断ち切れぬ因縁と潰すべき因果
ジョウナ同様、勝利こそを至上とする5位だが武器は無く、全身を覆い隠せるほどの盾のみを手に持つ。しかし攻撃せずとも相対した人間を萎縮させ動けなくする威圧感は本物だ。
下手な弱小エネミー相手なら、彼がただそこに立っているだけでも戦いそのものが起こらなくなる。使い手が違えば、抑止力による平和を成り立たせることも出来ただろう。
「ったく学習力が無い奴だぜ、歴史は繰り返すってことを知らねぇなんてよ。だよなあジョウナ、ちっとは期待してたが、結局去年とおんなじ雑魚狩り専門の戦いしかしていねぇ。一つだけ進歩したところといえば、せいぜい傷を舐め合う仲間を作れたってだけに違いねぇか?」
5位こそジョウナに対して訊いているが、どう聞いてもエリコにも露骨なほど飛び火する指摘である。
よって、エリコも黙って聞いてはいられなかった。
「これだけは言わせてもらうけど、こんな殺人鬼と傷の舐め合いしたくない!」
「正しいけどなんかボクまで傷つく言い方」
エリコが毅然とした態度で怒鳴り返していた。
隣の味方にも針が刺さる言い方なのは確かだったが、力負けしている相手にも構わず口を出せる危なっかしさには、呆れつつもそんな命知らずな後輩に年上の甲斐性を見せたくなってくるものも存在する。
「レキジョであるボクに歴史で挑むマヌケはキミさ。今回は出来の良い妹分も応援してくれることだし、もうこの時点で歴史は違ってるもんねぇ」
「妹分って……応援って……私だって勝つために戦いたいんだけど」
「勝つだって? そこの雑魚専オンナが去年俺から逃げ帰ったことや、さっきの渾身の技が破壊の魔法四重発動で無駄になってることまで計算した上で言ってんのかこのド素人」
「おっと四重もしてたってのかい。そりゃ自信なくすなぁ」
ジョウナが抱いていた疑問が暴かれた瞬間であった。
防ぐならまだしも、楽章を吹き飛ばせるだけの強さをもつ暴風を習得されたのではジョウナの長所が形無しだ。
一年前、冒険者ギルド旧本部にジョウナが侵攻した際には、5位はこのような離れ技は使わなかった。
エリコもジョウナと同じ方向に視線を固めていたが、視線だけで盾を溶かせるわけがないので。
「高速作戦タイム……!」
厳しい膠着状態に堪らず、まるで相手に乞う発言をしたか否や、敵が動き出すよりも疾くジョウナの耳元に近づいた。
「強気に言っちゃったけど、あの人絶対有り得ないって! だって破壊の魔法四回も発動したってことは、それだけ代償を受けなきゃならないはずなのに、どう見ても踏み倒してるよ!」
「目の付け所がいいねぇ。大技は玄人ほどリターンじゃなくリスクを注視するものさ。ブレイクマジックを乱発すりゃ当然まともな勝負も難しくなるはずなのに、なんとまあピンピンしてやんのズルくない?」
「ズルいけど……そんな愚痴しても進まないって。せめてどうやればあのブレイクマジックを使わせないようにするか考えなきゃ」
そうエリコは突破口を考え出す。疑問を解いても別の疑問が浮上する堂々巡りとなってしまっていてもなお思案の迷宮から抜け出そうと頭を働かす。
後にRIOとの闘いにおいて、四肢をもぎ取った人間を箱詰めにして代償を肩代わりしていたと判明した5位のアイテム、エリコの地雷を踏み抜く非道さはこの段階では知る由もない。だとしても、何としてでもこの門番を取り除かなければ勝機は途絶える。
「や、やっぱり私達もあっちの風を超えるまでブレイクマジックを重ねがけしまくるしかない、よね」
「作戦の結論なのに力攻めはどうなんだい。もしそうなりゃ向こうは五重でも何重でもして迎え撃ってくるし、ボクらだけが赤字の差し押さえになる予感しかしないだろう?」
「うっ、確かに。じゃあ私達、絶体絶命ってこと……」
知恵を合わせても妙案はひり出せず、依然として暗雲立ち込める状況のままだ。
パニラ達三人組も、ダイナマイトの設置に加えて冒険者と応戦している最中なために手助けを仰げそうな状況ではない。
また、ここまで目立った動きが無かった冒険者サイドも、この状況を絶対的な好機として認知し始めていた。
「やったぞギャハハ! 将軍のおかげで冒険者の勝利で締められそうだぁ」
「最強の盾で矛を制す! 俺にもあの憎きジョウナを倒す機会が回ってきたなんてなぁ!」
