勝者と犠牲者 その2
「まだ大して下げられちゃいねぇが、この煙幕、吸ったら駄目なのか、触るだけでアウトなのか。とにかく、泥仕合はヤバい!」
そう口元を手で抑えながら考察する。
思えばこうなったのも、煙幕が発動されてから。そう仮定すれば、自ずと他の疑問点にも答えが出てくる。
この煙は部屋全体を覆うほどの広範囲、そうなればRIOも煙幕による状態異常は免れないだろうが、あちらは防御力ではなくHPで耐えるステータスだ。
よって影響が大きくなるのは5位の方。
5位はどんな攻撃も通さない防御力こそが長所ではあるが、防御力低下などの状態変化への耐性こそは、高くても万全ではない。
数パーセント程度綻びたところで大したことがないのもあるが、普段ならトップ5パーティの回復役である3位の能力により、手遅れにならないうちに解除するからだ。
だが5位は現在単騎である。
しかも他の冒険者をこの最上階に招く権限がない。
「一旦、作戦変更を強行するしかねぇ。作戦か……ハハハ、それならそれで一ついい方法があるじゃねえか」
それは逆に言えば、打開策が出ているも同然である。
「こうするしかねぇのかよクソがっ!」
やはり判断は早かった。
行動も同様だ。5位は壁に密着する。
「おいグランドマスター! そこにいるだろ! 俺の声が聞こえていんなら、Sランク序列3位の冒険者を今すぐに招け!」
5位は賭けた。
この最上階へ他の冒険者を自由に招集することが出来る人物はこの世に二人、その内の一人に命運を託す。
この壁を隔てた向こうに籠もっているグランドマスター。
無駄に疑心暗鬼であり異常なほど他責思考で、寝られない元帥以上に勝者にふさわしくない人物に頭を下げるような恥をかくことになったものの、判定勝ちの路線を維持するためにはやむを得ないというものだ。
あわよくばトップ5の他全員も招くことが叶ったのなら、RIO相手に粘る以外にも色々なことが出来そうだ。
本人からの返事は、時を置かずして壁の向こうから聞こえて来た。
「ななななっ! なんじゃと!? 四天之王なんぞを一人でも最上階に招けば、ワシの身が危なくなるに決まっておろう!」
しかし、どう聞いても色よい返事ではなさそうであった。
「奴等はこのワシを廃そうとする謀反人に墜ちたと、元帥さんが洗いざらい調べ上げておったぞ。ききき、貴様さては、ここで奴ら四天之王と共謀して、ワシと元帥さんの座を簒奪するつもりではなかろうな!」
「あんだって!?」
それどころか、まるでグランドマスターへの裏切り行為と解釈されているほど。
「惚けても無駄じゃ! ジェネシス将軍が四天之王と結託している動きがあれば、慈悲をかけず謀反の嫌疑をかけろと元帥さんから頼まれておってのぉ。そうかやはり貴様も正義に背くということじゃったか!」
「俺に分かる言葉で喋れや! というかそうもいってられる状況かゴラ! もう3位じゃなくていいから回復に長けてる冒険者をはよ呼べ! もし俺がやられたら次はグランドマスターが死ぬ番だろ!」
「いいや正義は勝つのじゃ! ワシと元帥さんの言葉こそ絶対の正義ィ! 死ぬなら貴様一人が死ねい! 死にたくなければさっさとその極悪人を追い払えいっ!!」
壁に大きな物を叩きつける音がひとつ鳴り、それっきり壁の向こうから声が聞こえなくなった。
賭けは大損失だ。
これで、RIOと5位による水入らずの頂上決戦は確定路線となる。
流石に保身にかけては周到な寝られない元帥。
万が一の事態に備えて遺した保険は、効果てきめんだったといえよう。
「ふざけボケ元帥が……地獄に落ちやがれ!! がああっ!」
「では奥の人と二人仲良く赤い花を咲かせて頂きましょう」
RIO追撃はとっくに始まっている。恨み節もいってられない状況は続く。
相手の攻撃にはまだ耐えられてはいるが、このまま際限なく防御力を下げられてしまえば、死さえも見えてしまうだろう。
