おまけ 後日談
一発ネタ
「ぐへへぇ〜。制服ウニバデート、すっごい背徳感あったね」
恵理子、私はずっと顔から火が出そうな思いでアトラクションどころではなかったのに、どうして浮かれられるのですか。
徒歩10分の我が家への帰り道。深夜帯になってしまいましたが、そういえばまだ学生服のままですけど、まさか勘違いで補導されたりしませんよね。
万が一そうなれば今度は事情の説明に困りますよ。そうなればもう私達だけの問題ではなくなってしまいます。他所様に迷惑かけてしまうようなプレイなど、厳禁です。
「ねね、家に帰っても、学生ごっこの続きしようね。それとまた制服ウニバのプランも……」
「するわけないでしょう! 勘弁して下さい!」
「あっ、そんなに嫌だった……?」
「別に?」
この人は厳しく叱らないと悪事を働いた自覚もないですからね。
これで少しは自制して欲しいですけど、まあどうせ明日には全部忘れられているような徒労で終わる予感がします。
「はぁ、あなたという人はいつもいつも……」
そんな無神経な恵理子のせいで、ブツブツと愚痴が止まらなくなってしまいますよ。
愚痴ばかりの愚痴女ですみませんね。
ですが愚痴っぽいところを恵理子のせいにしたのが間違いだというのか。改善しなかった報いは訪れるものなのでしょうか。
あらぬ方向へカーブを曲がる乗用車のブレーキ音と共に、私の握られていた手がどうしてか無くなっていたのは。
「は……は?」
ガードレールに衝突した後となっている車体。
隣にいたはずの恵理子が、前にいる。
コンクリートの地べただというのに、眠るように目を閉じて横たわっている。
「あ……ああ……恵理子っ!!」
暗がりでも血を流しているのは日光の下よりも瞭然、しかも頭から。
すぐに警察や救急に通報しましたが、もはや私に出来ることなど、あなたの目覚めを期待してただ呼びかけるだけ。
「恵理子! それは無理筋でしょう恵理子!」
何故私がいながら助けられなかったのですか。
後ろから迫る照明に注意して、ただ少し腕を引っ張るだけで犠牲にはならなかったはずなのに。
恵理子の意識がついぞ戻らないまま、その後駆けつけた救急車へと運ばれてしまいました。
体から温かさは失ってはいませんでしたが、ですけど恵理子、絶対に助かりますよね。絶対に、私を一人で置いて勝手にいなくなったりしませんよね。
▽▽
スリップ事故による過失傷害、事件性はなし。
運転手側に過失がある事故とはいえ、一睡も出来ない夜を過ごしたのは久方ぶりでした。
翌朝には、恵理子の職場先にも連絡し、次に恵理子の家族にも連絡し、私の職場にも欠勤の連絡をし……ああどうして、私が一番恵理子を心配していたいのに連絡先ばかりが多くてその暇もありません。
でしたが、一つ一つ所要を片付けてゆく内に時間は過ぎるもの。
いつの間にやら、病室にいる恵理子との面会の許可が下りていました。
「恵理子! 恵理子! 待っていて下さい恵理子!」
最愛のパートナーの安否に心騒がずにいられる人がどこにいますか。院内で大袈裟でしょうけどたとえ足が潰れようとも這ってでも迎えに行きますから。
「いますか! 恵理子!」
「わっと……」
ベッドに寝かせられ、額に包帯を巻かれている恵理子の痛々しい姿。ですけど、こちらに気付いて目を開けて向いてくれたということは、見た目よりかは命に別状は無さそうです。
とにかく一命を取り留めたようで不幸中の幸い、いや、あなたが死んでしまったかと気が気でなかったほどでしたから幸いなんてものでは済まないほどの幸いですよ。
本当に、良かった。
「ふふっ、思っていたよりも元気そうですね恵理子。全く、一時はどうなるかと……」
「ううんと、病院の人ですか?」
「えっ」
開口一番、恵理子が予想外の冗談を吐いてきました。
確かに割と冗談を言う人ですけど、このタイミングでは空気を読めといいますか。
「私ですよ、莉緒を忘れたのですか」
「ご、ごめんね。莉緒さん……とはきっと友達だったはずなのに、なんにも覚えてないみたいで……」
「っ!」
そんな、生涯をかけて支え合うと決めた私との誓いさえ忘れているだなんて。本当に冗談のつもりではありませんでしたか。
ええ、実は恵理子のこの症状は既に医師から聞いてます。
恵理子は頭部への強い打撃による『記憶喪失』だと。
何というフィクションですかこれは。しかし事実として残っている記憶はだいぶ混濁していて、名前は覚えていても年齢が思い出せないといった感じに虫食い状態。
こんなこと信じたくありませんって。きっと寝ぼけていてそうなってるだけに違い有りません。
恵理子なら、私を大切に想ってくれているあなたならば、すぐに思い出してくれるはず。
「驚かないで聞いてくれませんか? 私と恵理子は友達などではありません。だって、10年前からずっと交際しているのですよ」
