真昼&冗談ならない顛末
今日は恵理子と甘味処巡りに行き、二人きりの時間を心ゆくまで漫喫したため非常に満たされた気分です。
時刻は6時前です。ゲーム内では天敵の太陽光降り注ぐ真昼時ですが、構わずログインしましょう。
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「視聴者の皆様、こんにちは。今回のテーマは『手段無用の資金調達』とします」
『うぽつ』
『ぐへへぇ待ってたよ〜』
『マジで昼なのにログインしたし』
『RIO様に金って要るのか?』
『日傘が様になっておられる』
所謂中棒の部分を首元に乗せながら傘を差したため、今や日光なんてなんのその。気分まで晴れ晴れとしますね。
もっとも、傘のままでは戦闘力がガタ落ちし、この状況下で変形なんて全くの自殺行為ではありますが、今回は戦いに身を投じない予定なのでこの形態を使い続けましょう。
「そろそろ、第三の街である『ローレンス』の外壁が見えてくるはずですね」
ログアウト場所からルートを遡り、第三の街の周辺へと到着しましたが、もう検問のルートから侵入する必要はありません。
何故なら、昨日丁度第三の街で大規模なイベントが起こっていたために侵入口が増えており、それがわざわざ道草を食うように迷宮へ潜っていた理由なのです。
《血臭探知》を使わずともくっきり分かるこの異臭。
足元へ目を向ければ、大雨が過ぎ去った後のように点在している血溜まり。
「これは……中々の被害ですね」
私の目前にあるのは、見るも無惨な形で崩壊しきってしまった円状に街を覆う石壁。まるで外敵の侵入を食い止める役割を果たし終えたかのようです。
この戦火の爪痕こそが、近隣エリアに棲むエネミーの集団によるもの。
とどのつまり、エネミーが大群で襲来し、それに冒険者達が一丸となって対抗する防衛イベントが昨日この街で発生していたのです。
『壁が機能不全に……』
『そいえば昨日冒険者スレが騒がしかったな』
『なるほど、RIO様がさっさと進行しなかったのはそれか』
『乱入してもあんまりメリット無いしな』
『むしろ捕まるだけだし』
私にとって追われている身であるのに手を出すのは逆効果であり、悪役なのに街を救ったら住民から何故か持て囃されるドラマチックな展開なんて幾ら何でも夢の見すぎなため、騒動が沈静化するまで手出ししないよう努めていたのです。
それに、この崩壊具合なら姿形を成人化するだけでも街に入れますしね。これも狙いの一つです。
「修繕工事は魔法などではなく手作業の割合が殆どなのですね。そこは現実と変わりありませんか」
警備の目を誤魔化しつつ一瞥すると、どうやら復旧作業の従事者には敵であるプレイヤーは加わっておらず、住民NPCが中心に汗水流しているようです。
そもそもエネミー殺し専門である冒険者の役割はもう終わり、ならば次に役割が与えられるのは住民なため、そこは深い理由なんて無いただの適材適所でしょう。
「誰もが私に興味を示さない。ふふっ、しようと思えば伸び伸びと滞在できそうです」
そう凝りをほぐすように腕を伸ばした後、この街の現状を再確認しました。
住民達は不安に駆られた形相の者もいれば、明日の生活を心配している様子の者もいます。
この惨状では、もうRIOの対策どころではなさそうですね。おかげで攻め落とすとしてもそこまで四苦八苦せずに済みそうです。
「おや」
「……返して下さい! あんたのせいで死ななきゃならなくなった私の大切な息子を返して!!」
む、まさか眷属化した者の遺族がよりによってこの街にいたのですか。
条件反射で咄嗟に身構えてしまいましたが、紛らわしくもこの年配の女性による悲痛の訴えは私ではなく別の若い女性へと向けていたようで、胸を撫で下ろしました。
とはいえ、悪役ロールプレイの視点から興味が湧いたので、ここは口を挟まず傍観してみましょう。
「そちらの気持ちはもっともですが、あなたの息子さんは冒険者の盾となり、防衛戦に貢献してその命を燃やし尽くした以上、我々冒険者ギルドの力では返せませんのでお引取りを」
動じることなく冷ややかに対応した冒険者ギルドの関係者と思わしき女性。というより格好からしてギルド職員そのものですね。
察するに、防衛イベントはかなりの苦戦を強いられていたようで、一般住民まで戦力として駆り立てなければならなかったほど逼迫していたようです。
私ですら壊せるか疑問な外壁が完膚なきまでに崩れたまでですからね。
「だったら冒険者ギルドの責任でしょ! あんたらが無能なせいで私の息子が……返してったら返して!」
