか運が良い者だけが得をしやすい不平等で理にかなった恐怖なのですが。
「これで冒険者ギルドが支配するリートビュートは、自分達で撒いた種によって終焉です。今回を自己判定するなら楽勝と言いましょうか」
……ですが、エルマさん救出については出発時の想定を何周も上回る難度です。
ゴールが見えたかと思えば一歩進んだだけ、それの繰り返しはそろそろ終われば良いのですが、むむむ、堪えますね。
「ココヨォ……」
そしてシイラさんは、建物の密集地にカモフラージュするように建てられた平屋を指さしていました。
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『エルマちゃーん、どこだー』
『お姉さんが迎えに来てるぞー』
『しっかし長い戦いだったなあ』
『いやあこんなチンケな平屋にいるとは灯台下暗しだぜぇ』
『コメント勝ち戦ムードなのやめいフラグ立てるつもりか』
浮かれてはいけません。
この建物内にエルマさんがいるとしても、侵入者を出迎える者の警戒を怠れば元も子もありません。
あまりシイラさんに先陣を任せても、そこで一斉攻撃でも食らって倒れてしまえば案内人がいなくなり、エルマさんの捜索が長引いてしまう恐れがあります。
なのでシイラさんは一旦出入口で待機させました。
「ふむ、この部屋からも血臭反応は無しですか」
本棚から乱雑に散らかった書物を踏み越えつつ、付近に潜む者がいるか、ついでにエルマさんの手がかりになりそうな物がないか探索しているのですが、めぼしい情報は掴めませんね。
生活感が異様に感じらず、それに加えて無人な屋内。ですがシイラさんは眷属化しているため法螺を吹くとは考え難いです。
もしかすれば、ここはエルマさんの受け渡し場所なだけでこの建物自体はフェイクなのでは? いえ、ここがハズレであればもう後がありません。
「聞こえますか、シイラさんも突入し、この住居から役立ちそうな物を集めつつ、案内して下さい」
「ヨヨ……」
安全だけは確認されたので、シイラさんに賭けましょう。
……何かを思い出すように右往左往しているシイラさんを暫く観察していると、何か壁の前辺りで停止していました。
「ソコヨ」
「む」
指差した先には、触ってみてもなんの変哲もなかった黒染みの付いた壁。
しかし、他の壁と合わせてノックしてみると少し音の反響が違って聞こえました。
ノックする力を徐々に増し続け、普通のパンチと何ら変わらない威力となった頃には薄壁を破壊しており、地下へと続く薄暗い通路が現れていました。
木製のドアの欠片も転がっています。
「まあ、単純明快な仕掛けですね。血臭反応も漂ってきましたし、この先に進むのは正解でしょう」
「ソウヨ……サキヨ……」
シイラさん、眷属化してまるっきり性格が変化してる方が、愛着すら湧いて好感が持てやすいですね。
分かれ道などにぶつかるまでは耐久力が高く再生可能な私が先に立って進み、シイラさんには引き続き安全を確認してからついて来させ、出来るだけ一箇所に固まらないようにしました。
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『やべぇすげぇ不気味』
『まさに秘密基地』
『暗い』
『なんか住みづらいとこやな』
『ダンジョンみたい』
『血臭大丈夫そうか?』
血臭からは、エネミーの反応が奥の奥から数体。あくまで推測ですが、街の範疇でありながらエネミー犇めくダンジョンに繋がっているのかもしれません。
「エネミーが潜んでいるような所に人が住めるのでしょうか」
あえて大きめに呟いても、エネミーの足音が迫ったりはしませんでした。
この地下世界、延々と続く回廊のような細道であり、壁の材質は青みがかった石。平民の財力では逆立ちしても掘り進めないほどの長く伸びた造りと、冒険者ギルドの隠れ蓑としてなら機能していそうな所です。
進めば進むほど空気が淀み、蜘蛛の巣が張られ、苔生す石が多くなってゆくのが全く手入れされていない現状が見て取れます。
「おや、これは」
そして、石造りの地面に目を凝らしてみれば何人分もの足跡が、その中でも真新しそうなものが二人分。
大小それぞれ一つずつ、歩幅も大きさに見合った間隔でした。
なるほど、やはり奥地にいるようです。
長丁場だった奪還作戦の成功が、いよいよ現実味を帯びてきました。
「エルマさんまであと一歩、というところですね。それにしても苦労させてくれました」
流石に次回もいないってことは無いと思う……
そろそろお腹診てもらいに行く