「えっ? えっ!? 交際ってあの交際!? 私って莉緒さんと付き合ってたの! あいたたっ!」
「ああっすみません! 大怪我してるのならあまり頭動かさないで下さい」
思いも寄らなかった真実に驚かせてしまったようで、そのせいで激痛を再発させてしまったようで申し訳なさに苛まれてしまいます。
しかしそこまでですか。これは弱りました。
「莉緒さんが……私にこんな賢そうで美人さんな彼女がいたなんて、なんか天国だな、えへへ」
関係を受け入れては一見喜んでいるようですが、愛想笑いの本心が透けて見えてしまいます。
感情も欠落しているようなその素振り、こちらはちっとも喜べません。
「はは、なんですかそれ、その個性のない笑い方、あなたらしくもない」
「そっか、やっぱり私らしくないんだね……」
そう落ち込む様子となるあなた……自分を失ったらあなた。
記憶喪失の症状は誇張でも無かったのでしたか。
気まずい空気感。無事で済んだのは私の方なのに恵理子の方から私を気遣わせる振る舞いをさせるなど、惨めな気分になりますよ。
「すみません、日を改めてまた来ます。お大事に」
「ううん、こっちこそお見舞いありがとう。莉緒さんのこと、どうにか思い出せるように頑張るね」
退室。
恵理子にはこれから療養にリハビリだってあります。私があまり私情で邪魔しても、取り返しのつかない容態に発展してしまう恐れもあります。
しかし、私の知るあなたがいなくなったこの生活は、まるで陽の差し込まない夜の空であり、恵理子の姿ならたとえ精神が摩耗した時に見る幻影だとしても縋りつきたくなる。
医師によると、傷は縫えても記憶までは手術でどうこうできないようで、いつ記憶を取り戻すかの目処もなく、経過観察が必要なのだとか。
「私を一人にするだなんて、全く勝手な人なんですから……ら……」
体が習慣づいてしまったせいでついあなたの分の夕食までテーブルに出してしまいました。けれどもあなたはそこにいない。
恵理子、必ずや記憶を取り戻してくれるのですか。それともやはり、一生このままなのですか。
「嫌……恐い……早く帰ってきて下さい。もう愚痴なんてしませんから……」
あの時、あなたの気も知らずパートナー面で関係を告白した私のことをひどく気持ち悪がった目で見ていたことが、嫌でも焼き付いてしまっています。
肉体や命が健在であろうとも、記憶がなくなるだけで別人という定義になってしまうということなのですか。
あぁ、さしずめ私は未亡人です。あなたが私にしか向けないあの笑顔が恋しくなってきました。
あんな劣情を隠さない変態的な笑顔ですけど、それでも私だけを愛してくれていることが十二分に伝わる表情。
そうして寂しさを紛らわすために眺め始めたのは、昨日のデートで写真も動画も沢山撮影したスマートフォンのファイル。いや、それ以前のデートも、2人きりの私生活で度々起こったなんてことの無いトラブルまで。
懐かしいですね。私自身は記憶喪失でもないのに、意外とシチュエーションを忘れていた写真までどんどん発掘されてゆきます。
――もし、これを恵理子にも見せていけば少しは思い出せたりするのでしょうか? いや、あまり良い手ではないでしょうね。
自分の知らない自分のことを、あなたを知る私が一方的に語り立てたところでますます困惑するだけ。
だったらどうすれば。
私に出来ることは、今の恵理子へ気遣われずにしてあげられることは――。
「えっと、莉緒さんだったよね。また来てくれたんだ」
翌朝になっても、恵理子が記憶を取り戻す兆しも無し。
まあ元のあなたが帰って来るのが最良なのは揺るぎませんが、まだこうなっている時の想定として。
「さて、あなたは誰なのかなど私には分かりませんね」
「ん? どういうこと?」
「だって、私も記憶喪失ですから」
そう、まるで拗ねているような浅はかさですが、私もあなたとの思い出を忘れていることにしてしまえばいい。
「嘘ぉ? というか嘘だよね」
「はい、嘘です」
「ぷっ! なにそれ真面目な顔で言うこと? なんか笑っちゃった、ありがと」
私にはユーモアセンスなど欠乏しているので、それが逆にこうして笑いに昇華したのでしょうか。いいえ。
「よく聞いて下さい。私はあなたに笑われたかったわけじゃありません」
これは大真面目な発想です。
「ごっこ遊びといいますか、演技といいますか。それでも、私も今のあなたと同じく記憶を喪失して……フラットな状態にならなければ、療養生活のあなたの支えにもなれないと思いまして」
「え? あぁ昨日のあれ? もしかして気にしちゃってたの? ほんとにごめんね」
謝らせたいわけでもありませんよ。今のあなたはなにも悪くない、あなたからすれば私など昨日知り合ったばかりの人。ならば。
「私はあなたと恋人でしたけど……いえ、だったのでしょうけど。恵理子、どうかまっさらな私と友達からやり直してはくれませんか」
