エルマ奪還戦 その4
視聴者様の指示は短い間隔で次々送られるため、階段へは迷わず辿り着いて登れています。
『右』
『そこの角を右』
『右に曲がって』
『そこの角を左』
『↑おいww』
『そこの角を上』
『そこの角を下』
『そこの角を右上』
『おまいら遊ぶなwww』
『そこの角を←→AB』
『↑←↓→A』
『RIO様たぶん世代じゃねえんからやめろww』
ネタ混じりのコメントなので指示は完全には一致していませんが、こちらが多数決方式で進行方向を選べば大体正解にはなります。
「RIO……RIOだわ!?」
それまでギルド職員と会遇したのなら無関係な者を装いたかったのですが、あまり有効ではなく、逃げるようにして離れるしかありませんでした。
「……ギルドといえど、中核への道のりは単調でした」
さて、5.5階だのと捻くれた構造でなければここが最上階です。
ここまで一時間弱、まだ夜が始まったばかりの時間で着けたのは何よりです。
敵の本丸への扉は一つ、聞き耳を立てても私の聴力では呼吸は捉えられなかったので、血臭で確認しましょう。
「この扉、開けたくなくなりました。はぁ」
血臭からは、弱々しい反応が一つだけしかないからです。
この先にはエルマさんだけか、エルマさんではない何者かか、どちらが居ようともトラップが備わっているのは推して知るべしです。
ですが虎穴に入らずんば虎子を得ず、どうせトラップであるならば、攻略した先で待って居るのが前者であって欲しいですね。
「さて、どう出ますか……」
律儀にノックなんてせず、蹴破って突入します。
そして大剣を構え、いつでも斬り払えるようにしました。
「はじめまして、ごきげんよう。《魔法・光輪の拘束》」
「む」
しかし、希望的観測を粉切れにするかのように待ち構えていたのは後者の方でした。
栄養失調気味にやせ細った女性が魔法を発動させた瞬間、私の真下から二つの輪っかが出現し。
「むむ」
光り出した輪が一気に縮まり、縄のように手と足が縛られてしまいました。
「わたくしはリートビュート冒険者ギルドマスター、名はシイラ。どう? 不幸を運命づけられた虚弱なわたくしだって、魔法の心得があるのよ」
『いきなり!』
『やっぱり罠か』
『ギルマスゥ!』
『エルマちゃん結局ここにもいねぇw』
『拘束魔法は状態異常じゃないから行動不能耐性+100の体質作動しないしな』
『↑RIO様にそんな体質あったか? あったわ』
……物理的に嵌められてしまったからには腕ずくで解除するのが先決でしょうが、この光の輪、見た目以上の硬度と縛り付ける力があるために、行動出来ても膝を曲げるだけが限界です。
まあ、一応打つ手が無くなってはいませんが。
出来るだけ距離を引き付けられれば、突破に繋がる一手が実行可能です。
魔法の腕が立つギルドマスターのシイラさんとやら、次は何を放ってくれますか。
「RIOさん。うふっ、これでゆっくりお話出来るわ」
すると、良識でもあるのか次の魔法や攻撃をしかけるわけでもなく私に歩み寄ってきました。
「エルマさんはどこに幽閉されているか、それ以外の雑談はお断りです」
「ごめんね、憎まないで。わたくしも憎しみで魔法を放ったんじゃないわ。こうやって動けなくしたのは、わたくしの悲哀に共感して欲しいからなの。忌み嫌われてしまう女のコ吸血鬼の貴女なら、きっとわたくしの悲劇の過去に涙してくれるわ」
要約すると、そこで立ちながら過去を聞けですか。敵の過去など知ったことではありませんね。
ですが、もっと近づいてくれなければ打つ手の確実性が低減するので、聞かざるを得ません。
話半分になりましょう。
「あれはわたくしが子供の頃、そう、まだ冒険者ギルドなんて設立されてなかった昔の事よ。ブーゲンビリー王国子爵家の次女だったわたくしの家に不幸が起こったの。当主だったお父様が刃物で滅多刺しにされて殺害されるというね……」
そうか細くも感情的な声音で語り始めました。
このシイラとの名を持つギルドマスターでしたが、まあ人間である以上は過去の一つや二つはあるでしょう。
「だけどね、お母様や知人や、他の貴族家だけじゃなくて本家からも……、みんなからわたくしを事の実行犯だって、証拠をあげてまで真っ先に疑いをかけたのよ。親子なのに……疑うなんて……」
まるで私を敵ではなく理解者かと仮定しているようで、身振り手振りを交えて切々と訴えかける様子は、実際に起こった悲劇の一部始終を吐露しています。
「なるほど、あなたに味方する者が人っ子一人としていないまま殺害事件の冤罪とされた。……濡れ衣を着せられるだなんて、仰る通り悲劇的ですね」
「いいえ、確かに父を殺害したのはわたくしよ。でも、どう考えても論点がズレてると思わないかしら」
「は……?」
クエスチョンマークしか浮かばなかった一言。
今のでこの人への同情が停止しました。
そしてシイラさんは、更に言語を畳み掛けてきたのです。
「だってひどいじゃない! お前殺したのだって最初から決めつけて疑ったのよ! こんなの理不尽な横暴じゃなければなんて言うの!? そもそもわたくしは、お父様が死ぬほどウザいから亡き者にしてあげたのに、みんながみんな、よってたかって異常者だって糾弾してきたの……うっ……正義なんてどこにもないわ……」
ヒステリーを起こしたかと思えば目頭から雫を零すと、行き過ぎた情緒不安定さを表していました。
「……ねえRIOさん、賢い貴女には誰が悪いかはもう分かるわよね。そう、確たる証拠もないで疑いをかけた人間モドキ達が絶対的な悪なの。もちろんだけど、哀れにも疑われたわたくしに非なんて一切無いはずなのよ」
答える気も失せました。
「だからわたくしは、疑った人全員の財産も、命をも自由に奪う権利があるはずなの……いいえ、それだけじゃないわ。北の王国も、この大陸も、世界全土も我が物として蹂躪しても良い権利が与えられるべきなのよ」
呆れ果てて胸焼けや目眩がしてきました。
「そうでしょ? だってわたくしは、不当に疑われた哀しき被害者なんですもの」
何かの冗談のような述懐をさも大真面目に言ってのけては顔を覆い、悪びれる様子もなく悲しんでいる顔相となっていました。
お手上げです。
この人独特の病的な倫理観と哲学は、いくら私でも擁護不能と突きつけたくなります。
冒険者ギルドの幹部とは、こんな支離滅裂な方面に飛躍した精神性を持つ者ばかりで構成されているのなら、それはそれは被支配層が生きにくい枯れた社会になるのも納得の一言でしょう。
情状酌量の余地皆無。こんな不快な理論で共感しろと言いたいのならば、光輪解除を条件にされても土台無理としか返答しようがありません。
――この人への長い御託は不要ですね。
「あなたは血を吸い取って殺します」
まだお腹がやばし