「初めてジョウナとバトルしたんだが、聞いていた以上に大した事ない?」
「さっきまでの威勢の良さはどうしたんでちゅかね〜。もしかして、ビビってるんでちゅか〜?」
「ジョウナに負かされるのもいいかもなって思っていたのになァ、残念無念だなァ」
「思い知ったか! さんざん雑魚だとナメてきた罰を! これが俺達冒険者の正義の力、硬い結束なのだ!」
5位の後ろで護られている冒険者達が、ここぞとばかりに口々に蔑み煽る。
剣の一振りで思い通りに戦場に夥しき死を奏でる指揮者にとっては、雨後の筍のように勝手な聴衆が舞台に這い出て我が物顔で騒がれるのは面白くもない。
「アッハッハ、見てみなよぐへっ娘。これこそがあの5位が出てくると最悪になるところ。吹くだけで一瞬でピチュるような雑魚共が自分まで無敵になったとイキらせるところが、実に性格悪いと思わないかい」
「それ、負け惜しみじゃない……?」
相手の挑発行為を意に介してもいなさそうなジョウナは、狂気性の抜かれた冷静な分析と悪態で気を晴らすしかない。
握力の込めすぎで震える拳と血管の浮き出る手の甲で一目瞭然だ。
だが冒険者達は、正義という言葉をあらゆる反論から守る免罪符にして増長した。ジョウナの示す見解はまさに本質を突いていると言えよう。
高速の作戦タイムも、ひとまずの妥協案と共に等速に戻る。
「柄じゃないけど、真面目にぐへっ娘でもやれそうなことといえば、様子見つつ5位の護りに穴が見えたら瞬時に雑魚を殺し勝つ。あの盾にも風にも攻撃力は無いんだし、じわじわ孤立させていけば五分以上に持ち込めるさ」
「それはいいけど、でも殺人鬼は何するつもりなの。あの冒険者をちょっとでも隙を開けさせる方法なんてあるの?」
「無いのでいろいろやってみまショータイム」
その瞬間、ジョウナの姿がいなくなる。早くも5位の真正面からその足で肉薄していた。
急な口火の切られように、慌てたエリコも連携する体勢が間に合わなくなりそうなほど。
ジョウナはあらゆる面において優秀である。だからこそ真面目に考えても覆しようがないと悟ったが故に、手探りでもジリ貧でもやるだけやってみるしかないと踏んだのかもしれない。
「フン、覚悟決めたか絶望したか、敗北者らしい最期を飾る気になったか。だがてめぇらは若さだけはあんだし、負けて学べるものもあるだろうぜ」
「あっそう。でもボクは謙虚に生きてるからさぁ、そう言われちゃ勝ちから学ばせて貰いたくなってきたねぇ。あんなクソゲーでもぶっちゃけあのスライム相手取るよかマシだし、まずはお試しの一撃目〜!」
ジョウナが跳躍、音符はあえて一つも出さない。
魔力を温存しつつ、何らかの反撃が飛んでくれば楽章を防御のために発動して退散という堅実な一手だ。
そして5位の盾が行く手を塞ぎ、後衛の冒険者からの遠隔攻撃をさも攻撃されなかったかのように軽々いなしながら放ったのは、初心に帰ったとでもいうのかスキル無しのただの横薙ぎ。
「そんな!?」
様子見に徹していたエリコは、いち早く5位に起こった変化に目を剥いた。
「はぁ? これは流石に予想外じゃない?」
ジョウナも思わず素の声が出る。
何故ならば、攻撃が命中したような手の感覚さえも無かったからだ。
攻撃が当たらないなどという新たな能力まで備わっているというならば作戦の練り直しだ。そう思いきや、実際の事情は二人の想像する斜め上であった。
「おっと悪い、どうやら水入りのお呼びらしい」
そう冒険者達に言い聞かせる5位の体は、脚から盾も連動して徐々に白いポリゴンと化している。
館内ショートワープが発動されている。本部に滞在する冒険者が時間を消費せず階層を行き来するための機能。
ところが5位は、その機能に任意の操作はしていない。
介入元を覗けば、寝られない元帥からの強制により最上階にワープされているのだと表示されていた。
何か5位が必要になるほどの重大なトラブルでもあったのか。ともかく拒否権の無い5位は一旦この戦線から離脱することとなったのだ。
「今のうちによく噛み締めておくといいぜ、一時しのぎの安心感ってやつをよ」
そう念を押すように言い残し、5位の姿は完全に霧消した。
二人は罠だと疑ったものの、後ろの冒険者達も同じような表情で驚いたところで確信を得る。
結果的にだが、被害が広がる前に5位が立ち去る時間を稼いだという思わぬ成果を挙げられたのだ。
