シンキングタイム! その2
はたしてこれはタイトル回収というのだろうか
(寝られない元帥を地獄に突き落としたいのはこっちこそ共通しているね)
インスタンス麺ものびるほど冗長な1位の説法に、最初にパニラが文字を出して答えた。
「うむ、では作戦の全容を」
(でもお前だって共犯なんだよ! あのクズみたいに虫のいいことばっかり考えてんじゃねぇよ!)
そこには怒鳴り声が幻聴しそうな激しさを露にし、ホワイトボードを腹立ち紛れに地面に投げ捨てた。
表面を上にして倒れたその板には「ぶっ殺すぞクソ野郎」との文字が殴り書きされている。
「まさかとは思うが、俺に対して言いたいつもりなのか」
「っ……っ……!」
当たり前だと言えるものなら言いたいが、意思疎通の手段は手から離れている。口からは出せても咳くらいだ。
目の前にいる冒険者のせいで本来誰しもが使いこなせる会話も使えなくなっている不自由がより火に油を注ぎ、ますます睥睨の形相を強くする。
実際、声が出せるのならばこの1位に対して抗議したいものはあと何十倍、何百倍もあるのだろう。
だがそのために使いたかった機能回復用ポーションは、一つ残らずエリコに飲ませてしまった。
その恩義を、エリコは無かったことにしてはいない。
「復讐を誰の為にもならないって何さ! そういうの無責任って言うんだよ! パニラさんのことなんにも分かってないくせに、頭ごなしに決めつけないで!」
「君までか。何故そこの小さい者に呼応してまで復讐に酔おうとするのだ」
1位にとっては疑いようもなく同調する前提の勧誘であったがために、不愉快さが徐々にその顔に浮き彫りになってゆく。
もっともパニラ達にとっても天地がひっくり返ろうとも拒否しか突きつけようのない要求であるため、次第に反発心が高まってゆく。
「貴様こそが絶対悪じゃ! パニラのダチはな、皆そなたのような冒険者の弾圧でこの世界を去った! 戻って来れた者など一人もおらんのじゃ! また別のダチを作る度にこの世界へ帰らぬ人とされておるのじゃぞ! どうせそなただって何人も犠牲にしたのじゃろうが! 今更助かりたくてそれらを過ぎたことにしようだなぞ、どれだけ自惚れとるんじゃこのアホたわけ! もうわらわも限界じゃ! 贅沢な死に方出来ると思うな!」
盾で床を割り、不動の護身とするための礎を築き上げる。
破綻まみれの演説に一人も耳を貸さず、徹底抗戦の陣形が整った。三人は否定の心を燃やして待ち受ける。
「ああ、そうか」
これを聞いた1位から激昂が飛び出してくると三人とも予想していたものの、その反応は周囲が凍りつくように冷えきっていた。
「盲目の人間に空の青さを伝えられないように、人生で一度も努力をしたことが無い君たちを引き入れようとした俺が間違いだったか」
そう落胆の色を露骨にした一位。さも自責思考のような言い分で、感性の合わないだけの相手へレッテルを貼り付けるお手本のような他責思考でなすりつける。
だが次の瞬間、三人は盛大に曲解されたことも些事になるほどの事態が起こる。
「あれ! あの武器って!」
1位の手に握られし剣が、忙しない機械音を立てながら破片となって浮かんでゆく。
剣の柄だけは分解されなかったが、暫くしない内に、それらは柄を軸にして一斉に再度結合。
すると、斜めに構えてやっと身の丈ほどの大きさに納まるほどの大鎌の形へと変化したのだ。
三人にはまるで既視感のある武器変形であった。
「ならばまず、君達の身を以て努力とは何たるかを実演するしかあるまいな」
そう1位は、正しき意見に耳を傾けない不埒者を刎ねるための処刑器具を、脆弱な反抗者達へと向けた。
「くっ、来る!!」
彼女達は、思い出した。
1位は復讐相手であると同時に、冒険者の頂点を謳われるほどの雲の上の人なのだと。
真の王には血統やカリスマ性など不要だと言わんばかりの圧倒的暴力性ただ一点が、各々の抱いてる思いをかき消しながら誇示させている。
