喧騒の街&悪魔崇拝
「おい冒険者! この街にいればRIOから護ってくれるのは信じていいんだろうな!!」
「知らねぇよ、どっか消えろホームレス!」
「子供が三人いるんです! どうか食べ物を恵んで下さい!」
「商売舐めてんのか! 金がある奴が先だ!」
「まてまて、この俺様、【Aランク序列443位・シジマイミー】が代わりに払ってやっからよ」
街の南区の大通りは、住居を失った大勢の人やリートビュートの住民達で混雑していました。
声が声で重なってしまう喧騒により、それぞれ何を喋っているのかも聞き取れません。
言い換えれば、精気を失い腑抜けていたローレンス住民と異なって皆が皆エネルギッシュであり、今日を乗り越えるために強かに生きている感じでしょうか。
私としては、不衛生で窮屈な点に目を瞑れば、資源が山ほどあって満悦です。
出身地がバラバラな彼らが互いの顔を覚えている訳ありませんし、沢山の人間を使って色々なことが出来るでしょう。
「……なあそこの令嬢さん、10イーリスほど貸してくんなせぇか。明日ぁ……ゼッタイに返すからよぉ」
早速、痩せこけている避難民の一人に金銭をせびられました。
雨でもないのに傘なんて差していれば、高貴な身分でもあるかのように捉われがちなのですかね。
でしたが、通名に則るためなのか奇抜な格好の冒険者もちらほらいるため、日傘は相対的に派手ではない分類でしょう。
「まあ、これは貧窮で労しい。他をあたって下さい」
「ちょえ!? マジで返す! 20イーリスにして返すから!」
すぐさま人と人との間を走り抜けて距離を引き剥がしました。
誰であろうと一銭も渡す意味なんてありません。どうせこの人ごとリートビュートを滅ぼす予定なので。
『RIO様、表情動かない』
『吸血するかと思ってヒヤヒヤした』
『嫌ってるよりかは興味がないって感じの無表情だな』
『↑RIO様ガチ勢また現る』
『心が読めるとわ、どんな能力使いだww』
とはいえ彼に悪感情を抱かなかったのは、我ながらなんとも不思議ですね。
彼だって、生きるために形振り構っていられないと思われるため、悪意があってせびったわけではなかったのでしょう。
まあ絡まれた挙げ句に吸血鬼の牙でも見られたら一大事なので、別の場所へと歩きましょう。
人混みを抜けて西へ、広々とした通りを進んで行きます。
「あれなに?」
「む」
エルマさんが突然指差した先は、黒山の人だかりでした。
この場所は空き地なのでしょうか。公園ほどの広さに、ライブでも見物しに来たかのように人々が同じ方へと向いています。
そして、壇上には法衣を纏った男性の姿が……。
「――RIO様は我々をお救いなされる! このリートビュートに到来する者は吸血鬼でも悪魔でもない、不条理な制度を廃する救い主である!」
人に紛れて行動している手前、唐突に挙がったRIOの名に戸惑いそうでしたが、この司祭のような男性による演説でした。
大袈裟な身振り手振りは遠目からでも圧巻の一言。聞き入ってる観衆からも熱気が伝わります。
「ふむ、新興宗教のようですね。RIOが恐ろしいあまり、教義を建前にして同志を集めたいのでしょう」
「変なの」
神の概念は信じても信心深くはない平均的女子高生には、エルマさんと同じ感想しかありません。
彼は私を祭り上げたいのか、RIO本人として気になりますね。
「諸君、来る日も飢えと戦うのは楽しいか、身勝手な権力者に抑えつけられる日々は楽しいか? ……積もった怒りは声に出すのだ、今!」
「たっ、楽しいわけあるかー!」
「そうよ! いっつも冒険者にむしり取られるなんて冗談じゃないわ!」
彼の一言に後押しされ、それぞれ内に秘める恨みつらみを主張し出していました。
観衆参加形の演説なのですかねこれは。
「貴君らの言う通りだ。楽しいかと問われれば否! 断じて否だろう! 言論も信仰も取り締まられるこの時代、肥えるのは権力のある者ばかり、割を食うのは我々力無き人民のみだ。しかし、RIO様は人間を差別せず、崇拝する者へ平等に手を差し伸べて下さる。実質的にローレンスを壊滅させた冒険者なぞに庇われ護られても、明日の命を繋いでくれる保証はどこにある? 今こそ、武器を捨てRIO様に帰順すべきではないだろうか!」
「おおおお!!」
「RIO様万歳!!」
「帰順だ帰順だぁ!」
「明るい明日が見えてきたわぁーっ!」
去る者がいない訳ではありませんが、多くの観衆がRIO崇拝の意に同調しています。
