種族進化&眷属化
「人間へひたむきに尽くそうが、終わりの見えないまま差別、迫害され排斥の対象にされるのはごめんです」
そう自分意思を言い放ってしまいましたが、いささか被害妄想が過ぎたでしょうか。
「あぎぎぎっ! ク……やっぱり魔物族なんて信じるんじゃ……」
持ち上げられ、吸血された箇所から徐々に枯れ木のように干からびていくラスりんおじさん。
この人への関心はもう無きに等しいので、仮に死んでしまったとしても罪悪感は毛ほどもありません。
……いえお待ち下さい。彼の手のひらから小型のチップのような物体が滑り落ちたようです。
「これは……危ないところでした。信用していないのはお互い様なんですね」
「ここまで見透かされたか……ぐうッ……!」
どうやら、彼はしたたかにも親切を装って最初から私を騙そうとしていたようですね。
彼の隠し持っていた道具はエリコの配信動画で見覚えがあったのです。
端的に言えば、ゲーム内の主要キャラから要注意プレイヤーにひっそりと貼られるシールのような発信機です。
やはり話があからさまに美味過ぎると思いましたよ。ほいほい着いていけば動向を監視される日々を余儀なくされていたかもしれません。
なので彼の行動全てを敵対行為と認識し、この道具を念入りに踏み潰して破壊しました。
『もう要注意扱いされてたんかい』
『やべぇ』
『ら、ラスりん……?』
一拍おいて、彼の全身は芯まで吸血された末、見違えるほどに皺だらけになり、ガックリと項垂れました。
どうやら初めての吸血行為は大成功を収めたようです。
―――――――――――――――
《レベルが18に上がりました》
《レベルが10以上となったので、デスペナルティ保護状態が解除されます》
《カルマ値が下がりました》
《吸血の項目が開放されました》
―――――――――――――――
システムログがいくつか視界端に届き、先程使ったスキルの項目が自動的に開かれました。
―――――――――――――――
スキル:吸血
説明:吸血鬼にとって基本中の基本となるスキル、任意で中断可能。対象の生物から牙による経口または指を介して生命力となる血液を吸いとる。
吸血中にHP回復・MP回復、吸血終了時に経験値獲得の効果がある。
―――――――――――――――
やっと謎めいていたスキルの全容が明かされましたね。
このBWOの特徴は手探りによるスキルの開拓。覚えた時点で伏せられている全容は、一度でも使用するだけで瞬時に知ることができると手間がかかるシステムです。
彼の命で試した理由はただそこに居たからに尽きますが、彼が私のような種族を敵視しているのと同様、必然的に私の敵も人間になるからと弁明しておきましょうか。
『待て待て待てこっちは何を見させられてんだ!?』
『こっちが聞きたいわ』
『目が離せねぇ』
『NPCの住人KILLしても経験値貰えたっけ』
『↑金とアイテム含め貰えない。はずなんだけどなぁ……』
「ひいいいっ! あのラスターさんがどうして!?」
ふと細い悲鳴のした方向に顔を向けると、聖職者らしき格好をした男性が先程から震えているのが見えますね。
ラスターさんとはこの死体の本名でしょうか。
それではサクサクと別の試行に参りましょう。
「次はあなたです。では」
「ア……!」
腰に携えてあった初期装備の短剣を引き抜き、力を込めながら一振りして男性の首を刎ね飛ばします。
武器を用いた戦闘は模擬戦ですら殆ど経験がありませんでしたが、一度体験して一線を越えてみればなんてことはないですね。
首の断面からは割れたグラスのように血がせせらぎ流れ、小さな赤い川を作り出していました。
「……血が勿体ないです。なので頂きます」
『感性がおかしい』
『プレイスタイルもおかしい』
『古参面したくて観てみりゃ想像以上にやばい案件』
『尋常ならざる配信者だった』
『一応この子プチ・エリコのリア友なんだよな?』
『よし、動画間違ってないか聞きに行ってくる』
血塗れの刃を鞘に納め、規制かなにかで真っ黒に塗りつぶされている断面に指先をつき刺し、《吸血》スキルを発動させます。
ラスターさんの時と同じく、私の体内に水分が全血管へ流れ込む感覚があるので、吸血は生物のみならず直前まで生き永らえていた死体にも効果があるようですね。
―――――――――――――――
《レベルが20(上限)に上がりました》
《カルマ値が下がりました》
《レベルが規定値に達したため種族進化が開放されます》
―――――――――――――――
「おや、興味深いメッセージが届いてますね」
私が目をつけたのは種族進化。
半透明のウィンドウをタップして、視聴者様にも見えやすい位置に詳細を映し出してみます。
