シンキングタイム!
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「てきぃ……!」
短いようで長いような、あるいはどちらでもない時間を植物人間状態で過ごしていたエリコは、自分の目に差しこんできたギルド本部の天井の光により、戦線復帰のために体を起こそうとしていた。
まだ精算しきれていない怒りが、うわ言となっていよう。
冒険者の姿が影でも目に入ればすぐさま喉元に噛みつかんとする気概で前を向くが。
「あれ、敵は?」
まず、攻撃の飛び交う音や地の揺れが無い静けさに疑問を覚える。
次に見えたのは、地の色も変えるほどに敷かれた桜の花びらと、足の踏み場もないほど夥しい数の冒険者が倒れているショッキングな様。
誰も彼も事切れていた。桜の花びらの下には死体が転がっているという一歩違えば詩的にも表現出来そうなこの光景で、エリコはエリコなりに状況を紐解く。
「これ、全部私がやったの?」
「いや半分くらいはボクがやったんだけど、どんだけ自意識過剰なのかい?」
「はい!? 自意識過剰じゃないんだけど!」
憎たらしい声で、朧げだったエリコの意識は完全に覚醒したようだ。
とはいえそんなジョウナよりも一際憎むべき冒険者と対敵した後もあって、悪感情は鳴りを潜めているようでもあった。
何より、RIOを除いて仲間達が自分のもとへ集っている景色が、エリコに安心感を与えてくれた。
「アハハァ、なんだい元気じゃん。ズル休みなんかワルなことしてさぁ」
「元気っていっても、まだそんなに……じゃなくて、なんで私まだリスポーンされてないの?」
(助けが間に合ったのと、幸運が味方してくれたのもある。本当に良かった)
「パニラさんのおかげだったんだね。もうダメかと思ってた……んだけど」
ここでようやく、エリコは自分が生還した理由を認識する。
エリコの周囲に無造作に転がっている空いた瓶の数々。
薬品の独特な残り香が鼻孔を通り、かつて一度使われたことのあるために記憶に残るアイテム名を当てる。
「機能回復用ポーションだよねこれ。ええっとそんなにたくさん、使わなきゃいけない事態があったということは、だ、誰に使った後なの」
(エリコ氏が倒れた直後に全部を無理矢理にでも流し込んでね。時間との勝負だったよ)
今でこそ誤魔化すように平然としているが、全速力で駆け寄った後のパニラは大わらわであった。ポーションを一つ残らず惜しまず捧げ、処置を終えた後でもエリコから離れず、信仰する者に祈り続けるほど。
機能回復用ポーションの調合は非常に難しく下手な民家よりも高価な希少品であるため、全部の部位を回復できるほどの個数は調達出来なかったし、部位はランダムに回復する効果でもあるため心臓が復活しなければ水の泡となるハイリスクな賭け。
「まさかこれ、全部私のために使わせちゃったってこと……」
目が覚めた時から素直に喜べないでいたが、顛末を話されたエリコが情報を整理した時、顔が青ざめる。
「いや、どうしてさ。いくら何でも、いざって時のチャンスをパニラさんから受け取ってまで生き残りたくなかったよ! なんで私は生き残っちゃったの!」
いきなり錯乱したかのような声に驚く仲間達を尻目にエリコは立ち上がり、どの部位が治っているかいないかを把握した。
右の目、味覚に皮膚感覚、いくつかの臓器も停止しているだろう体の重さ。
戦闘の継続に致命的な部位は、奇しくも初めに喪失した左腕、といった具合であった。
ただ、代償を中和した代償こそを最も重く見るエリコには、途方もない量の罪悪感が噴出した。
「ごめん! ごめんなさいっ! パニラさんだって、そのポーションは声のために使いたかったはずでしょ! 頭に血がのぼっちゃった私なんて見捨てても良かったのに!」
(いや、エリコ氏は正しい選択をした。復讐の戦いに復讐心をぶつけてどこに咎める要素がある。私はただ、エリコ氏とはまだ一緒に戦いたいっていう我儘で助けたまで)
責任を人一倍背負い込みやすいエリコへそう諭す。両手を固く握って宥める。
(戦おう、戦えるね)
「うん……私、まだ体も動けるし心も戦えるよ」
