計算外も計算の内へ
ジョウナの思いついた作戦は、誰もが思いつけそうなほどシンプルだ。
冒険者ギルド本部への入口をダンプカー2台も通れそうなほど大きく切り開き、騒がしく突入することでショゴススライムを本部内へと誘導した。
「嫌あああアアアッ!」
「来るな来るな来るなアアアアアッ!!」
「お前らなんか変だぞ!? テケリリテケリリ〜!」
「バケモノめ死ねエエエエエエエッ!!」
「俺は味方だぞ! うわああぁ!!」
幽冥界へ数を頼みに踏破をはかる無粋な旅団をおしおきするエネミー、それがショゴススライム。
人海戦術で押し潰そうとした冒険者達に対し、これ以上とないほど効果を発揮する。
なまじ人数が多いために狂気が狂気をネズミ算式に伝播させる、パンデミックの混沌度に拍車をかけていた。
「アッハッハァー! この狂騒を待ちきれなくて前倒ししてきちゃった! みんな大好きBWOの紅一点を務めるジョウナ様が大発表! 砂上の楼閣みたいなネバーランド出身の香ばしきZ世代共に、冒険者ギルドのサ終記念キャンペーンをご堪能させていただきたく参上いたしました! キミらの休日はこの山場から逃げられなくなり、おっとすまない多様性社会なら山派にも海派にも公平に、屍の山と血の海を創り上げなきゃあよろしくないか! キミ達ツイてるねぇ、こりゃ楽しまなきゃソンだ! 聞いたよ、長いものに巻かれるのが好きなんだろう。悔いのないほど巻き付かれて、嬉しければ草生やしていこう!」
ジョウナがせせら笑いながら二勢力に乱入し、激しい三つ巴の構図が誕生した。
既に半数以上を無力化された冒険者達と、3体の不定形生物、あとは人の海をゴムボールのように縦横無尽に跳ね回りながら、ファンシーな音符達をこれまた予測不能な軌道を描いて冒険者達を轢き潰すジョウナ。
「窮地をそのまま敵にぶつける機転とは、考えはしたがよく実行できるものだ……」
「というよりただのモンスタートレインじゃな」
(何度かやってそうな鮮やかな誘導だったけど、もし雑魚冒険者連中が待ち構えてなかったら、そう思うだけでヒエッヒエだったけどね)
勝てない相手から撤退しようと逃げこんだ先にたまたま冒険者の集団が待ち構えていたという建前により実行されたこの奇策、もしも読みが外れて冒険者が一人もいなかったとしたら状況は変わらずゲームオーバー。
また確実な欠点をもう一つ挙げるならば、RIOの突入予定時刻よりも大幅に早く突入してしまうこと。
ただでさえRIOが合流するまでの持久戦が役割である陽動グループの目的達成までが遠のき、よりRIOに頼れなくなってしまったといえよう。
また、ショゴススライムがエネミーである以上、こちらもろとも食らいつかないとも限らない。
「おいおいキミたち雑魚だけで仲良くしないでおくれよ。ボクだって自然の生き物ちゃんとの触れ合いコーナーを盛り上げたいんたからさぁ!」
ただジョウナはこの場合、むしろ嬉々として全勢力を掻き乱すプレイヤーであった。
数本の触手を跳ねて躱しつつ数十の音符を流れ星のように降らして反撃する様は、もはや四体目となる埓外の混沌であろう。
(ジョウナさんのアイデアがハマったことだし、作戦に変更なし。私達も最後の大仕事に取り掛かるよ)
「ああ、パニラ。エイム調整は自分に任せろ」
バズーカを構えたパニラに、ドゥルが両手に持ったダイナマイトを弾として込め、二人がかりで支えながら発射。
ダイナマイトが宙を突き進む最中、機械化した蜘蛛の足のようなものが四本生え、壁へと突き刺さって固定したのだ。
(一個目完了! 次だよ)
そこからも矢継ぎ早だ。投擲の届かない場所に砲台を使って飛ばし、また地面に埋め込みもする。
「おいおめぇら! あそこにいる悪人がコソコソとなんかしてるぞ」
「非正義のサル共の悪巧みは、ザル知恵だって教えてあげねぇとなぁ!」
もちろん冒険者側も指をくわえて眺めているわけではない。
破壊槌で爆弾に振りかぶる力自慢や、手で解除しようとする技術者など様々であったが。
「あばばばばばば!!」
「やべっ! もうHPがもたなるるるる!!」
それら全員を骨が透けてしまうほど明滅する電流が冒険者達を襲ったのである。
ダイナマイトの防衛機能から発せられた反撃だ。
