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恵理子イズレポート

 お察しの恵理子目線な上にほぼBWOの話しとらんのでスルー推奨

 莉緒と初めて会話をしたのは高校に入学してから何日か経った後なんだよ。

 会話って言っても、いつもみたいに「ぐへへ〜」とか言いながら話しかけたとかじゃないんだけどね。



「ひっ」


 登校するために乗っている電車内の出来事だった。

 片手でつり革に掴まりながらプチ・エリコのアカウントで呟きを発信していた時、何かに触られた感覚が腿から伝わったから、思わず細い声が飛び出しちゃった。


 許可されないで体に物が触れられるだけで神経が過敏になっちゃうものだから、静かに揺れる電車の中なのに変な子だと勘違いされないように、とっさに口をきゅっと結んだんだ。


「……いっ……や……」


 だけどまだ触られていた。

 離れてくれないのではなく、離してくれなかったのだと分かった。

 この指の形と体温は荷物とかじゃなく人の手だったと確信しちゃったから。


「ぇ……これ……ちか……」


 どうにかして悲鳴をあげようとしたけれど、肺が凍りついたかのように息を吸ったり吐いたりが普通に出来なくなっていたから、声も掠れて全然出なかった。

 振り返ろうとしたけれども、もし顔を見てしまえば恐怖が膨張すると思うだけで、体まで氷に纏われたように固まって動けなくなってた。


 ああ、私って本当に恐ろしい目に遭うと何も出来なくなっちゃう人間なんだ。


 次の停車駅はまだ遠い。乗客は何人もいるけど助けを求める声をはっきり出すのも無理。

 それなのに悍ましい感触が現実逃避を許さず、恐怖感をどうにか発散させようとつり革とスマートフォンを握る手ばかり力がこもっちゃう。


「たす……だれか……おね……が……」


 曇もなく晴れているのに最悪な朝。胃に詰まっている物が逆流してくるような感覚にも襲われて、順風満帆な人生を全部捨ててでも粒になって逃れてしまいたいと思っていた時だった。


「え……?」


「あの、私のクラスメートに何をしているのですか」


 女の人の声?

 同時に、無抵抗のままな私を掴んで離さなかった怪魔の手が瞬く間に無くなった。


「彼女が嫌がっています。これ、絶対に許されませんから」


 あっ、同じクラスの戸沢さん。

 でもどうして、男の人の手首を強く抑え込めるんだろう。

 きっとこの人、戸沢さんより力が強いし、そんなにしたら仕返しで乱暴なことされちゃうよ。


「もう駅に到着しました。ですが逃げようだなんて卑怯な行為は一切考えないように」


「クソッ……!」


 そのまま戸沢さんは相手の手首をきつく握りしめては離さないでいて、通っている高校の最寄り駅じゃないのにも関わらず一人の男の人を連れて降りて行った。

 だから、まだ恐怖感が覚めていなかった私も意識的に後から降りて着いて行っちゃった。


 いつも静かで物腰が丁寧で、それに端正な顔立ちとしっとりとした唇とかが同性の私から見ても魅力的で……。

 入学式からひっそり気になっていた人の戸沢さんの口からは、冷水みたいに温もりとかが感じとれなかったのに、悪人を裁く警察官のような強い正義感と信頼感が混じっていたなぁって、実際に直面して思ったんだ。


 戸沢さんはその後学校に遅刻の連絡をして、駅員の人にも詳しく経緯を話して、色んな人から慰められるしか出来なかった自分と違って、私の事件なのに後始末を全部代わりにやってくれた。


 どれだけ時間が経ったか分からないけど、そうしている内に戸沢さんが私の所へ表情そのままに戻って来た。


「犯行動機は『ストレス』でした。なのでトラウマとして刷り込ませた以上、再犯の可能性は限りなく低いと思われます」


「戸沢さん……」


 無力だった私に、我が身を顧みないで率先して助けてくれた戸沢さん。

 「ありがとう」と「ごめんなさい」がごちゃまぜになった気持ちでいっぱいになって、どう言葉に変換したら良いかが考えられなくなっちゃった。


「隣の車両で小野寺さんが青ざめた表情で立っていたので、もしやと思い、すぐ駆けつけて後ろにいた犯人から手を引き剥がしました。ですが未然に防げなかったのは本当に申し訳ありません」


「う、うん。でも……私のせいで今日は学校にも間に合わなくなっちゃったし、迷惑だったよね」


「いいえ、迷惑だなんて自分を蔑むような言葉は使わないで下さい。お節介になりますが、明日からは一緒に通学しましょうか」


 そう言って、普段学校で見かける時からこの直前までずっと怒りすら見せなかったほど無表情で事務的な感じだったのに、私に対して親友として接するように屈託のない笑顔を投げかけてくれた……。


「はうっ! ま、まだあまり落ち着いてなくて、あっ、はっきり返事が……」


「よっぽど恐ろしい体験をしてしまったのですね。では小野寺さんが召すまで、恐ろしかった気持ちを私が和らげさせてあげましょう」


「わわ、私……こわかったよお。うあっ……ひあっ……」


 戸沢さんがこんなに表情豊かで勇気があって優しい人だったなんて知らなかったから、今までの理想以上に素敵な人だったから、もうなんか私の堤防が少しずつ決壊しちゃってた。

 そしてほんわり温かな体に抱き寄せられて、また無力にも胸の中に包まれて涙を溢れさせるしか出来なかった自分に、頭をさすりながら私が落ち着くまで負い目の言葉を静かに聞いてくれたんだ。