この言葉選びは中々に効いたようで、エリコはどうにか精神の安定を取り戻せたようだ。
「ま、次の雑魚が来るまでの暇つぶしにしては、舌も巻くスパイスにはなってくれたしさ」
「暇なんだ? そうだ、状況はどうなってるの」
「見えている以上の情報はないね。このご一行様はみんなくたびれてるのもご覧の通り」
少なくとも、気楽に会話出来るほどには急を告げるようなことは起こっていない。
ただ仲間は皆生存こそしていても負ったダメージは深く、疲弊の度合いは尋常ではなさそうだ。
もしここでまた敵が現れていたら個人の力ではどうにもならなさそうだが、現状この五人以外誰もいないのが幸いか。
「冒険者側に何があったかは知らないが、あれから嘘のように増援が来なくなっている。恐らく戦力の消耗がそれだけ激しかったか」
「あるいは、また何か企んでおるかじゃな」
「えぇ。冒険者のことだし絶対企んでるって」
そう嘆息した。この閑古鳥が鳴く状況も、嵐の前の静けさなのかもしれない。
そして次に、首尾が進んでいるかを知るためパニラの方に目を向ける。
(おかげさまでダイナマイトは全部セット完了したよ。つまりは私達は目的の片方は達成した。冒険者ギルドの滅亡まではもう目前)
「ということは、よしっ! 凄い順調! あとはRIOを待つだけだね」
首尾は完成であった。ここまでこなせば後は此処、RIOを出迎える場所を防衛しきるのみ。
天、地、人。全てが欠けた始まりでエネミーの闖入に想像以上の強豪冒険者など、危ない橋を何度も渡る羽目になった別働隊であったが、最低限の使命は全うしたのだ。
「ほむ、じゃがまあRIO様よりも先んじて突入したのはわらわ達の方、気長に待つが得策じゃろう。現にRIO様が突入してからの時間は……」
「待って、言わなくていい」
現時刻を調べる寸前で制止させる。
時間を確認したところで本部の構造上救援に向かえることは不可能。RIOの進行状況を知る者などいいとこ5位みたいなRIOと相対している冒険者なので聞くわけにもいかない。
RIOが不覚をとり敗戦へ転落してしまう失態も、もしかすればあるだろう。
それでも、永遠に来れなくなったとしても、待ち侘びている間に責めてしまわないようにするため、水面下の不和の防止に一役買って出たのだ。
それにエリコはもう、勝敗の区別なく力尽きるまで戦いに専念する決意だ。どちらかといえば後者が本命の理由である。
「物はついでなんだけど、私はもう盾を装備できなくなっちゃってるんだよね。だからこれからは自分で自分の身を守るのは止めにするから、私の防御は頼りにさせてもらってもいい?」
そう大盾使い、メーヤに訊く。
失地した防御面を盤石とするため。これよりの戦いで、自分一人だけで何でも決めようとしないため。
「おうとも、大船に乗ったつもりで任せておくのじゃな」
「ありがとう。改めて最後の一秒、いや0秒までよろしくね」
そうパニラ達全員を一瞥……したように見えたが、まだあまりわだかまりが解けていない仲間が目に入りそうになったために移動した視線が戻る。
当然、生粋のトリックスターの目から見逃されなかった。
「なんだいつれない、さっきのガチパートはなんだったんだい。そんな感じ悪くのけものにされちゃ、ウサギみたいに寂しがっちゃうやつもいるだろう」
「あーもうこのうざ絡みやだ! 匂い移っちゃうから離れてよ! RIOが来たら匂いだけでヤキモチ焼いちゃうから! そうなったらRIOがほっぺ膨らませてぇ、猫ちゃんみたいにスリスリ上書きしてきてぇ……ぐへへへへぇ」
「おっとぉキタコレ、ぐへっ娘のぐへ声シングルピース! 本人いなくてもイマジナRIOだけでいけちゃうんかい」
一人劇場も佳境に入ったエリコの蕩けるような表情に、四人とも思わず釣られて微笑んでいた。まるでここが竹馬の友との同窓会の真っ最中であるかのような雰囲気である。
皆、エリコの人徳と欲求への奔放さに惹かれているのだろう。
それとは裏腹に反りが合わない相手には蛇蝎のごとく煙たがれるため、皮肉にもエリコはこのパーティで馴れ合う方が天職なのかもしれない。
