母親&開幕
『ついにローレンスまで攻め滅ぼすんだね! ここまで早かったなぁ』
『はい。その割にはほぼ突貫工事の下準備となってしまいましたが、そこをどう補うかが私の腕の見せ所です』
『自信たっぷりだね! 陰から応援してるよ〜』
『言われなくても、私の恵理子なら応援してくれると思っていますよ』
『むひょ!? 私の恵理子!? やば、ドキドキしちゃって鼻血が……ブフォッ』
『ええと? これは違うんですよ恵理子。「私の」の箇所はただ間違って送信しただけでして……』
ログアウト後は、恵理子とメッセージングアプリで心ゆくまで対話をしていました。
とはいえ、今考えるべきは、私の作り置きしていた料理を食卓に並べることだけです。
お腹を空かせて待っている……ほどではないですが、帰宅していたのでさっさと整えましょう。
「いただきます」
今日の夕食は白米に肉じゃが、塩をふりかけた鮭の切り身だけと質素ですが、好みの食材なんて特にありませんし食べられれば結構なのです。
強いて好みがあるなら……、惚気話となってしまいますが恵理子と二人の食事なら何でもありですね。
「ねえ莉緒、あなた、再来週のテストは大丈夫そうなの?」
心配そうに訊く方が一人いましたが、恵理子のことで頭がいっぱいになってしまい、つい念頭から去っていました。
「気にすることはありませんよお母さん。私では平均点やや上だけしかとれません。いつものことです」
「え、ええ。あなたのことだし、それならガミガミ言わないけど……」
親子なのにどこか距離感というものが醸し出される中、母は言いよどんだ様子を見せた後、箸を摘みました。
本日も仕事中の父は、普段は私を腫れ物扱いしては遠ざけていますが、私としては、こんな我儘娘な自分を産んでくれた両親には海よりも深く感謝しています。
しかし、人生百年時代だとはいえ多くの場合は子より先に親が寿命を迎えますし、子である以上はいずれ親離れしなくてはなりません。
なので、親がこの世を去っても良いよう、なにしろ親に頼らなくても生きていけるよう、感謝とは別として今のうちから距離を置いているのです。
「ごちそうさまでした。先にお風呂に入りますね」
そう告げ、至福の時間の一つである入浴への準備を行い、湯船に体を浸しました。
母からはこれ以上何も言われませんでした。
「恵理子……はぁ……もしも恵理子と私で……になれるなら……」
湯船に浸かっていると、意識があいまいになる感覚が多々ありますよね。
▲▲▲
本日二度目のログインです。
手に大剣を握る感覚が戻り次第、全身ごと回して全方面を一振りします。
「びっ!」
「あぎゃっ!」
「うわああああばっ!」
「Aランク序列2521位……ぎっ!?」
予想通り、元ドラグニルファミリーのアジトに実直にも冒険者一団が待ち構えていたので、開始早々、大剣の火力で全員始末しました。
どうせ戦うならばとわざとログアウトする場面を映したので、またしても私の脅威度を見誤っている相手へ意表を突けたようです。
「血臭も反応無し、待ち伏せはこれで全員ですね」
取り囲んだ所で袋叩きとは見どころある戦法ですが、肝心の反応速度が亀よりも遅いです。まるで一網打尽にしてくれと言っているようで、こんなのんびりしていては戦う気がさらさら無いと思われても仕方ありませんね。
では配信の準備に移りましょう。
「自爆まで、5……4……」
その時、死亡したと思われた一人の冒険者が秒数を唱え出しました。
なるほど、自爆機能とは袋叩きが失敗した時の保険にはうってつけですね。ならば退散するしか……。
「……幾重にも罠を張られていましたか。これでは動けません」
先程ログインして降り立った直後、足元に謎の水たまりがあるのだと勝手に決めつけていましたが、正体は超強力なトリモチのようで、私の足は磁石のようにくっついて離れなくなっていました。
「3……2……」
