攫われたエルマ&悪名と汚名
ここからダークヒーローっぽく……
さて時刻は九時、情報収集の結果第五の街の領土内に棲息していると判明したヴァンパイアロードの吸血こそが、本来のフェイズです。
しかし、タイミングを見計らっていたかのように、あの冒険者ギルド連中がやってくれました。
よもや冒険者の一人が、向こうの世界の私がいかにもやりそうな手段を講じてきましたので。
「恵理子が見せてくれた掲示板では、どうやらエルマさんの話題でもちきりのようでしたが……」
ログインの前に、ふと恵理子から送信された画像の記憶を反芻しました。
スマートフォンの画面に映し出された文字の羅列……つまり冒険者専用掲示板のことですが、書き込みによると、エルマさんが冒険者ギルドへと連れ去られてしまった模様なのです。
それだけならまだしも、私に向けて『エルマの命が惜しければ今日中に単独でリートビュート冒険者ギルドまで参じよ』だのと声明文を書き込んでいたのです。
相手も本気ですね。
「はぁ……」
ため息しか出ません。
少女一人を攫っただけで絶対的な優位に立てると思い上がる浅ましさを。
そして私も、生き延びることを宿願とするエルマさんを、可能ならば取り戻しに赴きたいと居ても立っても居られなくなっているのが。
「こんな心の弱さでは、エリコと相まみえる覚悟すら伴えないでしょうね……」
エリコ、第七の街にいるあなたの方は、躊躇せずRIOを成敗する覚悟があるはずなのに、私はこのザマです。
……ややこしくなってきましたが、ログインする前に順序を整理し、はっきりと決めましょう。
エルマさん救出が至上命題で、リートビュート壊滅や種族進化を果たすのは二の次。目的の同時進行は除外します。
よって、配信は全編リートビュート戦となりましょう。
「自分を恨めしく思います、悪役ロールプレイ中なのにドライに成りきれていない点が特に……。その恨みは、ストレスのはけ口となるゲーム配信で晴らします」
本日のテーマが『エルマさん奪還』に決定しました。
ログインしましょう。
▼▼▼
見つけ初めの頃は窮屈だった洞穴も、蟻の巣のように複雑に入り組んでは麓に開通しているまでの規模となっていました。
「さあ皆様、第四の街リートビュートを私達の手により屍の山で埋める時が来ました」
「げえっRIO様!」
開口一番、ボスさんが「げえっ」だなどと呻っていましたが、また眷属の方々に干し肉を齧られかけていたのですね。
そんなに食い意地張るならば、私が購入していたパンでも平らげれば良いのでは。
「おちょちょちょおあたあっ!? RIO様なんか俺に八つ当たりしてね!?」
荷物を減らす意味合いを込めて、ボスさんに食料全てを投げ与えました。
「ここで残念なお知らせに移りますが、冒険者ギルドの手により、私の知己の仲であるエルマさんという人間の少女が囚われの身となってしまいました」
「少女ってのは、この銃の人か?」
「いいえ。……ボスさんには交わりの無い話なので、残念でも何でもない無駄話でしたね」
エルマさんを取り戻したら、ギルドマスターの首級を置いてでも一旦ボスさんに受け渡すのが先決でしょうか?
