勝者と犠牲者
Sランク序列5位・ジェネシス将軍は守護神とも称されるほど、冒険者ギルドの防衛にかけては無くてはならない人物である。
その異名に違わずトップランカー全員から固い信頼を置かれ、一年前にトッププレイヤーとなったために魔が差したジョウナ相手にさえ、一退も引き下がらずに食い止めた武勇伝は、冒険者ギルドの世界的地位向上に一役買ったほど。
四天之王を用済みにする予定だった寝られない元帥ですら、彼の最終防衛ラインを護り通した防御力、また寝首をかかれる心配をしなくてもいい攻撃力に目をつけ、Sランク序列1位の座を餌に懐柔工作をしていたほどだ。
もっとも、結果的につい先程見限られたのだが。
5位は順位に不遇をかこっているわけはなく、悪を裁けない攻撃力と謙虚さを理由に自ら5位に甘んじていると見落としていた寝られない元帥のリサーチ不足もあるだろうが、それ以上に肉体もさることながら精神面も不動であることの現れなのだ。
勝つことよりも負けないことを第一とするタンク職としての役割こそ彼の全て。
だがその能力に反して、誰よりも勝利に真剣であり、潔癖でもあるという気質を持っていた。
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「煙幕っ! クソ、なんも見えねぇ。こんな小細工なら死ぬほど味わってきたがよぉ、ここにきてちょこざいにウゼぇもん仕掛けやがるとは!」
5位は様変わりした視界に狼狽した。
瞬く間にして一寸先も見通せない空間となったこの最上階。
言い換えれば失明したに等しい状態。RIOの位置を把握するにも覚束なくなる。
「くっ」
5位の後方から、盾の守れない方向なら鎧に剣戟が走る感触が伝わる。
もちろんただのラッキーパンチで当てた攻撃ではない。
「糞ダボがっ! そこだっ!」
「はあっ!」
攻撃を受けた方向に振り向いた途端、また背中から鎧に衝撃が加えられる。
俊敏性ならば、軽装のRIOが何枚も上手である。
5位はどんな一撃もその盾で防ぎ止めるつもりではいたが、この状況下では勘でしか敵を追えられない。何しろ自分自身の体すら見通せないほどの濃い煙幕だ。
多少の時間経過で晴れる気配も無く、ここはまさしく光の届かない世界。
「スケールがでけぇやつだ! 冗談キツイぜ。こいつ、夜を生み出しやがったか!」
5位はこの煙幕の意味を全て理解した。
影さえかき消すこの暗闇、つまり吸血鬼がホームグラウンドとする空間だ。
RIOは跳ねて攻撃しようとも、盾を掻い潜って攻撃しようとも、人間では並び立てないアドバンテージを有した以上、好きなように死角をつけるし死角をつかなくても自分の望む通り。
「はあっ! さて次は……この位置!」
四方八方どこからでも変則的に攻撃が飛んでくる。
まるで、この煙幕全体がRIOの刃になったかのようであった。
「……チマチマとジャブ攻撃するってのは、なかなかかわいいところがあるじゃねぇか。なぁ」
だとしても、戦況に変わりはないのだ。
雀の涙程度しか削られていないHPゲージを確認し、5位はほくそ笑む。
5位の防御力は盾だけではない。
まるで当然の理屈であるかのように鎧で食らおうどもかすり傷一つ与えならないのだ。
一瞬攻撃が止んだ瞬間を見計らい、左手は盾を正面に構え直し、右手には聖銀の針矢を取り出し。
「オラッ!」
RIOが潜んでいると予想した空間へ、聖銀の針矢を刺す。
だが文字通りの闇雲な攻撃はRIOには当たらない。RIOの一撃が5位の後ろに命中する。
「フン。おらよっ!」
受け止めつつ再度突き刺すが、またもや当たらない。
しかしそれでも『即死する攻撃が常に肌を狙っている』という牽制には繋がるだろう。
外れる度に確実にRIOからの攻撃を受け続けるが、堅牢な守備に音を上げさせるまでには遠く届かない。
「オラァ! オォラァ! 煙幕で不利になってんのはどっちだオラ!」
聖銀の針矢を当てるために腕を振る、殴るように振る、突き刺すように振る、斃すべき邪悪なる魔王がそこに存在するかのような勢いで振る。
一度たりともかすりもしていないが、そもそも一度でも当たれば勝利なのだ。
よしんばこの泥仕合がこの先何時間続くとしても、その分だけ下階で行動を開始しているRIOの仲間も消耗してゆく。
またRIOもその危機的状況は無論織り込み済みであろう。
再度放った斬撃も、彼にはかつて魔王城の地底で相対した時よりも弱々しく感じていた。
「そこらで踊ってねぇでもっとブッ殺す気でかかってこいや! 出来ねぇんだろ? 聖銀の針矢にビビっちまってるもんな」
返事が聞こえてこないのはストレートな図星だったか、話せないほど集中しているのか。
RIOが全神経を攻撃に回せばもう少しはまともなダメージは見込めるかもしれないが、そうすれば最悪の事態に接触しかねない。
だから攻撃しつつ逃げられる態勢を整えるしかないと、5位は読み取った。
たとえ一寸先が見えなくとも、5位には敵の心理などお見通しなのだ。
