爪剥がし&下見終了
そろそろ日刊1位になって、応援して下さる皆様方の期待に応えてみせたい今日このごろ。
そろそろ街を一周し終える頃です。
ここまでエルマさん以外に一人としてRIOに気づかないとは、下見は上々です。
冒険者達の一部は、暇を持て余すあまり小悪党やら何やらを懲らしめており、その他対RIOの戦力に関しては数だけなら十分だとの見解です。
それに加え、平民や貧民は立入禁止である中央区の全貌が悩みの種であり、他四区も現在の戦力で蹂躪すると手こずるかもしれません。
そして攻めるならば仮拠点から近い南門から、以上が成果です。
「エルマさん、だいぶ落ち着いてきましたね」
山中で会遇した時も、RIOだと知ってしまった時も、常に何かに追われているような慄き具合でしたが、今は脚をぶらぶらさせているまでにリラックスしています。
「お姉さんって……吸血鬼さんなのに考えてることが普通の人みたいだから、ほわんってなって安心できる」
ふむ、プレイヤーであることも悟られましたか。
「私だって、別の世界ではれっきとした人間でして、殺伐とは無縁の安穏とした暮らしを送っていますから」
「えええっ! お姉さんって吸血鬼さんなのに人間さんなの!?」
語彙を失い、ひっくり返りそうなほどに仰天していますが、肩車状態でひっくり返るのは危ないところですね。
「そもそも、吸血鬼は日光に当たりさえしなければほぼ人間ではありませんか? エルマさんだって、私と出会った時にはそんな第一印象だったはずです」
「そうだけど、なんか変だなって思ってた」
「勘が冴えていますね。その勘の的中率は、特技に昇華させれば将来役に立つかもしれません」
「将来かあ……こんなわたしに将来なんてあるのかな」
そう自己否定し、悲観的な声色になっていました。
私がいなくなれば、住む家や身寄りの無いまま一人で生活しなければならないのですから、無事に大人になるまでの設計図が立てられないのでしょう。
仮に生きられたとしても、いずれ軽犯罪に手を染めるか、どこかに売られるかと先が暗い未来になるでしょう。
または、攻め入った眷属達に襲われるかですね。
「……ッいってえな! 傘差しながら歩いてんじゃねえぞ!」
考え込んでいる内に、誤って日傘を他人にぶつけてしまった模様です。
「申し訳ございませんでした。深々と反省します」
私に対し怒鳴った者へと、頭を下げ――過ぎたらエルマさんがバランスを崩して落下するので、不本意ながら会釈程度にしました。
日傘の扱いは現実世界でも気をつけなければ、最悪失明などのトラブルに発展しかねませんからね。
「おいまてこら、反省してんならそれだけってのはねぇんじゃねえか?」
立ち去ろうとした瞬間、肩を掴まれてしまいました。
喧嘩自慢の当たり屋だったら面倒ですね。
「もしやHPでも減らしてしまったでしょうか。生憎ポーションをきらしておりまして、購入まで暫しお待ち下さ……」
「おちょくってんのかクソアマァ! 冒険者に危険物ぶつけてんのに、ヘラヘラしてんのがムカついてんだよ!」
当たり屋なんて比じゃないほど面倒な職の方でした。
「ぴぃっ」
こんな脅すように凄まれては、エルマさんがかつてエネミーに襲われた頃のように怯えてしまっています。
ついてないですね、どう切り抜けましょうか。
「ですから謝罪の意は伝えました。金銭その他便宜の要求があるなら直に提示して下さい」
「……だぁかぁらぁよぉ、てめぇみてぇな金持ちの恥知らずが冒険者に迷惑かけてんのが大問題だっつーの」
その冒険者は握り拳を形作っており、今にも私に、またはエルマさんに殴りかかろうとしていました。
もう売り言葉に買い言葉だけでは済まされませんか。かくなる上です。
「反省する気があるんなら、その顔面がボロクソになっても文句はいわねぇよな! あぎっ!? あぎゃああああ!!」
拳を手のひらで受け止め、そこから彼の親指の爪を剥がします。
「ああ、ほんの少しだけやってしまいました」
