幕間 プチ・エリコの配信道 その4
多感な年頃
「霧は湯けむりなのですかね? ここら辺はムシムシしてて、一枚脱ぎたくなっちゃいそうです」
同行してて思ったけど、サキさんは見れば見るほど抜群のプロポーションだ。
大人のお色気というかフェロモン? がムンって全面に出てて、それにモデルさんみたいな曲線美が歩く度に誘惑してくるみたいで、リスナーさんは『エッッッ!』とかコメントしてるし。
私は莉緒一筋のRIO様ぐへ信者だから、天地がひっくり返っても浮気なんてしないけど、そのお腹、羨ましいなぁ。
「むぅ……」
試しに自分の横腹をつまんでみる。
なんか昨日よりもくびれがなくなっていた。
ここ仮想世界だよね? リアルの体型と連動してない?
「エリコさんどうしましたか?」
サキさんが腰をくねらせるように振り返ったけど、駄肉を極限まで削ぎ落としているようなおへそとお腹は、揺れもしていなかった。
謎の敗北感……。
「なんでもないよっ。サキさん」
その分野は捨て試合だから、取り柄の胸囲は負けてないからダイジョウブ。
でもなぁ、比較すると気になるものだし、またVRダイエット企画を配信しなきゃなぁ。
「あ、あのう、私のことは『サキ』って呼んで欲しくて……いやでもあわよくば『サキたん』なんて呼ばれたいとかは無くてですね」
「お気持ちはとっても嬉しいけど、また後でにね」
一つ返事で承諾してると邪なご注文にまでエキサイトしそうだったから、適度にスルーして幽玄界調査を続行した。
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でも序列100位以内の人まで駆り出されているなんて、冒険者ギルドは幽玄界をかなり危険視しているのかもしれない。
そうだよね。王国の重臣をことごとく追放したり、首吊りしそうなほどの重税を強いたり、冒険者ギルドは何を考えているかが理解出来ない組織だけど、もし幽玄界からエネミーが押し寄せたら大陸の中心地の王都が大変なことになるから、私達みたいな高ランクの冒険者を派遣しているんじゃないかな。
今のとこ会敵してるエネミーは、どれも王都周辺にしてはレベルが高めだからね。
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エネミー名:ホーンデビルラビットLv76
状態:暗黒
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「今ですエリコさん! 目を奪われている内にトドメを!」
「任せて! とりゃああ!!」
子兎のようで兎型悪魔族エネミーの額に埋め込まれている紅い宝石を破壊、続けざまに痕から刺突して倒す。
私の武器は、デビルとかイビルって名がついてる相手へ攻撃力の補正がかかる悪魔特攻の剣。
大手の生産職連盟から配信を通じて購入した特注品なんだ。
『よし』
『いけた』
『エリコの剣技しなやかぁ』
『皐月サキと組めたのはラッキーだな』
「エリコさん、素敵です!」
「やったあ! いぇーい!」
サキさんと息を合わせてハイタッチ。
前衛と後衛をはっきりさせてる分、即席の共同戦線が板についてくるのも結構早い。
それにここのエネミー達は私でも格下扱いだし、後ろに心強い仲間がいるって安心感を相乗させてるから、いつも以上に戦いに集中出来てる。
今日も何事もなく調査を終われそうかな。何か不測の事態があったとしても、火力がトップランカー並の魔法アタッカーのサキさんがついてるし。
「警戒して下さい。これまで片にしたエネミーとは一味違うかもしれません」
思ったそばから不測の事態だ。
「ホントだ。このエネミー、私一人じゃまずかったかも」
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エネミー名:デミートベアーLv80
状態:正常
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のしのしと巨大な図体を揺らし、二足歩行で迫ってくる熊型のエネミーがよだれを垂らしていた。
ぐ、レベルが私と同じはある。
「我が暦は皐月、その月名を数多のDNAに見聞きさせ、見えざる新月が如く失せ果てよ。《魔法・月こそ汝への贈り物》」