「えぇ? そんな告白みたいなイントネーションで友達になる人いる?」
嗚呼、失敗しました。
恵理子という人はこういう時だけ私の感情の変化を目ざとく見抜いてくるためやりにくい。そう胸中で嘆いていたら。
「でも、いいよ。友達から仲良くなろ。私もどうせなら、莉緒とどんなことしてたのか一つずつ思い出していきたいし」
「っ……ありがとうございます」
なんですか、早とちりから生じたただの杞憂でしたか。
ただ、しおらしくなった恵理子も新鮮味があってとても……いえいえ、友達同士なら友達に向けるべき感情だけに抑えなければ。
「記憶喪失ごっこかぁ、最初はなにしよう……莉緒、って呼び捨ては付き合ってた頃からやってたの?」
「ええと、ではまっさらな私も知りたいので最古のメッセージを見てみましょうか」
寝たきりにならなくてはならない恵理子にもスマートフォンが見えやすい角度にしつつ、ファイルの10年前まで遡りました。
「なるほど、どうやら私達は馴れ初めから睦まじいらしいですね」
「……わぁ! やっぱり付き合う前から下の名前だったんだ!」
「やっぱり、ですって?」
「なんかね、莉緒さんよりも莉緒って呼ぶ方が口にしっくりきてたんだ。なんかまるで、生まれた時からそれだけで呼んでたみたいに」
ほう、記憶がなくても言葉は染み付いていると。幸先が良いではないですか。
もしかすれば、その調子でいけば恵理子の記憶のパーツがもっと集まるかもしれませんね。
そうこうして、次の日。
「……おや? これはBreakWorldOnlineなるVRMMOでライブ配信していた時の映像ですか」
「ちょ、私配信者してたの!? 莉緒も!? なにそれすごいワクワクするんだけど!」
まあそれは俄然興味をもちますよね。
ということで、順に再生していきましょう。
「私すごい若くない!? 声もかわいくない!? けど、なんかこの頃から莉緒のこと好きすぎない?」
「ふふっ、昔の恵理子って、好きの気持ちをひたすらひけらかしていたのですね」
「これで付き合う前なんだよね。こんなにはっちゃけていたなんて、恥ずかしいよ前の私……」
客観的な角度から自分を見るだけでこの反応。こちらまで楽しくなってきました。
そしてまた翌日には。
「今日は莉緒の配信も観てみていい?」
「私ですか!? それはあまり……ではなく、一緒に再生してみましょうか」
演技です演技。演じきらなければ記憶喪失ごっこの没入感を冷まさせてしまいます。
正直気が乗らないのですけど、意を決してデビューしたての頃から覗いてみるしかありません。
「ゲームの中の莉緒、これ本人? なんか嵐みたいにすごい荒れすぎてない?」
「記憶喪失以前に記憶から剥がしたい代物ですけど……」
改めて客観的視点から視聴してみると、これをおくびもなく配信出来ていたなんてとんでもない度胸ですね。
そうして毎日のようにアーカイブを追い続け、今日の動画はプチ・エリコと吸血鬼RIOの決戦という2人の違う道が交わる回に移行。
「……ここで、莉緒が私に告白したんだね」
「この時の私の気持ちを想像するならば、最愛のあなたがこの世からいなくなってしまうのかと無我夢中だったのでしょうね」
そう、現在の私と同様に、などとは言ってはいけないお約束ですかね。
「なんか、昔の私が羨ましくなってきちゃった。莉緒からこんなに慕われて、こんなに依存されちゃって」
ううむ、そこで焼きもち焼くのですか。
されど私としては悪い気がしません。
「うん、莉緒がどんな人かだんだん分かってきた気がする」
「ふむ、生憎と記憶がない私なので、解説をお願いてもよろしいでしょうか」
「えっとね、遠くから見るとカッコいいのに、近くから見るとなんだかどこもかしこも傷ついているって感じ」
そういった解釈がありましたか。
けれども近くといっても画面越しのはずですけど。あれ、ということはもしや、抱きしめ合うくらい密着していた当時の記憶が蘇っているのでは。
「完璧そうなのに完璧じゃない。そんな人だって分かったら、確かに彼女にしたくなっちゃうな」
「えっ、本当ですか」
記憶がなくなっても人格が変わったわけではないと、ふふ、孤独感も払拭出来るような気分です。
そんな配信も、今日で最終回。
「待ってたよ莉緒! 早く早く、配信みよみよ!」
今日はやけにテンション高い恵理子。なんとなく不自然さも感じますが、やはり最後にして最大の晴れ舞台となる回にはそれほど期待があったのか。
そう、お揃いのウエディングドレスを着て、永遠の愛を誓うVRMMO結婚式の映像となりました。
「きゃあっ莉緒かわいいよぉ! もしかして、このままみんなの前でちゅうしちゃうのかなぁ、ぐへへへへぇ……あ」
「む?」
涎を垂らすほどのあの笑い方。
というより「あ」ってなんですか、えぇ?
