エルマ奪還戦 その1
街内は前回訪れた時と打って変わって閑散としており、そこかしこに新しい血痕が残されているのがただならぬ気配を煽ります。
どうもフードを被った住民を全員連れ去るだのと豪語した冒険者ギルドでしたが、少なくない報酬を提示したあまり、冒険者がフードを被っていない住民さえを力ずくで無力化した後、布をフードっぽく巻き付かせてギルドへ送っていたとか。
そのうちエルマさん本人が発見されたために事態は収束を迎えましたが、解放された住民達は未だに恐怖から覚めず、冒険者ギルドが危険因子RIOを街内に運ばせるも同然の声明を出したために、もはやこちらから手を出さずとも街は機能不全にまで衰退するでしょう。
エルマさん一人を捕まえるだけのために、こんな大事にまで事態を悪化させては何食わぬ顔でふんぞり返っているだろう冒険者ギルド。
力による政治とは、かくも苛烈さが留まりませんね。
『シーンとしてる』
『リートビュートがなんかこわい』
『屋外ダンジョンみたいな雰囲気に』
『スレで聞いた以上に大変なことになってんな』
……コメントも注意深く随時確認しましょう。冒険者側からエルマさんに関するメッセージを送られてくる可能性があります。
「はぁ、一人で観光なんてしたくなくなる暗い街です」
歩を進める度に虚無感を覚え、独り言を呟いてしまいました。
後方の射撃を担当してくれるボスさんはおらず、安全策をとるならフラインの召喚も避けなくてはならないと、まるで心細い気分です。
住民の眷属化なんて言われずとも禁止であり、私に同伴している者は強いて言えば視聴者様のみ。
一人で参ずべしとだけしか通達されてませんが、向こう側にとって都合の良いような暗黙の制限はあると仮定し、派手な動きは控えましょう。
「RIOです」
「ふむ、通るがよい」
肉体操作未使用で名乗っておけば、番兵から問い質されることなく門を譲ってくれます。
そのまま歩き続けると、やがて宮殿をモチーフとしたようなアラビアンな建造物が聳え立つのが見えてました。
『お、絢爛豪華なギルドやん』
『通称・大理石の城塞』
『俺が現役だった時なんて南区の端がギルドだったのにな』
『リートビュートも変わったな』
『もっと変わるぞ、主にRIO様の手で』
『んじゃ吸血鬼らしくギルドのてっぺんにクソみてぇな旗立てたれ』
冒険者ギルドが台頭する前は、異国情緒溢れる外観を是としていた風変わりな貴族の屋敷です。
冒険者ギルド勢力がその貴族の権威を根から剥奪し失脚させた後は乗っ取りの形で取り込み、建物の防御向けの設計は有用と見たのか取り壊さず流用しつつ改築を繰り返したので、庭園付きの豪奢で異色のギルド支部が出来上がったのです。
外回りの区は大通りがあるために敵の侵攻時には荒らされやすく、対して中央区の冒険者ギルドは複雑な形状で攻め込まれ辛い。庶民との身分差をこれみよがしに表した街の造りです。
「失礼します」
私に言わせれば、これまで襲撃したギルドとは内装や中核の位置が違って、入って一歩目から戸惑ってしまいそうです。
「ほーお。マジでギルドに来やがったぜぇ」
「よ、RIO、騒ぐんじゃねえぞぉ? 二階に大事な人質ちゃんがいるからなぁ」
……ロビーに入った途端、大勢の冒険者達の息遣いを耳にしました。
冒険者およそ十は、クエスト帰りなのか汗水流した後のような異臭を漂わせながら、嘲るような視線を向けています。
ともかくエルマさん本人が上階にいる可能性は高そうです。
「さて? 人質が大事とはどのような意味でしょうか?」
「ぷっ! こいつ余裕ぶってやがる、ゲヘヘへ」
「これからヘナチョコ晒すってのにな。キヒキヒ」
「せいぜい健闘を祈るぜぇ。ブヒャヒャ!」
……恵理子とは別種の下品なだけの笑い声です。これが終われば、恵理子と通話をして記憶から洗い流したいです。
それに彼らの言動や面構えからにじみ出る勝利の確信、首謀者から必勝の戦略でも情報共有されているのでしょうか。
しかし目的外の冒険者に構っていれば、いたずらに時間を浪費するだけです。
『こっちだ』
『あっちだ』
『あっちこっちだの抽象的な指示やめんかww』
『前、前だからなー』
フロアの構造をご存知の視聴者様の指示に従い、階段を登り、目的地手前の扉に到着しました。
「数十人もの大所帯が潜んでなければ良いのですが……」
《血臭探知》で扉の先を確認してみます。
「反応は三つ、それより奥は不明ですか。そして……背後にも多数の反応がありますね」
ロビーの冒険者集団が、退路を塞ごうとしているのでしょうか。
己の身を顧みるのはここまでです。扉を拳撃で破壊し、進みましょう。
「……そこの冒険者達、名乗りなさい」
風が頬を撫で、水っぽさを含む空気が鼻を潤わせる吹き抜けの広間に居る者達。
「【Aランク序列698位・ラヌシスト】。やあ、よく来てくれたね。来なければデスしなかったというのに、悲しいほど健気な吸血鬼っ娘だ」
「【Aランク序列822位・ケッチャー】。良いことを教えてやる。良いことなんてないってなァ」
ふむ、待ち受けていた冒険者は見覚えのある二人でした。
そして……。