一か八かで聖銀の針矢を刺そうにも、この作られた闇の中でタイムリミットまでにまぐれ当たりを狙うのは望み薄。
なので5位は頭を抱えず働かす。まぐれよりも堅実な方法で打開出来る手段を探る。
そして5位には、煙幕を晴らす手段が一つだけ、大がかりな方法だがたった一つあった。
「万策尽きてねぇぜ……。アレをやればな……」
「む?」
RIOは虫の知らせのように危険を察知し身構えた。
5位の全身に、強大なる破壊のエネルギーが集束される。
今や強者なら誰もが修得している、あのハイリスクハイリターンの大技を発動するつもりなのだ。
「ちょっと勿体ないが、やらなきゃ勝てないっていうならとことんやらせてもらうぜぇ。《破壊の魔法・将軍必勝大衝撃》! ごおらああああっ!」
発動と同時に盾が何倍にも巨大化。
5位はその盾を頭上に構え、反りながら旋回しはじめたのだ。
「うおおおおおおお!!」
魔王降臨イベント以降、5位が新たに習得した切り札。
その能力は、ひとえに竜巻だ。
本体の攻撃力が低いためにダメージを与える目的では使えない。しかし、傾いた戦局を再び押し返すには十分である。
盾が一回転する毎に、強大な風が部屋一面に吹き荒れ黒煙の霧を彼方へと吹き飛ばすからだ。
「ハッハッハァ! 見つけたぜぇRIO! 暗闇を切り開けば、気分も晴れやかになってきてしゃあねぇな!」
いよいよ壁際まで離れているRIOの姿も顕になる。
だがブレイクマジックが発動されてから風に抵抗したり攻めかかるともせず、怪訝な目で5位の様子を見ているだけ。
RIOが最も気になっているものは、そのブレイクマジックの性能ではないからだ。
「五秒……六秒……」
RIOはただ、武器を正眼に構えたまま頃合いを見計らう。
「うらっしゃあああっ!!」
「八秒……九秒……」
秒数を淡々と唱えていたRIOだったが、9まで数えた瞬間に5位に目を向けた。
ブレイクマジック使用者に例外なく降りかかる代償を注視しているのだ。
「フゥ〜、仕切り直しだな」
盾は元に戻り、ぶらぶらと手足を揺らしてリラックスしているかのような5位。
代償は見るからに五体でもない、また五感でもなさそうであり、RIOの目では判別不可であった。
「相手の隙はどこに増えたのか、難問ですね……えっ」
その代わりとでもいうのか、ボトッという薄気味悪い音と共に地面に落ちた鉄製の箱。
「なんなのですか、そのアイテムは……」
それを目撃したRIOは、煙幕を晴らす手段うんぬんが瑣末事になるほど、見た目以上に信じられないものを見てしまったかのように穴という穴から汗が吹き出ていた。
それほどまでに衝撃的でも無理はない。
何故ならその箱の中からは、ほんの先程まで人が生きていたかのような血臭反応があったからだ。
「この俺が、ブレイクマジックのリスクを対策してないと思ってたか?」
5位は代償を恐れていなかった。
言葉に嘘はない、実際に代償を無くしたからだ。
無いものを恐れる必要などない。
「対策って……この箱の中身の人間が、どう対策に繋がるのですか」
「いや人に聞く前に自分で考えつけや。そりゃ破壊の魔法の代償を他人に肩代わりさせたに決まってるぜ。ほれすぐ考えつく仕組みだっただろ」
「肩代わりですって、他人に……! ならやはり、あなたが人間をこの箱の中に閉じ込めたということですか!」
パニックになりかけていたRIOだが、ここでパニラの姿が脳裏によぎる。
代償を肩代わりされ、結果として声を奪われることになった冒険者ギルドの技術。
「ちょい待て、これじゃまるで俺がマッドみてぇな体で話進んでるみてぇだが、ちゃんとギルドが飼ってる死刑囚の体を使っているし、そいつと同意の上ではあるぜ。というかこれ自分から受け入れなきゃ効果出ねぇからよ」
パニラの情報から更に合理的に改良されている。
これでは改悪されたと言う方が近いだろうか。
「同意って、まるで人に聞いたみたいなことを!」
