圧政&クエスト
この第三の街ローレンスにも、冒険者ギルド連中以外に目立った有力者は暮らして居ませんね。
それもそのはず、冒険者ギルドの苛烈な圧政により、どんな有力者であろうと粛清され衰退させられ、街から姿を消したからです。
「なんだか、閑古鳥が鳴くまでに活気が無いですね。これでもサービス開始には華の都として紹介されていたらしいのですが……」
目の前に実際に人がいるように想定し、カメラへ向けて囁きました。
住民達は皆やつれた様子であり、職を失ったであろう人々が道行く冒険者に血眼となって迫っては、必死かつ力なく金銭を無心する光景すらしばしば発生する始末です。
エネミー襲来による影響も多々あるでしょうが、アムルベールよりよっぽど都会的なローレンスですらこの有り様なのはいささか腑に落ちません。
『末期』
『なんか貧しくて暗い感じ』
『この世界どこもこんなもん』
『静かなのは過ごしやすいとは思うがこれは……』
『ローレンスがこんなに寂れてるなんて思わなかったよお……』
『冒険者が本格的に台頭してきた時からこうなってたよな』
『だな』
視聴者様も意見が皆揃っているようですね。
冒険者ギルドは開設当初こそ公安職と相似していたとの話ですが、こうして社会の歯車が狂ってしまっているのはかく言う冒険者ギルドの仕業です。
数多もの由緒正しき貴族家、民衆の心の支えとなっていた宗教勢力、エルフやドワーフをはじめとした亜人種、どれも冒険者ギルドに反対的だったり地位を脅かすと危惧された勢力郡は、世の混沌を招く"悪"だとでっち上げては、クエスト方式でことごとく破滅へと追いやられたのです。
当時、各国から絶大な信頼を置かれていた冒険者ギルドの蛮行に異を唱える者は少なく、率先して悪意を暴き出し、正義の力をもって敵対者を裁く便利な代行者として任せっきりでいました。
しかし、真意や陰謀に気づいた頃には、冒険者ギルドという組織は世界規模の支配者にまでのし上がっていたのです。
「チートを具現化させたような勢力が現れるとどうなるかのシミュレーションとしては評価出来ますね」
一人が一個師団に匹敵する戦闘力を持つと称される【Sランク冒険者】を多数保有する冒険者ギルド。
こんな人の域を超えた猛者達を前にしては、庇護下に入り事実上の傀儡となるしか延命する術がありません。
平たく言えば、封建制が幕を閉じつつあり、冒険者ギルドを政府とした新世界が誕生しつつあるのがこのBWOなのです。
これらは複数人の視聴者様からの情報提供ですが、まさに的を射ていますね。
「こんな遠回しに荒廃するだけの世界、ゲームとして楽しいのでしょうか」
私自身、冒険者ギルドに敵対している関係もあり被害者側に同調しそうです。
まあ結局のところ、私にとっての見方は冒険者か住民かではなく、吸血鬼か人類かの区別でしかありませんが。
――憂慮することはないのです。冒険者以外の勢力が弱体化するほど、私が敵に回す相手は冒険者一つに集中出来ますからね。
悪役は冷血となるべきです。
「……む? 何かメッセージが届いていますね」
前触れなくピロリンと音が鳴った瞬間、ウィンドウのメッセージ欄がこれみよがしに点滅していました。
開かないだけ損かもしれないので、視聴者様にも見えるよう表示させましょう。
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ローレンス全プレイヤー対象クエスト『ギルドマスターの娘を取り戻せ』が発令されました。
依頼者:ローレンス冒険者ギルド・ギルドマスター
説明:我が冒険者ギルドに一通の手紙が届いた。
その旨を抜粋すると、私の娘キャロラが何者かによって拐われてしまったのだ。
犯人からは人質となったキャロラと引き換えに身代金100万イーリスを要求しており、金額自体は工面出来るがこちらもギルドとしての威厳やメンツに関わるためにみすみす支払う訳にもいかない。故に来訪者諸君の助力を求めている。
受渡場所は【ロストロストの森】と指定されているが、依頼を受注した者はまず冒険者ギルドに集って頂きたい。
成功報酬:10万イーリス(カルマ値1以上のプレイヤーのみ受取可能)
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どうやらクエストの依頼ですが、カルマ値がマイナスの私にさえ自動的に届くシステムのようです。