(無理に解除しようとするような反則行為も、対策済みなんですよね)
声が出せない分、眼孔をかっ開き敗者を蔑む得意顔を披露する。
周到に何重にも対策をとり、一度張り付けばパニラ自身も取り外し不可なほど堅牢に作り上げた傑作は、本懐の成就のみを見据えていることの現れだろう。
「もう設置されたもんはどうしようもねぇ! 本体を直接狙え!」
「さんざん土足で荒らしてくれたなぁ、悪辣なテロリストめ。こいつらのドタマかち割っちまえば、俺も夢のトップ10入り間違いなしだぁ〜!」
「うし! そうと決まればあのスライムはお前に任せるぜ」
「は? おめぇが引っ込んでろよ」
「あ? 文句あんのか犯罪者予備軍がよ」
ライバルというより敵を見る目で仲間割れを起こしながらも、競うようにパニラ達へと殺到する。
パニラ本体の耐久力では全員に襲われればひとたまりもない。この乱戦で力の劣る者は狩られるだけだ。
だからこそ、パニラの前には鉄壁の壁が横入りする。
「なんだこいつでけぇ!? それにダメージが全然入らねぇ」
「おうおう、わらわ達の顔がそんなに高得点に見えておったのなら痛み入らんのう」
メーヤの大盾が冒険者達の道を阻む。大股開いて堂々とした立ちふるまいに、冒険者は足が竦んでしまったほどだ。
タンク役としては、恐らくこの世界で二本の指に入るであろう並外れた実力者。
また、その盾は裏に回った人物の行動を視界から隠す効果もある。
(あげりゅ)
「うわわわやめろ投げるなぎゃああ!」
盾の裏からパニラの放り投げたダイナマイトによって、冒険者達の半数は爆風に飲まれてその体が四散した。
「俺の体がああっ! 足があああっ!!」
「今助けるぞ! あれなんか硬いもん落ちて……」
「来んなあいつらの罠だ! ぶべらあっ!!」
辛うじて欠損しただけで生きのびた冒険者は、他の冒険者達を引き集めるための誘蛾灯に変わる。
その戦術のために、ただ殺すための爆弾を殺せない爆弾として威力を調節するのも自由自在。
手段を選ばない相手への、手段を選ばない復讐で返す。RIOが不在でも、まるでRIOが宿ったかのように円滑に実行出来ていた。
(奪ったものはもう返さなくていいよ。私がみんなの分まで全部ぶっ壊すから)
この一日のためだけに、これまで冒険者の排斥に耐えられず去っていったプレイヤー達が最後にパニラへ残した金銭や素材、それら託されし復讐の念をコストとして注ぎ、執念のトライアンドエラーで昇華しつつ製造された爆弾。
それを使い、溜め込んだモノを文字通り爆発させたのだから爽快感もひとしおだ。
「話が違ぇぞあの連中! 楽に稼げるんじゃなかったのかよ〜」
「助けを呼ぶしかねぇ! あいつらを確実に血祭りに上げられるほど強力な助っ人をぶぼっ!!」
次々と投げられる爆弾は、弱者を虐げた冒険者を一纏めに葬ってゆく。
そう、前倒しで突入したのは何も悪いことばかりではない。
時間が余っているからこそ、ギルド解体用ダイナマイトを設置する合間にも冒険者へ復讐心を爆発させる余裕も生まれたのだ。
烏合の衆はお互い様だが、冒険者にぶつけるエネミーを乱入させてスタートダッシュを切れたパニラ達が優勢を得ていた。
「みんなほんと凄いよ……私の不安も吹き飛んじゃう」
仲間達の勇姿をどこか羨んで見ていたエリコ。
しかし敵地ど真ん中でおずおずと見物していられる席など存在しない。
「ついに見つけたぜ……冒険者を裏切った魔王が」
「言いたいことはそれだけかい。だったら今度こそ引退に追い込んでやろう」
「悪はこの世に居着いちゃなんねぇからなぁ。お前が悪いんだ、とっとと死ねぇい!」
三方から忍び寄っていた冒険者が、勇んでエリコに飛びかかる。
その中でも一番早く接敵していた者は、振り向いたエリコを見た途端に自分の体に力が入らないことに気づく。
「あ……れ? いつの間に俺やられたんだ」
「うるさい」
エリコは振り向きざまに一人、袈裟に斬り捨てていた。
「なんでこいつまで……強いんだ……!」
「デスペナ明けない内に戦うのは早計だったかっ……!」
「しつこい」
間をおかず次の二人を、一閃のもとリスポーン地点へ送り返す。