時と場合によりけりですね。
次に、忙しなく拡張作業に没頭する洞穴内の眷属達を招集しました。
「作戦を発表します。私が単騎でリートビュートに侵入し、ボスさんはじめ全配下は私が指定した場所で待機、三時間以上経過しても私が戻らなければ洞穴に引き上げて下さい」
「へえへえ。街中でRIO様が新しく増やした眷属が暴れていても待機なんすか?」
「はい。もし眷属達が近場に避難したのなら迎え入れて下さい。冒険者は問答無用で撃ち殺して下さい」
「撃ち殺すんすか、へいす」
事務的な返事をしたボスさんですが、よく双眸を見てみれば、まるで死んだ魚のような目となっていました。
住民NPCでありながら三下冒険者をも凌げる攻撃力を持つのに、懸賞金が増えるのがそんなに避けたい事項なのでしょうか? 私と行動を共にする限りは懸賞金は減りはしないのに、全く頼りない意気です。
そんな精神論は置いといて、全員で外へと移動し、大波乱の配信を開始しましょう。
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『わこつ』
『わこ吸血』
『ぐっへへ〜』
『もう第四の街か』
『寄ってらっしゃい見てらっしゃい、リートビュート攻略戦の開演デェス!』
『リートビュート全員敵』
『ワクテカ』
『その顔は冒険者スレ覗いたな』
「視聴者の皆様こんばんは。お察しの通り、エルマさんが冒険者の手に渡ってしまったようです」
みなまで説明しなくてもいいでしょうが、挨拶の一環です。
「手短に纏めます。私は悪役ロールプレイ中だとはいえ、エルマさんの身を深々と案じているのです。故に冒険者の張り巡らせた罠に自ら飛び乗るのが、今回の配信となります」
『無茶なwww』
『あの教祖みたいな住民ボコした奴の片割れにエルマちゃん攫われたか』
『しれっと目的が一周して戻ったな』
『行くな、相手の思うツボだぞ』
『チート級スキル血臭探知があるしダイジョウブイ』
『↑罠あったとしたら絶対無機物だろ』
『冒険者……卑劣な!』
『信者として応援するのみ』
『でも今回はなんか綺麗なRIO様』
敵の思うツボなのは百も承知です。その上、エルマさんが実際に囚われている保証すらありません。
ですが、この挑戦状を受けて立たなければ、悪役ロールプレイ配信者の名折れ、エルマさんをみすみす見殺しにしては、悪名ではなく汚名だけが残ります。
そう、エルマさんを生かすか殺すかは私だけにあり、冒険者などにその権限を渡すなんて以ての外です。
ただ多く殺すだけが悪役ではありません。定めた者を生かし、そこを基点に恐怖を無差別に振り撒くのも一つの例です。
さてと、悪名高い悪役か、汚名にまみれる悪役か、自分はどちらに属すのかを視聴者様に教えましょう。
▼▼▼
「もうじき街ですが、ここからはボスさんとは別行動となります」
「へい。気をつけてくだせえっす」
ブルーウルフの縄張りから離れた場所で総員待機を命じ、ここまで無事のままリートビュートの門まで辿り着きました。
「止まれ、リートビュートは現在封鎖中だ。冒険者様かどうかを……」
あの時賄賂で開門させた検問兵です。
どうせ隠す意味もないので名乗りましょう。
「私がRIOです。冒険者ギルドから通達は頂いてますか?」
「り、RIOだとォ!?」
厳しい面持ちが、お化け屋敷で停電した時の小心者のように蒼白となっていました。
驚愕のあまり、身元確認すらしていません。
でしたが、すぐに平静さを取り戻し、気怠げとなった様相となって口を開けました。
「……囚われたのは、エルマというお前の妹だか連れ子だったな」
そういえば、彼と初対面の時はエルマさんを妹だと偽っていましたね。
「ふむ、そこまで情報が行き届いてましたか」
「その通りだ。自分だって伊達に検問に役されてはない。元は王国のしがない志願兵だったが、一斬りで十のゴブリンを葬ったのは、今年で七つになる可愛い娘にも誇れる実績だ。今日も生きていればの話だがな……」
なるほど、ゴブリンだけではあやふやな表現ですが、NPCでも腕の立つ者は存在するようですね。
そして検問兵は振り向き、門を全開にしました。
「必ず救出するのだ。そしてどうか……冒険者に……」
「そこまでにしましょう。私の前だとしても……、ではなく、私の前ではあなたの小言は別世界にすら伝播してしまいます」
「ああ……、そうだな。冒険者ギルドへの通路はこの南区の大通りを直進、中央区の門の先にある一際巨大な宮殿のような建物がそうだ」
こちらはギルドの道順を既に知っているのにも関わらず、懇切丁寧に教えてくれました。
丸聞こえも同然ですが、冒険者ギルドの敗北を望んでいるのでしょう。
まあ視聴者様とエルマさん以外からの望む望まないなど興味ありませんが。
何を望まれようがエルマさんを取り戻し、この街の冒険者ギルド、ひいてはリートビュートの歴史に引導を渡すだけです。
「エルマさん、今から行きます」
さあ参りましょう。己と冒険者の格の違いを見せつけるため。
この無策無謀で行き当たりばったりの寄り道を、一生懸命楽しみましょう。
お腹が……胃腸が……




