両新婦は歩む&衝撃のサプライズゲスト
ニコニコできない現在だからこそニッコニコの結婚式を更新したい次第
扉の開かれた先には満月も浮かぶ星空と、灯りに照らされた青く続く絨毯の敷かれしバージンロードが出迎え、深夜の屋外だというのに遠くまで見渡せるほど明るい会場。
そしてその左右からは、一声に湧き上がり溢れ返る希望の声。
「うおおおお! あのエリリオが手繋いで入場してる!」
「結婚おめでとう!」
「知らないかもしれないが、ずっと応援してたぜ!」
「嫁入り衣装どっちも似合ってるゥ!」
「俺達を救ってくれてありがとう!」
「末永くお幸せに!」
満員御礼の喝采を浴びせられました。
そうとも、ここまで私を応援してくれた視聴者様達がご足労かけて、ログインするだけなのですけど集って頂けたのです。
その笑い方や歓声はまるで勇者の凱旋に対してのそれもあり、事実として半分は感謝でありもう半分は祝意、それでいて誰も無闇に席から立ち上がったりもせず全体的なマナーも良好。
これが戦いの成果ですか。やはり大勢から土下座などされるよりも祝われる方が嬉しさは比較にもなりませんね。
『ヒューヒュー!』
『純白のダブルドレス、国宝級ですよこれは』
『はぁぁ……人の幸せは蜜の味〜』
『もう胸焼けしそうなほど糖度高い』
『これも配信してくれるとは、本格的に尊死させに来とる』
『めでたすぎてどう声かけたらいいかわかんねぇ! おめでとうありがとう!』
続きまして、カメラにはこの配信に集まってくれた方々。こちらは文字で伝える分、無遠慮さが一段と強い気がしますがこれはこれで平常運転です。
一目しただけでは分かりにくいですが、この会場にいる人よりも何十何百倍もの人数が観ているといっても過言ではないのかもしれません。
これが配信の成果ですか。ここまで見限らず着いてきたファンの方は、私にとって金銀財宝の値打ちに比肩する人達です。
「みんなどうも! 今日は好きなだけ撮っていってね!」
エリコもファンサービス旺盛で、通りすがる方一人一人に腕を振りながら笑顔で返しています。
流石にエリコも長期間配信を続けていたために手慣れていて、アイドル方面にも実力がついていますね。おっと、私にもファンサービスするのですか。
「ほらRIOもスマイルスマイル、もっとにっこりして、まず顔から楽しまなきゃ」
「えぇ、これでも笑顔のつもりなのですが……ふふ」
「あれ、凄いかわいい笑顔できてるじゃん」
それもそうです、歯を見せてにこやかになった表情に釣られて笑顔になってしまいますって。にらめっこは私の完敗ですね。
そうして進行する、あなたとの結婚式イベント。
この大量の歓喜も、かつて私の諦めかけていた恋愛が皆様からも認められた証のようで、始まったばかりなのにもう様々な感情がいっぱいいっぱいで、エスコートされなければ感極まって棒立ちになりかねないほどでした。そういう意味でも二人で行う儀式なのですね。
「エリコ、私……感激です」
「そのセリフまだ早いって。ねっ、ゆっくりじっくり見せつけよ、私達が一番仲良しとこ!」
そうでしたね、こういったものは慣れないものでして気が早かったみたいです。親族の挙式なども今まで無かったものでしたから。
時間はいくらでも確保しています。この祝福される時間はより長く堪能するべきです。
尤も、この衣装での歩行が思っていたよりも難儀していたのもありますが。
このウエディングドレス、下半分はこれでもかとパニエで敷き詰められているために、ゆっくり歩かなければ思わず踏んで転んで恥をかいてしまいやすい。
そのおかげで、一歩一歩を丁寧に進められるというもの。嬉しさのあまりスキップなどとは以ての外。よく考えられた設計なのですね。
こうして私がエリコの手を握る力も解されてゆくほど歩いた時、気づけば左右は関係者席へ。