「奇跡ってやつかな? 幻でも見てたのかな? やっぱどんなクソ勝負もやるだけやってみるもんだねぇ」
唯一避けたかった戦いを避けられたジョウナは、緊張の糸が切れるあまりほっと胸を撫で下ろしていた。
これで最も困り果てるのは、安全圏を失った冒険者側である。
「ちょっ将軍! 我々を置いてどこに行かれるのですか!」
「あわわわ、オレ死んだわ」
「ふざけんな! 盾抜きでジョウナに勝てるわけがねぇ!」
「じゃあお前が代わりに盾になれよ」
「お前だろ。俺を殺そうってのか」
「さっき殺られたいって言ってたろ記憶喪失が」
「こんなやつ相手にしてられっか! 戦略的撤退!」
「どえっ!? おめっ今足引っ掛けただろ!」
後はもう、冒険者の戦意などゼロを下回って喪失する一方。
断頭台の最前列を押し付け合うが如く見苦しい光景が展開されるだけだ。
それだけ確実に勝てる勝負に勝てなくなったという事実は大きいのだ。
「危機一髪だった……。って殺人鬼、すごい邪悪な笑顔なんだけど」
ジョウナは抑制を解放する。泣く子も永遠に黙りそうな魔獣じみた表情を彩る。
黒歴史の払拭を諦めかけ、弱者相手に攻めあぐねさせた挙げ句嘲弄されたこの屈辱感は、手ごろなサンドバッグにあたってリフレッシュしなくてはならない。
ここまで長らく堪えてきたが、立ち塞がる邪魔者がいなくなった今ようやく挑発に乗れるのだ。
「アッハッハハハハハッ! 完全初見の雑魚や去年のことをすっかり忘れてるアホがいるみたいだから、去年の復習がてら観音様よりも優しい先達者であるジョウナ様がタメになるTIPSを教授してあげよう! ボクの好きなものは潔く負けてくれる雑魚がウジャウジャいる無双ゲー、嫌いなものは……」
鋭く光る剣先が、格下達へと狙いを定めた。
「キミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミとキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミキミ」
「「「いやっだぁぶあああー!!」」」
真性の虐殺機関による鬱憤晴らしが過激に炸裂する。
目にも止まらぬ速度による刺突のラッシュが、セーフティゾーンを失った冒険者達をたちまち穴だらけの前衛芸術にしてゆく。
冒険者ギルドの黒歴史に認定されるジョウナ単騎で奏で上げた蹂躙狂想曲は、眠たくっても嫌われても年をとってもやめられないのは本人の弁だ。
結果、ジョウナの前と5位の後ろに立っていた冒険者は、誰一人として生き残れなかった。
「RIO……」
そんな中でエリコはただ、蹂躙劇へ目もくれないほどにRIOへの心配が冷めやまなかった。
5位が急に最上階へと招かれたのは、十中八九RIOが突入したからなのだと。
自分の敵わないジョウナでも敵わない上位の相手にRIO一人が立ち向かえるのかと、何度も嫌な想像をしてしまう。
あくまで5位は逃げたのでも負けたのでもなく、敵を変えただけだ。ならば少しでもダメージを稼いでから逃がしたかった等、勝てないにしろ出来ることは山程あったと、やれなかったという後悔は安心を塗りつぶしてゆく。
もし次に、この一階へワープしてきた人物がRIOではなく5位だった時、これこそ絶望感を覚悟しなくてはならないだろう。
「……えっ!」
その時、エリコにとって馴染みのある人物の影を虫の知らせのように察知し、ノスタルジーから醒める。
「エリコお前、堕ちるところまで堕ちきったな」
「サンガリングさん、やっぱり!」
際立った個性こそ無いものの、時にエリコの上官となり、時にエリコ監視の主命を上層部から任されたと何かと関わりのある冒険者。
二人は理念の違いから馬が合わず、修復が難しいほどに関係が悪化しており、最後に会ったのはエリコが冒険者を裏切ったと認定された際、躊躇もなく始末しにかかってきた時だ。
思い出すだけでも苦味の汁が染み込み。相手側も第一声こそ毒づいていたが。
「俺は、お前を今でも信じていたんだぞ」
続く二言目は、一言目とは真逆の言葉であった。
「嘘だ……信じられるわけがない」
何を伝えたいのかが読み取れない、そんな筋の通ってない心変わりを聞き、エリコは閉口しかけていた。
次回は月曜に更新いけそう




