気に入られる少年&金銭欲
「あなたの言い分、一つ一つが感心してしまいます」
ここまで言論で向かってくる住民なんてこれまででも無かったため、パチ、パチ、と軽めの拍手を送りました。
実に理にかなった言い分、それが一介の子供の恐れ知らずな口から出たのが特に感心した点です。
『RIO様がまたおかしくなったww』
『な、なにがなんだか……』
『RIO様が笑ったところでゾクリとした』
『さては子供好きなのか?』
『この御方のこと細かく知れたつもりだったが、こりゃお手上げだわ』
……エルマさんという聡い子供と馴れ合ったからでしょうか、この少年への興味が疼き出すほどに湧いてたまりません。
「な、なんだよ……!」
「何もありませんが? 言葉の意味は素直に受け取って下さい」
怪訝な目を向ける村人達やボスさん。恐らく視聴者様からも。
「魔物の脅威に日夜さらされる村の存続には、冒険者の存在が必要不可欠、ざっくり纏めるとそうなりますね」
「ああそうだ!」
そう力強く頷いていました。
彼らとて、プレイヤーよりも弱く、一回限りの命しかない住民NPCです。
今まで冒険者達は、住民全員から嫌悪の対象にされている悪徳業者と偏見で思っていましたが、このような肯定的な意見もあるのですね。
「やらぬ善よりやる偽善ということわざがあります。たとえ名声や金銭目的の偽善であっても、それで多くの人民の命が救われ、アーカン村は曲がりなりにも取り留められている。ええ、動かぬ事実ですね。冒険者に感謝を贈り、対価を支払うに値するでしょう」
何だか、心が躍ってますます饒舌になりそうです。
また気に入るNPCが現れてくれました。なんとまあ人に恵まれていますね。
「子供のしでかした事として、非礼を許しましょう。但し、二度目はありません」
「いっ……」
警告を言って聞かせ、少年も少年以外も殺めない特別処置で済ませました。
……さて、《血臭探知》が人間の反応を示しています。
私達の待ち構える大まかな居場所を算出したであろう四人組のプレイヤーが、付近を彷徨いているような動きです。
この少年の物言いに乗ってみたくなりました。予定変更と致しましょう。
「皆様に朗報です、冒険者一行が目と鼻の先にまで来ています。ですがそこで固唾をのんで見守っていて下さい。彼ら冒険者が、どこまで信用ならない人間かを知れる機会ですから」
「信用……ならないだと?」
「オレ達、助かるんじゃ……」
「ねえ、どういう意味なの?」
「助けに来ているんだから大丈夫じゃよ。きっと冒険者様達が、RIOを退治してくれるはずじゃ」
私の一言により、村人達は色とりどりの反応を表していて、まさに一秒先をも読めなくなっている様相ですね。
まあ冒険者が来たイコール私を討伐するだのと能天気な者がいたので、呆れて物も言えなくなりましたが。
そしてボスさんに警護を厳守するよう命じ、私単独で反応のある地点へと赴きました。
▼▼▼
「曲で言えばサビとなる箇所な時に申し訳ありませんが、配信はこれにて中断とします」
『え!?』
『ちょww』
『RIO様の思考回路が分からんw』
『お花摘みか?』
『草』
『んじゃ続きはこっちで妄想してるわ』
『乙』
……配信を停止した理由は、眼の前にいる冒険者一行に対し、対話が滞らないようにするための決断です。
「来た、RIOだ」
「直々にお出ましか」
「さあて、何を要求してくんだか」
「奴との話し合いは俺に任せろ」
ふむ、たかが四人か、精鋭の四名か、血臭だけでは迷いますね。
どちらにせよ、あの少年の言葉を否定したいため、こちらから戦いを仕掛けるつもりはありませんが。
「ようこそお越しになりました、絶対正義の冒険者方。歓迎しましょう」
「フッ、姿を現したのはRIOだけか。はなから人質を盾にするようなクズには墜ちてないようだな」
四人は旅装束のような軽装で統一された外見で、私を討伐しに来たよりも、人質救出のみのために選別されたメンバーかもしれません。
「この森林にまでわざわざ足を運んでくれて僥倖です。まずはゆるりと親睦でも深めましょうか」
「ほう、俺を怒らせるつもりか? 上等だぜ」
「おいよせ、一応どこかに人質がいるんだ。下手に逆なでするな」
殺意を表した冒険者に対し、パーティリーダーらしき人が冷静に諭していました。
仮に私が討ち倒されても、人質は始末せず逃亡を最優先とするようボスさんらに命じてはいますが、手を出したら人質の命は無い体で対話を進めましょう。
「さてさて、いきなりですが、あなた達冒険者にひとつ質問がありまして……」
「質問したいのはこっちだ! 吸血鬼の分際でセコい真似しやがって」