「んんっ」
ケッチャーさんの太腕に覆われ、身動きを封じられている幼き女の子の姿でした。
口を物理的に塞がれていますが、出せるものなら「お姉さん助けて」とでも声に出したいのかもしれません。
「冒険者方、一体どんな意図で攫ったのですか」
「へへへ、決まってるだろ? 巷を騒がす吸血鬼RIOを、正義の味方がちょっくら誅するためなんだぜェ」
そう答えたケッチャーさんでしたが、まるで自己顕示欲のためですと顔に書かれているような言動です。
「いや流石だなRIOサマ、ほれ、コイツを見ちまってから一歩も踏み出せてねぇ」
「ふはは。三つも街を壊滅させた君といえど、一人の子供は壊せないみたいだね」
そう立ち止まった私の状態を指摘し、不敵にほくそ笑んでいました。
さてさてどうしましょうか。最良の策を視聴者様から頂くのがベストかもしれませんが、ここは自分の頭で打開策を編み出したいものです。
「そんな強張るなよ。何もしなけりゃ人質には傷つけねぇし、お前もサンドバッグにはしねぇ。要らねぇ人質もそのうち返してやるしな」
「その代わり、僕のデバフ魔法をたんとご馳走しておくといい。まずはSTRからだ。いやはやワクワクするなぁ」
二枚目ルックスの冒険者は、光る杖をどこからともなく取り出しました。
……冒険者の思惑が掴めました。
おそらく私の全てのステータスを減衰させ、相手優位というよりこちらが劣位となってから直接勝負を挑もうというのでしょう。
無抵抗にさせたままいたぶるなら悪党としては陳腐で三流でしたが、こちらが実力を発揮出来なくなるまで弱体化させてから人質をかけた直接的な戦闘を始めるとは、配信者としての心折らせるえげつない戦法ですね。
「動いてもいいぜぇ? お得意の武器変形をしても、俺はウェルカムだ」
「だけどこの子は死ぬことになるだろうね。もちろん君のせいでだ。だから僕らを咎め立てるのはお門違いってやつなのさ」
「ラヌシストの言う通り、俺が何百回殺しても、ぜんぶぜーんぶてめぇが悪くなるんだからな。俺はぜーんぜん悪くねぇ、ギヒヒヒヒィ!」
ふむふむ、迂闊に逆らうと私が殺したことになるのですか? 命を奪うのはあなたの方なのに、おかしな話です。
理屈っぽい詭弁を並べて、罪無き少女の殺しさえも許されようとする魂胆、私を越えてきますね。
褒めおきましょう。力で劣る者が力の差を埋める工夫としては、赤文字の◎を二人の顔面に殴り書きしたくなるほどの高評価です。
この行為を見て罵るのは視聴者様の役目です。
『外道』
『下衆』
『意訳)この子供の命が惜しくないなら存分に戦いなさい』
『冒険者も堕ちるとこまで堕ちたもんだわ』
『どんだけRIO様を痛めつけたいつもりなんだ!』
『女を一方的にボコボコにしてスカッとするような連中なんてほんとクソだわ』
『エルマちゃんあんなのに攫われちまったのかよ』
『エルマカワイソス……』
まあ、冒険者とのおままごとに付き合うのもこれまでとしましょう。
ここからが賭けの時間です。
遠距離攻撃のため、変形先は機銃にします。
「三秒。それがあなた達の運命が決まる時間です」
そう言い、変形完了を待ちながら相手の反応を窺ってみましょう。
「あーあ、やれやれだ」
一秒……。ケッチャーさんは肩を竦めて、メイスのような武器を取り出しました。
「殺すからな!? あー今すぐ殺す! よーし殺してやるぅ! でももしやめるなら俺もやめるぞぉ?」
二秒。相手はメイスを脳天に振り下ろす――素振りだけを見せています。
はい、三秒経ちました。
物騒な言動に反して誰も殺されていません。
それもそのはず、もしエルマさんを殺せば、不殺を守る理由が無くなった私に始末されるということですからね。
「この一射で、天か地かどちらへ還るかを選別して差し上げましょう」
「……お?」
機銃をケッチャーさんの方に向けて、引き金に手を掛けます。
「お、おいキミ、脳みそ詰まっているのかい? このおチビちゃんも死ぬんだよ?」
「ボケっとしてる場合じゃねえラヌシストっ! あいつ皆殺しする気の眼だ! やば過ぎるっ!」
「あっおいケッチャー! 折角モノにした人質から手を離す奴がいるかい!」
――言葉にならなくなるほど拙いです。
やはり彼らはプレイヤー以上ではありませんね。実際の犯行を経験したことがないため、緻密な計画を組み込めないようです。
我が命惜しさに、お荷物となる人質を離して逃走を図る。それこそ、こちらの手のひらの上で踊らされているのだとは到底気付けない。
故に、彼らは悪役度を比較してもてんで劣る、覚悟不足の痴れ者なのです。
「へぎゃあああああああ!!」
狙い通り、ちょっと揺さぶりをかけただけで腕を離したケッチャーさんだけを蜂の巣にしました。
「ケッチャー!? ま、まずいぞこれは、もう僕ではどうしようもないッ!」
一方ラヌシストさんは仲間が犠牲となっている間に別の通路へと逃げ出してしまいましたが、どうせやり過ごそうとギルド内に隠れているでしょう。
囚われの身から開放されたエルマさんの姿は、ふらりとよろめきながら息継ぎをしていました。
RIOから逃げられると思うなよ定期