「おお、皆さんお揃いでしたか!」
それぞれに視線を移してみれば、数名ほど私の見知った方が拍手を送っていました。
「あれ……俺、なんで涙が出てんだ。RIO様にゃあっちこっちロクなとこ連れ回されてねぇはずなのに……」
力ずくにしては破茶滅茶な経緯で屈服させ、時に私の副官として眷属達を取り仕切っていたボスさんは、厳しい顔つきに似合わず男心からくる汁を見開いた両目からこぼしていました。
この街に受け入れて頂いた後、どうやら因縁のライバルであるタイガーアイファミリーのボスもここに落ち延びていたと判明していたために一触即発の事態となっていましたが、どちらも争える体でもメンバーもなく、状況も状況であり、両者共廃業を宣言。
和解には易々と至らないまでも、こうして隣同士の席に座れるまでには氷解したそうです。
「お姉さん綺麗! 人間のお姫様みたい! えっとええっと……好きな人と結婚できてよかったね!」
続いて、今にも獣に襲われそうな危機に気まぐれで拾いながらも、時にやつれた私の心の支えにもなってくれたエルマさんが、私達に届くよう精一杯の大声で祝辞を送っていました。
同意もあったとはいえその場しのぎで吸血鬼にしてしまいましたが、どうやらあれから人間以外の血でも美味しく啜れるように改善。それから昼夜逆転した程度で不足なく暮らせていけるそうです。
甘えた盛りの時期に両親を喪ったことはどうしようもありませんが、この街の優しい人達からその悲しみに少しでも和らげて貰いつつ成長して欲しいと願っています。
「うわあぁん! えりねぇのバカタレー! ウチの愛しのりおねぇをキズモノにすんなー! 爆発しろー!」
一体どこの誰かと思いましたが、その賑やかな恨み節はエリコの妹である吉子さんでしたか。
この日のためにわざわざアカウントを作成して列席するとは小耳に挟んでおり、姉思いなのだと感心していたのにむしろ私への横恋慕を諦めきれないだけだったとは、幼さと裏腹な口の過ぎたアプローチには苦笑してしまいます。
あんな姉の背中を見ていれば、ませて育って当然でしょう。
とりあえず私達の元へ乱入したりなどは無さそうなので胸を撫で下ろしました。
そして関係者席の最前列に差しかかったのですが。
「……やはり来ていませんか」
四人分の空席を眺め、呟きがこぼれてしまいました。
パニラさん達のために用意した特等席。そのはずでしたが、とうとうここに至っても姿を現しませんでした。
電話番号や連絡先といった個人情報なども検索しなかったので招待状など出しようがなく、せいぜい告知して募るのを待つしかない。もしかすれば見向きもされなかった可能性もあります。
ですがこれはパニラさん達三人の意思を知る者として喜ぶべきことかもしれません。
復讐を終え、恨みから解き放たれ、未練など完全になくなったとのメッセージ。あと一人を考察するならば、まあ気が乗らなかったということにしておきましょう。
それに、もしかすれば配信者席から私達の姿を見届けているかもしれませんからね。
「RIO見て! あれ!」
エリコも感傷に浸っているかと思えば、やや離れたテーブルに控えられている六段も積み上げられたウエディングケーキを指さしていました。って結局食べ物に行き着くのですか。
同時に誰かさんの腹の虫が鳴ったようです。
「甘い物好きの花嫁さん、私だけでなくそこのケーキにも興味津々なのですか?」
「えへへ、だってあんなに大きなケーキ食べたことないんだもん」
全くあなたという人は……そこは何も返事をしない食べ物に対してではなく、花嫁さんをときめかせる気の利いた一言が欲しかったのですけど。
とはいえ私も別方面から興味があるので、おあいこということにしてあげましょう。
