ローレンス終焉の時 その6
『いよいよだ』
『終焉の時』
『ぐへへ』
『ケリつけたれ!』
『もうギルマスに金を要求せんか』
交渉や勧告をする予定はもうありません。
ただ殺して去るだけです。
不器用な平均的女子高生には、それしか出来ないので。
「みんな激しいですね」
このロビーは血の臭いで充満しているせいで、《血臭探知》の効力が薄まっているのは苦笑してしまいます。
こんな思わぬ弊害があるのはマイナスではありません、探究心を満たす発見の一つに含まれましょう。
「ともかく進みましょう。私が目指すのは、ギルドマスターただ一人です」
ほぼ眷属達で制圧されたロビーを後に、単身階段を登って行きました。
ですが、二階はしんと静まり返っていますね。
実は蹂躪開始までの時間に上層部は逃亡したのではと危惧しましたが、改めて《血臭探知》で確認してみれば、ちゃんとギルドマスターの自室に反応がありました。
生体反応が一つと、死体の反応が一つです。
「ふむ、ギルド内で最も生き延びなければいけない人材なのに、敗北必至な戦況になってなお座しているなんて、悪徳マスターながら責任感はある方だったのですかね?」
『分からん』
『死を覚悟してるんでねぇの』
『現実逃避のおままごとしてる説』
『せめて美しく死にたいとか』
『多分違う』
まあ、いくら考察してても答えはすぐに目で判明します。
ここにも火の手が回らない内に侵入し、素早く用事を終わらせましょう。
「お邪魔します」
鍵がかかっていなかったので扉は直接開け、魔装爪にして臨戦態勢をしつつ入室します。
「RIO、また会ったな。今度は正面からだなどと、作法でも学んだつもりか」
……なんというか、最初に対面した時と変わらない姿勢でした。
内装を一瞥すると、照明は無く窓は割れたままで、床には書類やら濡れた紙が散乱しています。
中でも特筆すべきは、キャロラの遺体が収納されているであろう棺桶が端に置かれている点でしょうか。血臭にも反応がありますからね。
どこか嫌な予感がします。
「あなたが冗談を口に出来る神経は理解不能ですが、どちらにせよ最後は同じことです。遺言はありますか」
ここは先手を譲ってでも出方を伺いましょう。
「そうだな、キャロラの件は水に流している。行方不明のまま捜索が打ち切りになった住民の話はごまんと聞いてきたからな。その点、ワシは幸福だよ」
特にこれといった情報は引き出せませんでした。
もう直接聞きましょう。
「理解不能なのです。鎮圧を任せているはずの街の冒険者は概ね弱く、冒険者ギルド内にすらSランクのような強力な者も警備についていませんでした。まさか、どこかに隠れていたりするのですか」
悪い予感は決して看過できるものではありません。
あるとするなら、型破りな方法で探知の目を誤魔化せるような能力特化の冒険者が隠れている辺りですかね。
「ワシは……最善は尽くしたつもりだ」
そう蚊の鳴くような声で立ち上がりました。
「ワシとて何も手を打たなかった訳ではない、冒険者ギルド本部へ何度も救援要請を送ったよ、Sランクの冒険者を数十名派遣してくれとな」
「ふむ」
やはりSランクが潜んでいますか、しかも数十名なんて対処出来る相手ではありません。
賭けるか逃げるか、迷えば迷うほど手遅れになりますが……。
「だが一蹴されたのだ、救援を送る余裕は無いと。詳細をはぐらかして、娘可愛さにRIOへ金を渡すという不手際を働いたワシを切り捨てるつもりらしい」
そう抑揚を感じられない声で呟き続け、前へと歩み出していました。
嫌な予感が杞憂だったのはともかく、この人さては玉砕するつもりですね、それなら迎撃しなければなりません。
「ワシは見捨てられたのだ! キャロラを見殺しにしてしまったワシへの神罰なのだよ! そしてRIO! 生き血の臭いに目が無いお前には、ワシが振り撒いておいた物の臭いには気付かなかったのか!?」
「……なるほど、私はまんまと一杯食わされたということですか」
血臭探知を解除し、一面を嗅ぎ直してみれば、床から灯油のような臭いが漂っていました。
そして視線をギルドマスターへと戻せば、彼の指先には小さな火の球がふわふわと浮かんでいます。
私ではなく、床に放つつもりでしょう。
『無詠唱だと!?』
『トンデモNPCがいたもんだ』
『俺ら訓練された視聴者の目を欺くとは』
『げげっ、ピンチ!』
『ギルドごと焼くつもりだこれ』
『やばいwww』
非常にまずいですね。
「キャロラの元へ向かえるのは恐くない。しかしRIO、貴様にも煉獄の炎とは何たるかを生きながら教えてやる。これこそワシが、貴様に賜る滅びの作法じゃあーーっ!!」
死なばもろとものつもりですか、私だけはリスポーンするのに無益ですね。
