幽冥界五日目
迫る決戦の日
迫る最終回
もちろん今日も幽冥界をひたすら歩きます。
変化に乏しい景色を一瞥しながら、悪く言えば毒にも薬にもならない、良く言えば比較的安定した道のりが続いているため、弛れるのは致し方ないとしましょう。それを見越して配信していない節もありましたし。
そう現状を考えてみれば、妙に安定していますね。
「……ここまで冒険者の襲撃が一度も無いことが意外ですよね」
物見遊山のつもりではありませんが、こうも安定していると、暇もあって口も軽くなるものです。
「そういえば盲点だったかも。私、冒険者とだけ戦うつもりでいたから体が鈍っちゃってるよ」
(雁首揃えて制裁しに来れば話が早いんだけど……しょせん冒険者に勇敢なやつなんかいるわけないよね。立てば生き恥、座れば無様、歩く姿は臆病者だもん)
パニラさんのユーモアセンスに富んだ痛烈批判により、エリコが「ぷふっ!」と吹き出しました。
時々コメント欄に現れる秀逸なコメントはパニラさんなのでしょうかね。
しかし敵の立場になって考えてみれば、あの神話生物もどきが闊歩している幽冥界にわざわざ出撃したり待ち伏せたりなど、まずリスクが高すぎてやってられないですからね。
だったら私達側が幽冥界の手合いと格闘した末に野垂れ死ぬか消耗するかを期待した方が楽というもの。無責任な冒険者ギルドなら本当に考えかねないことです。
「数えきれないくらいの冒険者が相手になるけど、トップランカーの人達とも戦うんだよね」
「確実でしょうね。時にあなたは同業の冒険者と試合なり喧嘩なりでも直接戦った経験はあるのですか?」
「うーんと、そういうのあまりないんだ。冒険者同士の私闘は罰則あるし、意見がぶつかったとしても序列が上の人の意見を優先するルールもあるから、果たし合いなんてのもやる必要ないんだよね」
エリコに対人戦の経験が浅かったとは、ここにきて新たな課題が生まれましたか。
とはいえゾンビ系エネミーや人型悪魔相手と同じ要領で戦えば実用に耐えうるとは思うので、深刻に考えるだけエリコを奥手にさせるだけです。
問題は、エリコの不安視していたトップランカー達。
「有象無象の冒険者ならまだしも、序列上位十名、彼らと対峙した場合の対策が急務となりますか」
(上澄み共ね、まあいつか対策したかったからちょこっと話そう)
パニラさんもそう文字で仰っているので、話題は対トップランカーへと移り変わっていきましょう。
実際問題、冒険者一人一人の対策をきめ細かく話していても埒が明かないですからね。
私も今は昔となった魔王降臨イベントの時、エリコへの裏切り行為を働いたトップ五人と殺し合いましたが、全員逃げおおてなければその後はどうあれ敗北が確定していたほどです。
それほどまでにトップランカーは手強い敵。
「逆に序列上位十名以外に危険そうな冒険者はいないということでよさそうですかね」
(数だけべらぼうに多いし玉石混交だろうけど、RIO様にかかれば取るに足りない程度だろうし、そのトップ10位の次に順位が高い人はエリコ氏が、ね)
「11位のセラフィーさんは冒険者やめて街を守っているけど……10位、9位、8位、7位は最近はログインしている痕跡もないって掲示板で噂してたよ」
エリコによるとそのようです。どういう事情であれ、冒険者ギルドも拍子抜けするほど一枚岩ではありませんか。
その中で十位と九位は、よく覚えていませんが前に私が勝利してから臆したのかログインしていないみたいなので、偽情報の可能性も低くなりました。
「とりあえず四人除外ですか。復帰する可能性が完全にないとは楽観視は出来ないですが」
歩き作戦会議も、いい調子でまとまってきました。おかげで警戒すべき冒険者はこの六人に絞られました。