油断大敵。開始早々躓かせるとは、敵は能無しだとの判断は改めなければいけませんね。
時間が無さそうなので止むなく彼を大剣でフォークのように突き刺し、部屋の外へと放り投げました。
「1……ボム」
閃光が迸り、耳を覆いたくなるまでに凄まじい爆音が響く。私はというと冒険者の一人を肉の盾にして爆風を防ぎ止め、飛び交ってくる破片や砂塵を躱しました。
そして足を切断してトリモチから脱出し、再生を待ちながら配信を開始します。
『うぽつ!』
『ぐへへ〜』
『ついに革命の時か……』
『冒険者スレも大騒ぎ』
『ぐへへ〜』
『革命つったって虐殺するだけだけどな』
『虐殺日和だ〜』
『虐殺するのをだけと言っちゃう視聴者何者』
何か恵理子の成りすましらしきコメントが今回もいますね。
ですがこの血みどろの配信に華を添えてくれるならば、来る者拒みません。
足も治りました。
頭が痛くなる理屈ですが、靴まで再生しているのでこれで歩けます。
「……ふむ、出入り口が瓦礫で塞がれてしまってますか。さしずめ、私は封じ込められたようですね」
命を賭した自爆攻撃による影響はまだ糸を引いていたようです。
私が自爆型冒険者を出入り口に放り投げる点まで計算づくだったのなら、まさしくキレ者でしょう。
もっとも、私にとって恐れるべき敵は先程のような策略家なのは勿論のこと、特にSランク冒険者が参入して来た時は勝機が針穴のように狭まります。
私の配信はどうやら半数以上のプレイヤーに周知されていると視聴者様からコメントされたので、まさにこの先生きるか死ぬか――死ぬとしても突っ走るしかありませんが。
決して後戻りできない茨の道となってしまうなら、むしろ楽しむまでです。
「さて、皆様お待ちかね、ローレンスとの総力戦の幕が切って落とされます。お月様も視聴者様もご照覧あれ」
そう言い放ち、魔装槌で部屋の壁を掘るように粉砕し、隣の建物の地下から階段を昇って戦地へと向かいました。
『力技』
『強引に切り抜けやがった』
『道がなければ作ればいいってか』
『吸血鬼ならぬ豪傑鬼』
魔装槌とは、AGIやDEXが大幅に下降するリスクやこの世の理すらも粉砕しかねない火力があって戦々恐々となってしまいそうです。
まあリスクを背負わずして強さは得られないのは至極当然の事。これより開幕となる大一番にも該当します。
そして私が今いるここは、ローレンスでも西地区に該当する場所。冒険者ギルドは正反対の東地区にあるため、目標地点までの道のりに立ちはだかる敵を大勢蹴散らしながら進軍するしかないでしょう。
「あっちでアンデッドの集団が暴れてる!」
「北区だ! 冒険者の方はいませんか!?」
「ドラグニルファミリーのボスがRIOの手下を指揮してやがる! あの恩知らず、冒険者を裏切りやがったんだ!」
まず、住民達の喚き散らす声が届き、次にオレンジ色の揺れる光と共に感じたのは熱気。
興奮した人間から発せられる熱気ではなく、建物に火の手が上がっている故の確かな熱風です。
「……ボスさん、期待を遥かに上回る働きをしてくれて、私は果報者です」
ローレンスの現状を一言で表すならば、大炎上。
吸えば並大抵の生物が死滅しかねない黒煙が立ち昇り、血焼き肉焦がす獰猛なる火が至る場所で燃え盛っているため、心胆震えるほどに圧巻されます。
灯りが消えたような彩りだった昼間の街が、闇夜の下では目が奪われるほど明るくなるなんて何たる皮肉。
私のために整えた舞台にしては、まさに極上のオプションとシチュエーションですね。
「吸血鬼にとって聞き心地の良い響きのお祭り……即ち、血祭りの開催です」
昂る鼓動を抑えきれず宣言してしまいました。
過程はどうあれボスさんが過剰なまでに手はずを整えてくれたのですから、こちらも殺戮意欲が漲ってきますね。
ずっとRIO様のターン?
折角回復した体調が今朝少し悪くなってました……




