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衝動と激情、満開に咲き乱れ

 二つの相反する言葉を受け、得られるものなど懐疑心のみである。エリコはただ納得したいために答えを求めた。


「私のことずっと信じようとなかったのに、いつどこを信じたっていうの」


「お前がいつか必ず改心すると信じていたってことだ! さては改心する気もないから思いつきもしなかったか!」


 唐突に怒鳴り散らす。

 されてもいない約束を反故にされたかのような言い分でされたところで、エリコは理解が追いつかず、困惑で言葉がまとまらなくなっていた。


「赦されるまで何度でも頭を下げに行くってのが、反省と誠意の形ってやつだろうが! それをてめぇはやらずに、こんなヤクザみてぇな最低な人間とつるんで本部に殴り込むだと? どういう神経してんだ! てめぇのやってることは逆恨みですらねぇ、ただの八つ当たりだ!」


「意味分からない……私のことを魔王とかいって冒険者ギルドから追いやったのはそっちなのに……」


 言うなれば解雇された会社の元上司との再会であり、気を使う理由も薄くなった相手だが、それでもエリコは自分の知る人物が詭弁を操る化物に成り代わったような悍ましさに包まれていた。


「冒険者の頃はいっつもそうだったな。自分が一番ドス黒い悪だと自覚しねぇ。いつも俺の正当な職務に横槍入れて、そうしたら俺の方を悪しざまに語りまくる。俺の稼ぎを妨害するのがそんなに趣味なのかよ。そんなに俺の存在が邪魔臭いか」


「私だって、悪いことしてる人がいたら命に代えても止めるよ。でもあなたが執行してきた人って、私が見た感じ全然非がある人じゃなかったじゃん。私の顔なじみの人だっていたよ。だから困ってる人を助けて、あなたが間違った道に進むのを止めたかったんだって」


「ほんっとそういうとこだエリコ! 罪を犯したやつのどこに同情してんのか知らねぇが、裁かれるべき人間を庇ってなあなあで済ますとか、つくづく分かっちゃいねぇ。だから王都の治安は民家の壁まで荒れまくりだと見てきたろ! 悪人はどんな言い訳してようが初期の歴史を繰り返させねぇためにぶちのめさなきゃなんねぇ!」


「だからその悪人の基準はそっちが勝手に作ってるんでしょ! 人の話も聞こうとしないくせに、自分の意見だけ理不尽に通そうとしないで! 恩着せがましくしたり立場が弱い人に暴力振るってばっかりで、殺人鬼とか吸血鬼を倒すだけで終われた話の時なんて、あなたは何をしたの! 冒険者だけにしか出来ない仕事でも役に立てないなら、冒険者なんかやめちゃいなよ!」


「口答えすんじゃねえ! また事情を無視して汚職だのとでっち上げやがって! しかもお前の場合、それを配信で俺達冒険者を晒し者にして再生数と金稼いでるんだってな。ほんとタチ悪いな! 迷惑なんだよ! 人の不幸を私物化する商売なんざ、どんな人間性があればそんな一線越えられるんだ!」


 何を言い返しても食い違い、筋違いの意見で封殺され、訂正し合い、口論を激しくさせる。それでも冒険者時代から極まらせた軋轢は、味方同士の縛りが無くなったこの期に口に出さなければ気がすまなかった。

 未だ嘗てないほどにヒートアップし、それぞれが貫き通す正しさやプライドをぶつけ、敵同士であることも頭の片隅に追いやってまで言い負かそうと口撃する。


「もういい加減にして! 生きた心地がしない日を知ってない人が喋らないで! 私、ずっと配信者したかったのに、そっちが勝手に炎上してきたせいでやめなきゃいけなくなったんだよ! イベントと関係ないデリケートなとこまで捏造されてさ、海外のアカウントから英語で殺害予告される恐さ知らないでしょ! 私をこんな風にしたのはそっちのせいなんだよ!」


「自分の判断で卒業したことまで俺のせいか!? とんだ言いがかりだ! 俺はその時からエリコの復帰だけを純粋に望んでいたんだぞ! なのにお前は、悪事で荒稼ぎした挙げ句に引退をダシに俺達を貶めてもう一稼ぎしようとしたというのか! なんじゃその邪悪な二毛作は! どんだけ俺からの信用をドブに捨てりゃ気が済むんだ!」


「信用したかったはこっちのセリフだよ! 冒険者ギルドに入った時からずっと、何回酷いこと言われても私だけでも正しいことだけをして、それでもいつか分かってくれるって信じ続けて、世界で一番目に大切な人を傷つけてまで信じようとしたのに! どうしてまだ呑気に正義正義って!」