1位、真輝之王・シンキング
2位、錻力之王・ブリキング
3位、怒気之王・ドッキング
4位、盗塁之王・スライキィング
5位、ジェネシス将軍
6位、寝られない元帥
全員記憶から消したくなる不快な通名です。
「あちらも六人でこちらも六人」
(数だけは対等なんだけどね。こっちはジョ・RIO様の飛車角が落ちた時点で負け確なくらい極端だけど、こいつらトップランカーなだけあって平均値は高いし、おまけに役割のバランスも芸術的にとれている)
これはこれは、パーティ同士の戦いで括ると難儀しそうです。
互いのパーティ構成をポーカーで例えると……上手い例えが思いつかないので遭遇したら出せる札を出し切らねばならない敵と仮想し、六人の詳細は他の人の意見を仰ぐことにしましょう。
たとえば。
「盗み聞きするくらいなら会話に入ってよ。というより色々聞かせて、元冒険者1位の殺人鬼」
「使える手段を尽くしてでも勝つためなので、情報共有して頂けませんか」
かつての立場上、この話題に一番詳しそうな人がジョウナさんでした。
「おっ、ボクに聞くかい? 目を合わせる度に邪険にしといてさぁ、こんな時だけ都合よく聞いちゃう系?」
「全てあなたの蒔いた種ですよね。犯した罪は一生消えません」
「分かってるゥ! やっちゃったことは取り消せないから罪悪感が生まれるんだよねぇ!」
どうして憎まれ口を叩いたのに今回は上機嫌となるのか、今更ですかね。
ジョウナさんはひとしきり小気味悪い態度をとってから、一転して神妙な表情となり、答え始めました。
「そうだなぁ……じゃあまず6位の寝られない元帥は戦えさえすればぶっちぎりの雑魚だからいいとしてだ」
右の手の指を立てると、一本ずつ数えるように折っていきます。
「甘っちょろいオスガキの4位、おつむイキリオタクの3位、お人形ごっこ趣味の2位、努力厨1位、どいつもボクにとっちゃ雑魚に失礼なほどクソ雑魚なんだよねぇ」
「はぁ、だったらあなた一人を突撃させれば即勝利ですね」
「極端になるな〜? ボクの一番ちっちゃい指を見ろ、あと一人いるじゃないか、堅いだけの5位クン」
そうジョウナさんはこれ見よがしに小指を上げたり曲げたりを往復していました。
「その冒険者、他とは特別な差があったりするのですか」
「通名は【ジェネシス将軍】、マイナス面の差ならキング組からハブられてる通名ってとこだけど、トップランカーの話題を語るにはソイツの存在だけは欠かせない」
「ほう……」
どうやら雑魚、ではなさそうですね。
軽薄さが鳴りを潜めた語調により、こちらにも緊張感が走ります。
「1位から4位よりも、5位こそ最も厄介な冒険者ということですか」
「厄介厄介、トップ5を通ぶりたい評論家の試金石のみならないほど超厄介。誰か一人だけ厄介な冒険者を挙げろと言われたとしたら、ボクは即答でコイツの通名を出すと決めているんでね」
ジョウナさんでもそれほどまでに買い被っている冒険者ですか。
序列がそのまま強さの格に直結しないことは私でも常識になってますけど、これは虚を突かれました。
「その冒険者の対策はあるの? 私だって飛車角のお荷物になりたくない!」
(エリコ氏ごめんよ、そんなつもりで将棋にたとえたわけじゃなかった)
「対策つったって、ボクそんな勤勉じゃないしぃー、わっかんなぁい!」
「こっちは真面目に聞いてるの! 真面目に答えて!」
エリコの剣幕が不届き者の耳を貫きました。
ジョウナさんはやれやれと頭を掻きながら「ホントにわかんないんだけどなぁ」と呟きはしましたが、考えをまとめてから話し合いを再開しました。
