幽冥界二日目
それからも。
ひたすら幽冥界の荒野を歩き続ける日々が続きました。
二日目、三日目、何度も日を跨いで、ただでさえ片道50キロもあるうえ、ショゴススライムといった戦ってはいけない強敵を避けるために迂回や足止めも繰り返さざるを得ないため、専ら休み休みの進行です。
その間にも、生物にしては無機質なエネミーによる襲撃は多々ありました。
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エネミー名:ナーガスペクターLv91
状態:正常
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大木でさえも丸呑みにしかねないほど威圧感のある白蛇。
「今だよRIO!」
「せええええっ!」
エリコが剣を投擲して丸腰になることで注意を引き、私が死角に回り込んで一撃で斬り捨てました。
やはり私とエリコの赤い糸で結ばれたコンビネーションこそ最強、となればロマンチックだったのですが、これは相手が単体の場合のみ為せる技です。
エネミーも常に単体で出現するほど都合よくはありません。
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エネミー名:アビスウォーカーLv92
状態:正常
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トカゲに近く、牙をむき出した一つ目の異形が七体。
「ボクとRIOとのデュエットは、アラ〜な性癖の界隈からも意外と求められてるらしいんだ。知ってたかい? この状況も満更でもないかい?」
「公私は分けられる性格なので」
「アッハ!」
エネミー複数体湧いて出てきた場合は、このペアでの対応が基本となりました。
ジョウナさんが開幕から第一楽章を発動してエネミー群を牽制。私はそのまま音符の波の一部になりながらエネミーの懐に接敵し、各個撃破。
ですがジョウナさんとの連携攻撃の相性が意外とマッチしていることが無性に不愉快でしかありません。
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エネミー名:グリードエビルズキマイラLv93
状態:正常
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山羊の頭、ヒヒの胴体、蛇の尻尾、まるで歯車が狂ったような動きから三部位それぞれ個別の意思がありそうなツギハギしたエネミー。
「これは単体、それとも複数体、見た目通り微妙なラインの敷かれたエネミーですけど……おや」
(GUN・GUNいこうぜ!)
パニラさんを確認してみれば、二丁拳銃でエネミーの節々を狙撃して牽制していました。
エネミーは咆哮をあげた大口から生成した火球で迎え撃つつもりですが、パニラさんは即座にメーヤさんの後ろに退避。
左右からは、エリコとジョウナさんの剣技スキルによりツギハギを3分割にしてからナマス切りに撃破していました。
「アッハッハァ! まだまだ雑魚だね、今回はグヘッ娘とデュエットして気持ちよく勝っちゃったぁ〜」
「なにそれウザい!」
「自分が言われて嫌なことは?」
「ぐぬぬ……公私は別にしてあげる」
エリコ、私が我慢する分、あなたはガツンと本音をぶつけても良いのですけど。
ジョウナさんのウザ絡みよりも、ひとまずの勝利を喜ぶとして。
「パニラさんも、私達から引けをとらないほど強いのですね」
(ゲーセン仕込みの腕前でとりあえず戦えてるだけだよ。私自体の実力はこの中では一番弱い)
謙遜でしょうか、事実だとしても今の射撃は自身より大きな相手を効果的に弱らせていました。
要領を得ませんが、屈指の頭脳派パニラさんの理屈には必ずといっていいほど理由があります。
(この銃という発明品に私はいつも命を救われている、だから私は銃を使う、銃じゃなきゃダメ。銃以外の武器じゃ、私なんて弱者には手を貸してもくれないから)
「なんだか難しいことを言いますね」
(力がないんだよ。剣を振るには振る力がいるし、弓を引くにも引く力がいる。魔法を使うにはそれだけの才能と魔力がなきゃ門も叩けない。その点、銃は引き金を引く指さえあれば誰にでも使える、弱者でも味方になってくれる優しい武器)
銃の価値観。あらゆる武器と同様野蛮なイメージしかなかったのですが、独特な見方もあるのですね。
