ローレンス終焉の時 その5
眷属達の数は桁三つはあるほど大群で、それぞれ獲物を探すべくまばらに広まっています。
ボスさんという指揮官は見込み以上のやり手でしたね。住民NPCでも、アンデッド化の調味料を加えつつ数さえ揃えれば冒険者に対抗出来るまでの戦力へと変容するみたいです。
「やめ……やめ……RIOがどこにいるかなんて知らねぇんだ……」
その指揮官を任せた方の命が今まさに風前の灯となっていますが。
遠目から見た限りでは、西欧風の顔立ちで赤茶色のコートを纏った長身の男性に胸ぐらをつかまれ、白目を剥いてうわ言のように呟いていました。
まだ死なれて良い時ではないので救出しなくてはなりません。すぐに足を停止し、息を吸います。
「RIOはここにいます! その人から手を離しなさい!」
「何!? 君がRIOなのか!」
何とか間に合い、こちらへ注意を引き付けられました。
ボスさんはこの人の術中にはまって指示や戦闘どころでは無くなっている様子ですね。ここは双剣に変形させて、彼の首を斬り飛ばせば術が解除されると見据えて行動しましょう。
「自分のプレイヤーネームは『ドゥル』、君と話がしたくてローレンスに参上した。わわわっ!」
通名の宣言はまだ無しですか。それでもこちらの二振りをひらりと躱すだなんて、速度重視のステータス構成ですかね。
「それでいい、攻撃しながらでいいから話を聞いてくれ」
「おちおち話がしたいなら心配いりません。二度と話せなくしますので」
「くうっ! 昨日の配信よりも剣速が磨かれているか……!」
腕が立つのか、こちらの攻撃がギリギリで命中しません。
ですが反撃の動作が一向にない辺り、回避に全神経を注いでいるのでしょう。攻略法があるとすれば、回避への意識をどうにか削げられれば八つ裂きに出来そうです。
「自分は『七つの大罪』という名の連盟で活動している! 君みたいな冒険者を敵視している者の助力となるため、ここに参じたんだ!」
「せっ」
「いっ! つつ……!」
この人のシミ一つない肌に剣先で傷をつけられました。
実際のAGI差はそこまでではなさそうですね。それに動きの癖が段々と掴めて来たので、あと八回攻撃するだけで見切れるようになるはずです。
「広報活動とかじゃない、常人じゃとても実行に移せない野望を抱くRIOには、我々側から協力を申し出たいんだ! のっ!?」
「はっ。喋りすぎたあまり息があがっていますね」
予想以上に順調です。
この人のスピードが目に見えて低下しているのが把握出来ました。
あと一振り。首と胴を泣き別れにして、疲労から解放させてあげましょう。
「……そうだ! アムルベールでパニラと名乗るプレイヤーと出会っただろう。その子も七つの大罪に名を連ねている!」
「パニラさんが、ですって?」
ここまで相手の言葉は一言一句流していたつもりでしたが、あの悲劇のプレイヤーの名を耳にしてしまったため、こちらも呼応して手の動きが止まっていました。
「はあっ……はあっ……、拙さが段々と消え、比例して加速する猛攻に死にかけたが、やっと聞いてくれる気にはなったか……。無論、同名の別人ではない、パニラも我々と目的の一致した仲間なんだ」
彼がここまでの間に各地を駆け回っていたのが、過呼吸となって表れていました。
そして、彼が話していた連盟とは、NPCが主導となって開設される徒党のようなものなのです。
黒服騎士率いる『Bランク連合』、さきほど戦った老人衆が集う『茶聖会』等多岐にわたり、所属するだけで主導のNPCから恩恵を受けられたり、ギルドから命名される通名にさえある程度融通が効くようになります。
つまり、私にはあまり興味の無い要素です。
「ふむ、そのパニラさん経由で私に協力したいのですか」
「協力といっても、空き家への放火やギルドへ嘘っぱちの予告状を送ったりと、悪戯程度だが思いつく限りのことは既にやっている。我々としても、些細ではないメリットはあるからな」
