プライドが磨り減るボス&気が違ってきたボス
RIOが出発してから今日で何日目なのか。
改めて計算してみりゃ、たった丸二日だったけどな。
「くっそぉ、こんな窮屈なとこで寛げるほど住み慣れた俺に腹立つぜ……」
プライドや尊厳を奪われる転落人生も、ここに極まれりだな。
ちなみに帰ってくるまでは基本ゴロゴロして過ごしている。
あとは暇つぶしにライフル担いでブルーウルフにちょっかいかけてるんだが、一匹だけが相手なら圧勝ではあるものの、数の差が歴然だったんで大慌てで洞穴の奥まで逃げ込む時間の繰り返しだ。
ま、いくら気色悪い体毛の狼共でも、この洞穴みたいな狭い所に誘いこみゃ、敏捷性が利かなくなった隙にRIOの眷属共が追っ払ってくれるしな。
「街の状況は……外の情勢はどうなってんだか……。んごんが、塩辛さがけっこうイケるな」
頭じゃリートビュートについて考えながら、口ではチャージバファローの干し肉にかぶりつく。
こんなこともあろうかと、アジトから出払う時にジャケットの内側に干し肉を忍ばせておいて正解だったぜぇ。腹が減っちゃ、動くことさえままならないからな。
ちびちびしたペースで食ってけば、あと一ヶ月は持つだろうよ。
そんで、肉以外に俺の手持ちといえば、これか。
「この銃、買った直後はぼったくられたんじゃと思ってたが、安すぎるって手のひら返すほどとんでもねぇシロモノだな」
ローレンスで冒険者に撃ちまくっていたこの銃は【破人のスナイパーライフル】ってイカした名前だ。
性能もとんでもなく、スライムが跳ねる音よりも銃声が小さいくせに、下手な魔法よりも断然威力がたけぇ。
今のとこ、冒険者だろうが狼だろうがヘッドショットを決めりゃワンパンだ。
もしかすりゃ、引き金ちょこっと引くだけでRIOさえもワンパンかもな。
「……いっそ、殺ってみるか?」
暗黒に近い黒の思念が頭に廻っていた。
そうさ、先代は下剋上して、先々代の支持者を半殺しにしてまで地位を剥奪したんだ。
先代がやって、俺が踏襲しちゃいけねぇ道理があるかよ。
うーんダメだ。仮にぎゃふんと言わせたとしても、あいつは何度でも復活する来訪者なんだった。
RIOを殺すだけ殺したところで、一度きりの命しかない俺が死に近づくだけの下策だな。
「ボスゥ……ボスゥ……」
ちょいまてよ、復活直後なら羽化したての蝶のように弱ってるはずだから、俺より弱くなるまで冒険者にデスループを任せりゃあるいは……。
……一昔前と違って、監獄島に収監されるんだったっけ。
「息子、息子」
おっといけねぇいけねぇ、そもそも現状打破したところでどうするんだって話になる。
RIOの首を手土産にして冒険者ギルドに懇願しようが、懸賞金が解除されるなんて夢のまた夢だぜ。
「タスケテ……タスケテ……」
他の案といえば、王都手前の街にはちょっとしたツテがあるんだが、そこまで俺一人で走り切れるか……綱渡りだな。
時間は腐るほどある。離反するか一生服従するかを決めるのは、まだ先急ぐ時じゃない。
「ウウウ……肉ゥ……」
「あん? 肉?」
「ソウソウ、クレ」
堂々巡りした意識を現実に戻せば、なんか眷属共が干し肉に対して物欲しそうに目を輝かせていた。
一匹が肉について言い及ぶだけで、他のアンデッド共もゾロゾロ寄ってくるし、ああキメェし腐臭くせぇ! 干し肉まで腐っちまうじゃねえか!
「おめぇらに貴重な食料はやらんぞ!? そっちは腹減んないんだから生肉なり土なり食ってろ!」
「肉……肉クイタイ……」
「うっとおしっ、これ以上近づいたら撃つぞゴラァ!」
「お待たせしました。ボスさんの分の食料を……おや」
「あ」
よりにもよって、今だけは帰ってくんなってタイミングで、RIOが帰ってきやがった。
RIOの手には、パンと飲み水の瓶が備えられていてだ。これをたとえるならば、晩飯作った母ちゃんの気も知らずにダチ公と外食しちまった時のアレだな。
こんな俺でも空気は読めるぞ?
そんでどうすりゃいいかも読める。
「あーっ! たまたま偶然持ってたこのお肉、ゾンビちゃんのおまんまにしてあげたかったが、腐ってないかすっげえ心配だったわぁー! だから毒味してたんだ! 傷んでなかったみたいで良かったァー」
即興の芝居を打って、何とかRIOの気を宥めさせるしかない。
またプライドが低落したが、こういうのはインパクトが大事だ。
オーバーアクションで演じたんだし、うまいこと乗り切れたか!?