「堅いだけの5位、と言い換えれば雑魚そうに思えるだろうし、実際攻撃力は無いからタイマンで戦えば時間はかかってもぐへっ娘でも勝てるよ。だけどその想定は机上の空論、だってあいつが一人で現れるなんて基本的に無いんだからさぁ!」
「じゃあ……他の冒険者とのシナジーが抜群にいいから厄介だってこと」
「ボクともシナジー発揮しそうだよね! でもキミのいう他の冒険者は主にキング組だから超絶厄介。ジェネシス将軍が戦線に居座る限り、正義の王共は舐めプ魅せプも気の向くまま。勝たせないことこそアイツの本領……ってあーやだやだ、さっさとまーけーろざーこ」
なるほど、ジョウナさんの苦手な特徴をすし詰めにしたような冒険者ですね。
他の冒険者らが彼一人に護られている間は実質無敵状態となるならまだしも、そのせいで勘違いした冒険者がますます粋がってくるであろう配信画面にも見るに堪えない戦況が想像出来ます。
ジェネシス将軍の壁を突破しなければ、王に迫れもしないとは。
「とにかくその冒険者こそが敵の全てなのですね。私が序列を査定するならば五位どころか一位にしてあげてもいいほどですけど」
「んまあ、縁の下の力持ちなんて普通つまんないし目立たないキャラになりがちだろう?」
「ああその意見にはなんだか同意してしまいますね」
事件を解決した者よりも未然に防ぎ止めた者こそ優れているのは私の持論ですけど、シビアで歪な人間社会において最も評価されやすいのは花々しく事件を解決した者になりがちです。
いいでしょう、序列五番こそ最も打ち破るべき潤滑油の屋台骨として評価しましょう。
魔王の力が発現し、背を向けたトップ四人衆を屠れる絶好の機会が訪れた時も、そのジェネシス将軍がたった一人で殿となったために全員取り逃してしまった記憶が、憤怒の記憶が、怒りで敵を殺せるならばどれほど楽だったでしょうか。
ですが怒りは無力な飾り物でしかないと、二の轍は踏みません。押して駄目なら引くことも辞さず、戦術で殺しましょう。
「ううう、ダメだぁ。勝てる方法が思いつかないよりお〜!」
「私もタンク職とは何度も戦う度に苦汁を舐めさせられてますからね。まあこちらにもタンク職はいるのですけど」
「のじゃ?」
メーヤさんも、短い間ですが私が出会ったタンク職ではトップクラスの実力者でしょう。
堅牢さは既に実証済み、ジョウナさんによる味方も巻き添えにする音符攻撃を一歩も引かずに防ぎ止めているほどです。
ジェネシス将軍との比較は……それこそ野暮というものです。アタッカー同士なら先に殺した方が上ということになれますが、タンク職の本業は仲間を護ることただ一点に尽きるでしょうから。
ある意味最もストイックな役割で憧れます。メーヤさんは喋る時以外は第一印象以上に寡黙なのも納得です。
「……RIO、魔王の能力って全部がそのまま使えるわけじゃないんだよね」
萎縮しつつあるエリコの質問。
頼れる者は私しかいませんか。
「残念ながら有用そうなものは殆どが固着せず。魔王を倒した者が新たな魔王となる能力、冒険者はやけにこの能力を避けて通ろうとしていた様子でしたが……」
(じゃあRIO様がその能力を喪ってると気づいてないことに賭けて脅しまくるのもアリ)
「それ、通じたとしてもなんかシュールな決戦になりそうだよ?」
相手が油断ならない以上、手段は選んでいる段階ではありませんか。
たとえ配られた手札が弱くても、相手目線からは強いと思わせることも時には肝心。
それにしても本当に惜しいことになりました。他の能力を失くしてでも私に魔王を感染させる能力だけでも使えたらと歯がゆい思いになります。
「なんというか、すみません」
(いやいやRIO様が謝ることなんて何も)
「いえそうではないのです」
(ん?)
