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終わりが続く

 多くの人からの憎しみを買い、多くの人をこの世界の外に追いやった独裁者。その張本人のとった行動とは思えないほど不格好な姿がそこにありました。


『おっ、クビ斬れるじゃーん?』

『早まるな。第一こいつのDOGEZAを鵜呑みにできるか?』

『わざと殺させるように猫かぶってるかもしれんぞ。カウンターで始末されたりダイナマイトが作動しなくなるだのすれば最悪や』

『やっべえそうだった。答えは保留にせざるを得ないのか』

『許すなんざ言語道断! でも迂闊にそう答えてもそれはそれで危しいか』

『ほんとはっきりしねぇなこのゲス』


 嗚呼、また私の予想を上回ってくるのですか。


 こんな小物なら手の内くらい見透かせると思いましたが、不覚にも混迷を極めることになろうとは。この人の腹の底はどんな策略が渦巻いているのか、正常な頭では読めません。


(なにこいつ、今日初めて会ったけどRIO様は戦ったんだよね)

「ええ、ですがあの時とは態度が違いすぎます。これほどまで潔く敗北を受け入れられるような人間ではありません」

(こりゃやばいか、絶対にやばいこと企んでいるムーブだ)


 勝敗を決められるパニラさんも、完全に牽制されてしまいました。

 敗北を覆すためなら過剰なほど大胆になれるように、勝利が覆されるかもしれないとなれば過剰なほど慎重にならざるを得ません。


「おいっお前らなんで頭を下げない! 降伏するんだぞ! プライドなんか捨てて早く謝るんだ!」


「ホワッツ元帥さん!? そういうドッキリですよね!? いや、マジで? ネタバラシとかなし……?」

「そ、そうだったハハ……俺も元帥さんと一緒に降伏するためにここに来たんでしたぁ」

「ひいっ! 俺が悪かったです!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 何億回でも謝りますから許して下さぁい!」

「私なんて神ではなくゴミです! RIO様こそが慕うべき神ですぅ!」

「素晴らしい! ワタクシは今、頭を下げることに感動している! ここだけの話、パニラ様の復讐譚を陰ながら応援していたファンなのですよ」


 後ろの冒険者達も6位をならって続々と土下座を始め、5位をならって各々の武器や防具を装備から外し、口でこそ媚びたりへりくだる者から号泣する者まで十人十色でしたが、姿勢格好は無個性に統一されました。


 なんといいますか、このさき一生目にする機会などなさそうな圧巻の眺めです。


 ですけど、ますます意図が読めなくなりました。

 ただ本気で反省したがっていたり、自分以外を混乱させるための行動ではないでしょう。特に軽々しく無防備になるところが怪しさ満載です。


「罠など看破したことがあれば共有して下さい、パニラさん」

(こっちが聞きたいんですがそれは)


 パニラさんの智でも、私と同じようにめぼしい情報を得られてはいないですか。

 それでいてその手にある拳銃を寝られない元帥の頸に向けているので、相手のペースに呑まれてはいないようですが、やはりまだ探りが必要なのでしょう。


 スフィンクスに問いを投げかけられているかのように、解答ミス一つで下準備が無に帰しかねないこの状況、最適解が導き出せません。

 とはいえいくらじっと観察しても、一切を導き出せないままの膠着状態なのも確か。相手の狙いが時間稼ぎだとしたらそれもまた不味い。


 少なくともジョウナさんはここに来ていないのでその気になれば強制勝利に舵を切れることに変わりありません。

 流石に今頃ワープする暇もなく始末されたなどは無いでしょう。血匂反応からも忠実にフロアを監視しているようですし、ましてや爆破を優先して軽々しくジョウナさんを犠牲にするなど気が引けます。


「今のところ急を告げる事態はなしと、本当に何を企んでいるのですかこの人は……」


「企むなど滅相もございません! 僕は改心したのです! 我々冒険者が正義を独占しようなどという大それた野望こそが悪でした! もちろんタダで許されようだなどという厚かましさは持ち得ておりません」


 そう6位は一旦頭を空に向け、すぐさまその額を地面に思いきりぶつけ。


「つきましては、あなた方をこの世界の神とし、あなた方の望みを僕達の望みとすることを誓い、()()()()()()()()()()()()()()を提供するため、それこそ償いのために生きてゆく所存でございます!」


「……あぁ?」


 この人まさか、本気でそう言っているわけではないですよね。


 だとしたらこの人、何一つ理解していないじゃないですか。


 だってパニラさんは正義になりたいからあなたと敵対しているではなく、ただ恨みを晴らしたいからこうなっているわけです。しかも復讐を終えた後は悪名を抱いたまま去ることも承知の上で。ケジメのつけ方まで心得て今日を臨んでいるのです。


 この世界に生きる人達にも解釈違いに当たります。たとえばエルマさんだって正義になりたいなどではなく、最低限死ぬことがない平和な暮らし以上は望んでいないでしょう。


 なのにこの人は、いくら詫びようと未だに正義とやらに執着するのですか。

 パニラさんにその忌まわしき単語を押し付けることが最大の侮辱に値すると自分で気づかないなんて、だから生かしておくだけ害しか産まないのです。


「正義ならば最後まで正義でありなさい、悪ならば最後まで悪でありなさい。毎度毎度、都合のいいように言葉と行動を矛盾させているから、最終的に自業自得になっているのでしょうが」