束の間ながら和やかな空気感でメンタル面をほぐし、しかしまだどこも終わってなどいないと再認識したため緊張感を取り戻す。
「だが忘れてはならない、ここは敵の胃袋の中だ。気を抜けば思わぬ角度から盤面をひっくり返されるかもしれない。とりあえず自分は階段を見張りに行こう」
(りょ。でもすぐに集合出来る位置からはあまり離れないでね)
そう歩き出したドゥルを見送る。斥候でありながら彼も死線を潜り抜いた勲章であろう背中の傷も痛々しい。誤解されてはいないが、その部分に出来た傷は敵から逃げたために出来たのではなく、身一つでパニラを庇った際に負ったのだ。
そうしてなんてこともなく、階段に着いた直後に生まれるほんのちょっとの気の緩み、これが彼にとっての命取りだった。
「ぬわああっっ!!」
気を抜かしつつある四人の耳に、断末魔の叫びが鳴り響く。
階段前では、胸に突き刺された剣が引き抜かれ、そこから鮮血も噴射し倒れゆく仲間の姿があった。
「ドゥルさん!?」
「構うな! 相手は1位だ! 分が悪すぎる、この相手に温存しようとは考えてはいけない! ぬわあっっ!」
伝え残す言葉を最後まで言い切れないまま、巨大な炎の球に押しつぶされて、跡形もなく火葬された。
ただただ唐突だった、死までが早すぎる。助けようという意思さえ挟みこむ間もなかったほどに。
そこには、早々に別格さを見せつけた【1位】が、ただ一人この一階へ舞い戻っていたのだ。
(RIO様じゃなく私達の方にお出ましか、真輝之王・シンキング!)
「あの人数を相手にここまで無事にいられたとはな、君達には見込みがある。それだけに実に惜しい」
冒険者の頂点に君臨する人物を相手に、パニラ達全員は一転して臨戦態勢に入る。
特にジョウナは、唯我独尊同士で対抗意識があるのかこの1位を前にして誰よりも躍起になっていた。
「ハッハァン、さっきぶりだねぇ。キミの方からむざむざ負けに来ただなんて、どういう風の吹き回しなんだい? ってあややややぁ〜」
小さな人形の兵達がいつの間にやら取り囲んでいたブリキ製の小さな自動人形およそ20体が、そのマスケット銃でジョウナを一斉射撃し白煙を昇らせる。
これらは1位ではなく、現在別行動中の2位の手駒である。本体と遠くにありても自律して戦闘可能であり、1位の手持ちに潜んで奇襲を仕掛けていたのだ。
「殺人鬼っ!」
「振り向いてはならんのじゃ! ドゥルの最期を無駄にするでない!」
「でもっ……ごめん許して!」
反射的に駆けようとした足の動きを抑える。軽率に敵から目を逸らすなど、この冒険者を前にしては愚行だろう。
ひとたび陣形が乱れればそこから付け込まれて崩れるまでは急転直下。血の涙を呑み、ジョウナが独力で巧く切り抜けることを期待するしかなくなった。
苦渋の選択で心構えを正した三人だったが、この直後1位を訝しむこととなる。
見る感じ敵意が無いようであり、どういったわけか仲間の一人を脱落させた凶刃は鞘に納めている。全方位隙だらけにも思える無手なのであった。
「君達、何故復讐などという誰の為にもならないことをする」
1位が最初に投げかけた言葉は疑問。
「努力は必ず報われる。知らなかったのか」
次に口から出した、彼が矜持として掲げる譲れない価値観。
「君達に必要なものは復讐ではない、努力だ。努力こそ全てなのだ。俺ならば、君達の秘めたる努力の望みを叶えてやれるよ」
「そんなので勧誘したつもり! 敵同士なんだからつべこべ言ってないで戦ったらどう!」
「茶番なら付き合っておれん! 来るならば来い!」
相手の話術でペースを握られるなどあってはならないと、強硬に反抗心を露にする。
不可解な行動はこちらを惑わす策略だと一蹴した。
今になって復讐相手に萎縮する気はさらさらなかったが、戦力的な意味でこちらから乾坤一擲の先手を仕掛けることのリスクも承知している。その中でもパニラは爆弾やポーションなどの物質自体が底をつきかけているのだから強く出られない。
間違いなく今が山場の中の天王山、おのずと鼓動も激しくなる究極の局面だ。
エリコらが出方を伺っている状況をいいことに、1位の説法は際限なく続く。