「バカやめろ! ギルドからの報酬が消える!」
短気な冒険者が罵るセコい真似は、私がしてはいけないのでしょうか? 押し付けがましいです。
と、血気盛んな者が動員されているのは、交渉で人質救出をする算段は外してあると半ば白状しているも同然なので――単なる人選ミスかもしれませんが、いずれにせよ気を引き締めましょう。
「気を取り直して、冒険者ではない私には無知なのですが、今回のクエスト、冒険者ギルドからの報酬はいくらほど提示されているのですか?」
先にこちらの質問タイムにさせます。
対話の主導権は相手へ渡しません。
「20万イーリスだ。なけなしのカルマ値が付いてな」
「いや、一人5万の頭割りだろ。それに夜明け以降、一分毎に1000イーリス引かれる。それがどうした」
細やかに答えてくれました。
ふむ、人質救出だのと失敗が許されないクエストの割には驚くほど薄給です。冒険者ギルドは良く言えば倹約家のようですね。
とはいえ、こちらとしては願ってもない流れです。
彼らへの説得が可能な範疇となりましたから。
「もし私の提案に乗ってくれるなら、それぞれに25万イーリスを差し上げましょう」
「「「……は?」」」
百点満点のリアクションが返ってきました。
この反応、彼ら全員は、金か血液を要求されるだろうと想定して任務に臨んでいたようで、思いもよらないといった表情になり、息を呑んでは銅像のように硬直しています。
「当然一人当たりの額なので、合計100万イーリスですね。実を言いますと、今日の私は闘いたい気分ではありませんので、どうか受け取り次第、街へと帰還して頂けないでしょうか」
「なんだと!?」
「100万……ゴクリ……」
「ペテンに誘われるな! こいつはRIOだ!」
むむ、いかなる提案においても一人だけは頑なに慎重ですね。
この提案は絶対に可決させたいところです。
「冗談ではありませんよ。この通りです」
論より証拠と参りましょう。
武器をインベントリにしまい、ステータスウィンドウから100万イーリスを取り出して、私の真下に置きます。
「さあ、嘘偽り無い本物の大金がこちらです。罠ではありません。あなた方が受け取る意思を表してくれたならば、私はこの場から引き下がりましょう」
「ほぉぉ? くれる……のか?」
それぞれが口をポカンと開き、顔を見合わせています。
実物を見せつけるのは効果大ですね。
これまで仲裁役だったパーティリーダーさんでさえ、信憑性を増した棚からぼたもちな話に目が眩んでいるでしょう。
「な、なあ貰っちまおうぜ。5倍の金だぞ」
「いいよな? 貰えるカルマ値もどうせショボいし、こちとら意地の張り合いで血を流すのはまっぴらごめんだぞ」
「い、いや考え直せお前ら……こういうのは後々大問題になるかもしれない」
しかし、リーダー格の冒険者だけは、下らない世間体を気にして決心を揺らがせたままでした。
金にがめつそうなので一つ返事で乗るかと思いましたが、手強いですね。
押して駄目なら、ゴリ漁法のように押し込みましょう。
「どうしましたか? 金銭欲は恥ではありませんよ。人間ならば常備して然るべき欲求です。未知数の懸念に囚われ、尻込みするばかりで何が生まれますか?」
「そうだぞ。細かいことぁ考えないで、大金ゲットしてずらかるべきだぜ!」
「ぬぬ、しかし俺達は人質をリートビュートまで連れ帰るのがクエストだ。人質ほっぽり出して俺達だけで帰還したら……」
「適当に油を売って、人質は見当たらなかったと報告すれば良いじゃないですか。それに配信は切っていますよ、故にあなた達の不手際が公になることはありません。決断を急いで下さい。今でこそ血臭は四人だけですが、他の冒険者が駆けつけ、一連のやり取りを目撃していたら私は責任を取れませんよ?」
「さっさとしてくれリーダー、お願いだ!」
「ほらほら、RIOもそう言ってることだし早く貰いましょうぜ」
もはや金の魔力に屈し、こちら側に寝返った態度と化した三人は、未だ決めあぐねている残り一人に判断を委ねながらも急かしていました。
上下関係こそ三人の方が下に位置してそうですが、まるでイエス以外の答えを出させないような空気感を作り出しています。
まさに悪魔のシステムですね。
「……よし、受け取りに行くぞ」
そう三人の意に同調したリーダーは、一歩ずつ前へと進んで行きました。
彼らの決断に応え、私も数歩後ろに下がります。
「もう意地は張らん、丁度大金が必要だったしな」
そしてついに、汗ばんでいる手を100万イーリスに伸ばし。
「すげぇや、モノホンだ……」
大事そうに、両手で抱えました。
お腹痛いのは治らんなぁ