確かそのケーキは、披露宴の際にエリコと二人でナイフを持って入刀する流れもありましたね。単騎で敵を斬り捨ててばかりの私でしたが、エリコとならば息を合わせて振り下ろせる自信は大いにあります。
『来たきたキタン! ついに聖壇パートですわ!』
『ついこの前告白したばかりのようなあの二人が……感慨深い』
『お集まりの野郎共! こっからは目ン玉かっぽじってよく見てきやがれ!』
『↑かっぽじったら見えなくなる定期』
さて、この結婚式に正念場があるとするならばここから。
エリコと歩調を合わせつつ、壇上への階段を登りました。
「待っていたわ。はい、これが台紙よ」
ここでもセラフィーさんが担当してましたか。つくづく万能な方です。
この手渡された一枚の台紙には、私とエリコで事前にアレンジした誓いの言葉が書かれており、それぞれどこを読み上げるかの担当も割り振られてあります。
では、決められた通りエリコから先にさせて頂きましょう。
「私プチ・エリコは、RIOを妻とし」
その次は、私が読み上げる番です。
「私RIOは、プチ・エリコを妻とし」
続きはエリコに戻ります。さあ、ここからは一息に参りましょう。
「健やかなる時も」
「病める時も」
「共に信じ合って」
「共に困難を乗り越え」
「外でも家でもいっぱいデートして」
「たくさんイチャイチャラブラブキャッキャぐへへ……っ、して!」
「ぐへぇ。悲しみを慰め合い」
「喜びを分かち合い」
「妻として永遠に愛することを」
「妻として永遠に愛することを」
「誓います」
「誓います」
あぁ、永遠の愛を誓ってしまいました。達成感が尋常ではありません。
しかもエリコも私のために誓ってくれるだなんて、まるで世界の全てといった感じがしました。
ただでさえリハーサルの時点で言葉だけでも照れてしまっていたというのに、そこに本心も加わるとなるとより一層顔が熱くなり、途中エリコ脚本による小っ恥ずかしいセリフまで言わされたせいで別の熱が注がれましたが、この想いを皆様の前で示せたでしょうか。
あなたのその言葉も儀礼的なものか、本心なのか、今問うのは無粋でしたね。婚儀はまだまだこれからです。
「よろしい。では、指輪の交換に移ります」
「はい」
一旦ブーケをセラフィーさんに預けてお互い向き合い、私の左手はエリコの右手に重ねられました。
「私とRIOの指って、同じ大きさだよね」
「そんな素知らぬ顔して……暇さえあれば手を握っていたでしょう。しかし同じ大きさだなんて、私達らしいですけど」
「うんうん、体も目線もおんなじ。でも心の中も一緒だからね」
ただ交換するだけなのに、自然と笑顔が溢れてしまいました。
常識となっている位置かもしれませんが、お互いの左手の薬指に嵌めてある銀色に煌めく結婚指輪、それを取り外しました。
いつかこのような指輪を片時も身に着けて暮らす日が訪れるのでしょうか。まるで未来の全てといった感じですね。
エリコからその指輪を受け取り、その細くしなやかな薬指の付け根に、嵌めました。
『ここまで本当の結婚式のようなガチ感よ』
『指輪の交換をした後は……』
『ドキドキドキ……』
『アレ……やるのか……』
『壇上での尊いイベントスチルは3弾あったはず。つまりトリの3つめは……』
こうしてエリコのエスコートのおかげもあってここまで順調に進み、次は……何が始まるのでしたっけ。つい多幸感で記憶が飛びそうになってしまいまして、しかし次もまた参列した方々を待たせない振る舞いをしてみせましょう。
「それでは、誓いの口づけを!」
「えっ!?」
このクライマックス、セラフィーさんの宣言もこれまでで最も張りがあって驚いてしまいました。
そんなこと以上に、く、口づけもお披露目するのでしたよね。本当に、やるのですか。急な緊張で手の汗や口内の唾液がどっと冠水してきている状態なのに、いけませんって。