「よ、よし分かった! それなら僕のこの身はどうなったって構わない。だが、僕より後ろにいる冒険者達は許してくれないだろうか? みんな悪気があったんじゃなく、ただ純粋すぎただけで本当は気の良いやつばかりなんだ。すぐには無理でも、きっと必ず分かり合えるさ……」


 さも自己犠牲精神みたいな男気らしきものを示しているような口振りですが、あなた自分が譲歩出来る立場だと思い込んでいるのですか。

 そもそも私達は誰も交渉の席に座った覚えなどないのですが、そこのとこの立場すら勘違いしているとはどこまでご都合理解力なのですか。


 その時でした。


「ちょっと待てよ! 元帥さんは謝ってるだろうが!」


 最後尾付近にいた名も知らぬ冒険者が勢いよく立ち上がりました。


 なんでしょうこの人、謝ってるから何だというのでしょうか。助かりたくて敵に尻尾を振る行為を自ら捨て去るとは、別格のプライドの高さに由来する別格の空気の読めなさでしょう。


 と、真っ先に始末する相手を指定しようとしたら、どうやらこの人だけではなかったようです。


「そいつの言う通りだ! 土下座までして誠意を表している元帥さんに対して、許すって答えをいつまでも引き伸ばすなんてあんまりだろ!」


「まさかあんたら、土下座の意味と重みを知らずに生きてきたわけじゃないだろうなぁ?」


「それ以前に、こいつらに礼儀という概念があるかも疑わしいもんだぜ」


 そこからは二人目、三人目、四人目と立ち上がりの連鎖がじわじわと起こりました。


 いやこの状況でしびれをきらしますか普通。


 そもそも土下座する方は自分のプライドなどで悔しいし屈辱感じるでしょうが、される方はどうしろというのですか。

 というよりこいつの場合、どうせ土下座というものを無料で誰でも出来るコスパ完璧な謝罪方法にしか思ってない癖に、だからこの行為を誠意ではなく命乞いとしか思えないのです。


 そして、そんな私の見解など知ったことかとばかりに、ここに裁かれるべき者達による身勝手なうめきが巻き散らされていました。


「てめぇいい加減にしやがれ! 大人に頭下げさせたからって調子に乗りやがってよ!」

「ほんっとうにこのクソガキ共は罪悪感だか良心が壊れてるよな!」

「気に食わねぇ態度の奴が一人でもいるならともかく、心から土下座してるのは俺ら全員もなんだぞ!」

「そうだ薄情者め! 赦すことも大切だって親から教わんなかったのかよ!」

「元帥さんだって悪気は無かったって、ここまで見せつければとっくに分かってるはずだろうが!」

「自分自身を生贄にしてまで、俺達だけじゃなく敵のお前らも思いやる心を示してくれた元帥さんに対して、よくもよくも!」

「生まれつき寝たきりの入院生活で、そのせいで親からふるわれる暴力に抵抗できない毎日で、何から何まで制限されて正義になることさえ許されなかった元帥さんの不幸な人生を考えたことはあるか!」

「俺は限界だ! 弱くて可哀想な人ばかりターゲットにするイジメっ子グループに、下げる頭なんか持っちゃいねぇ!」

「ボケっとするなエリコ! また冒険者に戻りたいなら、そこにいるそいつらをぶっ殺せ!!」


 とうとう土下座する冒険者が殆どいなくなりました。


 統率力が皆無な冒険者達なら短い内にそうなるだろうとは思っていましたが、 たとえ僅かな綻びからでも、堤防が全壊するまではあっという間なのですね。


 嗚呼、これでしっかりと伝わりましたよ。


 寝られない元帥のあり得ない行動の裏には、こうして仲間を焚き付ける目的があったとは。


 加害者の顔と被害者の顔を巧みに使い分けながら、思い通りになるまで悪しざまに糾弾し、同調圧力で屈伏させる。何番煎じかのやり口。


 棚上げするにも程があるでしょうが。


 ジョウナさんとかならまだ幾許かマシです、「それっぽい」ですから。しかしこいつらは外道かますくせに善者ぶっているため怖気が走る。

 1位の思考ではないですが、彼らは人間ではなく虫に近い精神性と例えるのが適切なのでしょうか。


 笑うしかないほどに、なかなか良い仲間に恵まれましたね。


「申し訳ございません……どうか……申し訳ございません……」


 この6位だけはポーズこそ頑なまでに維持していますが、どうせ謝罪のために頭を上げないのではなく、抑えきれないほど嘲笑っている表情を隠したいがために地面にキスしているまでなのでしょうねこの下衆は。


