えりりよよし・お泊り会 その3
癒やしの入浴時間は良子さんと共にです。
恵理子の眼前で生まれたままの姿を晒すだなんて、私の理性が持ちませんからね。
「ふぁ〜眼福や〜」
そう空気が抜けていくように言いながら私をまじまじ凝視する良子さんですが、そんな眼福だのと評されるほどの代物ではありませんよ。
「りおねぇの鑑みたいなダイナマイトボディやが、ぷにぷにぽよんのえりねぇなんかじゃ比べ物にならへんほどシュッとしてるでぇ」
そんな世辞を並べていました。
恵理子の体型は毎日のように変化し、最も傍らにいる私でさえ把握しきれませんが、努力の跡だって残っているのです。いつになるかはともかく、多分報われて体型が安定するようになるでしょう。
「私個人としては、痩せすぎではない方が魅力際立つと思います」
「せやかぁ。……ここだけの話なんやがな、今えりねぇの体重めっちゃヤバいらしいで」
「それは本当ですか? 恵理子に厳しくさせるので、詳しく聞かせて下さい」
夜なべしがちな恵理子の健康管理や食生活は、私が気を配らなければなりません。
体重が増した原因としては、恐らく計画性無く甘味を摂取し過ぎたのでしょう。
かつて過酷なダイエット企画に成功しておきながら、自分へのご褒美と称してチャレンジパフェというメニューを完食し、元通りまでリバウンドしたのは、ある意味語り草です。
「これは昨日起こったばっかのことなんやがな……」
私の問いに応じた良子さんは、怪談話でも始めるようなトーンとなりました。
「風呂上がりのえりねぇがやけに挙動不審になりながら体重計に乗ってたんや。そんときウチはいつものように流し見してたけどさ。するとな、黒いアイツとでもエンカウントしたみたいなキッツイ叫び声をあげててなぁ、ウチまでビックリしたで。棒立ちで放心しとったえりねぇの体重計を見たんやが、はじき出されていた数字がなんと5……げ!」
言いかけて、どこからともなく伝わる悍ましい気配に、良子さんは水中へと潜り込みました。
「……」
風呂場の扉の外に人影が。
しかも心臓部に刺さりそうなまでに殺傷性の高い暗黒のオーラを放っています。
「すみません。良子さんはのぼせる寸前となってしまったみたいなので、すぐ上がらせます」
即座に機転を利かせ、外の人物に告げてみると、人影はどこかへと消えていました。
そして、潜水中の良子さんは身の危険となる要因が去ったのを肌で感じ取ったのか、髪に含ませた水を払いながら、息継ぎがてら喋っていました。
「ははーん、りおねぇの秘密分かったでぇ。実はお尻から太るタイプだったってのがな〜。くへっ、くへへっ」
思えば臀部がつねられる感触がしていましたが、良子さんの仕業でしたか。
「そうだったのですか、これはいけませんね」
「安産体型ええやないか。ウチ、そういうの嫌いじゃないで」
「私が良くありません。今後の課題とさせます」
「お固いなぁ」
そう喋り合いながら、二人同時に浴室から出ました。
妹とは良いものですね。特に良子さんのような歯に衣着せぬ話し相手がいれば、恵理子はさぞ退屈しないでしょう。
そして恵理子は「莉緒の残り湯、ぐへへーっ」と一秒にも満たない時間で服を脱ぎとなり、意気揚々と浴室へと飛び込んで行きました。
やけに一番風呂を熱烈にすすめられたのが気がかりでしたが、まったくしょうがない恵理子です。
「なあなありおねぇ」
ドライヤーで髪を乾かしている間、良子さんが手のひらで肩を叩いていました。
ですが、どうにも怪訝になりそうな笑みを綻ばせています。
「えりねぇの部屋ん中、興味あるやろ」
良からぬ企みを呈してきました。
恵理子の自室は、意外でしょうが一度として拝見したことがありません。
ですが拒否しましょう。親しき仲にも礼儀はあります。
「申し訳ありません。興味があったとしても、恵理子のプライバシーを侵害するような行為は……」
「ならこれ、クラスのグループチャットにバラまいてもええんやで〜?」
『ねーねー、クソザコのよしこちゃん、ほんっとうにキモいから死んじゃっていいよ♡』
「んむむむむむっ」
……良子さんのスマートフォンに映し出されたものは、私が演じた空想上の生意気風少女の物真似。
いつの間に撮っていたなどよりも、明日以降の命運が他人に渡っているのが非常にまずい点。
削除を要請しても聞く耳を持たず、かと言って無理矢理奪って操作するのは他所の子への加害行為に値するために動けず、何度も再生される内に、いつしか私のプライバシーの全てが崩れ去って渋々承諾していました。
近頃見かける子供は、将来有望な逸材だらけですね。冷めた笑いしか出ません。
「ほいけってー! ウチは見張っとるからりおねぇが先でええで」
「いいですか、いくら良子さんのと言えども今回限りです」
「こわぁ……RIO様の顔が出とる……」
湯冷めしたかのように震え上がりましたが、私らしい躾となったでしょう。
さて、恵理子の部屋へは一歩で入り、良子さんが喜びそうな情報を入手した後すかさず退室するだけで終わらせます。
恵理子と良子さんとの義理、板挟みとなった私には、不器用ながらそれでしか答えを導けないのです。