だからといって、彼と心中するつもりは毛頭ありません。
「させません」
火球が床に落ちる前に、腕で受け止めダメージとして食らい、擬似的に火を消します。
「ぐはっ!?」
即座に指を突き立て《吸血》。
ギルドマスターには次の火球の魔法を放つ時間は与えません。
「ぐげげっ! こりゃ死ねる……。だがな……ワシが負けたが、冒険者ギルドは……勝利した! ぐげえっ!」
む、どうやら引火を許してしまったようです。
あの火球は強行的に消したつもりでしたが、ギルドマスターが死の間際に線香花火程度の火球を生成していたために、それがポトリと落ち、炎が部屋一面にまで広がっていました。
「不愉快な気分です。逃げると賭けるを両立する選択を強制させられる点が特に不愉快ですけれどもね」
今でこそ扉までは炎上していませんが、瞬きする間に炎が到達してしまいます。
それ以前に爆発物にでも引火すれば、吸血鬼の脆弱な肉体では無事では済まないでしょう。
「逃げるが賭けです」
瞬時に踵を返し、体当たりで扉を破壊しながら退室。油がかかっている足なので踏み出す度に滑りそうだったため、時には手を足にしながら廊下を疾走。
しかし廊下にすら油が進路沿いに撒かれているため、逃げても逃げても炎は姿を伸ばして走ってきています。
『走れええええええええ!』
『止まるなああああああ!』
『RIO様足速ぇ。フォームも運動部じゃん』
『足を動かせええええ!』
『炎上中(物理)』
『逃げろおおおおおお!!』
背中から熱気が伝わり、振り返れば渦巻く炎が迫る中、一階のロビーにまで駆けました。
「全員退避です! このギルドに火が放たれました!」
人間がいなくなったロビーに鶴の一声で命じ、フラインや眷属達を窓へと飛び込ませ、私は火が包む中で足をやられている眷属を次々窓に投げ、視界の全てが黒煙で覆う中、出口の方向にまた体当たりしました。
「ここは……外ですね」
一回で脱出出来ましたが、この壁はかなり頑丈でしたね、あと少しだけでも突進力が無ければ一巻の終わりでした。
「おいRIO様! すげぇ燃えてるんだが大丈夫ですかい!」
ボスさんが動転した様子で話しかけてきましたが、私は火だるま状態なようで声しか分かりません。
炎の輪を突っ切ったために、私自身にも引火したのでしょう。
「大丈夫です。街の外まで、息が切れるまで走るのです……」
いけませんね、声も上手く出せなくなりました。
それに壁を無理矢理ぶち破ったせいで、あばらや足など、人間だったら助からないほどの量の骨折までしている重体にもなっています。
彼らの執念を見誤りました。HPや肉体の自動回復が追いついていない以上、ここが初の終点ですかね。
「いいやRIO様、確か壊れた外壁の近くに御誂え向きに井戸があるんです! そこに飛び込めばワンチャンあるはずですぜ!」
「そうなのですね。ありがとうございます、後から追いつきます……」
ふむ、ボスさんのおかげで希望が見えてきました。あなたを傘下に収めたのは間違いではありませんでしたね。
……井戸水、滅びゆく街の機能を使わせるなんて、最後の最後まで執念深いと評しましょう。
なのでインベントリからダメージポーションを取り出し、目を中心に振りかけて視界を利かせるようにし、燃えながらも折れている体に鞭打ってひた走りました。
「っ……」
そしてポーションのストックが尽きる頃には吐血しながらも井戸の水に潜って浴びたため、デス秒読みの危機から逃れられたようです。
井戸の中には、私と同じような鎮火行為をし、這い上がれなくなって溺れ死んだ住民が浮かんでいる絵面がありましたが……私も彼らも考えることは同じですね。
「ギルドマスター。私に勝った気で死ねたなんて、おめでたい人ですね」
ざまあみろをちょっと言い換えて吼えてみました。
ですが終わりではありません。ボスさんや眷属達の居場所の確保が残っていますので、まだログアウトは出来ません。
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《レベルが60に上がりました》
《カルマ値が下がりました》
《冒険者ギルドから懸けられた賞金が1865万イーリスへと修正されました》
《冒険者ギルドから懸けられた経験値が17,166,445へと修正されました》
《冒険者ギルドから懸けられた称号が『国家滅亡級の災害RIOの撃破』へと変更されました》
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この日、華の都ローレンスの歴史は、様々な要因が重なりながらも幕を閉じました。
もうちょっと続く。
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