秘密裏に回さずプレイヤー達へ大々的に発令するなんて、この街のギルドマスターは娘を溺愛しているのかいないのか、きっと立場か愛情かどちらを取るかの気持ちが揺れ動いているのでしょう。
しかしプレイヤーにだけ都合よくメッセージが届くのも変な話ですね。だからこそ冒険者ギルドが最大最強と称される所以なのかもしれません。
『なんだこれは』
『RIO様には意味ねぇ』
『まーた間接的なRIO様いじめか』
『スルー安定』
『よし、逆手に取ってギルドに集まった冒険者共を一網打尽にしようぜ』
コメントの多くが受注しないべきだと表明していますね。
確かに文面ではそうとしか言えないでしょう。
ちなみにクエストに失敗すると受注した者全員のカルマ値が下降するため、冒険者側の立場からすれば人質救出作戦なんて過酷なクエストは割に合わないかもしれません。
つまり、私は受注するメリットが無ければ受注しないデメリットも無いのです。
「受注しましょう。どのみち昼間では眷属をほいほいと増やせませんし」
『ええええええ!?』
『RIO様またもや意味不明な選択をする』
『クエストやるんw』
『いや俺にはRIO様の意図が読める……気がする』
『わけがわからないよ』
『流石にないわ』
……やっぱり受注するメリットが無いならば、天邪鬼な見得を切らない方が良かったでしょうか。
ですが視聴者の皆様は一度ネガティブ思考に陥ったあまりお忘れでしょうか? 今回のテーマは『手段無用の資金調達』です。
このクエストを上手く利用するだけで、成功報酬の10万イーリスを遥かに上回る大金をむしり取ることが可能でしょう。
これから綱渡りな賭けを行う上に、視聴者様から非難轟々にされかねない非道な手段を選びますが、私には邪道一直線な考えがあるのです。
▲▲▲
ギルドには向かわず、街から北西に位置するロストロストの森へとやって来ました。
巨大な木が隙間なく密集されているため実質日傘不要ですが、万が一木漏れ日にでも触れれば死の危険は免れないために、エネミーの闊歩する中で攻撃手段の一つである片手を塞がねばなりません。
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エネミー名:ナッツモンキーLv33
状態:正常
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「せっ」
クルミの形をした石をぶつけるこの子猿を膝蹴りで撃破し、《血臭探知》を使って敵性の確認をします。
『おっRIO様探知してるな』
『ワンワン』
『俺ら視聴者には暗視は共有されるけど血臭は共有されんのがつらい』
『技術の進歩が待たれる』
『↑進歩したとして画面から血の臭いが漂ってきたら嫌だわww』
『でもRIOの頭皮の匂いを配信でもクンカクンカできるようになるのはプラスだよ〜。ぐへへへ』
『↑お前はRIO様の何なんだ』
視聴者様にも反応が伝わるよう、その都度私が口で言うしかなさそうですね。
なお探知の結果、半径50メートル以内にはエネミーの反応しかありませんでした。
もっと探索を続けてみましょうか。……おや、奥地に人間の反応があるようですね。
結構な遠距離なので人数が把握出来ないほど精度が落ちてますが、戦闘力があからさまに低い者の臭いが混じり、それでいて複数人居るのは確かです。
つまり向かうべき場所はそこに決まりました。
パーフェクトです。未だギルドで指示を仰いでいるであろう同じクエスト受注者よりも大幅にリードできました。
「皆様、人質の所在が掴み取れました」
『やったか!?』
『やった!』
『不穏』
『キャロラちゃんが知らないところでピンチに』
『あぁ……キャロラちゃんにRIO様の魔の手が……』
否定はしません。
今の私はテーマ通り、脳内には物欲と金欲しかありませんので。
「さて、賭けが上手くいくかは犯人側の警備がどこまでザルであるかが鍵ですが……行きましょう」
そう呟き、インベントリから例の武器を取り出し、姿形を少女相応に変えつつ血臭探知を切らさないまま向かいました。
果たして、賭けを成功させて人質を手に入れられるのでしょうか。
□□□
まだ体調不良