「ふむ」
しかしダメそうな反応。
だってドナドナされる家畜を見るような眼差しになりながら無言の圧を利かせてきてよ、もう俺ぁ被食者みたいな気分だぜ。
母ちゃんじゃねえけどこいつは一応女だ。合理一辺倒なようで、感情は揺れ動くタイプだってのはどことなく分かる。
それを踏まえても、まさか一個人の人間でしかねぇ俺の分の食料わざわざ買った――経済概念ドブに捨ててるこいつのことだし略奪してきてくれるなんて思うか普通。
……ええいままよ!
「匂いも塩っぽいだけだし、味も問題ねぇ。味覚が働いてるってすんばらしぃ! おいお前、食えってほれ、はよ食え」
こうやってRIOの部下にまで気遣う忠誠心をパフォーマンスを披露すりゃあな!
「オメェラニ貴重ナ食料ハヤランゾ……テ言ッテタ」
「空気読めえええ!!」
こりゃもう死んだかもしれん。
RIOの逆鱗に触れちまっただろうからよ。
俺、今日が人として生きられる最後の日だったみたいだ。
「おお、ボスさんも裏で食料調達していたのですね、それは良かったです」
およ、もしかすりゃセーフ判定か?
いや安心するのは早い。これでセーフだったら、何やらかしてもセーフになる暴論がまかり通るしな。
やっぱこいつの胸の内はただの人間にゃ読めねぇよ。
「念の為訊きますが、不衛生な環境によって体調不良などは起こしていませんか?」
「あハイ、全然元気っす」
「何よりです。ですが、暇を持て余しているのはさぞかし不平に思うでしょう。そこでです」
RIOがパンをしまい込んで、嬉々とした? ような様子で口を開く。
「デモンストレーションがてら、リートビュートから南西に位置するアーカン村に襲撃したいのですが、いかがでしょうか」
「お、おう。そいつは名案だな……」
とりあえず、否定だの反論だのと、角の立つ返答をしないように同意だけする。
めっちゃ嫌な予感しかしねぇが……。
「機動性を考慮し、眷属達は半数だけ同行させます。あなたも戦列に加わって下さい」
「やっぱりっすか。これ断われねえんだよな」
「ええ、よく呑み込めてますね。今回は私直属の指揮下に入って下さい。作戦の方は移動中に説明します」
クソッタレ吸血鬼にとって、俺は選ばれし道具のようにしか思われていないらしい。
惨めだ……。正気から逸脱した吸血女のご機嫌伺いに尽くさなきゃなんねえのはよ。
それでも、逆らえない内はヘイヘイとRIOの後に続くしかねぇ。
「あなたとあなたとあなたはボスさんの護衛について下さい」
「グェヒッサー」
チャンスが巡ってくる前に、用済みだとかで処されねぇといいんだがな。
▼▼▼
さてと、灯り無き夜とは、遠くの獲物を狙い定めるのが難しくなるスナイパー涙目の時間だ。
だが、近距離からの暗殺ならば、ターゲットの注意力次第ではあるが不可能じゃないはず。
コイツみてぇな。
「――ドラグニルファミリーの元締めだとしても、罪なき人々を狙撃するのは気が引けるでしょう。なので私の後方に付いて、後衛タイプの冒険者を対象に援護射撃だけを徹底して下さい」
よくもまぁ、心臓が動いてる俺に、そそるような背中を晒せるなぁ。
その無防備な背中からズドンされりゃ、いくら人外のお前でも意識は空に飛ぶだろうによ。
「……殺るなら今か」
こっちに向いてない内に、銃を構えてみる。
スコープに映るのは、背中が大きく開いて背骨を顕にさせる作りのドレス、そしてうなじの辺り。
体は鈍っちゃいない、銃のメンテだって欠かせていない、よって軌道は1ミリのズレも無いだろうよ。
「すぅぅぅ」
足を止める。
呼吸で手がブレないように、息を吸い込んで肺に貯めた。
「さて、あともう少しで村です。緊張をほぐしたいなら今のうちです」
なめんな、俺はRIOの飼い犬じゃねえ。何世代にも渡ってローレンスで栄華を築いたドラグニルファミリーの現ボスだ。
ここで殺らなきゃ漢が廃る。
ローレンス滅びても、ドラグニルファミリーは永久不滅だ!
「指揮官だかのために俺の自我を奪わなかったこと、一生後悔しやがれ……」
「ウガッキー!」
その時、奇声をあげたアンデッドが銃に噛み付いたんて、あらぬとこまで照準が逸れちまっていた。
「んだ!?」
忘れてた! 眷属共が俺の護衛に付いていたんだった。
まさかこの護衛は俺のためじゃなくて、RIOのためでもあったのか!?
チキショウ、暗殺は失敗したし絶体絶命のピンチじゃねえか!
今度こそ終わったろう。
「おやまあ、進軍中にも関わらず眷属達と戯れるだなんて、私が不在の間に随分と友好を深めたのですね」
「へ、へへへ……」
どうやらバレずに済んだっぽいが、こいつは笑うしかねぇ。引き金引いてなくて良かったぁ……。
RIOの暗殺なんて、魔が差した考えはしない方が身のためかもしんねえ。
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