(そうさ、銃が何億と普及すれば老若男女みんな兵士になる、戦争の常識も変わってしまう。善悪で考えるならばこれは悪意の発明だろうけど、私はこの革命と平等の武器で、横暴な強さを鼻にかけて偉そうに正義とヌカす冒険者を殺す。銃以外の武器を使わせる暇もなく速攻で眉間ぶち抜いて殺す。ぶち殺す)
なるほど、確かに銃ほど人間の命を奪うのに適した武器は銃より後期の発明品しかないでしょう。
銃特有のメリットを把握して導入するとは、虐げられし者の五分の魂を感じました。
ただ力の不平等を狙撃するにはまだ足りないものがあるのも事実。
「ファンタジーをモチーフにしたこの世界に、二丁の銃だけでは荷が重いのではないでしょうか」
(情けなくなるけど、言えてる。人間超えてる連中には気休めにしかならないかもしれないけど、あくまで二丁拳銃はサブウェポン)
そうパニラさんはサブウェポンと称した武器をインベントリに戻し。
(並の冒険者なら一掃できる奥の手だって、ちゃんと温存してるよ。ククク)
パニラさんによる口角を釣り上げた悪役らしい笑みは、この私達、悪の勝利をも幻視するほどの頼もしさがありました。
「……パニラさんこそ、私達の中で最も冒険者殺しの英雄に近いかもしれませんね」
(褒めても何も出ないよ。うっかり銃弾が飛び出ても、吸血鬼殺しの英雄にはなりたくない。冗談冗談、銃で吸血鬼が殺せるはずもないし)
「パニラさんの執念なら、実現してもおかしくないでしょうね」
とにかく、私のヒエラルキーでパニラさんが鰻登りとなりました。
その黒隠の頭脳にはどこまで壮大な作戦が描かれているのか。決戦当日で奥の手を公開する時を楽しみにしていましょう。
パニラさんの支援射撃もあってエネミーとの戦いはより有利になりましたが、本来なるべく戦いを避けたいので、一日の大半が隠れながら歩いてばかりです。
「太陽や月や星座といった空の目印がなければ、現在の時刻を把握するのに手間ですね。ええと現時刻は……」
「調べたが、丁度2時を回ったところだった。今日はお開きにしよう」
「もうそんな夜分遅くなっていましたか」
ドゥルさんの呟いたその切りのいい時刻こそが、私とエリコの潮時になるのです。
パニラさんらはいつでもログイン出来るらしいのですが、私とエリコは学生。
また明日も学業があるために、このパーティでは一日に進める時間が限られているわけなので。
2時とは、この六人で予め決めた門限みたいなものですが。
「わ、私はまだ大丈夫だよ? だってほら、目がだってギンギンに冴えてるし」
「そうです、それに今日は昨日の半分程度しか進めませんでした。遅れれば遅れるほどこちらが不利に……」
(遅れてもそれはそれでメリットもある。仮に冒険者側が私達の接近を想定していたとしても、焦れたり待ちぼうけたりで油断しやすくなるからね)
そうパニラさんは特に気を重くするわけでもなく、牛歩のペースを前向きに捉えていました。
特段期限も無く、戦略的に考えればそれもそうかもしれませんが、私が言いたいのはそうではなく。
「パニラさん、あなたこそ一番復讐心を燃やしていますし、一日でも早く本部に着きたいはずでしょう。私のせいで復讐心の足枷となるなど、申し訳なくなりますよ」
(いくら目的のためだとしても、あくまでここはゲームでしかないし、『リアルが最高のプライオリティ』は人間辞めたくなけりゃ守るべきルールだよ)
パニラさんではなく、私の方こそ復讐に囚われていたと。
ゲームはゲームでしかないとは最初から分かっていたはずなのに、他人に迷惑かけたくないあまり自分自身を見失っていましたか。
おかげで気づかされました。
「そうですか、そうですね」
(だからほらほらお子様はねんねの時間よ)
背は小さくとも、こんな肝っ玉の母親のように諭されてしまえば逆らえません。
隣には背ばかり高い奇行種という比較対象がいるから尚更です。
「まさかボクが心配なのかい? だぁいじょうぶここらで少し雑魚狩りしてからボクも落ちるし」
「ジョウナさんを心配したことなどありません」
眠る寸前までこの目が覚めるテンションであろうジョウナさんよりも、まずエリコです。
ひとまずのお別れとはいえ、一抹の寂しさを感じてしまいます。
「りお……続きは明日だけど、また後でね! 寝る前にいっぱいチャット打って、ビデオ通話でキャッキャぐへへしよ!」
「ええ待っていますよ。ふふっ、今夜も眠れなくなりそうです」
(寝ろ!!)