「結局てめぇのやってることは『逃げ』でしかねぇ。聖銀の針矢に一発も当たれないプレッシャーから隠れるためだ。だから攻撃がミソカスだ、味で例えるなら無意味! あーあ、見えないっつうよりは見てられねぇってか。この体たらくじゃお前のお仲間さんも不憫ちゃんだぜぇ」
そう激しくも涼しげな顔でRIOの攻撃を受け流してみせた。
最早RIOによる攻撃のクセも掴んだようである。
そうとなれば5位が守勢となるサービスタイムはここまで、聖銀の針矢を握り、本格的な反撃を敢行する。
「俺はてめぇとは違ぇ。俺の護りは盤石だ。最悪の事態から遠のいてる安心感はプレッシャーをはねっ返し、戦略の自由度もデカくなる。だからこそ心置きなく攻めに全振り出来るんだぜぇ」
驟雨の如き連続突きで、RIOを精神から着実に追い詰めてゆく。
5位による5位だけの勝利までは、文字通り当たらずとも遠からずといった段階に差しかかっているだろう。
泥仕合へ傾いていたと思わしき戦況も、ここまでくると蓋の中身が明確になってくる。
これこそが、一撃でも当たれば下階の仲間もろともチャンスが潰えるRIOと、一撃が当たらなくてもいくらでもチャンスが舞い込んでくる5位の差であった。
「ハハハハ! 真理を教えてやる、防御こそ最大の攻撃だ。てめぇ程度がここに来るには、あと百年くらい修行とお勉強が足りなかったみてぇだな!」
「はあああああっ!!」
RIOの吶喊と同時に、今度は盾の真正面から一撃を受ける。
しかもこれまで受けた中で最も威力が乗せられた攻撃だ。
それでも痛手を与えるにはまだ威力不足だったのが、5位の5位たる所以なのだが。
「ムキになったあまり力んだと見た。てめぇはこれでおしまいだ!」
返す刀代わりにダーツを突き刺す。
5位自身、余裕を無くしたRIOなら絶対に命中したかと思うほど確実な一撃だった。
ところが既にRIOは正面から離れており、5位が空振りしたと同時に更に強力な一撃を浴びせていた。
「流石に場慣れしてやがるな。もういっちょ!」
また同じようにRIOがもう1段階上の攻撃を仕掛けてきた場所へダーツを刺す。
しかし当たらない。
「どんだけ運がいいんだてめぇ!? だが今度こそは!」
5位なりに、慢心を無くせるだけ無くした三度目の正直のつもりであった。
それでもだ、腕を伸ばした瞬間に外れたと認識したほど確実なる空振りを招いていた。実際問題かすりもしない。
「チイッ! 詰んだと分かればおちょくる戦法にでも切り替えたつもりか! この俺に舌打ちさせやがって……」
「せっ!」
「ぐっ、ぐ?」
RIOの攻撃を食らった瞬間、5位は早くも違和感に気づく。
パーティの盾として星の数ほどの攻撃を受け止め、さながらソムリエのような域に達していた5位ならではの判断速度。
今の攻撃は精神的にも物理的にも衝撃を受けたと、声としても出していたからだ。よろめきもある。
「な、何だ。RIOの攻撃がまた、いやまだ強まってるような……? さっきのはあれで本気じゃなかったのか?」
「そこっ!」
「おおおっ!?」
これ以上の威力はないというほどの攻撃を受け止めたというのに、RIOがまた僅かに、もう1段階威力を引き上げたかのような攻撃を仕掛けていた。
「そんな馬鹿な! こいつにまだまだ上があるなんざ絶対に有り得ねぇ! 本気を出せるなら最初からぶっ放しているはずだ。わっ分からねぇ」
予想もつかない攻撃を食らい続け、とうとう困惑の色が現れ始める。
推測しようにも、RIOがいきなりレベルアップしたような形跡は確認できない。
ましてや先程まで尻込みしていたほどだ。
「まさかっ!」
まさかと思い立ったがすぐさまステータスウィンドウから状態変化を確認する。
5位は、異変の正体を当てたのだ。
「まさか……まさかだった。これは、俺の方が弱ってやがるのか!!」
5位の予想通り、そこには《防御力低下(8%)》と付与されていたのだ。
しかも、たった今《防御力低下(9%)》へと悪化した。これはつまり一気にこのパーセンテージまで低下したのではなく、少しずつ。恐らく現在も、ここに表示しきれていない小数点以下の数字は緩やかに、確実に上昇しているのかもしれない。
「どういうこった! いつからこうなってる! 何をされたせいだ!」
「ふふふふふ」
「てめぇ笑ってんじゃねぇ! えぇ!?」
RIOの不敵な笑い声が後ろから響く。先程まで前方から猛攻を受けていたのにだ。
動揺していたあまり、背後に回られたのを見逃していたのだ。
我が身に起きた状態異常だが、必ず何かしらの理由で付与されているはずだ。
原因究明を阻むようにRIOの攻撃が間断なく放たれるが、それでも戦いながら考えるなど冒険者には義務教育レベルのこと。
程なくして、一つの結論へと至る。
「やっぱただの煙幕じゃねぇってことか。この煙、俺だけのために、俺を攻略するためのものだったのかよチクショ!」
「まだ傷が浅いうちに謎を突き止めたつもりですか? ですがどのみちそのうち致命傷を負うことに変わりありませんが」
蓋を開けてみればRIOは最初から冷静そのもの、思う壺。
そう、踊る阿呆を見ていたかと思えば、5位の方こそが気づかぬ内にRIOの手のひらに踊らされていたのだ。