演説の効果は絶大のようですね。
しかし、肝心な私の心にはまるで響きませんでした。
彼らなんて、所詮は寄せ集めの住民達。冒険者に歯向かってみるポーズだけで私の脅威から逃れられると勘違いするだなんて、浅はかな考えの典型例です。
根本的に、私は救世のためにBWOをプレイしている訳ではありませんから。
全員まとめて無抵抗のまま眷属化してくれるなら一考の余地はありますが、演説の趣旨から逸れてしまうために無理でしょう。
それに、民衆の支持を大量に集められるほど善き教えのようですが、勢いでゴリ押しているだけで、致命的なミスがあります。
「さあ唱えよ! 『我が御心はRIO様にあり』と……なにをすっ!?」
「はぁいそこまで、【Aランク序列698位・ラヌシスト】がやって来たよ〜」
壇上に登っていた優男の冒険者が、彼を後ろから締め上げていました。
観衆からの歓声も一瞬にして止み、どよめき立ちました。
「冒険者か貴様ッ! その権力で汚れた手を今すぐに離せ!」
「【Aランク序列822位・ケッチャー】もご登場だぜ」
次に参上したのは、見るからにパワータイプの冒険者です。
「ケッチャーが来てくれるとは心強い。ならこの不届き者を抑えておいてよ」
「てめぇのすかした態度も気に食わないが、合点だぜ」
そう言っては、丸太のような剛腕を用い、RIO帰順を説いていた男性の顎を地に叩き伏せました。
「あッ! ガッガッ!! 離さぬか……!」
冒険者に対して無力。なのに冒険者の敵を崇拝するだのと明らかな侮辱行為を取るなんて、命知らずもいいとこです。
致命的というより自業自得のミスと言った方がより正しいでしょうか。
「貴様らも今に天誅が……がっ! ぎっ! ぐっ!」
「おいおい、死にはしないでくれよ」
捕食者が獲物をもて遊ぶが如く、気を失うまで何度も叩きつけています。
歯がへし折られ鼻血が流れ出ようとも止めない様は、然るべき報いにしてもえげつないものでした。
「ケッ、いいザマだぜ」
「ごもっともだ。つまるとこね、君の思想を観衆の面前でベラベラ喋られると、僕ら冒険者が困るんだよ」
「クソみてぇな奴の成敗。しかもギルドから報酬も出るみてぇだし、一石二鳥ってもんよ」
まるで壇上で演説する者が彼らに取って代わられたかのような物言いです。
彼ら二人組……よく一瞥すれば他にも冒険者が控えていましたが、勝ち誇った表情でいました。
「しぃんとしちゃって、君達どうしたのかな? さっきみたいに昂ってみてよ、RIO様万歳だとかさ」
「もちろん俺らは黙って聞いてやるぜ。拳の説教付きでな」
ケッチャーさんは、喧嘩前の威嚇のように指をポキポキと鳴らしながら、前から演壇を降りて行きました。
「やべぇ! みんな早く逃げろぉ!」
「うわあぁゆるしてくれえええ!」
「おいお前押すな!」
「いや押したのそっちだろ!」
「尻触ってんじゃないわよこの変態!」
「冒険者様、ば……万歳!」
演説を聞いていた者は皆、一目散に猛スピードで退散します。
誰も彼もが、我が身の安全を選んでいるのが分析出来ますね。これ、その場に留まるだけでも反抗行為と見做されますから。
「いやあ、パトロールは楽しいね」
「だなぁラヌシストさんよ。キツくシメときゃ、この街の連中は大人しくなるしな」
「でも僕らAランクじゃ、流石にRIOには敵わないだろうけどね。さぁて、次の悪党はどこかな?」
そう正義執行の共同作業で友達になったかのような二人は、RIOがいることに気づかず演壇の撤去を始めました。
「お姉さん……」
「私達も、厄介事に巻き込まれない内に離れましょう」
こちらも、いかなる理由があってもRIOだと気づかれて良い段階ではないので、彼ら住民達と同様に逃げおおせます。
……どちらも、落胆させてくれますね。
「冒険者さんは怖いし、RIOも……怖い……。見つかっちゃったらわたしもお姉さんも血を吸われて死んじゃうのかな……」
「え、ええそうかもしれませんね。遭遇したら死を覚悟するべきでしょう」
「死ぬなんて、やだぁ……」
私の頭にしがみつく力が、より増していました。
もう頼れるのは私しかいないのでしょうね。皮肉です。
『こいつがRIO様だよ』
『RIO様よく平然としてられるわな』
『こっちもハラハラしてきた』
『いつまでバレないでいられるか……』
『次回、RIO様バレる』
『おいやめろ』
……敵であれ味方であれ、正体は隠し通していたいものです
小さい女の子連れ回すなんてロリコンさん♡
 