 ほんの一瞬、言葉をつっかえらせたエリコは口の中の唾を飲み込む。


 最初こそ冒険者ギルドのその理念に共感し、邁進し、人の役に立つことをしたいという精神を極限まで摩耗させられた、エリコにとって今や呪いに変貌した二文字を提起した。


「聞くけどそんなに正義とかいうのが大事なの!? ただ人間らしく生きたい人から生活を奪って、冤罪かけて魔女狩りしてまで正義にならなきゃいけないほどの価値があるの!」


「正義は常識のことだ! 最低限の常識が無いお前にムカついてるんだよ!」


 またしても似たような返答を断固として言いきった。完全にエリコの意見を受け入れる意思が存在していないだろう。


 そして彼は発露してきたものをまた一転、頭痛を労るように頭を手で抑え、ひどく沈痛な声色で語りかけてくる。


「なぁ、そろそろこれで最後にしたいんだ。俺は医者でもカウンセラーでもないからさ、お前みたいな病人とは関わりを断ちたいんだわ」


 本人はさも婉曲的な表現で揶揄したつもりなのだろうか。

 だが、この短さだろうと自分をどういった目でこれまで見てきたかが明確化され、聞いていたエリコの中で何かが切れる嫌な音が響く。


 ただでさえ冒険者ギルドへの忠勤の他、人格まで否定されるなど好き勝手にまくし立てながら、反論するなと言わんばかりな物言いで締めようとされてしまえば、エリコにとってはもう限界になる。


 彼が自分こそ正しいと本気で思い込んでいる言葉なのか、それとも相手が折れるまでゴネ続けているだけなのか、どうでもよくなっていた。


「聞けない……許せない……こんな人、絶対に許さない!!」


 言葉で分かり合うことの放棄の現れとして、エリコの切り札が満を持して発動される。


 瞬く間にして周囲には数多の桜の花びらが渦巻き昇り、その後ろには発動者の思いのままに動く、言うなれば下半身がドレス状となった桃色の巨人が形作られる。


 風に乗って流動し宙を舞う花びら一枚一枚が小さな刃の性質を持ち、それ故に集合体である巨人の剛拳は殴打と斬撃の二つの性質を併せ持つ。

 また一目千本の絵面は観る者をたちまち圧巻させる、配信映えも兼ねたであろう一挙両得の奥義。


「ぶん殴れる力を私に頂戴! 《破壊の魔法(ブレイクマジック)桜の姫君(プリンセスチェリー)》! 痛っ!」


 発動を宣言したエリコに、突如として左肘にダメージが走る。


「え……! なんでっ! どうしてもう終わってるの!? まだ使ったばっかりなのに!」


 全ての花びらがコントロールから外れ、ひらひらと床へ散り落ちているのを目にしたからだ。


 自分の左手から盾がするりと滑り、鉄の音を鳴らして床へと着地したという光景まで。すぐにしゃがんで盾を手で拾おうとしても、左の肩から左手までが垂れ下がったまま動かせなくなっていることも。決して幻覚ではない。


 冒険者サンガリングがエリコに向けている銃口、ブレイクマジック発動の瞬間にそこから放たれたものが答えだ。


「ブレイクキャンセルの弾丸。ちょいと安直と思うだろうが、名前が捻くれてないところが逆にイカしてる。情報が遅れてる捻くれ者には知らなかっただろうが、冒険者ギルドにブレイク系の技は通用しねぇのが常識になってんだよ」


 これにより、制限時間を待たずして強制的に発動終了。発動終了ということは成果の良し悪し関係なく代償も負わなくてはならなくなる。

 ついでとばかりに代償も撃たれた部位に指定可能であるため、ピンポイントに左腕の機能が選ばれて喪失したのもそのためだ。


 ふとサンガリングが音もなく平手を挙げる。


「おお、あっちで合図だ! 手の空いてる冒険者は集合しろ!」

「へっへっへ、宜しくしますよ次期トップランカー様。俺が手柄を立てられたら口利きをお願いしまっせ」


 数人の冒険者が駆けつけ、等間隔に包囲を始めていた。


「もう一個教えてやる。俺の序列はSランクの11位に昇格した。これが最大の理由だ。殆どの冒険者が俺の駒となって命令に従うようになった。1000位以内にも入れたことが一度もないブスとは、格が違ぇってことだ!」