「もしやあなた! 記憶が戻っていたのでは!」
「ミスだから! 記憶復活ごっこと間違えただけだから!」
「この支離滅裂な誤魔化しよう、もう隠しきれませんよ」
「いやいやいや、ほんとついさっき戻ったんだよ!? ついからかいたくなっちゃっただで……」
なんということでしょう、奇跡的な快復だというのに私に対して隠し通そうとしていたとは。
ですけど、これだけは確実に口に出せます。
「本当に……良かったです」
「りお……一人にさせちゃってごめんね」
そうです、孤独感をも読み取ってくれるなんて、その的確で心温まる気遣いが私には感無量です。
「ちゃんと思い出してますよね。あなたから見た私の魅力的なところ、言えますよね」
「全部思い出せてるよ。普段クールだったり誰にも優しいくせに私の前だけツンデレな莉緒も、私のために美味しいごはん炊いてくれる家庭的な莉緒も」
「はい、はい!」
「私のたわわな胸に目がないむっつりスケベな莉緒も、私に構ってほしくなったら猫耳カチューシャ付けるようにさせたガッツリスケベな莉緒も、私にお尻叩かれたらご褒美として喜んじゃうグッショリスケベな莉緒も」
「それは思い出さなくていいですから!!」
まあ、これらを知るのはあなた以外に誰もいませんからね。完全回復を裏付ける証拠としては最有力です。
そして、幾日かした後、恵理子は後遺症も残らず奇跡の退院。
私達は、元の暮らしに戻れたのです。
「ぐへりお〜! 今日は一緒にお風呂入ってイチャイチャ洗いっこしよ! イチャイチャ!」
元通りすぎて若干うざったささえ感じてしまいますが。
けれども、その方があなたらしい。
「ねえ莉緒、制服デートのことなんだけど……」
あなたの要望をのんでこの狭い浴槽に密集しているというのに、バツが悪そうにする恵理子。
あの時、きつく叱りすぎたのでしょうか。ですけど、もう私だって懲りました。
「ふふっ、もちろん次回も楽しみにしてますよ」
「ふぇ? いいの? いつもは愚痴こぼすのに」
「別に」
帰り道の時から手のひら返すようですが、本心です。
あなたと過ごす時間が如何なるものであれどれだけ尊いか、改めて思い知りましたから。
私は恵理子が好き。私と共に歩み、様々な出来事を心に書き綴り共有してくれるあなただけが好き。部分的に嫌いなところもありますが、それでも総合的にあなた以上に好きな人などないことには変わりません。
ただそれでも、あなたが側にいてくれるだけでは、いつ死神が唐突に力ずくで連れ去っていくかも分かりません。
愛さえあればどんな障害も取り除けるだなんて考える方が傲慢なのです。
なのであなたとはこうして見つめ合って過ごして、どんなことでも目一杯噛み締めるようにして、心残りがないよう生きていきたい。
人間には決して避けられないその時が突然訪れても、夢のような時間だったと割り切れるようにするために。
今度こそ終わりです。もう書きません。
何故ならば新作の執筆に集中したいからです(突然の宣伝)
こんな作者でも応援したい方は、個人的な感情で読者様を散々振り回しましたけど……是非とも新作の方にお集まり頂けたら幸いです。
ではまた。