会場もどよめき立っています。いくら結婚式を体験するイベントの延長線でしかないのに、そこまでしてしまうものでしたか。
あなたと口づけ、心の準備を疎かにしてました。重度の動揺のあまり心臓の鼓動が耳にまで聞こえそうなほど限界ですよ。
お願いですエリコ、これもエスコートして下さい。
「えへへぇ、こんなにたくさん見られてるのにしちゃうんだ……どうしよう……」
あなたまで固まってしまえばどう収拾つけるのですかっ。
セラフィーさんもこの締まりの悪い状況を見かねてる表情になってます。こうなれば、小声でいいのでまた助言を頂けませんか。
「口づけはフリだけでもいいのよ……最悪無しってことにも出来るし」
「RIOと私に最悪なんてないよ! RIOっ、やるよ!」
セラフィーさんはあなたを煽った意味はないと思うのですが。
そうこうしている間に、口紅で染められた薔薇色の唇が触れ合うまで秒読みとなりました。どうしてあなたはいざとなった時の行動力がずば抜けているのですか。
とにかく何事も冷静さが肝要であるはず。来賓の方々からの囃し立てる声に耳を澄ませて、ほんの少しでも意識を落ち着かせましょう。
「オラオラ! さっさとちゅっちゅしちゃえ!」
「止まるなー! 進めぇー!」
「いっつもやってるみたいにガバっとしろ!」
「あんたは二人の何を知ってるんだ!」
「よし今だ、やれ!」
「うわああぁ!」
「たすけてくれぇ!」
む、声の後半にまるで悲鳴のような声が耳に入りました。
恐らく最後尾周辺の席からです。それにこのただならぬ気配は、何度も降り掛かったおかげで身に覚えがありますが。
「二人とも、伏せて!!」
「わわわっ!!」
未遂のところでいきなりセラフィーさんが私達の前に躍り出て、何か飛んできた物体に体を張って軌道を逸らせました。
「えっ、これ槍!? セラフィーさんこんなハラハラのサプライズ手配してたの!?」
「するわけがないわ! 一体誰が暴れているのよ!」
誰も知らないとなると困惑の極致です。
この投槍、もし伏せていなければ今頃エリコの頭を貫通していたほどの殺意と威力。未然に防げたのは幸いでしたが、おイタにしては剣呑すぎますよこれは。
とにかく状況の把握が先決、あちらでは何の騒ぎが起こっているのですか。
「そら逃げ惑え! 恐れよ! 絶望しろ! そして最後に滅亡しやがれ!」
「正義に繁栄あれ! 悪党に災いあれ!」
「虐げられし者達をあの世へ追いやった奴等め、正義の怒りを思い知れ!」
「悪人を祝福する奴も悪人だ! つまりここらにいる人間を全員ぶっ飛ばしても悪人退治になるってことだ!」
「ゲス元帥とシンキングが消えるまで雌伏のログアウトしといて正解だったなぁ、リーダーさんよぉ」
正義、悪人、これだけ口々に吐いていれば破壊と殺戮の限りを尽くしている相手の正体が掴めます。
しかもよりにもよって私達の幸せを唇に封じるべきタイミングで……会場全体の注目が私達に集中するタイミングで現れるだなんて、計画性まで完備なのですか。
その下劣な敵集団の中でも、赤いマントと黄土色のスーツを着用し、席の上で腰に手を当てるポーズを決めている男がリーダー格、実際そう仲間から呼ばれていたため断定していいはずです。
「我はSランク8位・トゥルージャスティス。真の正義を語る者! 今より我々がこの街の悪を掃除し、新たなる冒険者ギルド発祥の地としてくれよう。フハハハハ!」
冒険者、いや、ギルドはとっくに滅んでいるのでこいつらはただの残党。呼称するならば賊の軍、より悪辣に命名するならテロリスト。
「あいつら! よくもっ!!」
「大切な思い出が作れそうだったのに! それをめちゃくちゃにする気なの!!」
何人かは落ち延びているとは承知してましたが、まさかこれほどの人数が統率され、この結婚式場の席に紛れ込んでいただなんて!