「うがああああああああっ!! 《破壊の魔法(ブレイクマジック)》!!」


 聞く耳を持たず再発動。落ちた花びらの刃がエリコを中心に柱状に打ち上がる。

 全身全霊の体力を集約させた咆哮を震わすエリコを横目に、11位は一斉射撃の指示のためその対象へ手を下ろし指をさした。


「やっぱ頭おかしいって言われてるだろ! 無駄だって説明したばっかなのにな! 俺の部下共よ、奴に二度と春が訪れなくしちまいな!」

「ヒャッハー花より弾丸といくぜぇ!」

「ボゴボゴの肉団子にしてやる」


 序列の権限を行使し、包囲した冒険者が指示通りブレイクキャンセルの弾丸を拳銃に装填し、すかさず桜の中心部にいるエリコへ狙い撃つものの。


「あ? おい! 当たってんのかこれ!?」

「こっちもだ! やばい弾がきれたぞ!」


 撃ちつくすまで掃射したはずの冒険者達は狼狽の声をあげる。

 ある者の弾は花びらの刃に両断され、またある者は明後日の方向へ弾き返されていたからだ。

 一回だけならばそのような偶然もあるだろうが、全弾がエリコに届きもしていないのは計算外の事態。


 今一度確認してみれば、巨人が更に2倍3倍と巨大化し、急速に密度が増していたのだ。


「もっと! もっと! もっと! 《破壊の魔法(ブレイクマジック)》! もっとっ!!」


 発動したのは一回のみではなかった。


 5位がやったような多重発動。破壊に破壊を掛け合わせ、即興ながら攻防一体となって死角をカバーしつつさらなる破壊力を作り出す。


 しかし当然ながら、発動後にはそれ相応に多数の部位が機能不全となる危険も孕むのだろうが、一体何度目の発動になるのか巨大化はとどまるところを知らない。


「はっ、花が襲ってくるうううっ!!」

「メーデーメーデー! サンガリング補佐官! 一刻も早く退避命令を! ぎにゃ!!」


 気づけば取り囲んでいた冒険者達にも迫り、増大しゆく破壊の餌食になってゆく。


 11位にもその時が目前に迫るが、逃げ惑うだけの他の冒険者とは違い怖気は無くその場から一歩たりとも退いていない。


「チッ、俺程度相手に割に合わない玉砕なんざ、つくづくエリコは害悪プレイヤーと同類だな……」


 そう愚かな腐れ縁を唾棄し、花びらに姿が殆ど隠されたエリコがいるであろう方向から目を逸らさず、その中に囚われていった。


 虚栄心のために金とコネで買い取った名ばかりの順位では、エリコを討ち倒すまでの実力が備わってなくとも当然であった。


「まだまだまだまだまだっ! こんなんじゃまだ全然足りない! 最低な人間をみんな消せるありったけを、もっともっともっとおおっ!」


 ところが、エリコはまだ《破壊の魔法(ブレイクマジック)を続けざまに発動し花びらを召喚し続けている。

 怒りで我を忘れたか、無数の花びらが必要な視界を遮っているのか、既に11位が完膚なきまでに細切れになっているにも関わらず多重発動は止まらない。


「冗談じゃねえぞ! あっちのわけわかんねぇ冒険者のせいで俺まで殺られるなんざ、ごがぁ!!」

「こんな痛すぎる花見で終わるなんて嫌だああああっ!!」

「最初に狙う相手を間違えた……ジョウナとかより先にエリコを仕留めておくんだった……」


 遠くでエリコの仲間達と交戦中であるその他大勢の冒険者も、気付いた時には逃げ遅れが確定し、さしたる抵抗もその命も全て桃色のうねりだけで断ち切られる。

 それほどまでに、一人の等身大の人間が引き起こした災害は爆発的な速度で強大化しているのだ。


「おああああああ!! もっとおおおお!!」


 絶叫は衝動に鞭ち打ち、無数となった花びらは竜巻となり荒波となり、百鬼夜行も鏖殺する勢いで迸る。


 破壊の奔流は人の身に制御可能な量を超え、巨人も人型を保てなくなり、ぶわっと破裂するようにして広範囲の空間を占領する。

 その範囲は外のみならず内にまで広がり、発動者であるエリコ自身の体にも裂傷を与えているほど、敵も味方も自分自身さえ分け隔てなく襲いつくす。

 ただ、出せるだけを出し尽くしたエリコの確定された末路を鑑みれば些細な問題なのだろう。


 フロア全体をも埋め尽くさんとする拡散力ではあるが、満開に咲き誇った花には散華という来たるべき帰結がある。

 あと数秒もすれば花びら達が柔らかな布団となり、肉体が廃人同様となったエリコに優しく被され、それは春が去って移ろいゆく季節の如く彩られるだろう。



(もうやめて! 落ち着いて! そんなに発動すれば効果切れた瞬間死ぬ。反動が心臓に選ばれる確率が100%になるんだって!)

「駄目だパニラ間に合わない! 近づけばこっちも巻き添えになる!」

「早くわらわの後ろに隠れよ! エリコへの話は……それからにするのじゃ!」


 一階大部分を天井まで占領し、風に蠢く花びらの中に飛び込もうと逸るパニラを、他の二人は必死で抑えつけて端まで退避していた。

 今からどう一気に走り抜けようが、エリコの暴走を止める手立てはない。同様に脱落がほぼ決まったエリコが助かる方法などあるのだろうか。


「絶対絶対絶対にっ! みんな絶対に許さない!!」


 プチ・エリコ、最期へのカウントダウンは刻々と進む。

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