「ぐべあぁっ!」

「こっこいつ! 元帥さんを蹴りやがったああっ!!」


 おっとっと、こいつの嘲笑う表情をちょっと想像しただけでつい無意識の内に顔面へ足が出てしまいました。

 失敗ですね。顎や鼻の骨までシェイクされた土砂崩れの顔面では、表情の識別がとれません。失敗、仕方のない失敗。


「ぐほおっ! ぐほおっ! ぐほおっ! ちょっ、やめぐほおっ!」


 どうせ取り返せない失敗ならば、もっと顔面崩壊させなければ損ですよね。


「ふふふっ、ああ楽しい、多少はスッキリする失敗となりました」


「これ以上あいつの自由にさせるな! 俺達が元帥さんを助けるんだああっ!」


 武装放棄とは口ばかりだったようで、即座に各々の武器を持って吶喊する冒険者陣営。


 ですけど、ここまででいいでしょう。もうこの程度の策略しか弄せないと暴けて安心しました。


 そのような暴力やプロパガンダでどうこうなる段階は、今や昔となっているのですから。


 と、その前に一つ、私の後ろに二人組の姿が現れていました。


「一分経過だぞチビスケ。全国のお茶の間もそっとチャンネル変える茶番劇、とっとと爆発オチで強引にシメないかい?」


 グランドマスターと共にジョウナさんが冒険者ギルド終了のお知らせに参って来たのですね。これで気遣うべきものがゼロとなりました。


(うん、やるよ)


 阿吽の呼吸のようにパニラさんは端的に答えた瞬間、突如として背後からけたたましい爆発音が鳴り、少し遅れて海を真っ二つに割ったような地鳴りが一面に響きました。


 設置したダイナマイトが予定通り全て起爆し、うず高く積み上がった摩天楼が瓦礫と土煙に変わる。ですがわざわざ振り向いて確認するまでもありません。


「うわあああっ!! 冒険者ギルド本部がああっ!!」


 この冒険者達の反応を見れば、振り返らなくとも一目瞭然です。


 全冒険者の目線が後ろで起こっている事態に集まっていますが、私達が注意深く見るべきは冒険者達の方。といってももうその必要もなくなりましたが。


「さて、物は片付きました。次は人を片付けてはいかがですか?」


(跡形もなく片付けましょう)


 パッとシャツを脱ぎ捨てたパニラさんの腹部には、手術で体内に埋め込まれた一つのモノ。

 心做しか薔薇みたいな形に見えるそれは、以前奥の手と紹介したほどには凶悪な超小型最終兵器なのでしたね。


 使用者が人間爆弾となるのはもちろん、ここで使えば恐らく私達も巻き込まれるのでしょうが、幽閉界に送られるのは前にいる集団だけなのでこちらだけセーフティのお墨付き。


「やめろおおおっ! ぼうやべでぐだざいいっ! そっちだって、十分満足してるでしょう!! これからは復讐心ではなく、公明正大に利益で物事を判断するべきだと思うのですよ! そのための労働力となる決意は固めております! 必ずやお役に立ってみせましょう。あなた方を批難するような輩は僕が黙らせましょう。あなた方から奴隷階級に堕ちろと言われれば忠実な奴隷になりましょう。確かにこれまであなた方の信用を裏切ってばかりでしたが、今度ばかりは心から信じて下さい! ええ絶対に裏切ったりしませんとも! 本当にお願いします……だって僕らは、このかけがえのない世界にしか居場所がない社会のはみ出し者ばかりなんです! ですからあと一回でも死ねば人生おしまいなんですよ! 僕らを助けられるのはあなたの寛大な心しかない! 人様に迷惑かけてばかりな僕達でしたが、それでもどうしても、どれだけ惨めだとしても生きてさえいられればそれ以上は望みませんからぁ」


 死期を悟り、顔から色々な汁を吹き出しながらパニラさんの足にしがみついて必死に嘆願する、人としての序列最下位であるペテン師。


 魅力の感じられないメリットの提示に加え、言うに事欠いた挙げ句による語るも涙の身の上話に対して、パニラさんの返答やいかに。


(お前らの頼みは聞かない。お前らが頼みを聞き届けなかった分だけ、わたしはお前らを許さない)


 これはあまりにも簡単に予想のつける因果でしたね。


 カチッ、という無機質な音を皮切りに、私の視えていた世界は太陽でも落ちた後のようにホワイトアウトしました。


「つくづく腹立たせるだけの相手じゃったのう」


「ま、雑魚にしては引っ掻き回せた方だね」


「言っとくけど、私はまだ一人も許すつもりないから」


「では極悪人の皆様、新たな世界でごゆっくり」


 冒険者は爆発から逃げたかったのか体を振り向かせましたが、所詮それまで。影さえ閃光に飲み込まれました。


 私が最後に感じられたものは、体が量子分解されふわっと飛び立つような浮遊感ともう一つ。


「「「ぎゃああああああああああ!!」」」


 世界を救ったかつての英雄達による、とてもシンプルな断末魔の悲鳴でした。



―――――――――――――――


 冒険者ギルドが滅亡したため、RIOの懸賞金は解除されました


―――――――――――――――



 この日、一つの勧善懲悪物語は、悪の勝利による完結を迎えました。

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[一言] 焼き土下座は生まれるべくして生まれた人類の(負の)知恵だったんだなぁとしみじみ。 やっと!スッキリした! ………だよ、ね?
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