えりりよよし・お泊り会 その2
マンションの割には間取りは広々と思え、更には僅かな埃すらなく綺麗に整頓されているのが伺えます。
なので掃除の手順について参考となりそうな技能をものにするため見回っている合間に、リビングで本人そっちのけで恵理子と良子さんによる私の奪い合いのじゃんけんが勃発していました。
「やったあーー! えりねぇに勝ったあーー!」
「ふえぇん。良子がズルして私の莉緒を取ってくるよ〜」
「人聞き悪いわ嘘泣きもやめんか」
どちらも被害者然としていますが、独占欲ぶつかる仁義なき姉妹争いに、私の意思は組み込まれていないのですかね。
「ごめんね莉緒、私と居たかったでしょ?」
「あなたとは通学から下校まで隣にいられるのですから、譲ってあげて下さい」
「分かったよう。それじゃ、配信垢の確認してからお夕飯の支度するから、良子をよろしくね」
恵理子といえども、引くべき時は潔く食い下がるようですね。
鼻歌交じりな恵理子は一人、奥にある自室へと向かって行きました。
「りおねぇと二人きりや〜。くへへへへへ」
これはこれは、恵理子の例からすると、良からぬ想像をしている類の笑みです。
私、何をされてしまうのでしょうか?
「一緒プリヒール観よ! 面白くなるとこまで録画しとるから!」
考え過ぎでした。
女児向けアニメの視聴に付き合うならお安い御用でしょう。
未来の恵理子とも呼べそうな良子さんでしたが、邪な提案とまではならなくて胸を撫で下ろしました。
「はい。良いですよ」
「ほならそこ座ってぇな」
半ば強制的にソファーに腰掛けさせられたかと思えば、良子さんはひとしきりリモコンを操作した後、私の膝の上に着座しました。
「特等席ぃ」
逃げられなくなってしまったようです。
まさかここまで溺愛されているとは。恵理子一家は私がこの世からいなくなるとどうなってしまうのかがひどく心配になりました。
観念して良子さんの椅子になり、湯たんぽのような体温を感じながら視聴しましょう。
もし退屈になれば、明日の予定でも思考すれば無駄が無いですが。
「――思ったよりも面白いですね」
プリヒールとは、女児向けであっても子供騙しではなく、幅広いニーズに応えられるアニメなのですね。
特にバトルシーンは繊密に描写されており、体格差をものともせず強化された身体能力を用い投げ技で一気呵成に攻めたてる辺り、スタッフの方は肉弾戦の熟練者で構成されているのでしょう。
最後の必殺技を魅せるため展開上決着はつきませんが。おお、今の受け身の姿勢は見事なお手本ですね。こんな所で戦闘の参考材料が見つかるなんて、嬉しい誤算です。
「ええよなぁプリヒール。ウチもフリフリ衣装に変身して大暴れしたいわぁ」
大暴れだのと物騒なワードが聞こえてしまいました。
バトルシーンを注視しているのは私だけではなかったみたいです。
そしてエンディングテーマをセッションさせられましたが、日が暮れる辺りで電源を消してくれました。
「……なぁりおねぇ。りおねぇもゲームじゃプリヒールみたいに暴れ回るんやろ?」
突拍子も無い問いかけ。
部位欠損やアンデッド化やらと殺伐さのみを供給する私の配信は、恵理子の妹ですら認知されていた模様です。
「プリヒールに出てくるヴィランでも裸足で逃げ出すような戦闘スタイルですがね」
「ウチはな、BWOのりおねぇみたいになるのが目標なんや」
「そうなのですか、とてもいい夢ですね。大きくなれば、きっと叶いますよ」
「くへ、まぁウチは成長期やしな。胸囲だって、えりねぇよりもおもっきし越えてやるでぇ」
良子さんの仰る通り、若年ながら服の下からでも分かるほどの膨らみかけを形作っています。
遺伝ですね。恵理子もこの頃から同級生よりも大きく成長していたのでしょう。
「それでや、RIOねぇがどんぐりファミリーのアジトを荒らした回あるやろ?」
「正しくはドラグニルファミリーです。ともかく、それがどうしたのですか」
答えながらも喉の渇きを覚えたので、恵理子が注いでくれたアイスティーを啜ります。
「そこでRIOねぇがはっちゃけてたメスガキっちゅうのをウチの前で再現してほしいんや!」
「ぶっ!!」
一瞬理解を拒んだ衝撃発言により、危うく口の中の水分を良子さんの頭に噴き出しそうになりました。
あれは視聴者様のリクエストに応えた結果生まれた黒歴史なのでこちらの世界では封印案件です。
