勝者と犠牲者 その3
「付き合っていられません。ですがあなたを取り除く理由が増えた点には、感謝しかありませんね」
RIOは通算二個目となる煙幕の玉を放つ。
やはり瞬く間にここ最上階を遍く広がる暗黒で包み、5位を姿から輪郭まで闇の中にくらますほどであったが。
「てめぇの頭はゆとりか! この煙はノーリスクで晴らせるって見せてやったばっかだぜ! 《破壊の魔法》! くっ!」
盾を巨大化させて頭上に掲げた時、腹部に剣戟が走る。
RIOの理解力は、一度見ただけで5位のブレイクマジックの特性から弱点を全て理解したほどだ。
相手が発動した際、盾で守らなくなる瞬間を狙っていたのだ。
とはいえ、胴を両断出来るほど相手の防御力は下がっていない。
「フン、俺のHPを少しでも削りたいってか。だが何が何でも俺が優先すべきは!」
5位はRIOの怒涛の攻撃を鎧で喰らいながらも意に介さず、破壊の魔法で即座に煙幕を吹き飛ばした。
目先の暗黒の刃よりも、この煙幕自体が危険である。防御力の余裕が生む堅実な判断だ。
まだ5秒目だが、煙幕を晴らし終えたと同時に破壊の魔法を緊急解除。この時もう遠巻きとなったRIOの方向へ盾を構える。
代償は通常通り降ろされるが、インベントリからこぼれ落ちるアイテムに肩代わりさせるために、要らぬ心配だ。
「き……! こんな形で生け贄にして、おかしいじゃないですか。何故そう当たり前のように人の命を冒涜出来るのですか!」
案の定5位の足元から転がっていた鉄の箱、再びそれを見たRIOは顔から激昂を顕にする。
「ヒスってんじゃねえよ敗北者が。でも俺は他の薄情な奴らとは違って、俺に貢献した犠牲者へのリスペクトは決して忘れねぇ。だから犠牲になったやつらの名前は全員記憶しているんだぜ。証拠にこの場で言ってやろうか?」
「記憶力自慢に何の価値もありません」
RIOは最早会話など応じる気もなくなり、3個目になる煙幕の弾を使い、全身を隠す。
「まさしく残念な美人だなぁ! こんな甘ちゃんに使われるアイテムの方が可哀想だぜ」
あまりにもワンパターンな行動に5位は肩をすくめて待ち構える。
そこから、煙幕に触れるよりも前にブレイクマジックを反射的に発動。どう絶望的なやり方で煙幕を晴らそうかと企んでいた。
ところが5位に煙幕がかかる数歩手前の時。
低姿勢となっているRIOの顔が、体が、足が、同時に出現したと見紛う速度で煙幕から飛び出した。
「うおっ!?」
煙幕が広がりきるまでは行動を起こさないだろうと踏んでいた5位は、これには目が点になって怯む。
その次のRIOの行動は、目にも追えない速度で完遂された。
「これなら、動けるものなら動いてみるといいでしょう」
懐に飛びついてもそこで剣戟をかけるわけでもなく、一瞬にして5位の手首を両手で掴み、更には足払いで態勢を崩し、上から両手両足を拘束する姿勢となったのだ。
「ってめぇ! クッ、そうだった、こいつは剣士じゃねぇ。やれることなら何でもやりにくる、暴力のバケモンだ!」
力で振りほどこうにも、腕力の差は歴然。煙幕は両者とも差別なく包み込んでゆく。
5位が四苦八苦している間にも、RIOは無駄なく剣でひたすら突いていた。
ただRIOも同じく両手が使えないはずなので、煙幕の内では歯で剣を咥えて攻撃しているだろう。
「こんなプロレスで時間を稼がれちゃシャレになんねぇぜぇ。でもよぉ、死ぬほど肝心なコレを忘れてるかどうか、いっちょ確かめさせてやんよ!」
5位は右手に握られている聖銀の針矢を、真下に落とした。
その針先はRIOの手首に向いており、手から離れたあとは重力に従って落下するのみ。
