幕間 プチ・エリコの配信道 その2
「だめえええっ! きゃあぐっ!」
ダッシュで間に割り込んだから、相手も私に気づかずにそのまま殴られちゃった。
うう、首もとがヒリヒリする。
「エリコかよ。危ねえじゃねえか」
悪態をつかれちゃったけど、暴行は中断したみたいだからダメージなんて大したことないよ。
この人、【Sランク序列1087位・サンガリング】さんは王都でいつものようにトラブルを巻き起こしてる。
一応見つけ次第注意してるけど、ゲーム的な意味で先輩だし、序列が上だからキツく叱りつけることが出来ない。
ならこの人よりも序列を上げれば万事解決じゃんって思うけど、そう簡単な話じゃないんだ。
特に、私のロールプレイ上はね。
「けほっ……。こんなのってあんまりだよ」
「いやまず急に割り込むのは……まあいいか。よく聞けエリコ、大前提として、この小僧がわざとズボンにドロをつけたんだ。ご丁寧にそこの陰からバケツでぶっかけてきやがったんだから、俺はなんにも悪くねぇぞ」
サンガリングさんの話した顛末の真偽は分からない。でも前回よりもけっこう詳細に話しているから、もしかしたら本当なのかもしれない。
だけど、これだけは確信を持って言える。
「だからって、何をしても良いっていうのは間違ってる。それに相手は子供だよ、ムキになることないじゃない」
「なら、もし大人にまで急成長させるバフ魔法がありゃ、制裁も許されるって理屈だよな」
「はぁ? 信じられない。屁理屈なんてかっこ悪いよ!」
「ちっ、これだから優等生は」
……舌打ちが聞こえちゃった。
でも臆したらこの男の子が何をされるか分からないから、エリコは勇敢な子って自分に言い聞かせて気を強く保つ。
続く言葉を先に出したのは、相手の方だった。
「俺は物凄く機嫌が悪い。この小僧のせいじゃない、ログインした時からだ。分かるな優等生、お前も上司……態度だけでかい奴から、身に覚えが無いミスでどやされりゃムカつくだろ? そんなブルーな時に泣きっ面に蜂なことされりゃ、ブチギレるのは然りだよなぁ」
ねじ曲がった自尊心を自白しているかのような口ぶり。意味がわからないよ。
……人の本性が顕れるのは追い詰められた時ってよくいうけど、もう一つある。
それは、弱者の前に立った時。
哀しいよね、こういう弱い立場の人にしか当たれないプレイヤーって。
巧妙に隠してるつもりでも、私には二〜三回関わるだけで化けの皮の中身が大体読み取れちゃう。この人は微塵も隠す気はないみたいだけどさ。
「でも……なんでこの子にストレスの矛先を向けるの? ログアウトして家で発散させるなりすればいいじゃない。わざわざこの世界で――こんな小さな子にやるなんて」
「それが、下らねぇルールに縛られることがないBWOだからだろ。普通のVRMMOじゃ、こっち側に正義や正当性があったとしても住民を攻撃しただけで刑罰モノだからな」
「う……」
一瞬共感しちゃった自分を責めたいよ。
正義というどんな人でも理解可能な聞き心地いい名分を掲げれば、我慢や抑制なんてしなくていいし、何をしても肯定されているような気分で快感だからね。
悪気だって自然消滅するし、現に私も昔はそうだったし。
そういう抑制いらずの緩さは、実はゲーム界隈にも影響が大きい。
キャラメイクとかバトルとかの自由度や、やりがいがあったとしても、それ以外のところ――たとえば住民達とのコミュニケーションとかでストレス要素があるとユーザーは離れていっちゃうから。
運営が仮想世界の神様って設定だけで、「お客様は神様じゃないのか?」って主張するプライド高い人は購入を避けるくらいなんだ。
人との交わりを売りにリアルの人間を再現したAIを使うVRMMOは市場じゃ飽和状態だけど、どれもリアル過ぎて村社会みたいに閉鎖的な雰囲気で、でも仮想的なAIにするとNPCからチヤホヤされても"言わされている"みたいな空気感になるからどこの企業も総じてジレンマ。
酷いパターンだと、地球に侵略してくる宇宙人みたいに糾弾してくるとか。