―――――――――――――――
進化先A 元吸血鬼
説明:かつて吸血鬼だった者が、魔を捨てて人との共存を選んだ新興の種族。
特徴:一部の半吸血鬼の特徴を引き継ぎ、住民NPCから人間と同様に扱われる。
進化先B 吸血鬼
説明:更なる魔を追求する者への最初の通過点となる下級の吸血鬼。
特徴:専用の体質やスキルを取得し、素性を知った住民NPCから叫弾されるようになる。
※退化不能
―――――――――――――――
『いやしっかり人間になれるんかい』
『まさかの救済有りな上に少し有利になれるという』
『でも二人殺っちまってるぞ? カルマ値が1でもマイナスなってりゃ冒険者になれねぇし』
『つーかもうレベル20なのかよwww』
『テンポ早すぎwww』
どうやら進化先は二種類から任意で選択できるようですね。
一方は不純物が多少混じりますが人間社会での生存に適した保守派の道。もう一方は種族の誇りを維持し変革や進化を求める革新派の道だと解釈しましょう。
ちなみにエリコは冒険者ギルドなる組合に所属しています。視聴者様がやけに推しているわけですね。
簡潔に説明しますと、冒険者ギルドとはエネミー殺しの専門家である最大最強勢力の組合なので、駆除される側の吸血鬼が加入できるわけがありません。
まあ冒険者は異世界ファンタジーで最もなりたい職業として好まれてますし、現に私も冒険者の理念には皮肉抜きで心の底から憧れています。
「迷うまでもないですね、こちらにしましょう」
即決。
種族先は『吸血鬼』を選択し、ウィンドウが伸びて閉じられた瞬間、私の全身が沸騰するかのように熱くなり、そして不可思議な現象の次は真逆の変化が顕れ、体が氷のように体温を感じさせないまでに冷えきっていました。
―――――――――――――――
《種族:吸血鬼に進化しました》
《ステータス評価、STRがA+に上昇しました》
《ステータス評価、AGIがB+に上昇しました》
《ステータス評価、INTがB+に上昇しました》
《スキル:眷属化を獲得しました》
《体質:肉体自動再生を獲得しました》
《体質:HP自動回復を獲得しました》
《レベルの上限が40になりました》
《カルマ値が下がりました》
―――――――――――――――
それと同時に体の力が隅々までみなぎり、どんな厚い壁でも力ずくでぶち破れそうなほどの万能感がみるみる溢れ出しました。
種族進化の儀式は無事完了したようです。
『オワタ』
『操作ミスだって言ってくれ……』
『や、やったね……』
『モンスター爆誕の瞬間を目撃してしまった件』
『まさか冒険者ならへんの?』
「冒険者にも商人にも就く気はありません。私なんかで冒険者が務まる自信がないのと、そんなお使い同然のクエスト動画を配信しても視聴者様には退屈だと思われますので」
『オレはそうは思わねぇぞ……?』
『異世界ファンタジーの醍醐味全否定発言』
『BWOの楽しみを半分捨ててるもんやで』
『ほーう、斬新なスタイル気に入った』
『この子達観してるけど戦闘クレイジーじゃんかい』
『ただいま帰還。やっぱプチ・エリコの友だち本人だって。そんで今どうなってる?』
『↑緊急事態。RIOがガチで人間辞めた』
『ふぁ!?』
心なしかコメントが増えていますね。
これは憶測ですが、エリコのリスナー様が私の配信に興味をそそられて続々と流れているからなのでしょう。
流石はプチ・エリコのネームバリューだと感嘆の意が絶えません。
しかし私が求めているのは純粋な強さにおける全プレイヤー間の頂点の立ち位置。
動画配信を行うのは有名人やプロになりたい訳ではなく、客観的な視点からの私の評価が欲しかったためなので悪しからず。
無論視聴者様が多いに越したことはないですが、最悪一人だけでもコメントを投げてくれればそれでも充分なのです。
私はどうも幼少の頃から自己評価が苦手でして、コメントを介して自分の身の程が知れる良い享楽ですね。
話を戻します。
教会内には殺害した二人以外の人の気配はありません。
変化といえば、ステンドグラスから差し込んでいた日光が消え、代わりに月明かりが薄暗くなった教会内部を照らしている点です。
「ふむ、時間潰ししたおかげでやっと日が沈みました。これで日光に怯えずに動けます。では早速《眷属化》させましょう」
『トントン拍子のペースよ』
『はっやw』
『いきなり新スキル使う奴がいるか!』
『今日は最後まで見届けるしかねぇわ』
大変貴重な夜の時間です。
神速を尊び、亡骸として転がっている二名に対してスキルを発動させました。
評価感想よろしくお願いします
とは言い辛い内容……