スリっ&塞ぎなさい
東区を抜けて西区へ。
私に疲労は感じませんでしたが、エルマさんは肩車状態が長続きしたあまりくたびれているはずなので、少しの間下ろして休ませます。
「お姉さんのおっぱい、むにむにしてる」
地べたに腰を下ろして抱擁する姿勢になってしまいましたが、これでエルマさんが休まるならばどうということはありません。
『おっぱい』
『おねロリ尊い』
『ぱいんぱいん』
『てぇてぇ』
『ぐへへ、私の許可無しで何してるのかな?』
『ママ?』
『RIO様ママぁ……』
『ばぶぅ……』
『おいエルマそこ代われ』
『エルマになりたい』
視聴者様は何を夢想していることやら。
この破廉恥じみた行為は女子共相手にしかしませんので、余計な期待はしないように。
「でもお姉さん、肌は冷たいし、それに血の臭いしかしない……」
む、子供なのに勘が鋭いですね。
内心おかしいとでも思いつつあるのでしょう。
「その通りです。生まれつきそういう体質ですから」
「そうなんだ、でも涼しくていいかも」
全く単純思考です。おかげで悟られずに済みました。
しかし子供とは実に愛らしい存在ですね。遠慮をせず、より深く谷間に顔をうずめている姿は、母性本能がくすぐられてしまいそうです。
自分の子供、少子化時代を鑑みずとも是非欲しいものです……。
「うう……」
その時、ぐう〜っという音が伝わってエルマさんが弱々しく呼びかけていました。
この可愛らしい音、お腹を空かせていたのですか。
……ボスさんだって、今頃飢えを凌ぐために山中に点在する野草やキノコを毒味無しで食べ漁っているのかもしれません。
そう思い返すとボスさんの身が心配になりました。さっさと食料調達を済ませましょう。
丁度良くも、テーブルには携行食となるパンを陳列している露天商がいましたからね。
「な、なんだチミたちは! これは俺の商品だ! 配ってやるもんか!」
その人は、食べ物にたかるハエを見るかのような目で品物を隠しました。
まあこの無法地帯では仕方ありませんね。
「食料品と飲み水を全て下さい。言い値で払います」
『買うのか』
『太っ腹』
『気前良いじゃんRIO様』
『金銭感覚ぶっ壊れてやがるww』
『流石は悪役令嬢さん』
『経済力アピール』
他の避難民との差を誇示する意図もあります。その方が、必要な物品を紹介してくれる商人が向こうから現れてくれそうなので。
押し売り状態になったらなったで、上手いこと対処しましょう。
「全部っすか!? これはたまげました、先程の失礼をどうか許して下せえ」
そう言うや否や態度を柔らかくし、上客を見る目となっては所持している食料について説明し、合計4000イーリスである旨を伝えたため、こちらも了承しました。
手元に金銭を出して積み上げ、渡そうとしたその時。
「やったぜっ!」
一人の男が走りながら間に割って入ったかと思えば、テーブルにあったはずのお金が手品のように無くなっていました。
「およぉ……こりゃスられちまってますねぇ。お姉さん方、早く追いかけないと!」
「言われずともです。エルマさんはそこで待っていて下さい」
「うん……」
少しでも速く走れるようにするためエルマさんを置いて、見失う前に追跡します。
ですが、すぐ捕まえて奪い返すだけでは芸も進歩もありませんね。益も考えて捕まえてみましょう。
さて、この辺りで丁度良さそうです。
「ここなら誰もいねぇな。へっへ、4000も稼げりゃウマい飯にありつけるぜ」
「ここまで逃げてくれてご苦労様でした」
「なんだ? がっ!?」
私が真後ろにいるとは知らず足を止めたため、すかさず首を握り締めて持ち上げます。
「このパワー人間じゃねぇ……なんだこいつっ……」
人がいない入り組んだ裏路地で止まるなんて、計画性があるのか無いのか分かりませんね。
誰にも見られなさそうな場所、彼自身が誘導したのですよ。
「実は試したいことがありまして、あなたを実験体にさせて頂きます」
窃盗の目的がどうとか改心だとか、この人自身の行為に関してはどうでもいいのです。エルマさん以外の見ず知らずのNPCなら誰でも良かったので、実験体選びの手間が省けました。
これから行う実験の結果自体は攻略サイトに掲載されており、そのため今まで試していませんでしたが、何事も実践です。
チャンスが訪れている内に、文字ではなく直接結果を記録したかったのです。
「いっ!?」
最初に、彼の肌に浅く指を突き刺し《吸血》します。
「ナッ……ナッ……」
血管が浮き出て、痙攣しながら血液を吸われていますね。
ただし今回は、ローレンス到来の時より高くなったDEXで吸血量を器用に調整し、致死量ギリギリのラインで血を残して留めます。
「……息はありますね。さあ眷属化です」
手を離し、スキルを使って血を分け与えてみましょう。
いつもは対象を死体にしてから眷属化しているため、不完全な眷属化ではどんなアンデッドと化すかを調べたかったのです。
「ファ〜、俺なにしてたんだっけ」
欠伸をし、後頭部を掻きながらひょこっと起き上がりました。
外見上では眷属化前と変わった様子はなく、ショックで記憶だけはあいまいとなっているようですね。
「こんな路上でぐっすりしてるとか。俺、朝まで超泥酔してたのか?」
肌は日に当たっていますが、灰になるような様子はありません。
ですが、血臭からすると死者に近くはなっていました。
探知を切れば臭いでの判別は不可能でしたが。
「おはようございます。生まれ変わった気分はありますか」
「ど、どちらさんで?」
「そこで転がってる私のお金をあなたが奪ってくれたのですが、記憶にございませんか?」
「アッ!? こいつと関わっちゃ面倒だ!」
そう言っては記憶を取り戻し、一目散に逃げ出しました。
RIO様呼ばわりは無し。
しかし、徐々に小さくなってゆくこの人の背を眺めていると、実験前よりも足が速くなっているように思えます。
これ、眷属とはまた別の種族になってませんか?
