食事&恨まない
「お姉さんはお姉さん……お姉さんはお姉さん……」
嗚呼、念仏のように唱え出してしまいました。
私との関係性にここまでヒビが入ってしまうなんて……、まあ私が強く脅したせいなのですが。
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NPC商人から【乾燥させた大きなパン】20個と【普通の飲料水】20個を4000イーリスで購入しました。
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ともかく、油断も隙もないスラム街でした。だからこそ、私にとって攻略意欲が増すのです。
彼らを巧く扇動すれば暴徒となりますし、夜間に一人を眷属化させればネズミ算式に眷属が増殖するでしょう。
「わたし、なにされちゃうの……」
動転が見て取れますね。これが普通の反応です。
「何をするって、お昼ごはんにするのですよ」
ベンチは人で埋まっているため、道路の端でしゃがんで食事をさせましょう。
震えが激しくなっていたエルマさんを下ろし、一口では到底収まり大きさでしたが口元に寄せてみます。
「こ、これ……?」
「お腹が空いていたのでしょうから、あーんして食べて下さい」
そう愛情を込めて告げると、パンをどかしてから口を開けました。
「……頼んでないのに食べ物を恵まれても受け取ったらいけないって、ママに教わったから」
「お母さんの言いつけを守って、私の言いつけは聞けないと?」
「ううんそうじゃないよっ! ちゃんと食べるから」
意地悪な言い方になってしまったため、渋々といった様子で食べ出していました。
この子の恐怖心を取り除くとしたら難儀ですね。なので、傍からは恐怖で従わせていると勘づかれないようにしつつ、RIOの脅威を忘れなくもさせ、天秤が傾き過ぎないよう飼育したいです。
「口の中も渇くでしょう、お水も飲んで下さい」
「お水……いい。そこまでもらっちゃうと、わたし、お返ししなきゃならなくなるから……」
「いい訳ありません、体内の水分を吸われて干からびたいですか」
「ご、ごめん……」
エルマさんの表情は、どんどんと落ち込んでいました。
私の悪役らしさは形成されているでしょうか。だとしても、信用だけはされるために一定の温情は与えるつもりですが。
「私もひとつまみしてみましょう」
食事を必要としない種族である吸血鬼も、人間を真似て食事をしてみましょうか。
これ一つで満腹になりそうな密度のある固いパンを、試しに少し齧ってみました。
「まあ……ん?」
あっさりした塩以外は味付けはされていませんが、唾液の分泌を促すために水分を抜いたパサパサ食感、噛めば噛むほど小麦の味が広がるようで……。
「不味い……です。とても食べられたものではありません」
思わず口の中の物を出したくなってしまいました。
おかしいですね、香りこそは塩っぽい程度でどちらかといえば食欲はそそる方でしたが、舌に張り付いた瞬間、一転して埃の塊でも口内に含んだかのような味に変質したため、吐き気を催しました。
……恐らく、これは異物として体が拒否反応を起こし、味が合わなくなるよう変質した類いです。
『オエーってなっちってる』
『RIO様にも好き嫌いはあるんだな……』
『吸血鬼だからな』
『アンデッドだしな』
『なら仕方ないな』
『味覚まで人外になるからな』
空腹にならない代償が非常にえげつないです……。
つまり、私の食事は血で固定されてしまっていたのですか。
そもそも血を吸っているだけで、飲むとは別かもしれませんが……ともかく、よい子に吸血鬼を将来の夢にオススメしない理由にはなりそうですね。
吸血鬼とは、こうした面でも人との共存が図れない不便な種族のようです。
「ふっ、んう、んむむむむ……」
「お姉さん、すごい吐きそうだけど大丈夫?」
「食べ物で死にかけるほど私はヤワではありません。あなたこそ食事が進んでいないように見受けられますが、お口に合いませんでしたか」
「ううん、美味しいよ……」
その後、舌に触れないようにして食べつつ、危険信号が出ればすかさず水で飲み込むと工夫し、完食までこぎ着けられました。
VRMMOの世界なだけあって、胃に溜まる感覚はなかったため、無駄に苦労したのみでした。
「ごちそうさまでした。お腹はいっぱいになったでしょうか」
「うん、なったよ。こんなに食べたことなんて、全然なかった」
「それは何よりです。では次のお店に行きましょう」
そう言い、エルマさんを頭に掴まらせて移動を再開しましたが。
「次のお店ってどういうこと!? わたし売られちゃうの!?」
胃袋を掴んで恐怖心をほぐせていたかと思いきや、振り出しに戻ってしまったようです。