なるほど、ローレンスの惨状にはボスさんだけでなく、彼も一枚噛んでいたのですか。
しかし……この動乱の全容をまとめてみると、かなり混沌としていますね。
RIOバーサス冒険者ギルドの単純な対決などではなく、エネミーの集団や、七つの大罪といった反冒険者連盟、多分見えていない所でも数々の勢力がここぞとばかりに得を競っていると、それぞれの思惑が入り乱れる群雄割拠なのでしたから。
だから不自然にも私達が冒険者相手に優勢だったのでしょう。
一見、絶対的な力を持つ冒険者に誰しもが抑制されるこの世界も、一人が立ち向かい成果を挙げ続ければ自然と人が寄ってくるのですね。
彼らの連盟も表面上は目立った動きをしないながら、水面下では私のように救世主となり得る者を心待ちにしていたと内情が読み取れます。
それがたとえ吸血鬼であり悪役だとしても、一筋の可能性となるならばと縋ってしまうのです。
「大変魅力的な話ですが、今回のところはお引き取りを、配信していない時にでも話の続きを聞きましょう」
私の味方に近いポジションだとしても、横槍を入れられるのは計算が狂うきっかけになりがちなので、やんわり拒否しました。
「そうか、こちらも無礼だった、また来よう」
そう感情の読み取れない声で応じた直後、彼の姿は何処かへと消えていました。
「また来るつもりですか。それまでに私への関心が失せていれば、これ以上面倒な事にはならなさそうですが……。ボスさん、生きてますか」
「ん? さっきまで悪い夢を見てたような気がすんだが、ぎゃ! RIO様!?」
おや、目を覚ましたボスさんが私を一目見た途端、トラウマでも再来したかのようにひどく怯え出していました。
「RIO様には絶対逆らいません! 罰ゲームは勘弁してくれぇ!!」
「罰ゲームなんて課した覚えはありませんが、従順なら何でも構いません。視聴者の皆様、大変長らくお待たせ致しました、これより冒険者ギルドへと突入します」
『突入キターーーー!!』
『クライマックス』
『おおおお!』
『ぐっへへへ〜』
『王手だ!』
『プレイヤー達が三年かけて築いたローレンスの歴史が今終わってしまう』
『しれっと本日二度目の突入』
ふむ、最も刺激となる場面に差し掛かると、いつにも増してコメントが湧き上がっていますね。
ちなみに《血臭探知》によると、眷属達の軍勢の前線はギルドのロビーへと到達しています。
【ハハハハ! オレの最強の気弾に敵はない!】
フラインも私の意思に応じてくれたのか、いつの間にか真上で滞空していました。
「フラインは突入、ボスさんは後方で見張り、そして私もすぐに冒険者ギルドへと突入し、ギルドマスターに引導を渡して決着、これが最後の作戦内容です」
「ちょ、俺が後方でいいんですか!?」
「もっと言えば退路の確保ですね。私が潔く攻めて潔く撤収出来るようにするための後方担当です。ギルドマスターの最期を見届けられず歯噛む気持ちになってしまうのはすみませんが、あなたに背中の安全を託したいのです」
「あー助かったぁー。じゃなくてやらせて貰いますイエッサー!」
失言が漏れたあまり変な手振りで応じたボスさんでしたが、彼も人間、勝ち戦でわざわざ死にに行くような大損行為はしたくないのが心理でしょう。
「宴もたけなわ。歪んだ正義こそ絶対の力だと嘯きたいのならば、真っ直ぐな悪こそ――闇こそが何者にも勝る力だと知らしめてみせましょう」
胸を張って布告し、破壊の限りを尽くせる大剣へと変形させ、窓からではなく玄関口からギルドへと入りました。
▲▲▲
西区には火災の被害は広まっていないですね。
おかげでギルドへ気兼ねなく突入出来るというものです。
「こいつら強いぞ! 他に冒険者はいないか!?」
「あなただけですよ残りの冒険者は!」
一足早く突入していたフラインが気弾で冒険者を掃討していますね。
他の眷属の方々も、目につくギルド職員を食い散らかしては次々に眷属化させています。
食欲旺盛なのは結構ですが、これ、眷属化する前に完食しませんよね?