確かに、事務的な物言いで言い張られては殊更引き下がれませんよね。
しかし賠償金や謝罪ならまだしも、死者を返せだなんて実現不可能ではないでしょうか。無茶な要求をしてまで憤りをぶつけたいだけかもしれませんが。
……相手側の都合により永遠の別れを受け入れられない者の声。さて、ギルド職員はどうするのでしょうか。
「返して欲しいのですね。少々お待ち下さい」
そう言いながら、手紙と筆を用意して何やらスラスラと書き出しました。
もしかすると死者と会わせる手段でもあるのでしょうか? あり得ませんね、死んだ者は人間の手では生き返らないのは常識中の常識です。
ならば手紙の内容は一体何なのか。
「こ、これって……」
どうやら書き終わって遺族の手に乗せたようですね。
「冥府神セダーハ宛へ『最愛の息子を蘇生させるようお願い申し上げます』と一筆用意しました。母である貴女が使いになって手渡せば、聞き届けて頂けるはずですよ」
冥府神セダーハとは、その名の通り死者の魂を管理する神の名です。
つまり……。
「なんで、返してくれる話は……」
「だから言ったではないですか。我々冒険者ギルドの力では返せません。なので、一度死んで死ぬ気で懇願出来るようになれる貴女が、あの世から直接呼び戻せるよう図らってみて下さい」
「い……いやあああああ!!」
涼しげに言い放った後、今度は懐から鋭利なナイフを取り出し、遺族の頭を地に押さえつけ首元へと振り下ろしました。
『え』
『えっ!?』
『ヒッ』
『ま、マジでか?』
まさかの行動に、視聴者様からも動揺の激しさが伝わります。
私自身も、刃傷沙汰が起こるまでにとんでもない事態に発展していたため、見入ってしまいました。
「あ……あ……」
「ははっ、冗談ですよ冗談」
そうギルド職員はにこやかに笑うと、寸止めで終えたナイフを鞘に収めました。
この一連の出来事は、仕事に没頭している作業従事者達が何事かと手を止めて振り向くほどです。
ただ、脅迫じみた会話はまだ続きました。
「この先から冗談をやめにしますが、貴女たった一人の態度次第でも、ここローレンスを反冒険者勢力区域として指定することも出来ますからね。陳謝の言葉はございますか?」
「す、過ぎた事を言ってしまい、申し訳ありませんでした……冒険者様へ口答えしようだなどとは何も……」
「そこまで。よく出来ました、それをゆめゆめ忘れないこと。そうすれば、再び緊急時に屈強な冒険者達が安寧のためにクエストを遂行しますので、今後とも当ギルドを是非ご贔屓にして下さいね」
ギルド職員は遺族の方の頭をひとしきり撫でると、ローレンス冒険者ギルドへ向かって歩き出しました。
ただ、丁寧な口調に反して、目は決して笑っていなかったかのように感じ取れたのは見間違いではありません。
この方がもし口での抗議だけでなく実害を及ぼそうなら、本当に断罪していたまでの圧を孕んでいましたので。
「どうして……どうしてあんな人のために死ななきゃいけなかったの……!」
後には、心にも無いことを喋るよう強要された遺族の行き場の無い慟哭が残るのみです。
遠巻きから眺めていた人々も、思わず声を失っている者ばかりでした。
「視聴者の皆様。あえて配信は取りやめませんでしたが、これについてどう言えるでしょうか」
『見ちまった』
『コメント打つ指が止まった』
『これが冒険者ギルドの実情か』
『俺こんな腐敗した連中に引退させられたんか』
『AIが歪んでる』
『嘘だと思いたい』
『でも真実なんだ。ずっと前から組織としておかしくなっちゃってるから』
まあ、良い気分にはなりませんよね。
こんな傲慢無礼、警備の兵士辺りが仲裁に入りそうなものですが、実際は驚くほどに見て見ぬ振りをするだけで、止めようとする者はついに現れませんでした。
何故ならば、冒険者ギルドには誰も逆らえないから。何故ならば、その気になればどんな国家をも正義の名のもとに踏み潰せる最大最強の勢力だから。
それが、この世界に住まう者達の共通認識なのです。
たとえ非が冒険者側にあろうとも、万民を救う立場である冒険者ギルドとの権力差が天と地ほどある以上、何をしようが冒険者側が正当化される。
護られている立場の者が異議や不満を申そうならば、明日の命が約束されなくなるだけなのです。
「行きましょう。この人らの味方ではない私にはどうだっていい問題です」
そう自分の意思を告げ、荒れ果てた現場を後にし、街の中心部へと歩みを進めました。
こうして見比べると、私って悪役としてもまだまだ浅い平均的女子高生なんですね。
昨日寝すぎたために変な時間で起きるハメに