まさに、逆らう国民は無慈悲に無礼討ちしかねない高慢さを体現する、絶対の支配者たらんとする一代の王なのだと。そういったロールプレイなのだとしたら名役者だ。
これも彼の力説する努力によって象られた実像なのだろうか。
それと対峙しなければならないエリコ達は、自分がいかに一般人であったかを認識してしまっている。嘘でも従う振りをすれば少しは出し抜けたと後悔が思い浮かんでしまう。
「防御が途絶えれば恨んでもよい。わらわが恨むべきはあやつじゃからな」
メーヤの頭には、彼を表すある評論が過っていた。
1位は、とどめを刺せる時にしか動かないと。
悪く言えばハイエナのようだという比喩ではあったが、それは時として死に損なった獲物へあったかもしれない希望もろとも介錯する死神ともなる。
彼の本質が本当にその通りだとすれば、ここにいる三人とも瞬く間にとどめを刺せるほど弱りきっているのだと、悟っていた。
パニラも鬼気迫る形相で睥睨し続けるが、そうでもしなければ優位性が保たれないのだろう。
ただでさえ自分の開拓した技術が盗まれ、こんな使い手に恩恵を享受させている事実もまた、内心動揺を広がらせている。
あまりにも冷酷で鋭く尖った、言うならば脊髄を貫いて人を殺せるツララのような視線が悠々と迫る。
「お願い、早く来て……RIO……」
RIOに頼らない決意を定めても尚、エリコはそう弱音を吐いて祈ってしまう。
それほどまでに1位の威容は、どんな覚悟をも砕いてしまうのだ。
敵としての面識しかない人間からすればそう戦々恐々となるだろう。とはいえこの面々には明らかに一般から逸脱している者もいる。
敵としてだけでなく同業者としての顔と長らく面識があり、一時期はこの王の序列を凌いだことのある人物が、横合いからひょっこり顔を出してきた。
「おーい、ちょっと待ってよズッコケ雑ッ魚ケ三人衆。このカチカチ頭にカチンと効く言葉は、そんな手垢の付きまくった反論じゃあないさ」
「生きてたの! しぶとすぎるって……」
まだ及び腰となっているエリコの肩に手を置いて制止する。
期待に応えブリキ兵を単独で切り抜けられた、というより不可思議にもいきなり全隊消滅したために不戦勝で終わったらしいのだが、それでもその破れた衣装の膝や脇腹からは銃痕が痛ましく覗かせていると、大分消耗させられた様子が見て取れる。
ともかくして、自分が目指す理想の世界の住人にふさわしくない者に対し1位の矛先が切り替わる。
「死に際を弁えろジョウナ! まさかまだ俺よりも強いつもりでいるか! お前がかつて序列1位の座につけたのは努力でも何でもなく、ただその時運に恵まれただけに過ぎん!」
「ああそうだけど? ボクがこぉんなに強くなったのは運と才能の半々ありきってね。でもおかしいなぁ、努力なんて面倒くさいことしなくても運だけでトップランカーに成り上がれるって認めてるように聞こえる気がするんだけどなぁ〜」
軽薄な語調に反し、その舌先は矛盾点を鋭く穿つ。指摘点は開き直り、そっくり反論の武器として奪う。手慣れた作法だ。
だがジョウナは自分で格好つけてる通り謙虚らしいため、1位を言い負かすがために理屈では運と才能とは言うものの、陰ではレベリングという名の努力も四六時中怠らなかったほど。どのみち強くなるためにはレベリングや時の運あるのみだが。
上等な切り口に1位はぐうの音が漏れるが、レスポンスバトル勝利への基本、二の句をねじ込む暇を与えない怒涛の追撃が始まる。
「それにそこまで運で決まるのが嫌ならVRMMOなんかしてないで将棋かチェスでも極めてりゃいいじゃん。そのゲームに努力しまくれば一生遊んで暮らせるほど稼ぐのだって夢じゃないのに、なんでやんないの? その発想も思いつかないくらいアホなのかな?」
「その程度で俺をおちょくるつもりか! 道化にしかならん雌豚め!」