「ウアアアアアッ!! 私ノ! 私ィィノ息子ォ!!」
おや、こちらの眷属の方はなんだか見覚えがありますね。
そうです。他人の空似等ではなく、昼間に慟哭の声を奏でていたあの遺族の方です。
眷属化してもなお生前の想いが強く根付いているのか、命令をこなしつつ亡き息子さんを声にするなんて、この眷属の生態は論文になりそうですね。
「やだよぉ……。私、まだ死にたくないよぉ……」
そして現在この眷属に襲われている方は……驚きですね、なんと私をドン引きさせるほど考えられない行動をしたあのギルド職員です。
昼間こそ丁寧口調で見下していても、ひとたび命の危機が迫ると、我を忘れて見た目相応の女の子みたいな素の口調になるのですね。
「肉! 私ノ肉!」
こうして二方が思わぬ形で再開し、なおかつ力関係が逆転しているのは、ある種の皮肉とでも言えば良いのでしょうか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私が調子に乗って、貴女に心無いことを強要させしまったのは謝りますから……ひぃっ!」
もう女の子口調が終わってしまいました。その方が分かりやすいです。
人外へと変貌し目をギラつかせる遺族を前にして、尻もちをつきながらも震え上がりながら壁際へと追い詰められていました。
「ガアアアッ!! 人間ハ敵! ミンナ食イ殺ス!!」
いやはや、自我自体は消え去ってるはずなのに、まるで遺恨が全面に出ているみたいな表情ですね。
それでギルド職員の方は、往生際悪く何か呟いていました。
冥府神とやらに手紙を届けるための呪文でも唱えているのすかね。
「な、何度だって土下座して謝りますから、お好きなように罵倒しても黙って受け入れますから……。でも命だけは助けて下さい……どうかお願いします……聞き届けてくれるなら命だけは……」
嗚呼、これは駄目ですね。
どうしても生きたいならば、「貴女の気が晴れるまで苦しめてから殺して下さい」と自らの命を投げ捨てられるほどの謝罪の意を伝え、相手側からの慈悲を待つのが模範解答でしょう。
にも関わらず、被害者側が主役なのを失念し、加害者が厚顔無恥にも命を助けてくれだのと自己中心の意思を伝えてしまっては、どんな綺麗な言葉もたったそれだけで価値が無くなるものです。
「食ウ!! 私ノ息子ハモウ何モ食べラレナイ! 私ガミンナマトメテ食ウ!!」
まあ、あくまで相手が対話可能な状態である時だけに当てはまりますがね。
この場合、どちらを選んでも不正解です。
「いぎゃあああああああ!! やだよぉ! 私はここにいるから助けてよマスター! 早く来てよお母さぁん! いっぱい働いていっぱい稼いでもっともっと出世して、かっこいい人と恋をして子供を産んで親孝行しなきゃいけないのにっ! 冒険者ギルドに就いてやっと人生始まったばっかりなのに死ぬなんてやだぁ!! お願いします許して! この方に酷いことしたのは反省してるから! 神様、いるならどうか、人間じゃなくなるのは……アンデッドになるのはいやなの。う……い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
遂には、体中から涙や血やら何やら汚い液体を吹き出しながら、増大してゆく激痛と自我が塗り変わってゆく恐怖に悶え、しまいには考えるのをやめてただ泣き叫んでいるだけとなっていました。
ですが、もうすぐ苦しみから救われますよ。
彼女も眷属化して私の手駒となってしまえば、遺族の方とは同じ仲間となり、いがみ合ったり憎しみ合うことなんて無くなりますから。
あれだけ愚弄されながら眷属化で許してくれるなんて、遺族の方はとても優しいのですね。
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体調良くなってキタ。
 