画面越しからじゃなくて、仮想世界に降り立って味わうんだから鬱憤溜め込んでるプレイヤーはイライラするよね。しかもNPCの質感はなまじ人間そのものみたいだから尚更だよ。
だから後々住民から受け入れられるようなストーリーがあったとしても、そこまで進む前にユーザーは愛想尽かして、そのまま持ち直せずサービス終了しちゃうのが通例になっちゃってるんだ。
一定のルールに従わない方に非はあるけれども、ガス抜きするためのゲームなのにその辺不自由っていうのが納得いかない人はポツポツ出ちゃう。
ということで、その点を擬似的に解決したBWOはVRMMOにしてはそこそこ続いてる方だけど、それに反比例してガラの悪いプレイヤーが多い。
そういう悪どいことしないプレイヤーは、他の健全なVRMMOに残留してるから。
「エリコは羨ましい商売してるなぁ。自分だけは特別って酔いしれてプレイヤーを懲らしめれば、俺のサービス残業と違ってウマウマな収入になるんだからな」
「っつ!!」
『ステイ!』
『落ち着け』
『早まるな!』
『おすわり!』
『乗るなエリコ戻れ!』
『どうせ社畜の僻みだ』
『スルースキルだぞー』
ああ言えばこう言うわからず屋に腕を振り上げて平手打ちをしたかったけど、リスナーさんからのコメントのおかげで踏みとどまれた。
それに考え直せば暴力は良くなかった。暴力はダサいとかの綺麗事じゃない、実行しちゃえばこの人の意見を肯定するのと同じになっちゃうから。
「おお恐いなぁ、序列1210位のプリンセチュエリコさんは。いや、人気ライブ配信者のプチ・エリコさん」
「……許さないから。絶対そっちが間違ってるから」
「はいはい分かってますよっと。だからまとめじゃ俺のとこ映すなよ、絶対アーカイブ消せよ」
もう呆れた、だらだらこの人に関わってる時間が無駄だよ。
コメントを眺めると『ガチギレ』『すげぇ睨んでる』とかでいっぱいで、今の私の表情が何となく把握出来る。
《カルマ値が下がりました》
あ、カルマ値が下がっちゃった。序列が上の人に意見したせいかな。
だから私って序列が行ったり来たりしてるんだよね。
でもいつものことだし気にしない。こんな他人からは知ったこっちゃない上辺の数値がどうなろうとも、義を見てせざるは勇なきだから。
すぐ男の子の元に駆け寄って、傷跡に手を添える。
「《魔法・痛いの痛いの飛んでけ》」
血の滲むような修行のおかげで習得した痛覚カットを織り混ぜた回復魔法。普通の回復魔法だと痛みが延々残る例がよくあるから、こういう人助けの時には有用なんだ。
悶えながらだとおはなしすることも難しいし、まずは激痛から解き放たせなきゃね。
「ねえぼく、あの怖い人が言ってたドロをぶっかけたってのは本当なの?」
「うん、ほんとうだよ……」
「え、うそ」
意外な答えに思わずギョッとしちゃった。
私が冒険者の一員だからって自白したのか、あえて悪者を演じたのかは色々想像出来るけど、表情を見る限りだと悪さしたかったからとかそういうのじゃないはず。
そう思索している内に、向こうから真実を語り始めた。
「じゃんけんで負けて、罰ゲームで冒険者に誰でもいいからこれをかけろって友達のみんなに言われたから。僕、そんなことしたくなかったのに……」
「……最っ低」
トラブルがトラブルを呼ぶこの王都。
自分の中にどす黒い感情が渦巻いてるのがよく分かる。
そのせいでついキャラじゃないこと口走っちゃったけど、この男の子が自分のことだと勘違いしちゃってるからスマイルスマイル〜。
《カルマ値が微増しました》
この後、罰ゲームを提唱した人達にこの子と一緒に事の背景を問いかけてみたけど、ガチでやったわけじゃなくて、冒険者をよく知らずに軽はずみで始めたことだったらしいから……厳しくは咎めないで仲直りの仲介だけで留めた。
それに、趣旨からだいぶ逸れちゃったけど、今日やることは冒険者ギルドから直々に依頼されたクエストがあるんだ。
「よし! センチメンタルおしまい! ここからは街の平和のために、エネミーとバトりまくるフェイズに突入するよ〜!」
『おー!』
『ぐへおー!』
『立ち直りはっやww』
『ワクワクテカテカ』
『さあどうなるか』
体調はまるで生きてない