この取っ組み合いに熱中しているRIOに間抜けにもつき刺されば全て良し。
「忘れるというなら、一刻も早く忘れたいものです」
「やっぱ躱すか。これはこれで巻き返せるってもんだ」
RIOは拘束を解いて人幅1人分の距離を飛び退いたが、それならブレイクマジックで煙幕を晴らせて良しというもの。
「ハッハァ!! 3個目終了だぜ! 生きたいために大切な煙幕を無駄遣いするなんざ、そんなに必死か?」
煙幕は一分も持たず綺麗さっぱり風で晴らされた。
「こうなれば必死の決死です」
RIOは骨も噛み砕く力強さで下顎を閉じていた。
己を鼓舞する以上に、RIOの次の一手でもあった。
「それがどうしたタコ助……お?」
こればかりは意表を突かざるを得ないだろう。
RIOは5位のフルフェイスの兜へ向け、その口から大道芸でもしてるかのように煙幕を吹き出したのだ。
RIOは取っ組み合いながら咥えた剣で攻撃している際、煙幕弾を歯で挟むという仕込みまで同時に進行していた。
見るものに何度も新鮮な驚きを与える手品師の如きRIOの発想力がまたもや光っただろう。
5位の動きも一瞬止まるほどの意表を突くと同時に、作戦としても非常に効果的だ。
そもそも相手の視界を封じたいなら、何も部屋全体まで煙幕で覆わずとも相手の目さえ包み込めば完了だ。
「もう無意味な失敗は繰り返しません」
おまけとばかりに盾を上から剣で抑え込むことで、ブレイクマジックの発動を阻害しようとしていた。
「流石に驚いたぜ、マジでタコみたいになってんじゃねえかよ! 《破壊の魔法》!」
目には目を、奇策には奇策をと言わんばかりに、5位は巨大化した盾を滑らせ団扇のように仰いでみせたのだ。
小手先や工夫を重ねても、盾にブレイクマジックが発動された以上は阻害不可能。ちょっとした動作でも風が巻き起こるのだ。
「今回も無駄だったな。俺の防御をちょっとしか崩せなかった気分はどうだ?」
4個目の煙幕弾の寿命は、流星の如く儚い終わりを迎えた。
パニラから貰った煙幕弾も、残り2つだ。
こう何個も策が無為に帰してしまえば、精神的なダメージも大きくなる。戦略も奥手ともなるだろうが。
「あなたの性格のせいで最初から気分は最悪です。なので遊びもたけなわと参りましょう」
このような状況こそ、むしろ大胆な行動をとるのがRIOという強者である。
煙幕弾を2つ、両手でそれぞれ投げつけたのだ。
それぞれ吹き出る煙幕が場を包み込む速度は2倍になるが、効果はそれだけではないだろうと5位は推測する。
「なるほどな、煙幕が二重なら俺の防御力を下げる効果も2倍、最後にしちゃえらく肝が入ったやり方だが……」
早速、セオリー通りブレイクマジックで応戦の姿勢に入る。
だが今回は一味違う発動の仕方だ。
「単純すぎるやり方はパクられやすいんだぜ。てめぇが二重なら、俺は三重! 《破壊の魔法》三重発動!」
「三重も! 三人まとめて殺していることでしょう!」
「気にするとこそこかよ。ギャグで言ってんならギャグっぽい終いにしてやっから、好きなだけ後悔しやがれ」
一笑に付し、躊躇せず同時に3回発動。
盾を一回転する毎に竜巻などでは比較にならないほどの風力が迸る。
二重の煙幕もこれには成すすべなく彼方へと押し出され始め、RIO自身もあまりの風圧により立っているだけでもやっとの状態だ。
「うっしゃ6個目終了! てめぇの言葉を信用するならば、もう煙幕は使えねぇってこったな!」
5位の言う通り、RIOのアイテムは在庫切れとなっている。
しかも2〜6個目が覆った時間を合算しても、1個目の時間よりも短い。
5位の脳内情報で時間換算をするならば、おそらく15%前後の防御力低下といったところ。この割合しか下げられていないならば、RIOのどんな攻撃も痛手には至らない。
