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幕間 プチ・エリコの配信道 その5

 ラストエリコ

 重め

 救出する方法はいくつかあるけど、一番効率的なのはひたすら剣でスライスするだけ。

 そうすれば、いずれ中にいる人を切り離せるはず。


 人の声は、私が発動した光の槍を介して聴こえたみたいだから、取り込まれてるとしたら腹部の内側。あの時何も知らずにエネミーを倒す一心で刺しちゃったけど、誤ってやっちゃった以上はもうどうしようもないし、それで死んじゃってないことを祈ろう。


「ガンガン行くよ!」


 剣を縦に構えて突撃。

 もちろん多少のダメージは覚悟の上だけど、五体満足でさえいれば問題ないから。


「とりゃああっ!」


 少なくとも腕は熊肉100%で構成されてるから切り飛ばしても良さそう。

 って考えてたけど、思った以上に骨が硬くて切断は無理だった。


「《魔法・ディフェンスダウン》」


 サキさんがDEFのデバフをしてくれたけど、それ初期クラスの魔法だよ……?

 役割外の魔法を任せるのは無茶振りだったかな、ごめんね。


「くううっ! ひゃあ!?」


 中途半端に攻撃したせいで闘争本能を刺激させちゃって、爪のカウンターをモロに食らっていた。


『食らっちまったか』

『いたそう(小並)』

『堪えるんだ!』

『HPはまだあるな、巻き返せ』


 胸に刻まれた三本傷がジクジクするし、出血もおさまらないけど、こんなもの、治すまでは戦う乙女の勲章。汗の他に、血を流すようになっただけのダイエットだ。


「気合いっ! まだいけるよ!」


 自分を鼓舞して再突撃。

 絶妙に危なっかしくなるけど、ここからは直接腹部を削いでくしかない。


「まだまだまだまだっ! 骨が露出するまで痩せさせてあげるっ!」


 荒々しく、慎重に、発掘作業のように削ぎまくる。


 どれだけ削いでも血が臓器が流れていないのが自分の目を疑ったけど……それでも慎重にやらなきゃ。

 だんだん肉の色合いが薄くなってきたから、そろそろ中の人とご対面出来そうかな。


「まだま……いっっつ!」


 見えてきた希望によって体が軽くなってきた途端――顔面目掛けた爪の振り下ろしで、右目も頬も抉られていた。


「いけない、エリコさん!」


 片目の視界が真っ黒じゃなくて真っ赤になる。

 気づけば爪の連撃を畳みかけられていて、自分の中に詰まってるものが色々飛び出す感覚もする。


「あああぁっっ……うああああああぁぁぁっ!!」


 ほんの一瞬で、鉄板に焼かれるような激痛が顔半分を襲って、声にもならない声で泣き叫んでた。

 脳味噌までもが抉られたみたいに、早く撤退して回復しないとって思考に染め変えられちゃいそう。


「これ以上はエリコさんが持ちません! やっぱり私の攻撃魔法で肉塊にして……」


「見くびらないで! 私、まだ挫けてないから……っ!」


 自分は、痛み如きで心折れるような冒険者じゃない。

 HPは全然のこってるのに、止血や鎮静のためだけに悠長に回復なんてしてたらそれこそ相手への隙になる。


 こんなに痛むのはなんでか。見応えある配信にするためなのと、かりそめの体でも痛さこそが命を賭している証だからって、リスナーさんに心配がられながらも自分で痛覚設定をMAXまで引き上げたんだから!


「ぐ……」


 RIOみたいな魔物族以外は誰しもが傷を負うだけで味わえる感覚程度、私が切望しているものを脳裏に過ぎらせれば気にもならなくなる。

 そう、大切な莉緒のことさえ考えていれば、そしてRIOと相まみえる瞬間をぐへへっと妄想すればねっ。


「ぐへ。きえええええっ!」


 剣を振るえた。

 巧く薄く切り続けて、肉の中から熊じゃない肌が見えた。

 もう一度スライスしたら、人の顔が、まだ人生これからって感じの男の子の目を閉じている顔が現れている。


 やっぱりだ、この年端もいかないこの子が……エネミーにされて……。

 あと一息!


「いける、そおいっ!」


 粘り気のある肉の中に手を突っ込んで、頭をキャッチできたら一気に引っこ抜く。

 ブチブチブチって、耳の具合悪くなりそうな音がして、足先まで引っこ抜けた時には熊の肉体は生命力が枯れ果てたかのように弱って、そのうちポリゴンになっていた。


『おげえぇっ』

『人間が……』

『丸呑みされてたのか……?』

『丸呑みにしては体にくっついてたけどな』

『まさかの展開』

『巨○化みたいな?』

『幽玄界のエネミーえっぐ』


 引きずり出したこの男の子、意識は失ってるけど息はあるみたい。

 怪我は治したし、後はこの子が目を覚ますまではこれ以上進展は無いかな。


「やったよ! なんとか死なせずに助けられたよ!」


 喜びまくりで男の子の容態を忘れそうだったけど、安静にさせるために喜びは心の中で抑えといた。

 これにて一件落着、調査のお土産話のネタが増える増える〜。


 でもサキさんは、どこか難しい顔をしてるように見えた。


「私が体内まで刺しちゃった傷以外はてんで無傷で不思議だけど、そもそもどうして中に人がいたんだろ……」


 呟きながら、サキさんに目配せしてみる。

 サキさんはトップクラスのプレイヤーだ。何か手掛かりになりそうな情報でも知っていたらラッキー程度に思ってた。


「これはデミート系エネミー、深く絶望した人間に、エネミーの肉体が纏わりついて発現してしまいます。そうなってしまえば、こちらの世界と断ち切られた場所に送られて、外側の肉体が死に腐るまで永遠を魔の物として過ごすだけとなるんです」