「いかにも、ここに降りたのは他でもない勧誘のためだ。冒険者ギルドに仕えろと要求したいのではなく、俺の陣営の一員になるべしという対等な目線の和睦交渉だ。まずはそちらも武器を納めて話を聞け。最初に言った努力は必ず報われるとは、難しく考えずとも言葉そのままの意味だ。何しろここにいる俺自身が生き証人だと不動の信憑性があるだろう。近年はその理屈を否定する短絡的な人間が増しているようだが、それは努力をしなかった怠け者の言い訳、負けた後でも負けを認めようとしない屑の慰めに過ぎない。有名な偉人の受け売りによれば『天才とは、1%のひらめきと99%の努力である』だと研究したらしいが、厳密には100%の努力だけが現代努力の叩き出した趨勢だ。この俺だってキャラメイクの時点では他のプレイヤーとさほど変わらないただの力無き新米冒険者だったさ。序列1位とその通名は特別優遇されて得たのではなく、ひとえにどんなプレイヤーをも凌ぐほどの努力一筋で王座に就いたに過ぎない。友情や勝利を掛け合わせても天秤にならないほど重要になるものこそが努力。富や金、腕力に知識、名声に権力や美貌はもちろん、人の考えうる何にでもなって掴み取れる千変万化の千両役者が努力。努力は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。どんな天才や無能でも、貴賤や上下分け隔てなく生まれながらに始められる道のりこそ努力。この俺にとっては、勤勉に努力する人間こそが真に信頼し合える間柄であり心から尊敬に値するべき勇者だ。俺の成すべき望みは、全ての人間が目指したい幸福のために努力をして必ず報われるための世界を作ること一点に尽きる。そうとも、他人と比較せず自己にのみ目を向け心の余裕を育むための修練の繰り返しに、人々が互いに差別し争い合う余地がどこにある。全人類が純然たる努力のみを続けることこそが、恒久不変の世界平和が現実となる唯一無二の方法だと断言しても過言ではない。ここまで聞けば、どんな軍事国家の悪徳王族や貧民街で細々とゴミ漁りで食いつなぐ少年だろうと賛同を示するだろう。無理な夢物語だのと蔑む人間は、一片も憐れず人間未満の屑だと吐き捨てていい。嘆かわしいが一定数潜在するのだ、どう説き伏せようと洗脳されたかのように楽な道のみを行きたがる、死んでも治らないサガに侵されているような意味合いで生まれ方そのものを間違えた人種がな。そのような脛齧りがやるように自分ではなく他人から与えられたり奪い取った幸福など長続きしない。悪銭身につかずとは良く言ったものだが、なまじ楽に手に入るせいでまたすぐに他人を羨み再び欲しがってしまう。こうして資源は限りあるためにどんどん枯渇へ向かい、そしていつか恵んでくれなくなったと断られた時には、恵めないほどの困窮の事情など鑑みないお門違いな逆恨みで人の努力を邪魔立てする。君達のやろうとしている復讐こそがまさしくそれだ。そのようなサバンナの猛獣でも忌避する非生産的なことに幸福は訪れないと、君達だって心根では薄々感づいているだろう。仇討ちが正しいといくら取り繕うと無関係の民衆にさえ混迷を齎してしまったことには変わりない。果たされた復讐に満足などはなく、ただただ虚しさという行き止まりが前を向く意思を消失させるだけだ。そんな君達の姿など誰もが称賛せず、復讐者は復讐される対象となる皮肉的な結末になろう。その挙げ句に描かれる未来など、殺し殺され食う食われの血と暴力による終焉が訪れると誰にだって想像がつく。君達だってそんな報われない末路はたどりたくもないはずだ。だが喜べ、君達が正常な人間であるならば避けられる問題なのだ。努力とはいわば人間という生き物にしか出来ない素晴らしき積み重ね。幸福な未来を見据えるための恥ずかしくない行為だ。努力という己自身で手に入れる幸福は一生の宝物となる。だから復讐心などといった邪念はぐっと堪え、法外な値で買ってでも努力を続けろ。『復讐なんて下らなかった』と気づくのはその後でも構わない。無論努力は楽だとは言わんし、すぐには報われるとも限らん。努力が目に見える形で実らない日々を過ごす内に、俺を法螺吹きだのと罵りたくもなる日常だってあるかもしれん。