エリコだって、元は序列1000位付近に迫るほどの冒険者だった。
これらは素行から減点されての順位でもある。共に旅した災害級のプレイヤー二人との比較により卑下こそしているが、エリコもまた不遇な環境の中で粛々と積み上げた力がある。
ジョウナと共に陽動を任したパニラの采配にも狂いはないのだ。
「なんだぁてめぇ。俺達冒険者は魔王と繋がっていた売国奴の息の根止めたいってのに、よくも……」
「だから魔王魔王っていちいちうるさいんだってば!」
エネミーを斬るようにプレイヤーを殺す。目元に怒りの涙を集めながら。
「私はっ、何もしてないのに! ずっと冒険者を信じたかったのに! そっちがわざと情報共有しないで騙してきたのに、なんでそっちの被害妄想が正しくなるわけ! 魔王降臨イベントはとっくに終わってるのに、まだ蒸し返すとか意味分かんない!」
「口が減らねぇ戦犯が! 未然の内に殺られたからって、さも私はなんも悪くないですゥーなんて泣きツラさせられるわけねぇだろうが!」
またもや新手の冒険者がエリコの暗黒面を糾弾しつつ迫る。
それでも、憎しみ滾らせたエリコとは鎧袖一触の顛末であった。
「私だって! あの時、魔王にされた時にダーツがもう一本でも残っていたら、ちゃんと自分に刺していたんだから! 冒険者ギルドを裏切りたいだなんて思ってもなかったのに!」
「【Aランク序列1位・アニマニウム】! 元帥さんの未来を脅かす悪党は、この俺が正義に代わって裁いてやる!」
「っ! やばっ!」
エリコが目の前に熱中している間に、また信心深い別の冒険者に背後を捉えられていた。
だが今度ばかりは反撃が間に合わない。
誰かが助けにでも来なければ、エリコはここで散りゆくしかなくなっていただろうが。
「ぐおおおお! 仲間は誰もやらせんのじゃあ!」
ここでもメーヤがすかさず割り込む。
パニラ達の盾となり、またエリコにも目をかけ、二つのポジションをどちらも護りに行ける手際は、必要性を見て彼女なりに開拓した技術である。
「へっ、お前らがどんだけ足掻こうとも、悪が正義になれるわけねぇんだよ!」
「正義は悪になってるくせによく言うよ!」
大盾を横から巧みに回り、視界外から飛んだエリコの刺突が敵の頸動脈に決まる。
即死判定をされた冒険者は膝から倒れ伏したものの、その口はまだエリコに不利を植え付けるするために開いていた。
「ゲホッ! だが正論は正論だ、お前らは最上階には絶対に辿りつけやしない。このまま一階も上がれず右往左往しているんだな……」
そう彼からすれば相手に絶望のニュースを遺して事切れたが、実際はエリコ達は突入前から周知されている情報。
却って陽動にまんまと釣られているという証拠になるだけであった。
「ともかく、わらわはすぐあっちへ戻るのじゃ! よいか、また無茶した時にはすぐ駆けつけるぞい!」
「ありがとう! 私もなるべく気をつけるから!」
メーヤは息をきらさず走る。エリコは手を振る余裕はなかったが、感情的になりすぎて突出した自分を救ってくれたことに感謝を抱く。
他にも、これまでか弱き人民を生かすために戦ってきた自分も、人に生かされているのだとしみじみ感じ入っていた。
そして同時に入れ替わるようにエリコの右隣に着地する者もいた。
「イヤーッハッハ! 連勝連勝! 久しぶりにホクホクの満足感がすっごい! なんかもう一生分の勝利はしましたって感じまでしてくるよ」
ジョウナが上機嫌に、白目を剥きそうにもなり頬を赤らめて鼻息を荒げているほど大量の冒険者をキルしたようだ。
そんな色々な意味で誤解されそうな状態だったために、エリコは隣からかける声が思いつかいでいたが。
「ねえ、疲れてない?」
とりあえず浮かんだ気遣う言葉、睨みたい気持ちを抑えつつ出した。
それをジョウナは、平熱に戻ったような声色となって返答する。
「いっちょ前にこのボクの心配かい? そりゃあねぇ、疲れたに決まってるよ」
「そうなんだ」
エリコは一呼吸し、額の汗を拭う。
あのジョウナでさえ疲れが現れ始めているのだと、より一層気を引き締め直したのだ。
だがジョウナは、エリコの思っているようなネガティブなニュアンスで疲れているわけではない。