 けれど、サキさんはただ知っていただけじゃなくて、専門家のように詳しく話してた。

 つまり、俗に言うエネミー化現象だ。一年以上前に行方不明者を大勢出した王都の未解決事件は、これが答えなのかもしれない。

 別の生き物への変化というよりかは、人の体が着ぐるみみたいに取り残されてて、一体化まではしてないからちゃんと切り離せる不完全なエネミー化。


 でも、私が本当に怖かったのは、エネミー化のことじゃない。


「サキさん、全部最初から知ってたってこと?」


「ええ、前もって冒険者ギルドから情報を頂きましたので」


 わぁ、プロなだけあって、事前の準備に余念がないんだなぁ。

 怖い想像がより鮮明になってきたよ。


「あまりこういうことは言いたくないけどさ、中に生きたまま人がいるって知っててあの魔法で倒そうとしたの」


「っく、それは……」


 サキさんらしからぬ、歯切れの悪い返事。

 推理が図星だったから、嘘を突き通せなくなっている感じ。

 ムーンフォールでエネミーを押しつぶそうとしてたけど、それってこの子も押しつぶすつもりだったとしか考えられない。


 サキさんのことが、冒険者ギルド職員みたいに、人として失格なふうに思えてきた。


「なんで、あれは人じゃなくてエネミーって言いたいの? 私、そう、私なら助けられる手段があったのは分かってたはずだよね。なのに、配慮も手加減もしないで思いっきり殺そうとしてたけど、それってどういうわけなの」


 少しずつ語気が荒らんで、機関銃のように喋りだした自分に驚いてる。

 そんな自己驚愕も、ヒートアップしてゆく病的な感情の前には、箒で掃除される塵みたいに捨てられた。


「黙ってエネミーごと倒せば無かったことになるから? それとも経験値目当て? 怒らないから正直に言って」


 戦いは終わってるのに息が激しくなって、冷や汗が収まらなくて、最初から最後までなにかの間違いだと思いたかった。


 それなのに。


「勝手に絶望して、勝手にエネミー化した方が全部悪いんですよ」


 サキさんへの憧れの感情が、一転して無に帰る音がした。


 サキさんなら、序列があんなに高いならって、このゲームをやり込んでるなら有象無象の悪徳プレイヤーとは正反対の人だって、外面の憧れだけで思い違えていたんだ。

 正直に言ったから貶さない。でも、この猫被っていた人との関係解消には、十分値する真実の言葉だった。


「私はこの子を連れて王都に戻るから、ここでパーティは解散しよ。それじゃ」


 救出した男の子をおぶって、出口の方へと、臭いものから距離をとるように走って行った。


『もう調査終了かよww』

『まずまずの成果かな』

『皐月サキ……短い付き合いだった』

『今日もエリコの顔が曇る曇る』

『よくオブラートに包めたわな』

『そこのとこエリコのコミュ力表れてる』

『百年の恋が冷めるって、これを指してたのかなぁ』


 恋かぁ……。



▲▲▲



「プリンセチュ・エリコ様、幽玄界調査のクエスト、お疲れ様でした。こちらが報酬となります」

「うん、いつもありがとうね」


 全て包み隠さず報告して、ギルド職員さんから6万イーリスとカルマ値を受け取った。


 あの男の子はすぐに容態が回復して、家族も捜せた上に後遺症無く喋れるようになったけど、私が冒険者って自己紹介したら、怪物を見るような目で怯えられちゃった。

 まとめると、冒険者に絶望したからああなったみたい。

 私は他の冒険者とは違うって声に出したかったけど、やめた。私も冒険者だということに変わりないし、そうした失言で炎上した配信者さんを見てきたから。


 でもさ、サキさんが口にした「勝手に」だなんて、BWOの冒険者そのものを表す言い分だよね。

 勝手な冒険者の統治の下だと、絶望する権利も無くなるってさ。バカバカしい。



 後日知ったけど、冒険者ギルドが幽玄界を調査する理由は、未曾有の危機に対してとかじゃなくて、領土欲からなんだって。

 そのために、私みたいなSランク冒険者を尖兵として投入してるとか。世界の王だけじゃ飽き足らないで、別世界へすら版図を拡張したいのかな。

 稀代の快楽殺人鬼とか、国家滅亡級の吸血鬼RIOの対策にはまともに人員割かないのにね。


 でも、これら冒険者ギルドの野望は今に始まったことじゃないし、呆れを通り越して何の感慨も湧かなくなってる自分がいる。

 そのうち私も、みんなみたいに増長しちゃうのかな……。


「りお、りお」


 鬱屈なんてしない。

 私個人の叶えたい物語に比べれば、無問題に等しい。


「早く王都まで来てね。ずっとずっと待ってるから」


 いつか私の前に現れるのは、傍若無人な配信者RIOなのか、いつもの一歩踏み出せない性格の莉緒なのか。

 めんどくさい方が来たとしても、一切手を抜かないでお手合わせしてあげるからね。ぐへへ。

 エリコ=序列1位じゃない

 というよりエリコじゃ序列1位になれない理由付けのために書いてた

 そろそろ病院の時期

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― 新着の感想 ―
[一言] クズの掃きだめ冒険者ギルド とことんフリーダムな代わりに、とことんまでゲーム環境は劣悪と化すっていうことなのですかね? このゲーム道徳観念とかから問題にならないのが不思議ww
[一言] 稀代の快楽殺人鬼……RIOクラスのが他におるんか。 体と心は自分で守るんじゃよ……自分を甘やかしていいんじゃよ?
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