だが世の中の努力をする人間は誰もが同じように、いや君達以上にひもじい思いを噛み締めているという真実は努々肝に銘じると良い。だからひたむきに、時に頭を捻り、幾度となく心が傷つこうと、血反吐をぶちまけながらでも決して投げ出すな。俺自身もまた同様だ、今後も君達とは同じ条件で努力を重ねると信用して欲しい。仮に俺が君達と立場が逆だったとしても迷いなく努力を選択している。これは決して無責任な答えではない、だからこそ君達が不当に募らせた積年の遺恨を汲み取った上で復讐を捨てられると胸を張って答えられる。その未来の果てで君達の努力が俺の努力を上回り立場が逆転したとしても、俺は喜んで君達の下段で跪こう。そう、人は努力次第でいくらでも望むがまま成り上がり自由な暮らしを満喫出来るのだ。だから努力をして強くなれ、苦境に立つことを経験せよ。努力とは肉体のみならず心も成長する。鏡のように美しく磨かれた心の強さこそが、人を許せるようになるための最適な方法なのだ。今や悔やむばかりだが俺はその通過点としてこのVRMMOの冒険者ギルドで努力をしたわけであったが、もう立場のために自分の理想を偽らんことにした。正義などという恣意的な思い上がりで劣等弱者をカモにする選民思想は捨てている。最上階から腐毒を撒くカルト教祖による流れを断ち切るための革命を巻き起こしたくなったのだ。ここで俺が発たねば奴の暴虐と謀略により遠からずしてサービス終了もあり得てしまう。下らん正義人間を一掃し、俺の主導で立ち上げる真冒険者ギルドは、どんな大罪人であれ相応に償うための努力をすれば救済される制度をはじめ、努力が報われればまたさらなる努力を促進させ、人間は生まれてから死ぬまで人間らしく努力のみをする社会へ色を変えることこそが最終的な理想像だ。もっと本質的へと言い換えれば、皆が自分で望む努力の選択をして多大な幸福にありつける世界だな。よって俺はこれからBWO負の遺産である寝られない元帥を地獄に突き落とし、グランドマスターを服従させてその力を活用することで努力が中心となる新世界を作り上げる、以上の計画の発動を今より号令するつもりだ。この計画は信用の置ける冒険者全員に根回しを済ませ、埋伏の毒となる形で密約を結んでいる。蜂起の直前まで厳粛に口外無用ともさせているため、たった今君達に話したのは後戻りしないための何よりの証拠に直結するだろう。改革の成功は約束されたようなものだが肝心なことはその後、その世界で努力して暮らすための人民が必要だからこそ、襲撃する冒険者達から現在も生き永らえているほどの打たれ強さを持つ君達を高く買っているのだ。努力のコツこそ忍耐力にあるからな。故にその資格を満たしている君達に協力を要請する、対価は頷く以外必要ないぞ。君達に逃げ道など与えられんが、人生をやり直すための舞台は俺が用意しよう。しかしまあ君達は俺の協力者やそうでない元帥の傀儡の大半を返り討ちにしてしまっているが、杞憂だ。あの元帥が最上階で目論む通り我々が不毛に潰し合っている場合ではないし、どの冒険者もその新世界で努力し憎悪の垣根を超えて信頼関係を構築してくれるのだからな。それと同様に喧嘩両成敗で丸く収めたいつもりではないが、先程君達の仲間の男を手にかけてしまったことは気に留めないで貰えれば今後も話が早くなる。さてどうだろうか、君達にとって悪い条件ではあるまい、それどころか願ったり叶ったりではないかな。もはや悩むまでもないだろうが、努力で幸福になる未来を想像しながら君達の声で決断してくれ。そして君達が茨の道を選んで歩む徒となってくれた後は、俺の指示に全て従っているだけで万事上手くいく。時間が惜しい、まだ迷うのか。弱く惨めな過去を捨て、立派な人間に生まれ変わる機会はこの瞬間のみだ」
「な、なにそれ……」
いくら修飾を盛れるだけ盛られたところで、理解が近づくわけではない。
むしろ理解してはいけないという脳の防衛機能が働いたほど。
それでもただ一つ、十二分に聞き捨てならなかったことは、この冒険者は自分達の一世一代を賭けた復讐を全否定していることだ。