流石に皆さんそこまでの発想は出てきませんか。
魔王の能力、最も効果的な使い方。
「魔王を感染させる能力が残っていれば、皆さんにも魔王の能力をおすそ分け出来たのですが」
「え……」
「お、おう……」
(ぞぞぉ……)
「ハハッ、クレイジィな初期RIOのカオ」
皆さんで魔王になれば楽々戦力増強と考えてみただけでしたが、これは無自覚にディスコミュニケーションやってしまいましたかね。
空気を凍りつかせるつもりは毛頭なかったのですが、まあいいでしょう。
道中で冒険者と何百人エンカウントしようとも出たとこ勝負上等です。
「おーい!」
戦意を高めて歩き続けていると、ドゥルさんが進行方向に背を向けこちらへと走っている姿を発見しました。
この場合、エネミーに発見されてしまい私達の方へ逃げている最中なのが普段のパターンなのですが、それとは少し違いそこまでの危機感は無さそうな歩調でした。
「ハアッ、ハアッ、全員聞いて欲しいことがある」
(どうした)
膝に手をついて息継ぎしているドゥルさんは顔だけをあげて。
「喜んでくれ、この山を降りれば冒険者ギルド本部は目と鼻の先の裏側の先だ! 予想以上に早く進めたおかげだ!」
そう眼下に広がる真っ暗な景色、やはりポストアポカリプス色が強い景観でしたが、ただこの距離なら数分もあれば事足ります。
「もうゴールが近いの!? ほんとに!」
「やったのじゃ! しかもここまで誰も脱落しておらんぞい!」
「ゴールじゃなくてこっからスタートラインなんだけどねぇ。でもひとまずは喜ぼう」
少人数とはいえ、皆さんの歓声を聞くと私までつい嬉しくなります。
長距離をわざわざ歩いた足の苦労もこれで報われるというものです。
「やりましたね、首尾としては理想に即しているのではないでしょうか」
「自分も悪いニュースばかり伝えてきたが、たまには良いニュースも伝えたかったんだ」
「ええ、決戦前の士気も上がる良いニュースです。しかしいよいよですか」
冒険者ギルド本部、これまで幾多の街や魔王の城まで様々な拠点を潰してきた私ですが、今回の拠点の規模と蹂躙難度はおそらく過去最高、期待とそれに伴う責任の重さも過去最大とあっては武者震いしてしまいます。
その分この決戦に無事勝利すれば、パニラさん達の復讐も、エリコの悲愴も、私の恨みも、全て報われる。
最悪な正義が蔓延らない世界に浄化される。その役目をこんな私も任されていいなんて、至れり尽くせりの光栄です。
「いよいよなんだね……」
「しかし今日はもう遅い時間じゃ、決戦の日は明日になろう」
「うん、ちょっと眠くなってきたし、私もRIOも明日は休日だから時間はいつになっても平気」
「そうそう、良くない調子で本番迎えて雑魚みたいに足を引っ張られたらボクが困っちゃうんで。今日は雑魚狩りした旅の感慨に耽けていよう」
感慨に耽けるといっても、ジョウナさんがいつ魔が差すかが気が気でなかった時間の割合が一番長いのですが。
なんか私、ジョウナさんを意識してばかりでしたね。絶対に暴走すると思っていたのにここまで妙な動きが一度も無かったのが驚きです。まだ完全に打ち解けはしませんけど。
(私ね、このパーティで一度でいいからやってみたいことがあるんだけど、もじもじっ)
おや、パニラさんが何やら提案がある様子です。
ですがそこはパニラさんのこと、運命を分ける日も確定しましたし、それにまつわる重大な用事なのでしょう。
「やってみたいこととは復讐関連ですか? 私に出来ることなら、脈略ないことでも何でも相談していいですよ」
(鍋パがしたい!)
「なぺぱ?」
脈略ないですね。
提案と同時に私はされるがままに準備を手伝わされ、ガスコンロをつけた鉄鍋に具材が放り込まれ、時間が一気に飛んだかのようにテーブルに六人それぞれ席についており。
「「「いただきます!」」」
(めしあがれんこん)
エネミーの棲息していない手頃な洞穴の中で始まってしまいました。なんですかこれ。