HPゲージだって、半分も減らされていないのだ。
5位は九死に一生――せいぜい五死に一生を得たと確信した。
「そうだ、わざと言い忘れていたが、この肩代わりボックスは少なくとも5個以上持っているんだぜ。だからこの《破壊の魔法》が解除されることはねぇ! 今度は10倍くらいの風力で再発動してやるからなぁ!」
「……そこまでして、大勢の人を生贄にしてまで勝利に執着するのですか! 卑怯者! 人殺しっ!」
「おうおう、悔し紛れしか聞こえねぇなぁ負け犬さんよぉ。更に更にッ!」
5位の策略はここからが最大の見せ所だ。
インベントリから聖銀の針矢を何十本、そのありったけを空中へとばらまいたのだ。
するとどうなるか。本来重力に従って落ちるものも、顔を上げていられない天災レベルの暴風に飲まれ、巻き上げられる。
塵や埃と一緒に、触れたら最期の飛来物のミキサーと化してRIOを巻き添えにするということだ。
「何ですって、こんな数をどう避けろと言うのですか……」
「物量の暴力ってやつはおっそろしいだろ! 俺はゲスカス元帥なんざよりも極悪人に甘くねぇ、勝者になるためには親の財産も利用し尽す! ギャン泣きしろォ! ヒャッハハハハー!」
5位は笑う。思い描いた理想的な勝利に酔いしれる。
とうとう煙幕も完全に消失し、RIOの姿、RIOの行動が目に映る。
RIOは、武器を槌にして吹き飛ばされない重量を確保し、飛来する聖銀の針矢をその場で弾き返すことで首の皮一枚を繋げていた。
また同時に、一歩一歩、足をあげた瞬間ひっくり返りそうになりながらも、足裏が地面にめり込む力強い足取りでゆっくり5位に近づいている。
そして攻撃が届く範囲まで歩み寄った途端、RIOは鎚を大きく振り上げたのだ。
「なんだぁ? 生意気にも最大火力で殺ってくるか。こりゃ往生際が悪いって言うもんだぜ」
そう呆れたような語気となりながらも、兜の内に隠れた目は怪訝となる。
RIOがいくら頭を捻ったところで付け焼き刃、5位の守りを破る術は依然として無いはずだ。
煙幕も晴らしている、俊敏性を発揮できない逆風も吹き荒れている最中。
ここでブレイクスキルを使おうものなら、即座に無効化するスキルを発動して防ぎ止められる。
なのに、確定した敗北をここまで理詰めさせたのにも関わらず、まだ諦めずに向かってくる様子には流石に不審がるしかなくなる。
「ったく、なんかもう俺以上にしぶとすぎてめんどくせぇ女だなてめぇ。でもまあ、敗北感よりも敗北そのものにしてやりゃ同じか。着飾ってやるよ」
何を企んでいようと言い逃れられない敗北を与えるため、聖銀の針矢を取り出した。
幸いにも、RIOは強風に加えて武器の重量によりアドバンテージである素早さは殺されている。
ここまで機動力の差が縮まれば、まぐれに頼らずとも一撃必殺の針を狙い通りに突き刺すのは容易い。
すぐそこまでRIOの攻撃は迫っているが、つまりこの距離まで引きつければもう聖銀の針矢からは逃れる術はないということ。
「犠牲者共、俺は今回も勝ったぜ! あの世で万雷の称賛を送れ!」
そう勝者への方程式を定める。
RIOの一撃を受け止める必要はあるが、勝者となるにはそれくらい安いものだと耐えてからクロスカウンターの要領で当てるつもりであった。
「……あん?」
だが、5位の右手は何故か指一本とて動かせなかった。
その上、右手だけでなく魂が肉体から切り離されたかのように全身の操縦が効かなくなる。
縛りつけられたり麻痺されてはいないはず。己の身に起きた不可解な現象は、それだけではなかった。