 顔の見えないリスナーさんとばかりコミュニケーションをとって、リーダーぶってクラスメートと上辺ばっかりの仲を広げて、そんな薄っぺらい私にここまで親身になってくれた人なんて誰もいなかったから。


 だから戸沢さんのことがもっともっと好きになっちゃって、通学どころか学校や休日でも一緒にいられる時間があれば隣でべったりしちゃった。ぐへへっ。



▼▼▼



「そいえばお昼休みずっと寝てたけどまだ体調悪いの?」


 今日も配信について話し合う場所になるスイーツ店で、疲労困憊な様子の莉緒が話半分だったからつい訊いてみた。


「ええ、現在も疲れている上に寝不足気味です。これもBWOに没入しすぎた私の自己責任ですが……現在もつらいです」


「そっかあ、ぐへへ。だったら私を抱き枕にしてお昼寝してもいいよ。はいっ!」


「抱き枕?」


 ばっと両手を広げ、カモンといった感じでアイコンタクトを送ってみる。


 莉緒って堅苦しく振る舞っているけど、ゲーム以外の時間でもお疲れっぽいから何とか癒やしてあげられないかなぁって思っただけで、莉緒セラピーとか莉緒吸いとか邪な企みをしたわけじゃないよ?

 配信で鍛えた思慮深さは私の取り柄。なんだか破廉恥なこと強制させるような感じで誘ってる気がするけど、でもいいよね?


「っ……く……」


 そんな自己弁護をしていたら、なんか莉緒の口が生唾を飲みこんでいたような音を出していた。


 うえっ!? 莉緒が私にデレてるよこれ!?


 でも莉緒を思い返してみれば、生活リズムが崩れた影響なのか授業に身が入らないでゆらゆら船を漕いでいたような気がする。

 ということはただ朦朧としてるだけ? 落ち着くんだよ恵理子、まだ判断に迷っていい時間のはずだよ。


「どどどうするの莉緒。する? しない?」


 ……なんか自分でもこのまま続けていいのか逆に不安になってきたんだけれども。でも今の莉緒、どう見てもうっとりしてる表情だ。超激レア莉緒だよこれ。


「これは私自身ではありません。私ではないのなら、少しくらい良いですよね……」


 そう莉緒の観察日記(脳内版)を新たに綴っていたら、莉緒が突然ふらりと寄りかかって私の体に前から密着してきた……!?


 どええええええええええ!?


「んっ……恵理子ぉ……」


 しかもとんでもないことに猫なで声みたいに名前を呼びかけているよ! なにこれ萌え殺すの!?

 全国万国多元平行世界に存在している小野寺恵理子さん、ついにやったよ! 莉緒に配信をすすめたのは間違いじゃなかったんだよお!!


「ぐへへ〜、莉緒は良い子だね〜」


「ふあぁ……もっとなでて下さい……」


「もひょおお〜!! もっちろんお安い御用だよ!」


 ぐへへへへ、ぐへへへへへへ、ぐへへへへ。


 私の中にいるたくさんの自分が歓喜の声を騒ぎ立てているのが輪唱のように伝わってきた。

 私が注文していたプリンのことを忘れちゃうほどの至福の時間! ああああ、ぐへへ、莉緒がスーハースーハーって私の制服の匂い嗅いでるのも分かっちゃった〜。


 だからお返ししちゃえ。


「すぅぅ……はぁぁんとろけるよぉぉ〜」


 吸えば吸うほど心地よし、その度に莉緒がぎゅっと抱きしめる力が深くなるのもまた良きかな。

 こんな天国がやって来るって分かってたら減量しといた方が正解だったなぁ。

 この前までは莉緒と同じ体重を維持してたけど、つい油断してお腹周りがぷにぷにしちゃってるのバレてないよね?


 それに頬はつねってみたし虫歯疑惑がある歯もちょっとだけ痛いから夢オチなんてガッカリな結末はあり得ないとも判明。あ、やばいやばい、よだれが莉緒にかかっちゃう。


「恵理子……あなたが好きです……ずっと離さないでいて下さい」


 ふえ? 私の理性もうダメだ。


「きた。ついにきた。莉緒からの告白ボイス! 私も大好きいいいいい!!」


 生きてて良かった。粒にならなくて良かった。

 これは言質として盗ちょ……スマートフォンに録音したから家でずっとリピートできるし目覚ましの音声にもセットできるよ。

 今日の至福の時間はリスナーさん達に莉緒トークで自慢しちゃおっと。


「ぐへへへへへへへへへへへへへへ」


 店員さんに注意されるまで私の脳内はピンク一色だった。



☆☆☆



「え、恵理子。先程のは……その……」


「わかげ! 若気の至りだからね!?」


 そして段々時間が経つにつれてお互い元通りになってきたからちょっと気まずくなっちゃってたけど、すぐ何も無かった事にして帰路についたからセーフ。

 だけど今日の莉緒はとってもかわいかったな。配信中のRIOはかっこいいけど、こっちの莉緒も捨て難いよう。


 ……でも莉緒は過去の記憶を脱ぎ捨てられないタイプの人だから、私がさっきみたいに寄り添っててあげなきゃダメなんだ。


 仮想世界(ゲーム)じゃ人間離れしてるけど現実世界(リアル)じゃよわよわだってのは私が一番知ってる。だって、どんな睦まじい恋人よりも仲良しだと言いきれる大事な友達の莉緒だもん。

 読んで下さってあざます

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― 新着の感想 ―
こんなに大事な話がスルー推奨?
[一言] さりげなくトラウマ刷り込んだとか言ってるぞ! …まぁ自分も場合によってはやるし問題無いな。
[一言] うっ、、、(尊死
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