「失礼を働くこと、どうか許して下さい」
誰もいない部屋に謝罪の言葉を投げかけて罪悪感を取り除き、顔を覗かせてみました。
案の定部屋は照明が付いていません。
ですが、その空間に凝縮されている恵理子の芳醇な香りが鼻孔に伝わり、足の力が抜けそうなほどに蕩けそうです。
ゲーム内では嗅ぎたくもない血臭と共に居る私ですが、ここがゲームでない現実が、逆にいけない感情を呼び覚まされて……。
「うふふ、ふふ。いけないはずなのに、病みつきになりそうです……」
私の中にある後悔が、跡を残さず雲散しました。
ああ恵理子、貴女はなんて罪な人なのでしょう。そこにいないのに心ときめかせるだなんて……。
私の好きな匂い、この扇情的な空気を胸いっぱいに吸い込んで収めたいものです。
「はよ明るくせぇや」
湧き出す欲求の蓋を閉め、照明のスイッチであろう出っ張りを押し、一瞥してみます。
「どやった?」
良子さんの声が響きました。
……少なくとも私に見えたのは、口にするのも憚られる悍ましい光景です。
「いえいえ、特徴の無い普通の部屋でしたので、早く去りましょう」
「ええー。辛気臭いなぁウチにも見せぇな」
「とても見せられません、見てはいけません。あの部屋は絶対に……いけませんって!」
こちらの懸命な制止も聞かず、良子さんは興味津々となって入室してしまいました。
「ふぁ?」
良子さんの『喜』の感情が、一転して『怖』となったのがピタリと足を止めた様子で分かります。
「おおぅ」
ふむ、見てしまいましたか。
部屋の壁一面に、私の写真がびっしりと貼られている身の毛がよだつ内装を。
大半が撮られた覚えの無いもので構成されているのは序の口。そこには、あらゆるアングルから撮った盗撮同然の写真があり、ゲーム内のRIOですら片面に貼り付けられている凝りよう。
恵理子という陽だまりのような光の存在に、おどろおどろしい闇の一面を感じ取りました。
「りおねぇ」
「はい」
「寝るとき気ぃつけてな」
「分かりました」
ここは見なかったことにし、二人だけの秘密となりました。
まあ趣味は人それぞれであり、差し出がましく口にするのは野暮以下です。記憶は当分晴れないでしょうが。
そして艷やかになっていた恵理子と合流し、全員寝間着となってリビングの中心に集合しました。
「これからどないすん?」
「恋バナしよ! 恋バナこそお泊り会の醍醐味だよ!」
「結果が丸わかりな恋バナとかつまらんわ」
肩を竦めて興味なさげな良子さん。
実は私も同感です。彼女らに何を呈しても中身の無い答えしか飛び出さないでしょう。
「では、先にお二人から聞いても良いでしょうか」
とりあえずは促してみます。
一応です。
「莉緒っ!」
「りおねぇ!」
案の定でした。
二人とも恋バナとは言ってましたが、不真面目に即答している辺り、真に慕う相手を答えたりはしないのです。
「次は莉緒の番だからね。もちろん答えないとかは禁止だよ。誰なのかなぁ、私かなぁ? ぐへへ〜」
「そらウチやろ! 今日でハートガッチリ鷲掴みにしたもんやからな!」
良子さん、あなたは乗り気でなかったはずでは? まあ現金な人です。
しかし、自分だけ答えないのは平等性に反します。
良子さんには悪いですが、私には心に決めた人がいるため、嘘でもあなたの名は挙げられないのです。
……だとしても、情愛拗らせている相手がこの場にいるために、思うように口が動きません。
もっとも、言わなくてはならないのならば、これを良い機会だと捉えて思い切るしか……。
「え、恵理子……です」
「よしっ!!」
「ちょーっとズルいで! 恋バナなんやから友達は無効や!」
「ぐへへん。莉緒は恋愛関係に疎いクールな無愛者だから、恋とか愛とかの概念は皆無なんだよ〜。だから良子が何回聞いても、欲しい答えは出ないのサ」
「むきぃー!」
やはりでした。
恋バナとは所詮、友人同士で仲の良さを確かめ合うだけの名前負けイベントなのです。
意を決して心に決めた人に伝えようが、言葉通りに受け取られるなんて有り得ません。
現に姉妹は、私の気も知らずに賭け事のような調子であり続けていました。
――いずれ配信者同士の歓談にもつれ込み、良子さんが飲み物を配膳した時に、事件は起こりました。
「アカーン!」
よりによって私の数歩前で躓いて、コップの中で八分目まで注がれていた炭酸飲料をぶちまけて。
「っと!」
私の寝間にかかってしまい、上下が冷たい水に濡れてしまいました。
「莉緒大丈夫!?」
「やってもうた! りおねぇすまへん!」
「心配には及びません。しかし、寝間着は一着しか荷物にしてないので、その点は弱りましたね……」
時刻は深夜、母に替えの寝間着を手配させるのも乾かすのもほぼ不可能です。
しかも事件はそれだけではありません。
自分の反射神経の衰えを恨めしく思っていると、恵理子がとんでもない解決案を出したのです。
「じゃあさ、私のパジャマに着替えて。うん! それしかないよ」
「……む? 恵理子のパジャマ?」
体調が弱いからメンタルが落ちるのか、メンタルから体調悪くなるのか……