「だってこいつら雑魚すぎるせいでさぁ、ちょっとどつくだけでもすぐ崩れちゃうもんだからさぁ、ボク勝ちまくりの走りっぱなしだからもう疲れちゃってぇ、全然動けましてぇ。次の雑魚はもうちょっと持ちこたえてボクを休ませてくれれば見返りとしてじっくりコトコト負かせてあげられるんだけどねぇアハハハハァ」
「う、うん……そうなったらいいね……」
あまりにも強い理由に気圧され、棒読みの声で返すしかない。
心配する必要というより意味が無かったと、戦闘狂の独特な感性にエリコが一番冷や汗を流していた。
そうしてエリコは、ジョウナの戦火がまだ残る冒険者群に目を向けたが、明らかな戦況の変化に気づく。
「あれ、うそ? ショゴススライムがいなくなってる!」
「いないも何も、ダメージが蓄積すりゃそのうち負けて消えるはずさ」
達観した答えを出したジョウナだったが、三つ巴の均衡が目立つことなく無に帰していた衝撃には堪えるものもある。
上階からの増援やリスポーンした冒険者の復帰なども要因だろうが、お世辞にも団結力があるとは言えない集団が無敵のエネミーを倒せたとなれば、相当な実力者が紛れていたことに他ならないだろう。
その中でエリコは、群衆の奥、階段を昇りつつある一人のSランク冒険者が目についた。
「俺は戻る。後はお前達の努力に任せても問題ないだろう」
ここに序列1位が現れていたのだ。
これだけの情報量だが、エリコには歴然の答えであった。
三つ巴の乱戦の最中、冒険者陣営に最も相性が悪いエネミー三体組に引導を渡していたのは、彼の可能性が高いのだと。
また、このまま逃がせばRIOの負担にのしかかってしまうと。
「絶対に逃がしちゃおけない! ねえお願い、1位を倒すために協力して!」
「くっふっふ……アッハッハ……アハハハハハハハ! こんなタイミングで神展開が舞い降りるだなんてさぁ、このボクの殺る気スイッチのくすぐらせ方をよく存じ上げてるこって!」
最上級の獲物の発見は、エリコの声が届かなくなるほどであった。上品な舌なめずり、次に肉食動物も怯みそうな獰猛な殺意を1位にマークした。
「よっし燃えてきた! あいつだけはボク直々にヤんなきゃ一生グズる自信がある。だからぐへっ娘は手出し禁止ね」
「いや協力は!? 相手はあの1位だよ! 邪魔するなって言われたって、一人で戦って本当に勝てるの!?」
「冒険者やってて目にかかったことなかったのかい? あの努力厨、常に大物ぶってるけど基本トドメ刺す時だけしか動かないハイエナ野郎だし? どうせわざと遅れてやってきてスライム三体とも美味しいとこだけ掻っ攫ったんだろうし。だからこんなハイスペック雑魚にボクが負ける道理は無し! キャッホウ!」
エリコの異議も虚しく、ジョウナは第一楽章を発動しながら再び冒険者群に突撃した。
まだまだ数十人は残る冒険者に正面から突破するやり方はジョウナらしいといえばらしいが、取り残されたエリコにとってはたまったものではない。
「あぁもうっ! そんなことに拘ってる場合じゃ……きゃあっ!?」
間もなくして、髪が持ち上がるほど強烈な暴風が吹いたと共に、冒険者を蹂躙するための無数の音符が軌道を正反対にエリコへと襲い、ジョウナ本人も踵を返してエリコの隣へ、退避していた。
「ちょっと! 今私の方に攻撃が飛んできたんだけどどういうこと!」
「この勝負、負けたかもしれない」
「うええっ!? 何でさ!?」
勝ち気な自信家に似つかわない空前の敗北宣言を聞いたエリコは、ジョウナと冒険者群を何度も交互に目を向けるほどに動転する。
落ち着けずに辺りを見回し続け、冒険者達が中央の道を開くように退いた瞬間、エリコが目にした物は銀に光る巨大な鉄の盾。
その盾の持ち主が構えを解いた時、全身を厚手の鎧兜で包む冒険者の姿が。ショゴススライム撃破の真の功労者にして、ジョウナの技を跳ね返したプレイヤーが判明する。
「フン。負け犬ジョウナにそのお仲間さんよ、てめぇらの勝ち組街道は、ここで通行止めらしいぜ」
「やっぱりキミだったかい。硬い黒歴史」
Sランク5位、通名はジェネシス将軍。この世界におけるタンク役の実力者二本の指のもう一つ。
すなわち、ジョウナが最も警戒し、最も相対したくない冒険者が行く手を阻んでいたのだ。