「いっででで……! 回復しねぇとあいでえええ!」
続いて人差し指の爪をも剥がして捨てます。
綺麗に剥がしたつもりでしたが、その爪には痛々しく何かが付随していますね。
「そんなに痛がるのですか? 腕や脚を切り飛ばされるならまだしも、爪だけですよ」
そう言い放ってみましたが、一説によると指を切られるよりも爪を剥がされる方が苦痛の度合いが上と聞きます。
さて、怯ませた内に逃走経路の確認です。
「血があああ! 痛いに決まってるだろ! 頭沸いてるのかこい……あ!?」
痛みに悶えつつ、私の姿をまじまじ見つめては、どこか私に対して身に覚えがあるような形相へと変わりました。
「まま、まさかてめ……その傘その顔……!」
「顔ですか? 人違いです」
「まさかまさかまさかぁ!」
む、誤魔化せませんでしたか。
もうRIOと遭遇してしまったと察したようで、じりじりと後ずさっています。
『今回、RIO様バレる』
『スパイタイム終了』
『バレちった』
『はよずらかれ!』
『けっこういけたがついに潮時か』
『楽しかったぜ、あばよ』
『爪取っちまうのはやりすぎだわなww』
……どうやら、私の注意不足でつい遊び過ぎてしまったみたいです。
粗さが目立ってますね。レベルが60にまで高くなると、気づかぬ内に慢心してしまう心理的弊害があるのかもしれません。
「日は沈んでいませんか、小難しい状況です」
エルマさんを攻撃に巻き込まないようにしつつ一戦交え、南区の門までひた走る、二つの覚悟を決めなくてはなりません。
「まさか、り……RI……!」
「お姉さんはRIOじゃないよ!」
すると突然エルマさんは自分から飛び降り、大の字になって立ちふさがりました。
助け船を出してくれるのは有り難いですが、相手は冒険者ですよ。
「誰だこの子。っていうかこの馬鹿力でRIOじゃなければナニモンなんだよ!」
「すっごく優しいわたしのお姉さん、だよ?」
「ちょ、お姉さんだと!?」
ふむふむ、嘘つきのお供は嘘つきですね。
破壊しか生まない吸血鬼のために、恐ろしがっていた存在に対して騙せるなんて、尊敬の念しかありません。
「はい。エルマさん、いえ、エルマは脆弱な私に力を与えてくれます。なので、リートビュートでの貧困暮らしも苦ではありません」
「持ちつ持たれつで暮らしてるんだよ。お姉さんはちょっと変わってるだけだから、RIOなんかじゃないよ」
おお、子供では逆効果になるのがオチだと思い込んでいましたが、上手くフォローしてくれますね。
お見事です。
「RIOじゃねえのかよ。紛らわし、白ける」
エルマさんの度胸に気圧された後、傘の件すら忘れ、矛を収めて退散しました。
彼が単純な頭の作りで助かりました。いくら横暴な冒険者でも、面と向かって言い返せばトラブルを回避出来るのではないかとの説が浮かび上がりそうです。
「う……怖かった……」
かなり無理をして演じていたようで、膝から脱力してしまいました。
「よしよし、望み通り、頑張りましたね」
子供が活躍した際には率直に褒める。自信を育むための鉄則です。
フードからちらりと見える蕩けた顔。子供とは、反応が正直で褒め甲斐がありますね。
「えへへ、お姉さんの好きを伝える夢を応援するって決めたから」
「そうですか……」
その子供ながらの純粋な気持ちが、私にはとても目に染みます。
私にもいずれ想い人との子供を設ける日が来るのか。いいえ、どう転んでも来ないでしょう。
ですが、他人の夢を応援するだなんて、エルマさんには精神的にゆとりが現れている証拠ですね。おどおどしていた初対面の時とは印象が真逆です。
「……さて、私の窮地を脱させたあなたには、このRIOにとって打算的な価値を除いても信用に値すると点数をつけました」
「ほへ……?」
「つまり、私を感服させたのですよ。あまり栄誉にはならないでしょうが」
「お姉さんに褒められると、やっぱり嬉しい!」
手を頬に付け、エルマさんなりの喜びの表れなのか、体をくねくねと動かしていました。