『半分だけアンデッド化? してるのか?』
『アンデッドですらねぇみたいだけど』
『強化人間にされてんでねぇの』
『まさかぁww』
『いやそうなんだよなこれが。吸血鬼の血をちょっと注入するだけだとむしろ肉体強度が増すだけ。だから眷属化発動するにはちゃんと死なせてから使わなけりゃ敵に塩を送る結果にしかならん』
『↑長文ニキ吸血鬼プレイヤーかな?』
……博識ですね。
ボスさんに半眷属化を使うか否か。指揮官であり戦闘員として運用するつもりは無いため、変な介入はしない方が賢明かもしれません。
エルマさんにはどうしましょうかね。眠った隙に強化しておくべきでしょうか。
「ふぅ……」
血を吸えたはずなのに、余計に疲れただけの実験でした。
なお、盗まれたお金は全て地面に散らばってしまったので、他者の手に渡らない内に拾い集めましょう。
イーリスとは、手に持っていなければステータス欄に収納出来ない仕様があるため、こうしたトラブルの際に不便です。
「おや」
拾い上げている途中、小さな靴が私の手を遮っていました。
「お……お姉さ……」
顔を上げれば、待つよう指示していたはずのエルマさんが、建物同士の狭い隙間に体を半分隠しながら、顔を青くしています。
待たせたはずなのにどうして居るのか、そもそもどの段階から見ていたのか……。
「そんなに血相変えて、何事でしたか」
「見てない。わたし、何も見てないから……」
そっぽを向き、両手で頭を抱えて落下物から守るような仕草でうずくまりました。
いけませんね。
まさか私の正体を見破った人間第一号がエルマさんとは。一回の指示だけでは聞き届けてくれないまでの、子供特有の奔放さを甘く見ていました。
「ふむ、一連の流れを見物してしまいましたか。この震えようでは、吸血した段階から見られていたようですね」
「違うの……。見たいから見たんじゃなくて……一人じゃ怖いから、追いかけていったら……」
「ですが、はっきりと見てしまった。私が人間の皮を被った吸血鬼だとも認識し、理解してしまいましたね」
「何もりかいしてない! お姉さんは優しいお姉さん……だから……!」
なんて可哀想に、子供には上手に言い訳出来るほどの地頭がありませんね。
もう諦めて吸血と眷属化をさせ、日光に証拠を隠滅してもらうしか道はありません。
『あーあ』
『みぃぃたぁぁなぁぁ』
『みぃーちゃった、みーちゃった』
『オワタ』
『エルマちゃんオワタ』
『ぷるぷる、ボク、わるい吸血鬼だよ』
『吸血処刑の開幕だァ』
『よし、画面から暫く離れよう』
『目塞いだ、やっちまって良いぞRIO様』
塞ぐ……なるほど、あまり焦る時ではないようですね。
「口を塞ぎなさい」
「ひっ!」
叫ばれればそれこそ厄介となるので、威圧感を全開にして指示しました。
……正体を知っても尚、直立不動となり唇を飲ませて無言となるなんて、逞しくも健気ですね。
エルマさんの目線にまでしゃがみ、顔を近づかせて耳打ちします。
「私こそが、国家滅亡級の災害の烙印を押された吸血鬼RIOです。本来ならあなたは生かしておくべきではありませんが、他言無用とするなら考え直します」
「んっ、んっ!」
「肯定ですね。……私には大いなる目的があります、そのためにはあなたが必要なのです。なので今後は、私に命を握られていると仮定して行動して下さい」
「んっ……んっ……!」
瞳の端から涙が零れるのを堪えながら、コクコクと頷いていました。
「良い子ですね。従順になってさえいれば、こちらも種族違えど愛情を持って接しますので、これまで通り伸び伸びとしていて良いですよ」
「んんっ、んんんっ……!!」
「では掴まってて下さい、支払いに戻りますので」
一切動かなくなって身震いが伝わる体を持ち上げ、再び肩車をさせて食料品の受け取りに向かいました。
体調が急に悪化するのはビタミン剤の飲み過ぎか……