長々とした、まつわるものがあるようであまり無さそうなサキさんの詠唱。熟練の魔法職系の人は、スピードを求める無詠唱派と、火力こそパワーを信条にする詠唱派に分かれているんだけど、詠唱スキルを持ってるサキさんは後者みたい。
エネミーの遥か頭上から、青白く神秘的に輝く岩の塊が出現して、勢い良く降ってきてぺしゃんこにしちゃった。
「ほえぇ、序列高い人ってこんな芸当も出来ちゃうんだ。エネミーのレベルが80もあるのに、たった一撃で……」
「たった一撃だけじゃ経験値になれませんね。エリコさん、早く構えて下さい」
サキさんのツンとした声が突き、感嘆している暇はないってのを再思考した。
隕石の下から四足で起き上がりながら押し返して、また立ち上がっちゃってたから。
「つ、強いエネミーだよこれ。サキさんの魔法でも倒せていないなんて」
「いえ、ダメージ自体は通っています。あと二度三度、先程の魔法を最大出力でかませば昇天させられるはずなので、エリコさんは私に攻撃を近づけないようお願いします」
「りょーかいだよ!」
プロの人だぁ。
私なんて一年前に始めたばっかりの駆け出し卒業生なのに、経験値とかの数字じゃないチームプレイの経験の差が如実に表れてるよ。
「はいはいはいっ!」
サキさんの詠唱が終わるまでは、決して下がらず攻防するべし。
片手が塞がれて攻撃の柔軟さが落ちるけど、ラウンドシールドも装着して、より防御力を上げていくよ。
『おお、エリコまた腕を上げたなぁ』
『最初期なんてホーンラビット倒すだけなのに四苦八苦してたのによ』
『成長したなぁ(しみじみ)』
『この成長を初配信の頃から見守れるのが古参の特権よ』
『あぁ、涙出てきた』
リスナーさんは私の親目線みたいになって感極まってるみたい。でも文字だとこんな感動的だけど、配信画面を観る顔は絶対真顔だよね。
「押し負けないよっ! サキさんのためにも!」
鋭く尖った爪撃には剣で弾き返して、唸り声をあげて噛み千切ろうとすれば鼻頭を切って行動を散漫とさせる。
「――失せ果てよ。《魔法・月こそ汝への贈り物》」
よしっ、詠唱終了まで粘れたみたい。
でもつばぜり合いしてる今じゃ、エネミーを足止めしながら離れないと。
サキさんの巻き添えを食らったらポンコツ配信者呼ばわりされちゃうしね。
「《魔法・穿し刺て明光》!」
盾を離して、速攻性がべらぼうにある光の槍を腹部に放つ。
この不意の一撃で怯ませて足止めしたから、退避っと。
「……ャァァ」
突然、私の犬耳が人の悲鳴を収めた。
人って、一体どこから!? でも、わんこの聴覚が正しければ前からだと思うけど、前にはエネミーしかいないし。
いけないいけない、気を取られてたら魔法に巻き込まれちゃう。
それで次の瞬間、ドゴォーン! って轟音が鼓膜を揺らしたけど、あとワンテンポ遅れてたらまずかったかな?
「サキさん、さっき何か言ったりした?」
「もへへ……エリコさんが私のPNでダジャレを……」
「そうじゃない偶然。前の方から『ャァァ』って声がしたんだけど、聞けた?」
「いえ私は何も……それより、また起きますからよそ見しないで下さい!」
サキさんは何も聞こえていなかったみたい。
じゃあ聞き間違い? でも胸騒ぎみたいなのがするし、そういう反応を察知する私の尻尾はピンと立っている。
「ねえサキさん、折り入って提案があるんだけど、バフとかデバフは出来る?」
「はい、デバフ役はかじった程度ですけど、何故今になってそんな提案を?」
「個人的なワガママなんだけどさ、このエネミーは私がなんとかしてあげなきゃいけない気がしたから」
「なんですって!? 敬愛するプチ・エリコさんのためならなんでもしますけど……」
提案が唐突だったせいで困惑気味のサキさんだけど、そこは戦闘のプロ、その上プロのファン、すぐに私を信じてくれる眼差しになった。
このエネミー、ただの動物タイプにしてはどこか違和感があったけど、さっきの謎の悲鳴で確信に変わったから。
このエネミーの丸々したボディの中には、人間が一人取り込まれている。
私だから気づけたこのエネミーの正体、しかも生きたまま埋め込まれてるだなんて趣味悪いよね。
まぁそうと分かれば話は早いよ。
この戦い、勝つんじゃなくて、助ける!
はぁあ……たまらん
睡眠時間伸ばせば体調良くなりますかなぁ……