「な、なんだこりゃ、目が変だぞ? なんでRIOが遠くに離れて……俺が、逆さまになる……?」
またしても理解が追いつかない現象であった。
しかし、RIOは特別な魔術を放ったわけでもなく、ただシンプルにいつもの方法を行使したまでだ。
5位はこれまで、誰を相手取っても負け無しだったために、喧嘩別れした恋人のように疎遠となっていた本来身近な状態。
殆どのプレイヤーが経験しているはずのこと。
一文字で言い表すならば、『死』。
「や、殺られてる!? この俺が!? うええっ!? いや待った! こっ、こいつはおかしい!」
空前絶後の出来事に、理論的に認めることが出来ず言い訳の声を口走るが、現実は変わらない。
HPは全損。
砕かれた盾は破片が飛び、自身の頭部はホームランされ、RIOの一撃が5位を致死に追い込んでいたと把握。
RIOが強くなったというよりは、まるで自身の防御が弱体化したようなそれに、5位は既視感を覚える。
「まさかっ!」
まさかと思い立ったがすぐさまステータスウィンドウから状態変化を確認する。
5位は、もう遅すぎたとはいえ異変の正体を当てたのだ。
状態変化の項目には《防御力低下52%》と、最大の敗因ともなる文字が記載されていた。
「いやいやいや嘘つけ! 煙幕がそんな効いてるわけねぇ! 俺の計算式が間違えてるってのか!? だって煙ま……くじゃねぇのか!!」
言いかけた時、5位はようやく過ちに気づく。
最初に煙幕の真の効果を看破した、いや看破したと思い込んでいた時と同じく、間違っていた。
ペテンは何よりも強し。
煙幕の副次的効果が防御力低下だという有りもしない情報を、RIOによって巧みに前提が誘導され、思考に刷り込まれてしまったのだった。
「ただの煙幕でも、相手を思考まで出口なき霧中へ惑わせることも出来たようですね」
「ただの煙幕……マジか……」
防御力が低下した本当の理由。
RIOが答え合わせとばかりに変形した【片手剣】の副次効果であった。
時間ではなく、攻撃すればするほど防御力を下げることが出来る能力。
煙幕で姿が隠れられる間に、5位に見つかることなく片手剣へと武器変形。
煙幕が晴れれば両手剣なり鎚なりを使っていたと偽装する必要はあれど、煙幕自体は気取られないようにするための意味でしかないので防御力低下の目的には何ら支障なし。
1個目の煙幕の時こそ慎重さを第一としていたが、2個目から残弾が無くなるまでは、攻撃しない瞬間など無いというほどの連撃を絶やさなかったために、一撃必殺の決着がつけられる範囲まで防御力を下げきったのだ。
勝者の街道を歩むためには手段を選ばず、自分のために何人死のうとむしろ良いことだと捉え、ジョウナ相手にさえ負けなかったジェネシス将軍でも、RIO相手には敗者に転落するしかなかったのであった。
「あなたの犠牲のおかげで、この世界に住む人々は救われます。皮肉などではなく、これから始まる世直しに喜ぶべきでしょう」
「こんなやつに負けんのかよ……クソっ! クソおっ! クッソおおおおっ!!」
負け犬は遠吠えし、勝ち馬は心で嘶く。
ただ一人、一人きりになっても犠牲を生み続けた5位と、処理落ちも発生するほど多くのコメントから喝采を浴びるRIO。何もかも対照的な二人は、勝敗も対照的となった。
「さて、払って然るべきリスクから逃げているばかりの小物など、今となっては怒りも感慨も湧きませんね」
RIOの形相が無となる。
これは終わりではなく、あくまで目的までの壁の一つであることは忘れてはいない。
柔らかくなった5位の頭部を鎚でプレスし、敗死した冒険者を背に、目的であるグランドマスターが籠もっている部屋のドアを破壊した。
次回
処刑