RIOの握りこぶしが赤みが増す。
同意を取らせるだけなら人の意思など関係なくなることは、RIOには予想がついていた。
どんな形でさえ同意を取れれば後は5位のこれから話す通り。
「別にそのままの形で連れて行っても良かったんだぜ。だがそうなったら護る対象が一人余計に増えちまうし、ピンチになったり発動しようとした時なんかは逃げられちまって不便だろ? だから邪魔になる手足をちょん切ってこの箱に入れるコンパクトサイズにした後は、ホルマリン漬けならぬポーション漬けにして完成だ」
「は、はぁ!?」
「だいぶ綱渡りのやり方らしかったが、技術ってのは日進月歩なんだってよ。てめぇのその反応は、羨ましさの裏返しってやつか?」
RIOにとって的が外れている言葉を返す。
羨ましさなど断固もっての外、そう突き返す言葉が出なくなるほど本人は体の震えが止まらなくなっていた。
中の人間が抵抗も許されず受け続けるであろう地獄の苦しみ想像するだけで、RIOの正義感と共感性は否が応でも激痛をリンクしてしまうほど耐え難い事実。
なお、このアイテムは一度でも代償を肩代わりした時点で中の人間が耐えられず息絶えてしまう脆弱性があるが、これを欠点と言う者はいない。
より多くの人数を調達し、量産し、使い捨てるまでだからだ。
「人間を人間ならざる姿に変えて、あなたのその大技のためだけに命を犠牲にするだなんて、なんでそれを自慢みたいに語れるんですか!」
「ハハハ、負け犬が遠吠えしてやがる。俺は極上の勝利しか興味がねぇ、傷の舐め合いが趣味のてめぇと違ってな! 勝つためならどんだけ犠牲をサービスしても、文句もヘッタクレもこれっぽっちもありゃしねぇ」
「その理屈のせいで、エリコがあなた達の犠牲にされたのです! 仲間を裏切ってまで得た勝利など、勝利と呼べるはずないでしょう! エリコはあなた達の勝利のためにどれだけ……!」
魔王降臨イベントの終盤、心に根づいた凄惨たる光景がRIOを突き動かしにくる。
5位がエリコの冤罪を肯定した理由が分かりかけてきて、そうなればうら若きRIOが己を抑えられなくなる理由にも繋がってしまい。
「だからエリコの犠牲のおかげで俺達冒険者の完勝になったんだからエリコは飛びあがって喜ぶべきだろ? てかなんでこっちの話におめぇが揚げ足取ってくんだ、冷やかしたいなら失せとけ」
「きっっっ!!」
起爆寸前の咆哮が喉を荒らす。
噛み締めた牙の先は、下唇を貫いて滴らせる。
RIOは改めて悟る、冒険者達は冒険者同士で反目することはあっても、一皮むけばどうせ皆同じでしかないのだと。
彼の人間性、精神性に、理論理屈、いくら言っても懲りない部分を見せつけられ、しまいには最愛の人を侮辱されるというタブーに触れてしまったのならば、5位の言葉が意図的な挑発だろうと本心だろうと同じことになる。
呪いが実在していたら何度も呪い殺しているほどの憎悪の目線が刺し、そして台詞が告げられた。
「……煙幕弾はあと五個あります。笑うほど犠牲が好きなら、次の犠牲者はあなたで決まりでしょう」
ところが、RIOは限界まで抑えきってみせた。
激情に駆られて知性のない暴力が噴出すれば負ける。大切な人も踏みにじられる。これらもまた、かくいう目の前の冒険者相手から失敗で学んだことだ。
愚かなだけの行為は二度も繰り返さないのが、若きRIOの持つ成長性だ。
「俺かぁ? いいや、俺はこの世界で最も犠牲になってはいけないキーパーソンだぜ。まあでもこの箱の中身と逆の立場だったら、もちろん喜んで命を差し出せるけどなぁ!」
そう鉄箱をかかとで蹴って障害物にならないように移し。
「ヒッハハハァ! そんじゃこっからはぶち上げていくぜ! 今日も俺は、犠牲の数だけ強くなって勝利する!!」
そう極限まで堂に入った声色で言い放ち、RIOの煙幕を破壊の魔法で迎え撃つ態勢に入った。