なんだか調教された奴隷のような子が手に入りましたね。私がいなかったらそれこそ奴隷コースですが、この荒れ果てた世界には奴隷制度が残されているのか……。
「そんなに怯えないで、仲良くしましょう。あなたとは、極力長く付き合いたいですから」
「ううっ、でもぉ……」
「弱りましたね、このRIOに庇護されるのが不服ですか?」
答えが丸わかりな質問をあたかも言わせるように呈してみます。
『当たり前定期』
『逆らったら即刻死なんて不服に決まってるww』
『いや俺は不服じゃない』
『RIO様に養われたい』
『RIO様に飼われたい』
『RIO様の隣で永遠を生きたいなぁ。ぐへへへ』
視聴者様からは、随分と慕われているみたいですが。
「お姉さんにひどいこと言っちゃうけど、聞いて……」
ふむ、前置きを述べられるなんて、賢い子ですね。
「良いですよ。言葉では傷つきませんので、話してみて下さい」
「あのね、わたしのパパとママはね、RIOが……お姉さんが街をめちゃめちゃにしたせいで、魔物に食べられて死んじゃったんだよ」
予想通りの経緯、不服なのも納得ですね。
私の蹂躪行為によって、多くの仮想世界の人間の命が奪われ、また多くの生き延びた人間がその日暮らしを強いられています。
これが現実世界の出来事だったら、私は罪悪感から逃れたいあまり自ら命を断っていたでしょう。
「つまり、あなたにとっての私とは、間接的な親の仇ということですね」
「そう……だったけどそうじゃないかも」
「む?」
意外な返事が届きました。
エルマさんが仇を前にしたような目では無いのは、まだ粘りついてる恐怖によるものか、後ろめたさでもあるのか。
「お姉さんがいなければ、パパとママとずっと一緒にいれたんだと思う。でも、お姉さんのことをひどい人って……思えないの」
まるで、警戒心や憎悪が既に解けているかのような声色です。
「胸中が読めませんね。私が直接手を下さなくても、あなたのご両親が亡くなられた元凶が私なのは事実ですが、恨めしくないのですか」
「それもそうだけど……。私が死んじゃいそうになったのは、冒険者さんのせいだから」
「冒険者……」
そこでも冒険者のワードが現れるのですか……。
つくづく冒険者には悪い話しか聞きませんね。
「冒険者さん達が街まで送ってくれるって言ったから信じたのに……お姉さんと会った山の中で一人にされちゃって……」
「どうりで、戦闘力の無い者が何日も生き延びていられる訳です」
「早く戻ってきてって一生懸命お祈りしてたんだよ。でも先に来たのは、お姉さんだった」
段々と思考回路が明らかになってきました。
親の仇こそ復讐に燃える動機には珍しくないですが、復讐向きの性格ではないエルマさんの場合、救世主に手を差し伸べられては突き落とされたせいで、沈痛な気持ちが勝っているのでしょう。
なので親の仇相手にさえ純然たる意思で従えるのです。
「お姉さんが魔物を倒すところがすごく怖くて、でもわたしに優しくしてくれたおかげで安心して……。でもRIOだって分かった時なんか今度こそ死んじゃうかと思っちゃったけど……生きてても良いと思っただけでまた安心した」
「はい。私に協力するならば、そのままのエルマさんで生きることを許しますよ」
「……わたし、どうなってもいいから生き延びなきゃいけないの。もう叶えるところを見せてあげられないけど、大好きなパパのお願いだから」
なるほど、エルマさんは亡き父親から『生き延びる』との遺志を受けとったのですか。
そもそも生への執着は、本来生物に備わっている本能です。
死後の世界に託して自殺だなどと死体を増やすだけの行為は、人間しかしません。
エルマさんはそこのとこ感情的であり、リアリストの素質もありますね。
「ですが、魔物が闊歩し仕事先も安定しない世で、幼子が一人で生きるのは難しいでしょう」
「たしかに……わたしじゃそのうちお腹が空いて死ぬしかない……」
ううむ、この街では空腹以前に人間同士のいさかいだけで命を落としかねませんね。
外も内も弱肉強食の世界であり、扶養者がいないエルマさんは食われるだけです。
「ならば、尚更私から離れられなくなりましたね」
「え? え?」
「とはいえ、もし私を打ち負かせそうな冒険者がいたのなら、鞍替えしてもオッケーです。あなたのような小さな子がこの過酷な世界で生き抜きたいならば、より強く、信用出来る相手に仕えることが正解ですからね」
「どういう意味かわからないよぉ!」
子供には難問でしたかね。
――私には信頼なんて概ね不必要ですが、信用は重要視しています。
まあ、信用する価値がある冒険者なんて、この街のどこにいるかも分かりませんが。
はぁ……おねロリさせてあげたい
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