あんな生意気なキャラ、既に風化させたはずですが、今になっても尾を引くのですか。
戦略上相手を取り乱せそうなら配信中でも訳なく演じてみせられましょうが、恵理子宅にて、しかも良子さんの目の前にて平均的女子高生の外見で行うだなんて、頭を横に振って意思表明する他にありません。
「一生のお願いやっ! やらんとプリヒールの『ヒールプラム』のコスプレさせたるよう、えりねぇに唆すでぇ?」
「こんな所で十にも満たない小さな子に脅迫されるだなんて、むむ……」
「一回だけやから、な? 今ならえりねぇいないし、減るもんじゃあらへんし、やろうや。くへくへくへ」
そして上目遣いになって、目を潤ませてきました。
この子は恵理子ではありません。ですが、愛しい恵理子そのものを小さくしたかのようにそっくりなので、本人の面影を重ねてしまいそうです。
こんなおねだり、本当は断りたいのですが、そこまでせがまれてしまうと……葛藤してしまいます……。
「真面目にな、りおねぇはいっつも丁寧語でオバくさいねん。んな女子力皆無な平均的女子高生はどこを捜そうがおらん、おってたまるかってもんや」
決断出来てない優柔不断さを見かねてか、良子さんはマイペースな態度を潜め、真摯さに彩られた顔つきとなりました。
「ふむ」
「せやからさ、ちっとは羽伸ばしてもええんやで。ウチ、こう見えて口はべらぼうに固いから心配あらへん。少しだけ丁寧語やめて、スッキリしよか」
……はぁ、私ってば甘いですね。
年下の子から諭され、ひたむきに頼まれるだけで断れなくなるだなんて、だから生真面目だとよく呼ばれるのです。
「良いでしょう」
気づけば、首を縦に振っていました。
「ちなこれが台本や。手の位置はこう、なるべくウチのことを小馬鹿にするように見下してな」
良子さん監督による注文は、まさにプロさながらです。
まあどうせ恵理子の妹なので、サービスしてあげましょうか。
出来るだけ声を高く、イメージとしては良子さんのような声変わりを経ていない質感で、そしてヤケになったような気持ちで臨む。
以上、吹っ切れましょう。
「ねーねー、クソザコのよしこちゃん、ほんっとうにキモいから死んじゃっていいよ♡」
「り……お?」
「うきゃぁパーフェクトやぁ! 喋り方まで迷シーンさながらの挑発感やでぇ! うえっ?」
今なにか、恵理子の声が混じっていたような。
まあ大方幻聴でしょう。とはいえ、百聞は一見にしかずでもあるため、幻聴のした方向へと顔を上げてみます。
「え、恵理子っ!?」
いけません、不運な事態です。
恵理子が口をあんぐりと開けて立ち竦んでいました。
この誤解だけを生む状況、幻聴などと現実逃避的な思考なんてせず、お次はエルマさんに正体がバレた時の再現をして切り抜けろとの天啓なのですか。
「違うんやえりねぇ! えっと……、ウチと喧嘩したんや! だけどりおねぇは大人やから、あんな面白おかしく言い換えてやな……」
良子さんがいくら弁解しようが、手遅れです。
警戒心が緩んでしまった時に限って、恵理子に恥ずかしいところを見られてしまうなんて。
「ぐ……へ……。神様、ありがとうございました」
恵理子の反応は、それは形容し難いほどに人生のありとあらゆる幸福体験を煮詰めたような表情であり、ややあって手を合わせ胸に佇ませるポーズのまま昇天していました。
「恵理子、恵理子、どうか、はしたない私を忘れて下さい」
どれだけ揺すっても、一向に起き上がってくれません。
「ポックリしとる」
「私、もうお嫁に行けません……」
「いや不安がることないで、えりねぇ記憶飛んどるかもしれんからな。そうじゃなくても、胡蝶の夢ってことでウチが誤魔化しとくわ」
「む? そんなものでしょうか」
良子さんは私の背を擦りながら言っていました。
知れば知るほど、よく出来た妹だと判明していきますね。恵理子の次に好感を抱きました。
その後、恵理子は何故か幻覚症状だと納得してキッチンへと行き、私達は恵理子の手作りオムライスを振る舞われました。
しかし、どちらが私に「あーん」させるかで激しい言い争いが繰り広げられ、結果として私だけ介護されるような晩食となってしまいました。
体調のみならずメンタルも危険
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