鋼の仏頂面が熱で形を変える。右眉もピクピクと痙攣している。間違いなく1位の怒りのツボは刺激されている狙い通りの反応だ。
「いいねいいねぇ! 豚ちゃんはペットにしたいくらい好きな動物だからさぁ! でもボクが豚ならキミは豚のエサさ。ボクにむしゃむしゃ食われた挙げ句ケツからひり出される実質道端のクソがキミのくっさい正体さぁアッハッハァ!!」
豪快な嘲笑。しかも下品な罵倒まで手札に備え付けてあるのだからさながら無敵状態である。
度重なる戦闘でジョウナの積もったダメージでは1位と正面から戦えば形勢不利なため煽るしかなかったが、そんな弱みを想起させないほど大胆不敵に煽り立てる。
これにはエリコ達も、ぽかんと口を開けて瞠目している。
「コイツめ……!」
「ざぁ〜こざぁ〜こ雑魚キング〜♡ ゴミ山・ロジハラ・くそキングゥ〜♡ 女の子相手にセクハラ発言みたいなボロ出さないように、今から喋らないでもらってもいいですかぁ〜♡」
いたずらな童っぽく大人気なく、されど恥らいなどお構いなしとばかりのごり押しで、1位に対してとにかく効きそうな煽りを畳み掛けに入った。
おかげで流れが傾き出す。王は尊大な態度を維持するだけで精一杯となっている。
実力勝負にありつけない1位など、守勢に回してしまえば口下手だとばかりに攻め続けたジョウナに軍配が上がっただろう。
「よかろう、下位の輩にしか挑めん空威張りが。まずはジョウナの首から刈り落とし、その三枚舌を引き抜いてくれる」
まだだ。これではまだ駄目だ。
怒りではなくただ殺気立たせただけでは、1位の戦術を乱すには届かない。
それでも、裏を返せばあと一押しの所まで煮え立っている。
あと僅かでも押しきれば必ず堪忍ならないところまではち切れ、堅実な戦ぶりをする精神的余裕などなくなるだろう。
ただしそうするためには、ジョウナでもパニラでもエリコでもメーヤでも役不足。
彼女ら庶民では王に並び立てない。最後の一押しを決めるにはどう結束しても押し返されるしかない。
さて、時間にしておよそ90分、感覚にしておよそ9ヶ月ほど経過していてもおかしくないであろう長丁場で忘れてはいないだろうか。
この復讐者陣営にも、努力と欺瞞の王に並び立てる、正真正銘の1代の魔王がいることを。
「その人の堪忍袋の緒を切りたいのならば、言葉の力だけでは不適切でしょう」
好き慕われ称賛されし吸血鬼が、気品香り立つドレスをふわりと翻えさせてつま先から舞い降りた。
右手には、眷属に成り下がったグランドマスターが襟首を掴んでいる。彼の権限によりこの場へショートワープして来たのだ。
「……RIOっ! RIOだっ! ということは、RIOが勝ったんだ! やったっ!」
「今度こそ終わったかと思ったぞい。何回ドラマを生むつもりなのじゃぁ……!」
そう二人は抱き合ってまで喜び合う。
勝利条件のもう片翼が果たされている以上に、RIOが無事に生きて馳せ参じたことの喜びの方が大きい。
「ぁ……ぁ……」
パニラはもう、声にもならない声をあげて感涙で水たまりを作っているほどだ。その2歩後方で腕を組み、さも私が育てたといった面をしているジョウナは一体何様のつもりか。
「犠牲を払ってでもよくぞ耐え抜いてくれました。あとは私に任せて下さい」
一階の陰日向から自分を有利にしてくれた顔ぶれを労うように一瞥し、脱落者が一人出てしまっていることに一抹の悲哀を覚えたRIOだったが。
「おい! 何が起こっている! これは命令だ、頼む、返事をしろ!」
1位は、それらよりも由々しき事態に戦慄していた。
RIOの左腕には俵のように担がれている2位、3位、4位、5位。
1位にとっては彼らの未来を勝ち取るためでもある改革の同志達は、運びやすくなるよう血の通わない搾り滓とされ、顔は枯れ木の幹のように干からびたほど変貌されている。