『RIO様が人を褒めるなんて珍しい』
『しかも一回やらかした上で汚名返上したという』
『将来有望』
『メスガキちびRIOちゃんと違って聡明な子だ』
『比較対象で草』
『というか吸血鬼に懐いて良いのか?』
『「お姉さん」に懐いてるからセフセフ』
視聴者様の意見にはいちいちもっともです。
率先して自分にしか出来ない方法で争いを収める判断力に、両親の仇という過去を水に流して自身の現在や未来を優先するリアリスト思考の片鱗が垣間見え、更に他者の願望をも尊重出来る度量。エルマさんはNPCですが、殺したりアンデッド化させるのが惜しいと初めて思えました。
ではここで、禁忌を用いましょう。
「頑張ったエルマさんにご褒美です。目を閉じていて下さい」
「うん……? 分かったけど……」
別に閉じる必要は皆無でしたが、雰囲気作りです。
首筋……は痕が見られますね。背中の辺りに手を伸ばしましょう。
「きゃっ」
「我慢ですよ。大切なおまじないですから」
肌に爪で傷をつけ、《吸血》でエルマさんに流れている一部を拝借します。
ハムスターのような小動物は少量の出血で死に至りますから、慎重に吸い取ってしまいましょう。
「なんかクラクラしてきた……」
体内の血液量が低下したため、ぼんやりとした目つきに変わりました。
そろそろ頃合ですかね。《眷属化》で私の血を循環させましょう。
「ひゃああ!? なにこれなにこれ!?」
献血のような未知の感覚に飛び上がり、遊園地のアトラクションでも堪能したかのようにテンションが上がっていました。
『RIO様成分が染み渡ってる……』
『あの実験を悪用しやがった』
『悪用? 必要なことです』
『RIO様何注入してるしww』
『最高にハイになるエキス』
『アブねぇエキスだなぁwww』
視聴者様にも受けが良い上出来なリアクションです。最初からエルマさんで実験すれば良かったのでしょうか。
「終わりました、あなたが強かに生きられるおまじないです」
「おまじない……なんか元気がもりもり出たよ!」
「効果抜群ですね」
身体能力が向上したあまり、ぴょんぴょん跳ねているエルマさんが微笑ましいです。
……喜びを顕にしていますが、水を差すような言葉を伝えなければいけません。
「私はこの街から少し離れます。ですが、潜入調査は果たしましたので、エルマさんのこれ以上の協力は不必要なのです。一旦ここで別れましょう」
「ええっ……? もうお別れになっちゃうの?」
む、ストレートな言い方になってしまったために、困惑されてしまいました。
私だって心苦しい部分はあるのです。
いくら何でも、戦闘能力が無いも同然のエルマさんは戦地に連れていけないですから。
「ひとたびの別行動ですよ。おまじないを信じて、あなたの好きなように生きていて下さい」
「うん。悲しいし寂しいけど、お姉さんがそういうなら仕方ないね」
しょんぼりとうつむきましたが、納得はしている表情でした。
補足のため、視聴者様に聞こえない声量で耳打ちしましょう。
「この街には早ければ四日後に攻め入る予定です。それまでに信用出来る者に仕えて旅立つか、この街と運命を共にするか、決断することです」
「うん、でもわたしもう、自分で考えられるから、これからのやることは決めたんだ。お姉さんとまた会うためにずっとこの街にいるって」
決意に溢れた眼差し、健気ながら力強さを感じます。
「またね」
「ええ、お互い生きていればまた会いましょう」
そう愛情をもって抱きしめながら告げ、ついでにエルマさんの内ポケットにこっそり駄賃を差し入れ、リートビュートを後にしました。
次の方針は決まりました。
人数ばかり偏っているため戦火が激しくなるこの街を後回しにして、ノーマークであろう近隣の村を狙うのです。
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何卒、ポイント評価をお願いします。
不安定な天候に厳しくなる体調……。