ログアウトした後、すぐに床につきました。以上です。
◇◇◇
そうしている間にも三日目、四日目と特筆すべき出来事も無いまま時は過ぎるもので、出発してから早くも五日目になりました。
幽冥界の天気は相変わらずの晴れのち闇。
(おっしゃ、役者も戻ってきたね)
「こんばんは」
ゲーム外のやるべき事を片付けた後にログインしました。といっても0時を過ぎてしまったので今日も短い距離だけ歩いて解散となるかもしれませんが。
「こん〜、みんな揃ってる?」
「あっ、エリコ」
エリコもほぼ同時にログインしたようです。
あなたもこの時間帯になるまでログインが遅れるほど用事を溜め込んでいましたか。
「やっぱりみんな揃ってる、ということはまた私が最後になっちゃったね……」
「お互いおちおちゲームもままならない日常ですね。かくいう私も」
「今来たところデース、マイプリマイプリ。どうお? ログインして早々くっさいセリフでイチャコラしちゃう?」
またジョウナさんが下らないやっかみで絡んできました。
「もう二度とあなたの前では言いません」
この返しもテンプレートのようになってしまっているので、もはや何も感じなくなっています。
「まあいいや。ところでなんだけどキミ、今日はおめかしデーなのかい」
ジョウナさんにしては忌憚なく私の髪へ、いわゆるツーサイドアップの形となっている二つ結びへと目線が移っていました。
ここにログインする直前に、何を差し引いてでも忘れざるべき事情で整えた髪型です。
「キミ占いとかチェックしてそうなキャラじゃないし……勝負服ならぬ勝負ヘアースタイルにしてはアホっぽ……オッホン! はっちゃけすぎじゃないかい?」
「決戦までの時間だが、トラブルなく進んでもあと二日はかかる計算だ」
「ふぅむ、RIO様のことなのじゃ、きっとわらわ達に問う新手の謎かけかもしれんのぅ」
(RIO様はめんこいよりもふつくしい方が解釈一致デス)
ううむ、いきなり髪型を変えてはみなさん困惑させてしまいましたか。
「別段思い詰めた理由ではありません。実は今日学校でエリコがですね……」
「えっ、私?」
あなた、どうしてそう記憶にございませんと言いたげに首を傾けているのですか。
まさかあなたにとってはどうでもいいことだったのですか。
信じられません。私、あなたに言われた瞬間から、授業中でもボランティアの課外活動中でも一人で帰宅する時も頭の中で何度も反芻して鼓動が高鳴っていたのですよ。
まったく、仕方のないエリコですね。
パニラさん達にもまとめて話せるいい機会でもあるので、将来の恋人と気づかせるなるエリコの背筋を伸ばすためにも堂々と厳しく伝えましょう。
「だってエリコ、私がこの髪型にすると、その、かわいい……って褒めてくれるので……ひうぅ……」
「かわいい」
「かわいい」
「カワイイ」
(めんこい)
「んんんんん〜〜っ! りおかわいいいいいっ!」
ひゃあエリコっ、一拍溜めてからバネのように飛びつくのは卑怯ですって。あと少しずれていたら唇同士が触れてしまっていましたよ。
「ちゅっちゅ〜ちゅきちゅき〜ぐっへっへ〜」
結局こうなりますか。休み時間でもクラスメイトの面前でいきなり同じこと始めて恥ずかしかったのですからね。
ちなみにエリコの髪は、私との仲が拗れた時期に行った断髪式の影響でまだショートカットのままですが、もし髪を綺麗に伸ばしきった際には私が一番好きな髪型、質素で清楚なストレートパーマに整えたいところです。きっと興奮の波も穏やかになって素敵になります。あなたには淑やかになって欲しいのです。あぁエリコ、そんなあなたの姿を想像するだけでときめいて顔に出てしまいます。
そんな最愛の人と歩く幽冥界の旅路は……流石に弛れがきているのでそろそろ到着すればいいのですが。
分割済