どれも目は閉ざされ、ぐったりとしたまま呼びかけに応じない。もう全滅した後なのだと諦めかけていたものの。
「シン……いるんだね。ぼく死にたくないよ……助けて……」
「ライデン!? お前は生きているのか! 奴に何をされたのだ!」
息はあっても今にも消えてしまいそうな命の灯火に、危機感で駆け寄ろうとする。
しかしRIOは、それよりも先に4位を自分の真下へ乱暴に投げ捨てていた。
「ああっ!」
「やはり玩具は生き物に限りますね。遊び足りなくて困っていたところなので、今回はこの人を使って楽しみましょうか」
そう相も変わらず慇懃無礼な態度をした後、片足を振り上げる。
その影に覆われた4位が。一歩たりとも逃げられるほどの体力が残されていない状態の4位は、手を伸ばそうとする1位の目の前で。
「何すっ!!」
「こんな風に」
ぐちゃ、と肉が潰れる音が鳴る。
「こんな風に」
ぐしゃ、と顔が歪む音が鳴る。
「な、何がしたい……何の目的がある……」
「こんな風にこんな風にこんな風に」
何度も何度も、執拗なまでに踏み降ろし、1位の心許せる仲間のあどけなさが残る顔立ちは醜く崩れ、千切れた干物となって離れ離れに散らかされる様を見せつける。
「うふふふっ、あははははっ」
RIOは嗤う。狂ったように哄笑を続ける。
かつて目の前で起こされた惨劇とは演者を逆にしただけの行動に、闇に閉ざされたままの心が満たされ歓喜の音をあげる。
RIOの幸福の一つとは、このことなのだろう。
そこには自分を偽り自他共に傷つける悪役ロールプレイヤーではなく、心の底から悪の特権を愉しむ平均的な少女の屈託なき笑顔があった。
「っくくく、やはり見様見真似でも、やってみると晴れ晴れとした心地になりますね。こんな風に人の尊厳を踏みにじるのは」
「黙れえええええええええええッ!!」
1位の忍耐の緒は、彼自身のけたたましい逆上の咆哮で破られる。
それを聞いて死体蹴りを中断したRIOは、不思議そうに首を傾げていた。
「どうして発狂するのですか? 努力とやらがあれば耐えられるとあなたが言っていたのではないですか?」
「黙れ黙れ黙れ虫ケラが!! 性根の腐った穀潰しの屁理屈を! 俺が死にもの狂いで積み上げた努力と同じにするなァァッ!」
RIOは「同じですって」と呟きたかったが、激しい怒りとは聴力さえも喪失するのだと察し、声一つ出す気が失せていた。
それに、同じどころかそれ以下であったとも把握し、ここにいる誰もが1位に投げかけたい言葉を霧消する。
そして激昂の冷めやまない1位は、とうとう彼の戦闘のセオリーから外れた行動をとってしまった。
「貴様には明日を生きる資格もない! 《破壊の魔法・真に信ず深震神進撃》!」
そう強引なまでに奥の手を発動した1位の背後には、何十本と備え付けられた木彫りの阿修羅像のような物体が大地を裂いて召喚された。
2階までの天井をぶち抜く巨躯に、その掌の一本一本それぞれが別の属性エネルギーを宿し、一斉に打ち込めば確実に相手の弱点属性を突くという代物。
それが駄目なのだ。
まんまと激昂した1位は堅実に勝つための戦術などかなぐり捨て、最速で息の根を止めるための手段しか見えていないというドツボにはまっていた。
対するRIOも、また同様に発動する。
「貴方には今日を生きる資格もありません。《破壊の技能・君主に撃滅の役割あれ》」
身体能力が吸血鬼の限界を突破した途端、即座に踏み込み飛び掛かった。
逃げ場も無いほど代わる代わる襲い来る多数の拳を、紙一重で避けながら喉元めがけてひた走る。
あまりにも冷静そのものの戦いぶり。相手と同じ地平に立ちながらも、その感情は怒りから最も遠いであろう呆れに包まれていた。
しかし今巻き起こらんとするものは、歪んだ正義の頂点と歪んだ悪の頂点による両雄が激突し、破壊の奥義が炸裂する白熱の頂上決戦。
この勝敗により、どちらが最強の称号を手中にするかが決まるのだ。